EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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第八章「神の剣と知られざる真実」

雷霆の暗殺者

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代々受け継がれている伝説の鍛冶職人の血筋を持つ鍛冶師、ジュロ・アテンタート。持ち前の鍛冶の腕と優れた鍛冶技術による武器造りで生計を立てつつも自らの手で伝説の武器を生み出す事を目標としていた。伝説の武器となる素材を探す旅の途中で凶悪な魔物によって深い傷を負い、死の淵を彷徨っていたところに一人の女性が手を差し伸べる。女性は、辺境の小さな王国ライトナの王女リティカであった。リティカは王国でジュロを手厚く介抱し、ジュロは余所者である自分を献身的に助けてくれるリティカの人柄に好意を抱くようになり、王国内で交流を重ねているうちに運命を感じるようになった。リティカも自身が王女の立場である事と、自身を拘束する国王に嫌気が差していて、自由奔放なジュロに憧れを抱き、ジュロと駆け落ちする事を選んだ。
「なあ、本当にいいのかよ?」
「いいの。私の事は気にしないで。あんな国にいつまでも縛られるくらいなら、あなたと一緒に何処かで暮らす方がマシだから」
「リティカ、お前……」
「お願い。私を……あなたの帰る場所へ連れて行って。あなたの元で普通の人として生きたいの」
ジュロはリティカの意思を受け止め、自身が住むトレイダへ迎え入れる。日々の武器造りに勤しみながらもリティカと暮らしているうちに一人の子供を授かり、生まれた男の子はロドルと名付けられた。王国の人間に追われる事無く、ジュロと共に幸せに過ごしていたリティカだが、ある日から幸せの歯車が狂い出すようになる。伝説の武器を生み出したい執念の余り、ジュロがラムスの闇組織と取引を始めたのだ。ラムスの闇組織は他では手に入らない怪しい物品を仕入れており、密輸組織と暗殺組織に様々な武器を献上する事で伝説の武器を生み出す可能性のある素材や金品を得るという取引に手を染めるようになってから、ジュロの心は次第に歪み始めていた。
「ジュロ、もうやめて! どうしてそこまで伝説の武器を生み出したいの?」
「やかましい! お前には解らないだろうが、俺が伝説の武器に拘るのは意味があるんだ」
自らの手で伝説の武器を生み出す。その理由は自身の名声を世界中に轟かせる事であったが、代々受け継がれる血筋が生む職人としての性によるものでもあった。リティカは歪に向かって行くジュロを止める事が出来ず、逃げるようにジュロの元を去って行き、そのまま消息不明となってしまった。

リティカが蒸発し、ジュロの元にいるのは幼いロドルだけであった。闇組織との取引で得た素材でも伝説の武器を生み出す事は叶わず、目的が達成出来ない苛立ちはロドルへ矛先を向けられる事となった。何の役にも立たない邪魔なだけの息子といった感情しか持たず、次々と加えられていく無慈悲な仕打ち。ジュロから受けた虐待によって心身共々深い傷を刻まれたロドルは、闇市場の奴隷商人に売られていった。売られたロドルを買い取ったのは、ジュロと取引していた暗殺組織のボスであった。月日は流れ、闇組織にも失望していたジュロは街から離れていた。

ラムスの暗殺組織のボスに買われたロドルは、暗殺者として育てられた。同時に、ボスから伝説の鍛冶職人の血筋を持つ子供だという事を教えられ、組織用の武器を鍛える鍛冶の技法も教え込まれていた。ボスは暗殺のみならず、鍛冶の腕前や技術にも優れた男であった。自身の手で徹底的に鍛え上げた刀による忍の暗殺者としての実力を身に付けたロドルは、ザルルの炭鉱に続く森の中に現れた雷を呼ぶ魔物討伐の命令を受ける事になる。魔物は操る雷で高等の暗殺者をも一瞬で倒す程の力を持っていたが、ロドルだけ魔物の雷に耐える事が出来た。魔物は雷の魔魂を食べてしまった事で雷を操れるようになった存在であり、ロドルの手で魔物が倒されると、雷の魔魂はロドルに力を貸すようになる。ロドルは雷の魔魂の適合者であった。


