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第七章「憎悪と破滅の魂」
破滅の王
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闇王の魔剣による激しい斬撃を凌ぎながらも応戦するヴェルラウドを見守りつつも、負傷したオディアンの回復に専念するリランは思う。
父から聞かされていた事――冥神と呼ばれた古の邪神は完全に滅びたわけではない。冥神は神に選ばれし者によって封印されただけに過ぎず、地上を支配していた頃から神格となる者が持つ創生の力で魔の種族を創り出していたという。その末裔が闇を司りし者である事。長い年月を経て、闇を司りし者は人間が寄り付かない場所で暮らすようになったが、冥神の創生の力で生み出された存在なだけあっていつかは冥神による邪悪なる意思と力が目覚め、人と争い、そして冥神に並ぶ脅威が生まれ、冥神そのものを目覚めさせると言われている。人と相容れぬ魔は、人との争いは避けられぬ宿命。
神や英雄に選ばれし人間の使命は、地上の光と平和を守る事。一寸の光も無い、地上の全てが暗黒に支配されていた魔と破滅の時代を繰り返してはならない。その為にも、地上に災いを呼ぶ者は滅ぼさなくてはならないのだ。
歴戦の英雄に倒され、邪悪なる存在によって復活した闇王は人間と正義への憎悪を糧とし、邪悪な力を思うが儘に振るい、完全なる憎悪のままに人間に裁きを下そうとしている。彼らも我々人間と共に地上に生きる事を望んでいたのなら、闇を司りし者に挑んだ英雄、そして人間達の選択は間違っていたのだろうか?
冥神に生み出された存在といえど、罪が無くとも彼らは滅ぼさなくてはならないのだろうか。
「うおおおおお!」
闇王の魔剣を抑えながらも、ヴェルラウドは剣に力を込める。刀身から溢れ出る赤い雷が迸り、魔剣を伝って闇王に雷が襲い掛かる。
「グオオオオアア!」
闇王が絶叫すると、燃え盛る巨大な炎の玉を掲げたスフレが飛び上がる。
「クリムゾン・フレア!」
スフレが放った巨大な炎の玉は一瞬で闇王を飲み込んでいく。
「グアアアアアアアアアアア!」
炎の中で更に絶叫する闇王。着地したスフレの元に、リランの回復魔法によって傷が癒えたオディアンが大剣を手にやって来る。
「オディアン、大丈夫なの?」
「うむ、リラン様のおかげで大丈夫だ」
スフレの攻撃で闇王がもがいている中、ヴェルラウドは剣を構えたまま負傷から回復したオディアンの様子を伺う。
「オディアン、スフレ。後は俺に任せろ。奴の一番の狙いは俺だ」
いつ反撃が来ても応戦出来るよう、常に攻撃態勢を崩さないヴェルラウド。
「解った。お前にとっては因縁の戦いだからな」
快く承諾するオディアン。
「全く、無茶だけはするんじゃないわよ」
スフレはヴェルラウドの意思に応えるようにその場から下がる。
「来いよ闇王。まだ終わりじゃないんだろ?」
両手で剣を構えながらもヴェルラウドが言い放つ。
「……おのれ……ヴェルラウド……」
燃え盛る炎の中、闇王は憎悪の目を光らせながらも魔剣を構えていた。
闇王の元へ向かおうとするレウィシア達は、闇王の城に潜入していた。
「なんて禍々しい空気……」
闇の炎が揺らめき、定期的に鳴り響く雷鳴の中、城内に漂う邪気を肌で感じ取ったレウィシア達は緊張感に襲われていた。城内を進もうとした瞬間、ルーチェが突然震え始める。
「ルーチェ……?」
思わず声を掛けるレウィシア。
「……魂の声が……たくさん聞こえる。ここにいる魂の声が……」
「え?」
レウィシアは驚きの声を上げる。ルーチェは城内に佇む無数の魂の声を聞いていた。それは王国に住んでいた闇を司りし者達による闇王を称える声、人間への怒り、滅びの運命を辿った事による嘆き、そして悲しみの声であった。
「うっ……あああぁぁあっ!」
ルーチェは頭を抱え、蹲りながら叫ぶ。
「ルーチェ!」
レウィシア達はルーチェを支えようとするものの、ルーチェは苦しそうに叫んでいた。
ジャラルダ王万歳! ジャラルダ王万歳!
ジャラルダ王万歳! ジャラン王国に栄光あれェェ!
