EM-エクリプス・モース-

橘/たちばな

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第九章「日蝕-エクリプス-」

因縁の対決

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……

……ロドル……ロドル……

突然、頭に浮かんで来る僅かな母親の記憶。自分の名前を呼びながらも穏やかに、そして悲しい表情をした母親。何故此処に来て母の記憶が鮮明に浮かんできたのだろうか?その問いに答えられる者はいるはずもなく、自然に浮かぶ記憶を跳ね除けながらも足を進める事を止めないロドル。行く手を阻む魔物達はまだ存在していた。影の魔物達とデーモン族、凶暴なドラゴンが次々と現れるものの、ロドルは雷の魔力を宿した刀で瞬時に切り裂いていく。
「ゴォォォ……ゴアアアア!」
ドラゴン族最上位種となるグレートドラゴン、ホワイトドラゴンが同時に灼熱の劫火と絶対零度のブレスを吐き出す。
「ぬ、ぐっ……!」
二体のドラゴンが吐き出すブレス攻撃にロドルは防御態勢に入るものの、その勢いは防御だけでは凌ぎ切れない。ロドルは咄嗟に煙玉を投げつけ、ブレス攻撃を受けつつも退却する。二体のドラゴンはロドルの姿が無い事に気付くと、攻撃を止めて移動し始める。退却したロドルは天井に張り付いていた。壁を蹴る事で天井まで飛び上がり、隠し持っていた苦無を利用して天井に張り付くという忍の高等技術であった。二体のドラゴンの隙を見つけてロドルは天井から飛び上がり、勢いよく回し蹴りをホワイトドラゴンに叩き込み、懐に次々と斬りつけていく。
「ギャアアアア!」
返り血を浴びながらも、ロドルは雷の魔力を高めていく。ズタズタに切り刻まれ、体内に雷撃を流し込まれたホワイトドラゴンは雄叫びを上げながら倒れる。グレートドラゴンが灼熱のブレスを吐き出すと、ロドルは刀を突き立てながら炎の中に飛び込み、グレートドラゴンの喉元に突き刺す。刀身から流れる雷撃がグレートドラゴンに襲い掛かる。刀を引き抜き、二刀流による一閃で首を切り落とし、更に胴体を切り落としていく。二体のドラゴンを撃破すると、ロドルはブレス攻撃によるダメージで膝を付いてしまう。
「……クソが。何処にいる」
焼け付く身体を起こし、ダメージを抱えながらもロドルは更に足を進める。
「クックックッ……フハハハハ! やはり此処まで来たか」
響き渡るように聞こえるケセルの声。思わず足を止め、刀を構えるロドル。
「貴様……何処だ」
「ククク、ロドルよ。所詮は人間の暗殺者風情だと思っていたが、たった一人で来るとは実に見上げたものよ。母親に会いたいのだろう?」
挑発するような物言いをするケセル。ロドルは表情を強張らせていた。
「良かろう。母親に会いたければ進むがいい。貴様の母親はオレの手中にあるのだからな」
ロドルは辺りを見回し、再び足を動かす。進むにつれて邪気が濃くなっていくものの、魔物の気配は感じられない。通路を抜けた先の大広間には朽ちた台座が置かれ、突き当たりには大扉がある。
「クックックッ……ようこそ、死を呼ぶ影の男よ」
大扉の前に現れたのは、ケセルであった。
「潰しに来たのか?」
問うロドルに対してケセルが醜悪な表情を浮かべる。
「潰す、か。そうとも言うな。貴様は最早無用の邪魔者でしかない。母親に会うにはどうすれば良いか、言うまでもないな?」
「……下らん。どの道貴様は消すつもりだ」
殺気が込められた目で雷の魔力を最大限に高め、戦闘態勢に入るロドル。ケセルは歯を剥き出しながらも口元を歪め、眉間に皺を寄せながらも醜悪な笑みを見せていた。