俺はお前に力を与える……トレノと呼ぶと良い。お前は俺の適合者であり、お前の運命を導く者でもある。


トレノと名乗る雷の魔魂は、ロドルの頭の中でそう語り掛けた。トレノによってロドルは雷の力を武器と共に操れるようになり、ボスが認める程の組織のトップに立つ実力者に登り詰めていた。だがロドルには、自分を売った父親であるジュロの暗殺と蒸発した母親リティカを探す目的があった。組織を離脱しようとボスをも抹殺し、組織のメンバーも皆殺しにしてしまう。ロドルの謀反によって暗殺組織は壊滅し、ジュロとリティカを探す為にラムスを後にする。半年後、伝説の武器の素材を求めて放浪の旅に出ていたジュロを発見しては抹殺したものの、リティカの姿は何処にもなかった。リティカの手掛かりを得る事すら出来ず、一先ずラムスへ帰還したロドルは報酬と引き換えに暗殺業を遂行する街の暗殺者として、または様々な鉱物を素材として武器を鍛える闇の鍛冶屋として活動するようになる。暗殺者としてのロドルは『死を呼ぶ影の男』として名を馳せており、ラムスの住民の間では知らぬ者はいない程であった。


そして今日も闇の鍛冶屋として鍛え続ける。『覇刃』と名付けられた二本の刀を。蒸発した母親は今、ケセルという大敵の元にいる。大敵を討つ為にも、秘密の工房で自身の武器である刀を鍛え続けていた。
「愚かな事だ」
ロドルの頭の中でトレノが語り掛ける。
「……何だと?」
手を止め、反論するロドル。
「如何に自身の武器を鍛えたとしても、あの男には勝てぬ。お前一人だけではな。お前も奴の底知れぬ力を目の当たりにしたであろう」
淡々とした声でトレノが言うと、ロドルは眉を顰める。
「俺にはお前を止める権利は無い。お前の運命はお前自身の足で進むものだ。だが、あのケセルという男を決して侮るな。目的を果たすには、一人では成し遂げられぬ事もある。覚えておくと良い」
トレノの声を聞き終えたロドルは少し考え事をしては、再び刀を打ち始める。汗に塗れた険しい表情を崩す事なく、何度も何度も撃ち続けた。