ニンゲン……おのれ、忌まわしきニンゲンめェェ……
忌々しいニンゲンどもめ……エルフを滅ぼしたのもニンゲンども……
ニンゲンは正義と平和の為に我々を滅ぼした……
ニンゲンは正義トイウ罪ヲ背負イシ生キ物……正義トイウ罪ガ王国ヲ滅ボシタ……
多くの魂の声を聞き取ったルーチェは呼吸を荒くしながらも、魂の声の内容を全てレウィシア達に伝える。自分達を滅ぼした人間に強い憎悪を露にする声、正義と平和の為にという理由で王国共々滅ぼされた事への恨み、そして人間こそが真の災いの根源であり、正義こそが真の罪と主張する声も存在するという。
「何ですって……本当の事なの?」
愕然としつつも声を荒げるレウィシア。
「……今、全ての魂を浄化させる」
ルーチェは苦しそうにしながらも救済の玉を取り出し、強く念じながらも祈りを捧げる。
「オ……オオ……アアァァァ……」
怨霊のような声が響き渡り、無数の霊魂が次々と昇って行く。
「な……これだけの数が……?」
城に佇んでいた魂の数を見て驚くレウィシア達。全ての魂が昇って行くと、ルーチェはフラフラとレウィシアに寄り掛かった。
「ルーチェ!」
「ぼくは大丈夫……今まで聞いた事のない声だったから……」
発作を起こしたかのような過呼吸で言うルーチェの表情を見て、レウィシアはルーチェをそっと抱きしめる。
「どういう事なんだ……この国に存在していた奴らは人間に滅ぼされた恨みを持っているというのか?」
ルーチェの話を聞いているうちに、テティノは何とも言えない気分に陥っていた。
「人間への恨み……」
ラファウスの脳裏に浮かんできたのは、人間への復讐に生きるエルフ族の末裔セラクの姿であった。人間の愚行によってセラクという復讐鬼が生まれ、そして人間の正義によって生まれた多くの憎悪が此処にある。ラファウスは人間の在るべき姿について再び考え始める。
セラク……あなたの深い憎悪と悲しみは決して忘れていない。いえ、忘れてはならないもの。
あなたが人を憎悪する理由は、許されざる人の罪によるもの。
憎悪、復讐といった負の思想を生むのは、人の罪だけではない。人の行いによっては、様々な負を生む事にもなる。
人への憎悪という負は、人が存在する限り決して消えないのかもしれない。
だけど……私は正しい心を失うわけにはいかない。正しい人の在り方を知っているのだから。
「どうした、ラファウス?」
テティノに声を掛けられると、我に返ったような反応をするラファウス。
「……何でもありません。この国の民も、呪われた運命の中で生きている。私達の手で救わなくては」
ラファウスの言葉を聞いたレウィシアはルーチェを抱いたまま振り返る。
「行きましょう、みんな。私達に出来る事は……戦うしか他に無い」
レウィシアの一言に全員が頷く。そして一行は足を進ませる。邪悪な雰囲気が漂う暗黒の回廊では、ひたすら雷鳴の音が鳴り響いていた。回廊を抜け、大広間に出たレウィシア達は足を止める。レウィシア達が見たものは、魔物に変えられていたところをリランの破闇のオーブによって元の姿に戻り、魂を抜かれているが故に抜け殻の状態で倒れているサレスティル王国の人間達であった。
「これは一体? どうして此処に人間が?」
レウィシア達は人々の様子を確認するが、全く反応を示さないどころか息をしていないという事実に愕然とする。
「まさか、全員死んでいるのか……?」
青ざめるテティノだが、ルーチェが静かに念じる。
「……この人達は死んでるわけじゃない。魂を抜かれているんだ。魂の力を感じない」
ルーチェの言葉によって更に驚くレウィシア達。
「魂を抜かれている……? 何があったというの?」
事態が理解出来ないまま戸惑うレウィシアはひたすら辺りを見回す。
――クックックッ……その通り。そこにいる人間どもは皆、我が腹心に浚われたサレスティルの民だ。
不意に響き渡る声に、レウィシア達は一瞬身構える。
「その声は……貴様、何処にいる!」
声の主がケセルだと確信したレウィシアが剣を手にした瞬間、ケセルの分身となる巨大な一つ目の黒い影が現れる。
――クックックッ、貴様らも来るとはな。レウィシアよ、あれ程の力の差を見せつけられた上に打ちのめされても、まだこのオレを倒そうとしているのか?
嘲笑うようにケセルが黒い影を通じて言い放つと、レウィシアは怒りを滾らせる。
「黙れ! 今の私はあの時とは違う。貴様だけは必ず倒してやる!」
レウィシアの声に応えるように、ラファウスとテティノ、そしてヘリオも戦闘態勢に入る。
――フハハハハ、それは面白い。だが、オレはまだ貴様らの相手をしている暇はないものでな。オレを倒したければまずは闇王を倒してみる事だ。ヴェルラウドという虚け者もいずれ闇王の餌食になるのが見えているからな。
黒い影の目が大きく見開かれると、倒れている人間達が突然宙に浮かび上がる。目は巨大な口に変化し、人間達は次々と黒い影の巨大な口に吸い込まれていく。
「貴様っ!」
阻止しようと剣を手に食って掛かるレウィシアだが、黒い影が放った強烈な闇の衝撃波によって吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ! やめろおおおっ!」
再び突撃するレウィシア。ラファウス達も向かうものの、倒れていた人間達は全員黒い影に吸収されてしまった。
「そ、そんな……」
黒い影の行いを止められなかったレウィシアはガクリと膝を付いて落胆する。
――クックックッ……無駄な事だ。如何に貴様が力を付けたとしても救えぬものがあるのだよ。貴様の太陽の力であろうとな。フハハハハ……レウィシアよ。近いうちに再び貴様と直接会う事になるだろう。無力の余り、絶望に打ちひしがれる貴様の姿を拝む為にな。
嘲笑いながらも消えていく黒い影。
「レウィシア……」
膝を付いているレウィシアにラファウスがそっと声を掛ける。
「……ケセル……絶対に許さない」