再度ラムスを訪れたレウィシア一行は、住民からロドルについて話を聞く。相変わらず乱暴な態度で絡んで来る荒くれや金を払うように要求する盗賊といったアウトローな連中ばかりであったが、力ずくでの聞き込みの結果、ロドルの住居を聞く事に成功した。
「早いところ目的を済ませるわよ」
一行はロドルの住居である町外れの長屋へ向かった。
「……本当にこんなボロ家に住んでるのか?」
廃墟にしか見えない古びた長屋を見て唖然とするテティノ。恐る恐る呼び鈴を鳴らすレウィシアだが、反応は無い。留守かと思った矢先、不意に気配を感じて振り返る。背後に立っていたのは、ロドルであった。
「貴様等は……」
レウィシア達の姿を見たロドルは何処かで見たようなと言わんばかりの表情を浮かべる。
「あなたはあの時の……やはりそうだったのね!」
過去に遭遇した忍の男がロドル本人だという事実に案の定と思いつつも、緊張感を覚えるレウィシアとラファウス。
「あんたがこの街で有名な暗殺者のロドルか? ちょっと頼みたい事があるんだが」
ヴェルラウドが問い掛ける。
「……如何にもそうだが、何の依頼で来た?」
レウィシアは複雑な思いを抱えつつも、ヒロガネ鉱石を手に事情を全て話す。
「神の光が宿るヒロガネ鉱石だと……そいつを剣に宿せというのか?」
「ええ。報酬だったらあるわ。あなたは暗殺業だけじゃなく、鍛冶もやっているんでしょう?」
レンゴウから貰った金塊を差し出すレウィシア。ロドルはレウィシアが持つ金塊を受け取り、そしてレウィシアが手に持つヒロガネ鉱石を黙ってジッと見つめている。
「……貴様は何が目的で俺にそんな依頼をする?」
「ケセルという名の敵を討つ為よ。かつてこの世界を完全な闇で支配した冥神の化身たる存在……」
レウィシアがケセルの名を口にした瞬間、ロドルの目が見開かれる。
「ケセル……だと?」
「知ってるの?」
レウィシアの問いにロドルは返答せず、黙っていた。
「もしかしてあなたも、ケセルを倒す目的があるの?」
更に問うレウィシア。
「もしそうだとしたら、ヒロガネ鉱石に宿る神の光をこの剣に宿さなくてはケセルは倒せないわ。あなたは伝説の鍛冶職人の血筋を持つ者だと聞いている。あなただったらきっと……」
レウィシアはそっとロドルに自身の剣を見せると、ロドルはレウィシアの剣を興味深そうに眺める。
「勝手を承知で言うけど、どうか私達の依頼を引き受けて欲しいの。それに、ケセルとの関係も教えてくれたら……」
ロドルは即座に刀を抜き、レウィシアに向けて振り上げる。レウィシアは瞬時に回避し、剣を構えた。
「……俺の相棒が頭の中で話していた。俺の同士たる者が現れ、そいつらと共に戦う運命があるとな。それが貴様である事を証明してみろ」
二本の刀を構え、雷のオーラを纏うロドル。
「そう……やはりそう出るのね。だったらこちらの頼みも聞いて頂けるかしら。私が勝ったら、同士として依頼を引き受けてくれるという事を」
レウィシアは剣を構え、真の太陽の力を解放させる。
「レウィシア!」
「みんなは手を出さないで」
仲間達はレウィシアの意を汲み、離れた位置で勝負の行方を見守る事を選んだ。ロドルは瞬時にレウィシアに斬りかかる。レウィシアは次々と繰り出すロドルの斬撃を受け止めつつも、背後を振り返る。
「ああぁっ!」
即座に斬撃を弾いた瞬間、レウィシアの全身に雷撃が襲い掛かる。ロドルの雷の力によるものであった。
「くうっ……!」
構えを解かず、反撃に転じるレウィシア。幾度も切り結んでは後方に飛び退いて距離を取るが、ロドルの姿は既に消えている。背後にも姿は見えず、レウィシアは心を静め、相手の姿を捉えようと身構える。同時に、父ガウラの言葉が頭に流れ始める。


戦士の心得――相手は目だけで追うものでは無い。相手の放つ気配を肌で感じ取る触覚、動きから発する音を感じ取る聴覚……真の戦士たる者は、己の五感で相手を捉える事も出来る。全ての雑念を捨て、己の五感を活かすのだ。