立ち上がるレウィシア。その表情は激しい怒りに満ちていた。
「行くわよ、みんな」
心配する仲間達の顔を見る事なく、レウィシアは再び足を動かす。重苦しい空気の中、ラファウス達は黙ってレウィシアの後に続いた。
ヴェルラウドと闇王の死闘は続いていた。剣と剣の激突は幾度となく繰り返され、激しく散る火花と轟音が一撃の重さを物語っていた。
「があああっ!」
闇王が飛び上がる。上空で魔剣を掲げると、ヴェルラウドは赤い雷が帯びた剣を構えての防御態勢に入る。空中からの渾身の一撃であった。ヴェルラウド目掛けて振り下ろされる一撃。耳に響く程の轟音が轟くと、思わず目を覆うスフレ。闇王の一撃は、ヴェルラウドの剣によって抑えられていた。だが、闇王は更に力を込める。
「おおおおおおおお!」
魔剣から伝わる凄まじい力によって押され気味になるヴェルラウド。顔が汗に塗れ、剣に力を込めながらも必死で闇王の魔剣を抑え続ける。
「邪神が生んだものは人とは相容れられぬ定めだと……実に愚かしい。定めなど所詮は貴様等人間の正義がもたらす思想によるものだ」
譫言のように闇王が呟く。両者の激しい力比べはまだ続いていた。
「それとも……貴様等の言う定めは人間を創りし神の望みだと言うのか?」
闇王の力押しに、ヴェルラウドは自身の力で魔剣を抑えるのに限界を感じるようになる。
「ヴェルラウド!」
スフレが飛び出そうとするが、オディアンに止められてしまう。
「ちょっと、何するのよ!」
オディアンの制止を聞かずに加勢しようとするスフレ。
「スフレよ、ヴェルラウドを信じろ。これは奴の戦いだ」
「でも……」
「お前が信じなくてどうするというのだ」
真剣な眼差しでオディアンが言う。
「今はヴェルラウドに任せるのだ、スフレよ。余計な手出しをすると却って危険だ」
続いてリランが言う。
「……ヴェルラウド」
スフレは全力で闇王の魔剣を抑えているヴェルラウドの姿を見る。
「……定めだとか正義だとか……知った事じゃない」
「何?」
「俺はただ、お前が許せない。お前はこれからも多くのものを壊そうとしている。俺はそんなお前が許せないから、お前を討つんだ。ぐっ……おおおあああああ!」
闇王の魔剣を押し退ける勢いでヴェルラウドが叫ぶと、神雷の剣から激しい光が発生する。それは赤い雷光となり、周囲を薙ぎ払う勢いで闇王に襲い掛かった。
「ガアアアアアアアアアァァァッ!」
赤い雷光を受けた闇王が苦悶の叫び声を轟かせる。ヴェルラウドは赤い雷光に覆われた神雷の剣を構え、闇王に突撃する。
「闇王、そこまでだ」
雷を伴う赤き一閃。その一撃は闇王の黒い甲冑を砕き、肉体を切り裂くという深手を与えた。同時に闇王の右腕が切り飛ばされ、多量の赤黒い血が迸る。
「ゴアアアアァァァァァァ!」
大きなダメージを受けた闇王は絶叫しながらも膝を付き、血を流しながらも苦しそうに喘ぎ出す。
「やったあ! 闇王に勝ったのね?」
歓喜の声を上げるスフレだが、ヴェルラウドは苦痛に喘ぐ闇王の姿を見つめていた。
「ググ……この我が、二度も人間に……」
立ち上がろうとする闇王だが、傷の深さでよろめくばかりであった。
「ふん! もうあんたの負けよ、闇王。観念して成仏なさい!」
腰に手を当てて強気な態度で言い放つスフレ。
「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!」
突然響き渡る笑い声。ヴェルラウド達が見上げると、浮遊マシンに乗ったゲウドが戦いの結果を見下ろすように笑っていた。
「ゲウド!」
「ヒャッヒャッ、なかなかやるのう。まさかここまでやるとは驚いたぞ」
致命傷を負い、苦しんでいる闇王の姿を見るゲウドだが、その表情は醜悪な笑みを浮かべたままであった。
「ヒヒヒ……これで闇王様を、いや。闇王を倒したつもりか? ヴェルラウドよ」
「何だと?」
「ヒヒ……バカめが。貴様らはあくまで力を制御している闇王に勝っただけに過ぎぬのじゃ」
嘲笑うようにゲウドが言う。
「力を制御だと? どういう事だ!」
「ヒヒヒ……言わずとも、今から思い知る事になるじゃろうて。真の恐怖をな」
ゲウドが去って行くと、思わず闇王に視線を移すヴェルラウド達。闇王は傷口を抑えながらも激しい憎悪を燃やし、悪鬼のような表情を浮かべていた。
「こいつ、もしかしてまだ……」
闇王の表情を見たスフレは冷や汗を流す。
「……赤雷の騎士ヴェルラウド……そして人間ども。我々を滅ぼした貴様らへの裁きを下す為ならば、最早手段を選ばぬ。己の心を……己の全てを捨ててでもな」
闇王は左腕で魔剣を手にすると、自身の胸に突き刺した。突然の行動に驚くヴェルラウド達。
「ウグッ……ガ……アアアアァァァァアアアッ!」
苦痛に満ちた咆哮。魔剣が引き抜かれると、闇王の口から大量の黒い瘴気と無数の魂が吐き出される。完全なる復活の為にケセルから与えられた暗黒の魂による力の暴走を抑える為の生贄となった魂であり、それが全て吐き出されているのだ。
「な、何だ……?」
ヴェルラウド達は戦慄を覚える。魂が全て吐き出された瞬間、闇王の全身から闇の瘴気が発生し、凄まじい闇の力に覆われる。
「グオオオオアアアァァァァアアアアア! ウガアアアアアアアアアアアァァァァァ!」
激しい苦痛に蝕まれ、更に咆哮を轟かせる闇王。崩れた表情のまま頭を抱え、蹲る闇王の姿に立ち尽くすヴェルラウド達。
「な、何なのよ? 一体何があったっていうのよ!」
苦痛の咆哮を上げる闇王を前に、スフレは恐怖を感じていた。
「……ヴェル……ラウド……ニンゲン……キサマらヲ……全て……ホロボス……ガアアアアァァァァァアアアアッ!」
禍々しく光る濁った目と化け物のように崩れた顔で叫んだ瞬間、闇王の甲冑がバラバラに砕け散り、血管が浮き出た肉体が露になり、徐々に膨れ上がっていく。切断された右腕が再生し、手足共々筋肉質となり、背中から巨大な翼が生え、悪魔のような醜悪な魔物の顔に変化していく。
「ゴアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!」
変化した闇王の姿から黒い瘴気が巻き起こる。
「あ……ああ……」
黒い瘴気の中、現れたのは逞しい肉体を持つ異形の巨大な悪魔へと変身した闇王であった。
「グオオオアアアアアァァァァァァッ!」
床に落ちた魔剣を踏み砕いて壁を破壊し、凄まじい咆哮を上げる闇王。その巨体は禍々しい闇のオーラに覆われていた。
「こ……これが闇王の真の姿?」
戦慄の余り立ち尽くすヴェルラウド達の姿を目にした闇王は、力任せに両手の拳を床に叩き付ける。
「うわああああ!」
地響きと共に凄まじい衝撃波が襲い掛かり、大きく吹っ飛ばされるヴェルラウド達。その威力は城全体を震撼させる程の恐るべきものであった。
「くそ……もう一度オーブを!」
リランは破闇のオーブを掲げる。光と共に辺りの瘴気を吸い取り、闇王の全身から放っている瘴気と力の吸収が始まるものの、オーブに罅が走り、砕け散ってしまう。巨大な悪魔と化した闇王はオーブでは吸収出来ない程の凄まじい闇の力を解放していたのだ。
「破闇のオーブが……」
リランが愕然としていると、闇王の口から激しく燃え盛る闇の炎が吐き出される。炎は巨大な渦となって巻き起こり、玉座の間全体を覆い尽くした。
「あああああああああああぁぁぁ!」
闇の炎による攻撃を受けたヴェルラウド達は一瞬で大きなダメージを受けてしまう。
「くっ……!」
炎の中、赤い雷光を纏った剣を手にヴェルラウドが突撃する。同時に大剣を持ったオディアンも駆け付ける。ヴェルラウドの一閃とオディアンの剣技が決まるものの、闇王はおぞましい雄叫びを上げ、剛腕を振り回す。
「ぐああ!」
剛腕の一撃を受けたオディアンが倒されてしまう。炎が消え、空中から一撃を繰り出そうとするヴェルラウドだが、闇王の拳がヴェルラウドの身体に叩き込まれる。
「ヴェルラウド!」
拳の一撃を受けたヴェルラウドは勢いよく壁に叩き付けられる。
「がっ……ぐぼっ」
血反吐を吐き、全身に響き渡る激痛に苦悶の声を上げながらも倒れるヴェルラウド。
「……う……あぁっ……」
ヴェルラウドとオディアンをも軽く捻る程の圧倒的な闇王の強さを見せつけられたスフレは、恐怖の余り足が竦んでしまう。闇王は濁った目を見開かせ、ひたすら咆哮を轟かせていた。リランは闇王の攻撃で倒れたヴェルラウドとオディアンを回復させようとしていた。
「うくっ……ま、負けてらんないのよっ!」
スフレは必死で恐怖感を払い除け、魔力を高める。
「や……やめろスフレ……がはっ」
応戦しようとするスフレを止めようとするヴェルラウドだが、一撃によってアバラを数本折られ、ろくに身体を動かす事が出来ない状態だった。スフレは残る魔力の全てを集中させ、巨大な炎の玉を作り出す。クリムゾン・フレアであった。炎に気付いた闇王は視線をスフレに移す。
「クリムゾン・フレア!」
巨大な炎の玉が闇王の顔面を捉え、激しく燃え上がる。
「グオオオオオオオオオオ!」
雄叫びを上げながらも、顔の炎を消し飛ばす闇王。手応えは殆どない様子だった。
「そ、そんな……」
たじろぐスフレに襲い掛かる闇王の攻撃。咆哮と共に降り注ぐ黒い稲妻であった。
「きゃああああああ!!」
稲妻を受け、倒れるスフレ。
「ぐはあっ……」
闇王の足が、うつ伏せで倒れているスフレの背を踏みつける。スフレの口から血が吐き出されると、背を踏みつけている闇王の足に力が入る。
「がっ……あああああっ……!」
背骨の折れる音が響き渡り、苦悶の声を漏らすスフレ。
「貴様っ……!」
オディアンが立ち上がり、スフレを助けようと闇王に立ち向かうものの、剛腕による一撃で返り討ちにされてしまう。闇王はスフレから離れては翼を広げ、空中に飛び上がる。上空に浮かぶ闇王の両手が闇の渦に覆われ始める。魔力の渦であった。
「ぐっ……何という力だ。このままでは……」
リランは魔力の渦を両手に纏う闇王の姿を見て恐怖感を覚える。咄嗟にヴェルラウド、スフレ、オディアンの状態を確認するが、三人は既に動けない程の満身創痍であった。
「……キ……エ……サ……レ……」
闇王の両手に渦巻く魔力は巨大な闇の力と化し、双方同時に螺旋状の衝撃波となって放たれる。勢いよく唸る双方の衝撃波が迫る中、動けないヴェルラウド、スフレ、オディアンを背にリランが立ちはだかる。
「ヒヒヒヒヒ……ヒャーッヒャッヒャッヒャッ! これが破滅の王へと進化した闇王の力か。想像以上に恐ろしく凄い事になりそうじゃのう」
遠い位置でヴェルラウド達の戦いの様子を監視していたゲウドは、闇王の凄まじい力を見て驚喜していた。
父から聞かされていた事――冥神と呼ばれた古の邪神は完全に滅びたわけではない。冥神は神に選ばれし者によって封印されただけに過ぎず、地上を支配していた頃から神格となる者が持つ創生の力で魔の種族を創り出していたという。その末裔が闇を司りし者である事。長い年月を経て、闇を司りし者は人間が寄り付かない場所で暮らすようになったが、冥神の創生の力で生み出された存在なだけあっていつかは冥神による邪悪なる意思と力が目覚め、人と争い、そして冥神に並ぶ脅威が生まれ、冥神そのものを目覚めさせると言われている。人と相容れぬ魔は、人との争いは避けられぬ宿命。
神や英雄に選ばれし人間の使命は、地上の光と平和を守る事。一寸の光も無い、地上の全てが暗黒に支配されていた魔と破滅の時代を繰り返してはならない。その為にも、地上に災いを呼ぶ者は滅ぼさなくてはならないのだ。
歴戦の英雄に倒され、邪悪なる存在によって復活した闇王は人間と正義への憎悪を糧とし、邪悪な力を思うが儘に振るい、完全なる憎悪のままに人間に裁きを下そうとしている。彼らも我々人間と共に地上に生きる事を望んでいたのなら、闇を司りし者に挑んだ英雄、そして人間達の選択は間違っていたのだろうか?