相手の動きは目だけでは捉えられない。五感を利用して探る。その時に心を乱してはならない。雑念を捨て、降りかかる痛みを恐れてはならない。感じる。今、相手は此処にいる。
「そこよ」
レウィシアの一閃は、ロドルの左腕を捉えていた。ロドルは左腕の負傷を物ともせず、空中回転で後方に飛び退く。
「……フン、やるな」
ロドルの全身を覆う雷のオーラが激しい輝きを放つ。周囲に電撃を纏い、近付くだけでも感電する程の高電圧だった。
「なんて凄まじい雷なの……!」
雷の魔魂によるロドルの雷の力を前に息を呑むレウィシア。仲間達はロドルの雷に戦慄を覚えながらも、勝負の行方を見守るばかりであった。ロドルは雷を纏った二刀流の刀を振り翳しつつも、正面から飛び込む。その動きは残像が生まれる程の速さで、身構えるレウィシアの身体を一瞬で切り裂いていく。
「くああっ! がっ……ごあああ!」
鮮血が舞う中、レウィシアは激しい雷撃を受ける。それは傷口から電撃を流し込まれたような感覚のダメージとなり、煙を発しながらもガクリと膝を付くレウィシア。背後からロドルの姿が現れ、二本の刀がレウィシア目掛けて振り下ろされる。
「レウィシアアアア!」
テティノの叫び声が響き渡る。真っ二つになったレウィシアの身体は溶けるように消えていく。残像であった。斬られる瞬間に上空に飛び退いていたレウィシアが反撃の一閃を振り下ろすが、ロドルは即座に受け止め、両者は更に何度も切り結ぶ。火花と電撃が舞う剣と刀の激しい戦いは何者も寄せ付けない勢いであった。
「レウィシア……!」
ヴェルラウドは腰に装着した神雷の剣を見つめ、拳を震わせながらもレウィシアの勝利を祈る。
「……まさかレウィシアが負けるなんて事はあり得ないよな? 今のレウィシアには真の太陽の力というのがあるんだろ?」
テティノが心配そうにラファウスに聞くが、ラファウスは無言であった。
「おいラファウス、何とか言ってくれよ!」
「黙ってなさい。レウィシアの勝利を信じる事です」
「僕だって信じたいさ。でも……」
内心不安になるテティノに対し、ヴェルラウドが鋭い目を向ける。
「いちいち煩いぞ。お前も仲間だったら黙ってレウィシアを信じろ」
ヴェルラウドの一言にテティノは思わず頭に血を登らせる。
「クッ、言われなくても解ってるよ!」
不貞腐れるテティノを横に、ヴェルラウドとラファウスは勝負の行方を見守っていた。
「はああああっ!」
輝く炎を纏ったレウィシアの斬撃はロドルの残像を消し去り、瞬時に飛び上がっては大きく振り下ろす。レウィシアの前に現れたロドルは、胸に傷を刻んでいた。傷口から止まらない鮮血が溢れ出す。レウィシアの全身も鮮血が止まらない程の傷を負っていた。
「貴様……レウィシアと言ったな。この俺の動きを捉えられる程の力量を得ているとは」
「私は王国を守る騎士として育てられた身。でも今は大切な人々を救い、この世界を守る使命がある。その為にも、負けられないのよ」
血を流し、傷だらけの両者が言い合う中、砂を纏った熱風が吹き付ける。レウィシアは剣を構えながら呼吸を整え、自身に言い聞かせる。