冥神に生み出された存在といえど、罪が無くとも彼らは滅ぼさなくてはならないのだろうか。
「うおおおおお!」
闇王の魔剣を抑えながらも、ヴェルラウドは剣に力を込める。刀身から溢れ出る赤い雷が迸り、魔剣を伝って闇王に雷が襲い掛かる。
「グオオオオアア!」
闇王が絶叫すると、燃え盛る巨大な炎の玉を掲げたスフレが飛び上がる。
「クリムゾン・フレア!」
スフレが放った巨大な炎の玉は一瞬で闇王を飲み込んでいく。
「グアアアアアアアアアアア!」
炎の中で更に絶叫する闇王。着地したスフレの元に、リランの回復魔法によって傷が癒えたオディアンが大剣を手にやって来る。
「オディアン、大丈夫なの?」
「うむ、リラン様のおかげで大丈夫だ」
スフレの攻撃で闇王がもがいている中、ヴェルラウドは剣を構えたまま負傷から回復したオディアンの様子を伺う。
「オディアン、スフレ。後は俺に任せろ。奴の一番の狙いは俺だ」
いつ反撃が来ても応戦出来るよう、常に攻撃態勢を崩さないヴェルラウド。
「解った。お前にとっては因縁の戦いだからな」
快く承諾するオディアン。
「全く、無茶だけはするんじゃないわよ」
スフレはヴェルラウドの意思に応えるようにその場から下がる。
「来いよ闇王。まだ終わりじゃないんだろ?」
両手で剣を構えながらもヴェルラウドが言い放つ。
「……おのれ……ヴェルラウド……」
燃え盛る炎の中、闇王は憎悪の目を光らせながらも魔剣を構えていた。
闇王の元へ向かおうとするレウィシア達は、闇王の城に潜入していた。
「なんて禍々しい空気……」
闇の炎が揺らめき、定期的に鳴り響く雷鳴の中、城内に漂う邪気を肌で感じ取ったレウィシア達は緊張感に襲われていた。城内を進もうとした瞬間、ルーチェが突然震え始める。
「ルーチェ……?」
思わず声を掛けるレウィシア。
「……魂の声が……たくさん聞こえる。ここにいる魂の声が……」
「え?」
レウィシアは驚きの声を上げる。ルーチェは城内に佇む無数の魂の声を聞いていた。それは王国に住んでいた闇を司りし者達による闇王を称える声、人間への怒り、滅びの運命を辿った事による嘆き、そして悲しみの声であった。
「うっ……あああぁぁあっ!」
ルーチェは頭を抱え、蹲りながら叫ぶ。
「ルーチェ!」
レウィシア達はルーチェを支えようとするものの、ルーチェは苦しそうに叫んでいた。
ジャラルダ王万歳! ジャラルダ王万歳!
ジャラルダ王万歳! ジャラン王国に栄光あれェェ!
ニンゲン……おのれ、忌まわしきニンゲンめェェ……
忌々しいニンゲンどもめ……エルフを滅ぼしたのもニンゲンども……
ニンゲンは正義と平和の為に我々を滅ぼした……
ニンゲンは正義トイウ罪ヲ背負イシ生キ物……正義トイウ罪ガ王国ヲ滅ボシタ……
多くの魂の声を聞き取ったルーチェは呼吸を荒くしながらも、魂の声の内容を全てレウィシア達に伝える。自分達を滅ぼした人間に強い憎悪を露にする声、正義と平和の為にという理由で王国共々滅ぼされた事への恨み、そして人間こそが真の災いの根源であり、正義こそが真の罪と主張する声も存在するという。
「何ですって……本当の事なの?」
愕然としつつも声を荒げるレウィシア。
「……今、全ての魂を浄化させる」
ルーチェは苦しそうにしながらも救済の玉を取り出し、強く念じながらも祈りを捧げる。
「オ……オオ……アアァァァ……」
怨霊のような声が響き渡り、無数の霊魂が次々と昇って行く。
「な……これだけの数が……?」
城に佇んでいた魂の数を見て驚くレウィシア達。全ての魂が昇って行くと、ルーチェはフラフラとレウィシアに寄り掛かった。
「ルーチェ!」
「ぼくは大丈夫……今まで聞いた事のない声だったから……」
発作を起こしたかのような過呼吸で言うルーチェの表情を見て、レウィシアはルーチェをそっと抱きしめる。
「どういう事なんだ……この国に存在していた奴らは人間に滅ぼされた恨みを持っているというのか?」
ルーチェの話を聞いているうちに、テティノは何とも言えない気分に陥っていた。
「人間への恨み……」
ラファウスの脳裏に浮かんできたのは、人間への復讐に生きるエルフ族の末裔セラクの姿であった。人間の愚行によってセラクという復讐鬼が生まれ、そして人間の正義によって生まれた多くの憎悪が此処にある。ラファウスは人間の在るべき姿について再び考え始める。
セラク……あなたの深い憎悪と悲しみは決して忘れていない。いえ、忘れてはならないもの。
あなたが人を憎悪する理由は、許されざる人の罪によるもの。
憎悪、復讐といった負の思想を生むのは、人の罪だけではない。人の行いによっては、様々な負を生む事にもなる。
人への憎悪という負は、人が存在する限り決して消えないのかもしれない。
だけど……私は正しい心を失うわけにはいかない。正しい人の在り方を知っているのだから。
「どうした、ラファウス?」
テティノに声を掛けられると、我に返ったような反応をするラファウス。
「……何でもありません。この国の民も、呪われた運命の中で生きている。私達の手で救わなくては」
ラファウスの言葉を聞いたレウィシアはルーチェを抱いたまま振り返る。
「行きましょう、みんな。私達に出来る事は……戦うしか他に無い」
レウィシアの一言に全員が頷く。そして一行は足を進ませる。邪悪な雰囲気が漂う暗黒の回廊では、ひたすら雷鳴の音が鳴り響いていた。回廊を抜け、大広間に出たレウィシア達は足を止める。レウィシア達が見たものは、魔物に変えられていたところをリランの破闇のオーブによって元の姿に戻り、魂を抜かれているが故に抜け殻の状態で倒れているサレスティル王国の人間達であった。
「これは一体? どうして此処に人間が?」
レウィシア達は人々の様子を確認するが、全く反応を示さないどころか息をしていないという事実に愕然とする。
「まさか、全員死んでいるのか……?」
青ざめるテティノだが、ルーチェが静かに念じる。
「……この人達は死んでるわけじゃない。魂を抜かれているんだ。魂の力を感じない」
ルーチェの言葉によって更に驚くレウィシア達。
「魂を抜かれている……? 何があったというの?」
事態が理解出来ないまま戸惑うレウィシアはひたすら辺りを見回す。
――クックックッ……その通り。そこにいる人間どもは皆、我が腹心に浚われたサレスティルの民だ。
不意に響き渡る声に、レウィシア達は一瞬身構える。
「その声は……貴様、何処にいる!」
声の主がケセルだと確信したレウィシアが剣を手にした瞬間、ケセルの分身となる巨大な一つ目の黒い影が現れる。
――クックックッ、貴様らも来るとはな。レウィシアよ、あれ程の力の差を見せつけられた上に打ちのめされても、まだこのオレを倒そうとしているのか?
嘲笑うようにケセルが黒い影を通じて言い放つと、レウィシアは怒りを滾らせる。
「黙れ! 今の私はあの時とは違う。貴様だけは必ず倒してやる!」
レウィシアの声に応えるように、ラファウスとテティノ、そしてヘリオも戦闘態勢に入る。
――フハハハハ、それは面白い。だが、オレはまだ貴様らの相手をしている暇はないものでな。オレを倒したければまずは闇王を倒してみる事だ。ヴェルラウドという虚け者もいずれ闇王の餌食になるのが見えているからな。
黒い影の目が大きく見開かれると、倒れている人間達が突然宙に浮かび上がる。目は巨大な口に変化し、人間達は次々と黒い影の巨大な口に吸い込まれていく。
「貴様っ!」
阻止しようと剣を手に食って掛かるレウィシアだが、黒い影が放った強烈な闇の衝撃波によって吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ! やめろおおおっ!」
再び突撃するレウィシア。ラファウス達も向かうものの、倒れていた人間達は全員黒い影に吸収されてしまった。
「そ、そんな……」
黒い影の行いを止められなかったレウィシアはガクリと膝を付いて落胆する。
――クックックッ……無駄な事だ。如何に貴様が力を付けたとしても救えぬものがあるのだよ。貴様の太陽の力であろうとな。フハハハハ……レウィシアよ。近いうちに再び貴様と直接会う事になるだろう。無力の余り、絶望に打ちひしがれる貴様の姿を拝む為にな。