負けられない。

私は太陽に選ばれし者。大切な人々を救い、この世界を守る使命がある。

そう、負けられない戦いだから……甘さを捨てなくてはならない。私と共にある真の太陽で全てを救う為にも、甘さを捨てて戦わなくてはならない。


「……面白い」
雷を纏いながら突撃するロドル。それに応えるように、輝く炎のオーラに包まれたレウィシアが剣を両手に立ち向かう。火花と稲妻が舞う激しい刃の激突が繰り広げられ、ロドルが一瞬で背後に回り込むと、振り下ろされる刀を弾くレウィシア。力比べの最中、ロドルの刀を纏う雷がレウィシアに襲い掛かる。
「くはあっ!」
バランスを崩した隙にレウィシアの首を狙うロドルの刀。次の瞬間、ロドルは目を見開かせる。レウィシアが両手で刃を掴んでいるのだ。レウィシアは刃を握る両手に力を込める。特殊な金属による手甲で覆われているが故に傷付かないものの、両手から激しい電撃が伝わり、じわじわと全身を痛めつけていく。
「……がああああっ!」
電撃を浴びながらもレウィシアは咆哮を轟かせ、刃を握り締めながらロドルの鳩尾に蹴りを入れる。その一撃によってよろめいた隙にレウィシアは飛び上がっての空中回転で背後に回り込み、ロドルの顔面に回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……」
昏倒するロドル。レウィシアは隙を与えぬ速さでマウントポジションを取り、ロドルの身体を抑え付けては剣を首元に突き付け、顔を近付ける。
「これで一本取ったわ。まだやるの?」
ロドルの視界に広がるレウィシアの表情は、途轍もない気迫に満ちていた。その気迫からは炎の輝きに満ちた闘志と大いなる使命を受けた戦士の力強さが感じられる。眼前からの鋭い視線と熱い吐息を感じながらも、ロドルは僅かに眉を動かす。
「……悪くは無いな」
「え?」
「この俺を追い詰める程の強さがある貴様は……本物らしい」
レウィシアは言葉の意図を聞き出そうと、至近距離の状態で更に鋭い視線を向ける。
「勝負は貴様の勝ちだ。気は進まんが、依頼を引き受けてやる」
その言葉を受けて思わずロドルを解放するレウィシア。
「その言葉に嘘はないのね?」
ロドルは返答せず、二本の刀を鞘に収める。敵意は無いと見たレウィシアも剣を収め、勝負はレウィシアの勝ちだと確信した仲間達がぞろぞろとやって来る。
「レウィシア、勝ったんだな?」
「ええ」
仲間達は安堵の表情を浮かべる。
「鉱石をよこせ」
そっとヒロガネ鉱石をロドルに手渡すレウィシア。ロドルはヒロガネ鉱石をジッと見つめ始める。
「ロドル。あなたも知っているの? ケセルがどういう存在なのかを」
レウィシアが問い掛ける。
「……つい最近会ったばかりだ。薄気味悪い野郎だが、この俺ですら寄せ付けぬ程の力を持っている。その気になれば俺の首を容易く吹っ飛ばせるような奴だ」
吹き荒れる風の中、ロドルは静かにレウィシアの問いに答える。ロドル自身も、ケセルの底知れない力に戦慄を感じていたのだ。
「だったら解るでしょう? 私があなたの鍛冶の技術を必要としている理由が。今の私でもきっとケセルには勝てない。あなたの鍛冶でヒロガネ鉱石の力を剣に宿せば、ケセルを倒せるかもしれないから」
レウィシアの言葉を受けたロドルは複雑な心境のまま、ヒロガネ鉱石を手に歩き始める。
「付いて来い。これから秘密の工房へ行く」
レウィシアはロドルの後を付いて行く。
「ほ、本当に引き受けてくれるっていうのか……?」
テティノが疑念の声を上げる。
「今は彼を信じるしかないでしょう。私達も行きますよ」
ラファウスはテティノを引っ張っていく。
「……行くしかないか」
ふと考え事をしつつも、ヴェルラウドは足を進ませる。


ロドルが向かった先は、森の中にある屋根が付いた井戸の底に設けられた工房であった。一行はロドルの秘密の工房に入る。
「こんなところに工房が……」
驚くヴェルラウドの傍ら、レウィシアは自身の剣を鍛冶台にそっと置く。ロドルはヒロガネ鉱石を眺めつつも、精錬炉を眺めていた。巨大な精錬炉は高温を保っており、絶え間なく稼働している様子である。
「……こいつを貴様の剣に宿すには、俺だけでは足りん。貴様の手も必要だ」
「え? つまり私も手伝うという事?」
「そうだ」
突然の出来事に驚くレウィシア。鍛冶の経験は全くないレウィシアからすると戸惑うばかりであった。
「わ、私に手伝えって言われても……完全に素人だし、出来る事なんて……」
「単純な事だ。貴様は剣を打つだけでいい。俺と貴様の二人で打つ作業だ」
精錬炉の近くにはハンマーが三つ程置かれていた。試しにハンマーを手に取るレウィシアだが、両手で持ち上げるのがやっとな程の重さであった。
「関係のない奴らは引っ込んでろ。作業の邪魔が入れば命は無いと思え」
作業準備に取り掛かろうとするロドルの一言。
「だったらそうさせてもらう。レウィシア、後は頼んだよ」
そう言い残して工房から去るテティノ。ラファウスとヴェルラウドも黙ってその場から去って行った。ロドルはヒロガネ鉱石を精錬炉に投入し、本格的に鍛冶に取り掛かる。レウィシアは作業工程を見守りながらも、鍛冶台に置かれた剣を眺めていた。