嘲笑いながらも消えていく黒い影。
「レウィシア……」
膝を付いているレウィシアにラファウスがそっと声を掛ける。
「……ケセル……絶対に許さない」
立ち上がるレウィシア。その表情は激しい怒りに満ちていた。
「行くわよ、みんな」
心配する仲間達の顔を見る事なく、レウィシアは再び足を動かす。重苦しい空気の中、ラファウス達は黙ってレウィシアの後に続いた。
ヴェルラウドと闇王の死闘は続いていた。剣と剣の激突は幾度となく繰り返され、激しく散る火花と轟音が一撃の重さを物語っていた。
「があああっ!」
闇王が飛び上がる。上空で魔剣を掲げると、ヴェルラウドは赤い雷が帯びた剣を構えての防御態勢に入る。空中からの渾身の一撃であった。ヴェルラウド目掛けて振り下ろされる一撃。耳に響く程の轟音が轟くと、思わず目を覆うスフレ。闇王の一撃は、ヴェルラウドの剣によって抑えられていた。だが、闇王は更に力を込める。
「おおおおおおおお!」
魔剣から伝わる凄まじい力によって押され気味になるヴェルラウド。顔が汗に塗れ、剣に力を込めながらも必死で闇王の魔剣を抑え続ける。
「邪神が生んだものは人とは相容れられぬ定めだと……実に愚かしい。定めなど所詮は貴様等人間の正義がもたらす思想によるものだ」
譫言のように闇王が呟く。両者の激しい力比べはまだ続いていた。
「それとも……貴様等の言う定めは人間を創りし神の望みだと言うのか?」
闇王の力押しに、ヴェルラウドは自身の力で魔剣を抑えるのに限界を感じるようになる。
「ヴェルラウド!」
スフレが飛び出そうとするが、オディアンに止められてしまう。
「ちょっと、何するのよ!」
オディアンの制止を聞かずに加勢しようとするスフレ。
「スフレよ、ヴェルラウドを信じろ。これは奴の戦いだ」
「でも……」
「お前が信じなくてどうするというのだ」
真剣な眼差しでオディアンが言う。
「今はヴェルラウドに任せるのだ、スフレよ。余計な手出しをすると却って危険だ」
続いてリランが言う。
「……ヴェルラウド」
スフレは全力で闇王の魔剣を抑えているヴェルラウドの姿を見る。
「……定めだとか正義だとか……知った事じゃない」
「何?」
「俺はただ、お前が許せない。お前はこれからも多くのものを壊そうとしている。俺はそんなお前が許せないから、お前を討つんだ。ぐっ……おおおあああああ!」
闇王の魔剣を押し退ける勢いでヴェルラウドが叫ぶと、神雷の剣から激しい光が発生する。それは赤い雷光となり、周囲を薙ぎ払う勢いで闇王に襲い掛かった。
「ガアアアアアアアアアァァァッ!」
赤い雷光を受けた闇王が苦悶の叫び声を轟かせる。ヴェルラウドは赤い雷光に覆われた神雷の剣を構え、闇王に突撃する。
「闇王、そこまでだ」
雷を伴う赤き一閃。その一撃は闇王の黒い甲冑を砕き、肉体を切り裂くという深手を与えた。同時に闇王の右腕が切り飛ばされ、多量の赤黒い血が迸る。
「ゴアアアアァァァァァァ!」
大きなダメージを受けた闇王は絶叫しながらも膝を付き、血を流しながらも苦しそうに喘ぎ出す。
「やったあ! 闇王に勝ったのね?」
歓喜の声を上げるスフレだが、ヴェルラウドは苦痛に喘ぐ闇王の姿を見つめていた。
「ググ……この我が、二度も人間に……」
立ち上がろうとする闇王だが、傷の深さでよろめくばかりであった。
「ふん! もうあんたの負けよ、闇王。観念して成仏なさい!」
腰に手を当てて強気な態度で言い放つスフレ。
「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!」
突然響き渡る笑い声。ヴェルラウド達が見上げると、浮遊マシンに乗ったゲウドが戦いの結果を見下ろすように笑っていた。
「ゲウド!」
「ヒャッヒャッ、なかなかやるのう。まさかここまでやるとは驚いたぞ」
致命傷を負い、苦しんでいる闇王の姿を見るゲウドだが、その表情は醜悪な笑みを浮かべたままであった。
「ヒヒヒ……これで闇王様を、いや。闇王を倒したつもりか? ヴェルラウドよ」
「何だと?」
「ヒヒ……バカめが。貴様らはあくまで力を制御している闇王に勝っただけに過ぎぬのじゃ」
嘲笑うようにゲウドが言う。
「力を制御だと? どういう事だ!」
「ヒヒヒ……言わずとも、今から思い知る事になるじゃろうて。真の恐怖をな」
ゲウドが去って行くと、思わず闇王に視線を移すヴェルラウド達。闇王は傷口を抑えながらも激しい憎悪を燃やし、悪鬼のような表情を浮かべていた。
「こいつ、もしかしてまだ……」
闇王の表情を見たスフレは冷や汗を流す。
「……赤雷の騎士ヴェルラウド……そして人間ども。我々を滅ぼした貴様らへの裁きを下す為ならば、最早手段を選ばぬ。己の心を……己の全てを捨ててでもな」
闇王は左腕で魔剣を手にすると、自身の胸に突き刺した。突然の行動に驚くヴェルラウド達。
「ウグッ……ガ……アアアアァァァァアアアッ!」
苦痛に満ちた咆哮。魔剣が引き抜かれると、闇王の口から大量の黒い瘴気と無数の魂が吐き出される。完全なる復活の為にケセルから与えられた暗黒の魂による力の暴走を抑える為の生贄となった魂であり、それが全て吐き出されているのだ。
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ヴェルラウド達は戦慄を覚える。魂が全て吐き出された瞬間、闇王の全身から闇の瘴気が発生し、凄まじい闇の力に覆われる。
「グオオオオアアアァァァァアアアアア! ウガアアアアアアアアアアアァァァァァ!」