それから半日――完成を待つ仲間達は井戸の前で焚き火を囲んで待機していた。
「それにしても、完成までどれくらいかかるんだろうな」
テティノが呟く。
「伝説の鉱石を素材として剣を鍛える鍛冶だから、一日では足りないかもしれん。俺は鍛冶には疎いから実際のところは解らんが」
ヴェルラウドは神雷の剣を眺めながらもテティノの呟きに応えた。
「まさかこのまま何日も大人しく待ってろというのか? それまでの間どうしろっていうんだよ」
「そういう時こそ鍛錬でしょう? ヴェルラウドと鍛錬してみては如何ですか」
「ヴェルラウドと?」
ラファウスの一言に思わずヴェルラウドを見つめるテティノ。
「別に構わんぞ。俺も丁度鍛錬で暇を持て余そうと思っていたからな」
立ち上がり、剣を抜くヴェルラウド。
「ま、何もしないよりはマシか」
テティノはヴェルラウドとの鍛錬に挑む事にした。
「ラファウス、君はどうするんだ?」
ラファウスは少し離れた場所で両手を広げて立っている。風の声を聞いているのだ。
「全力で来な、水色の。お前の実力も気になっていたんだ」
赤い雷を纏う剣を構えるヴェルラウド。
「テティノだって言ってるだろ! 全く、君の方こそ僕を侮るなよ」
テティノは水の魔力を高め、槍を振り翳す。水の力を纏う槍と赤い雷の力を宿した剣の戦いが始まった。


更に時が経ち、工房から轟音が鳴り響く。溶かされたヒロガネ鉱石が宿った剣を、ロドルとレウィシアが力を込めて打っているのだ。ハンマーの重みに耐えつつも、一点に集中して自身の剣を叩き込むレウィシア。


レウィシアよ、決して心を乱すな。そして己の太陽がもたらす全ての力を込めろ。お前の剣に与えられるものは、紛れもなく神の力が宿いしヒロガネ鉱石。少しでも心に迷いがあれば完全な力は得られない。

お前の太陽は、全てを救う力。お前の剣は、太陽と神が併せ持つ力となるのだ――


レウィシアの頭の中から聞こえるその声は、ブレンネンの声であった。頭から聞こえるブレンネンの声を受け、レウィシアは自らの力の全てを信じるがままに、精魂を込めた一撃を自身の剣に打ち付ける。気迫に満ちたその顔は、汗で塗れていた。
「おおおおおおおおおっ!」
凄まじい気迫でハンマーを振り下ろし、轟音を轟かせる。ロドルもそれに応えるように大きくハンマーを振り下ろし、力強く叩き込む。丸一日、更に半日に渡って不眠不休で鍛冶に打ち込む二人は、時が経つのを忘れる程であった。