激しい苦痛に蝕まれ、更に咆哮を轟かせる闇王。崩れた表情のまま頭を抱え、蹲る闇王の姿に立ち尽くすヴェルラウド達。
「な、何なのよ? 一体何があったっていうのよ!」
苦痛の咆哮を上げる闇王を前に、スフレは恐怖を感じていた。
「……ヴェル……ラウド……ニンゲン……キサマらヲ……全て……ホロボス……ガアアアアァァァァァアアアアッ!」
禍々しく光る濁った目と化け物のように崩れた顔で叫んだ瞬間、闇王の甲冑がバラバラに砕け散り、血管が浮き出た肉体が露になり、徐々に膨れ上がっていく。切断された右腕が再生し、手足共々筋肉質となり、背中から巨大な翼が生え、悪魔のような醜悪な魔物の顔に変化していく。
「ゴアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!」
変化した闇王の姿から黒い瘴気が巻き起こる。
「あ……ああ……」
黒い瘴気の中、現れたのは逞しい肉体を持つ異形の巨大な悪魔へと変身した闇王であった。
「グオオオアアアアアァァァァァァッ!」
床に落ちた魔剣を踏み砕いて壁を破壊し、凄まじい咆哮を上げる闇王。その巨体は禍々しい闇のオーラに覆われていた。
「こ……これが闇王の真の姿?」
戦慄の余り立ち尽くすヴェルラウド達の姿を目にした闇王は、力任せに両手の拳を床に叩き付ける。
「うわああああ!」
地響きと共に凄まじい衝撃波が襲い掛かり、大きく吹っ飛ばされるヴェルラウド達。その威力は城全体を震撼させる程の恐るべきものであった。
「くそ……もう一度オーブを!」
リランは破闇のオーブを掲げる。光と共に辺りの瘴気を吸い取り、闇王の全身から放っている瘴気と力の吸収が始まるものの、オーブに罅が走り、砕け散ってしまう。巨大な悪魔と化した闇王はオーブでは吸収出来ない程の凄まじい闇の力を解放していたのだ。
「破闇のオーブが……」
リランが愕然としていると、闇王の口から激しく燃え盛る闇の炎が吐き出される。炎は巨大な渦となって巻き起こり、玉座の間全体を覆い尽くした。
「あああああああああああぁぁぁ!」
闇の炎による攻撃を受けたヴェルラウド達は一瞬で大きなダメージを受けてしまう。
「くっ……!」
炎の中、赤い雷光を纏った剣を手にヴェルラウドが突撃する。同時に大剣を持ったオディアンも駆け付ける。ヴェルラウドの一閃とオディアンの剣技が決まるものの、闇王はおぞましい雄叫びを上げ、剛腕を振り回す。
「ぐああ!」
剛腕の一撃を受けたオディアンが倒されてしまう。炎が消え、空中から一撃を繰り出そうとするヴェルラウドだが、闇王の拳がヴェルラウドの身体に叩き込まれる。
「ヴェルラウド!」
拳の一撃を受けたヴェルラウドは勢いよく壁に叩き付けられる。
「がっ……ぐぼっ」
血反吐を吐き、全身に響き渡る激痛に苦悶の声を上げながらも倒れるヴェルラウド。
「……う……あぁっ……」
ヴェルラウドとオディアンをも軽く捻る程の圧倒的な闇王の強さを見せつけられたスフレは、恐怖の余り足が竦んでしまう。闇王は濁った目を見開かせ、ひたすら咆哮を轟かせていた。リランは闇王の攻撃で倒れたヴェルラウドとオディアンを回復させようとしていた。
「うくっ……ま、負けてらんないのよっ!」
スフレは必死で恐怖感を払い除け、魔力を高める。
「や……やめろスフレ……がはっ」
応戦しようとするスフレを止めようとするヴェルラウドだが、一撃によってアバラを数本折られ、ろくに身体を動かす事が出来ない状態だった。スフレは残る魔力の全てを集中させ、巨大な炎の玉を作り出す。クリムゾン・フレアであった。炎に気付いた闇王は視線をスフレに移す。
「クリムゾン・フレア!」
巨大な炎の玉が闇王の顔面を捉え、激しく燃え上がる。
「グオオオオオオオオオオ!」
雄叫びを上げながらも、顔の炎を消し飛ばす闇王。手応えは殆どない様子だった。
「そ、そんな……」
たじろぐスフレに襲い掛かる闇王の攻撃。咆哮と共に降り注ぐ黒い稲妻であった。
「きゃああああああ!!」
稲妻を受け、倒れるスフレ。
「ぐはあっ……」
闇王の足が、うつ伏せで倒れているスフレの背を踏みつける。スフレの口から血が吐き出されると、背を踏みつけている闇王の足に力が入る。
「がっ……あああああっ……!」
背骨の折れる音が響き渡り、苦悶の声を漏らすスフレ。
「貴様っ……!」
オディアンが立ち上がり、スフレを助けようと闇王に立ち向かうものの、剛腕による一撃で返り討ちにされてしまう。闇王はスフレから離れては翼を広げ、空中に飛び上がる。上空に浮かぶ闇王の両手が闇の渦に覆われ始める。魔力の渦であった。
「ぐっ……何という力だ。このままでは……」
リランは魔力の渦を両手に纏う闇王の姿を見て恐怖感を覚える。咄嗟にヴェルラウド、スフレ、オディアンの状態を確認するが、三人は既に動けない程の満身創痍であった。
「……キ……エ……サ……レ……」
闇王の両手に渦巻く魔力は巨大な闇の力と化し、双方同時に螺旋状の衝撃波となって放たれる。勢いよく唸る双方の衝撃波が迫る中、動けないヴェルラウド、スフレ、オディアンを背にリランが立ちはだかる。
「ヒヒヒヒヒ……ヒャーッヒャッヒャッヒャッ! これが破滅の王へと進化した闇王の力か。想像以上に恐ろしく凄い事になりそうじゃのう」
遠い位置でヴェルラウド達の戦いの様子を監視していたゲウドは、闇王の凄まじい力を見て驚喜していた。
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追記:2025/09/20
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