朝日の光が差し込む森の中――鍛錬を重ねて眠っていた仲間達が目を覚ます。
「……朝か。あれからもうどれくらいになるんだ?」
レウィシアとロドルの鍛冶の状況が気になるテティノ。
「俺達が鍛錬をしている間、井戸から物凄い音が聞こえていたが……下手に邪魔するわけにはいかないからな」
ヴェルラウドが冷静に言う。
「私達はただ待つしか他に無いとはいえ……どうなっているのでしょうか」
ラファウスが呟いた瞬間、井戸から足音が聞こえ始める。梯子から上がってきたのは、剣を持ったレウィシアであった。
「レウィシア!」
「みんな、ずっと待たせてごめんね。終わったわ」
レウィシアが剣を掲げる。刀身からは神々しい程の神秘的な輝きを放っていた。ヒロガネ鉱石に宿っていた神の光をレウィシアの剣に宿す事に成功したのだ。
「す、凄いじゃないか……それが完成した剣なのか!」
見違えるように変化したレウィシアの剣を見て驚く仲間達。
「ええ。剣から物凄い力が伝わるのを感じる。これならば……」
輝くレウィシアの剣を見ていたヴェルラウドはふと神雷の剣を見つめる。
「成る程、神の力ってやつか。もしかしたらこいつにもと思ったが……な」
ヴェルラウドは自身が使う神雷の剣にもヒロガネ鉱石の力を宿す事が出来たら、と密かに考えていたのだ。
「ところで、ロドルは?」
「彼は暫く工房で休息を取っているわ。久しぶりの力を込めた仕事で疲れていたようだから」
全ての鍛冶作業を終えた後、ロドルは工房のベッドで眠りに就いていた。ベッドの傍らには、レウィシアが報酬として差し出した金塊が置かれている。剣を完成させた後、レウィシアはロドルにケセルを討つ目的を訊ねていた。


ロドルがケセルを討つ目的――それは、生き別れになった母親を救う為であったという事を聞かされていたのだ。
「何ですって? あなたのお母さんもケセルに……」
「奴から聞かされた話だがな……真偽はどうあれ、奴も俺の敵である事は確かだ」
レウィシアは共通の目的という事で仲間として共に戦うように言うが、ロドルはそれに応じようとしなかった。
「同士であっても、俺は貴様等と同行する気は無い。追加の報酬があれば考えても良いが」
「そう……」
ロドルは工房の奥に設けられていた粗末なベッドに横たわる。
「俺はあくまで与えられた依頼を受けただけだ。少し休息を取る。後は貴様等だけで勝手にやってろ」
無愛想な態度で振る舞いつつ眠りに就くロドルに対し、レウィシアはありがとうと軽く礼を言い残してその場を去る。ジュエリーラの一件について内心気になっていたものの、一先ず心の中で留めておく事にした。


目的を達成した一行は飛竜カイルに乗り、ラムスを後にする。
「それにしても、暗殺者の力を借りるなんて思いもしなかったな」
空中からラムスの街並みを見ながらもヴェルラウドが呟いた。
「彼のおかげで大きな収穫を得たわ。複雑な気分だけど……」
ロドルは暗殺者として生きる身。ジュエリーラを抹殺したのも暗殺者としての仕事。闇社会で生きる者としてはそれが生業の一つだと割り切るしかないのだろうか。そのうち彼も敵になるかもしれないけど、今は彼に感謝するしかないだろう。彼のおかげで、戦神アポロイアから譲り受けた我が剣に神の力を宿す事が出来たのだから。そう思いつつも、レウィシアは輝く戦神の剣を眺めていた。
「もしヒロガネ鉱石がもう一つあれば、俺の神雷の剣にも……」
ヴェルラウドもまた複雑な心境に陥っていた。途方もない大敵を相手にする事となった今、自身が何処まで力になれるか解らない。レウィシアとの同行を試みたのも、自身が扱う神雷の剣にもヒロガネ鉱石の神の力で大いなる力を得られる可能性を考えての事であった。だが発見出来たヒロガネ鉱石は一つだけで、結局叶わぬ事となってしまった。


今戦うべき敵は、きっと神の力がないと倒せない存在なのだろう。神の力を得たのはレウィシアのみで、俺が得る事は叶わなかった。俺は何処まで力になれるだろうか?

だが、俺は命に代えてでも……守るべきものを守りたい。例え力及ばずとも、俺には騎士として人を守る使命、そして英雄として戦い続けた父と母の誇りがある。

俺を選んだ神雷の剣、そして我が赤雷の力を信じて戦う。騎士として、守るべきものを守る為にも――。


亡き父と母、そして失った大切な人々の姿を浮かべながらも決意を新たにするヴェルラウド。一行を乗せた飛竜カイルは鳴き声を上げながらも、賢王マチェドニルが待つ賢者の神殿へ向かって行く。





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