地底遺跡への洞窟を進むレウィシア達は、魔物達の死骸の山を見て驚く。死骸はズタズタに切り裂かれている。
「これは……一体何が?」
自分達以外の来訪者の存在が気になるばかりのリラン。
「まさか……」
レウィシアの頭の中に浮かんだのはロドルであった。ロドルには生き別れとなった母親を救う為にケセルを討つという目的がある。そしてこの無残な姿となった魔物達。自分達よりもずっと早くケセルの元へ向かったのだろう。もしや今頃ケセルと戦っているのではないだろうか。そう考えたレウィシアは心を落ち着かせようと呼吸を整える。
「……急ぎましょう。敵に挑もうとしているのは、私達だけじゃない」
振り返らずに進んで行くレウィシア。
「魔物の気配は感じられぬが、此処は完全なる敵地。決して気を抜くな」
リランの一言に全員が頷き、レウィシアの後を追う。その先にも魔物とドラゴンの死骸が転がっており、何とも言えない不気味さと戦慄を覚えた一行は警戒しつつも通路を進んで行く。そして一行は通路を抜け、大広間に出る。そこには、黒いオーラに包まれたケセルと刀を手にしたまま蹲っているロドルがいた。
「ほほう、これはこれはようこそ」
一行の来訪を歓迎するかのようにケセルが不敵に笑う。
「貴様……ケセル!」
剣と盾を手にレウィシアが鋭い目を向ける。その目には怒りの炎が宿っていた。仲間達もそれぞれの武器を手に身構え始める。
「フン……いつかの依頼者か」
レウィシア達に気付いたロドルが呟くように言う。頭からは血が流れ、口元のフェイスマスクは血で濡れていた。
「クックックッ、レウィシア。丁度良いタイミングだよ。我が主の完全なる復活が目前となった上、なかなか面白い事になったよ」
「何ですって?」
「貴様らと行動していた聖職者の小僧……ルーチェ・ディヴァールといったか。あの小僧が予想外の素晴らしい素材になってくれた。おかげで主は力の制御が出来たのだからな」
愕然とするレウィシア。そしてケセルが言葉を続ける。これまで浚ってきた人々の魂は冥神ハデリアの大いなる力を制御し、自我を保つ為の素材となっていた。憎悪と破滅の魂を得た冥神の力はハデリア自身でも制御出来ない程強大なものであり、力の暴走を抑えられる魔力を持つ者の魂が必要であった。その魂を持つ者がガウラ、シルヴェラ、エウナ、マレン、リティカ、そしてルーチェ。特にルーチェには生まれつき巨大な光の魔力が備わっており、それはシルニア修道院やクレマローズの教会でも崇められていた女神レーヴェの加護を受けた光。ルーチェに備わる光の力はそれぞれの魂に力を与え、結果的に冥神の強大な力が暴走しないように抑える事が出来たのだ。
「まさか……そんな事の為にルーチェを……?」
「フハハハ、貴様は本当に良い素材を提供してくれた。クレマローズを訪れていた時から注目していたのだが、まさに大当たりだったよ。そしてもう一つ教えてやろう。主の新たなる肉体の事をな」
ハデリアの新しい肉体として選ばれたネモアの身体――二年前、ネモアを突然襲った原因不明の病。それは、黒い影を通じて城内に現れたケセルの侵食の魔力によるものであり、侵食の魔力に蝕まれたネモアは高熱に苦しみながら死を迎え、クレマローズの人々によって埋葬された後、ケセルはネモアの死体を手にしていた。肉体の機能は失われているものの、ネモアの中に秘められた太陽の力は侵食の魔力によって暗黒に染まった状態で燃え続けていた。そしてハデリアの肉体とする為にネモアの死体を改造したという事を明かすと、レウィシアは更に驚愕する。
「嘘よ! ふざけるのもいい加減にしなさい!」
「オレはつまらん嘘を付く事は無い」
「私は絶対に信じない! ネモアは死んだのよ……ネモアの身体が冥神の身体になるなんて、絶対に信じないわ!」
「クハハハ、そう思うのは無理もないか。まあ、確かめたければオレを倒してみる事だ」
ケセルの三つの目が妖しく輝くと、ヴェルラウド、ラファウス、オディアン、テティノ、ロドルの足元に黒い円が現れる。そして黒い円から現れる無数の黒い手。五人は黒い手に捕えられ、黒い円の中に引きずり込まれてしまう。
「みんな!」
レウィシアとリランが助けようとするものの、五人は既に黒い円に引きずり込まれていた。
「オレの兄弟がずっと退屈しているものでな。戦える奴らに相手してもらう」
「何だと!」
険しい表情でケセルを睨み付けるレウィシアとリラン。
「ククク、大僧正リランよ。貴様の同士が惨たらしく殺された気分はどうだ? 貴様も本能で恐怖を感じているのではないのか?」
残忍な笑みでリランに問い掛けるケセル。
「黙れ! 私はレウィシアを始めとする最後の希望が必ず貴様達を倒すと信じている。その為にも、この命に代えてまで希望を支え続ける。だから、決して恐怖などに屈しない!」
気丈に言い放つリラン。
「貴様らの相手はこのオレだ。言っておくが、今度ばかりは決して容赦はせぬ。貴様らはもう、ただの無用者でしかないのだからな」
ケセルが気合を込めると、周囲に闇の波動が巻き起こる。同時に全身が黒いオーラに包まれ、手元に鞭のようにうねる刀身の剣が出現した。レウィシアはそれに応えるように、真の太陽の力を呼び起こす。あの時は本気ではなかった。そして今は全力で挑もうとしている。だから、全力で戦わないといけない。今此処にいる相手は因縁の宿敵。絶対に勝たなければ――。
「ケセル、勝負よ! 貴様だけは絶対に許さない!」
力を込めて剣を握り締め、レウィシアはケセルに立ち向かう。


黒い円に引きずり込まれたラファウスは、靄に包まれた部屋の中にいた。目の前には黒みがかった姿のケセルが腕組みをして立っていた。
「クックックッ、お前の相手はこのオレだ」
ケセルはラファウスに向けて不敵な笑みを浮かべている。
「此処は一体……仲間は何処にいるのです!」
「奴らはそれぞれ別の場所にいる。オレの兄弟達の相手になってもらう為にな。そしてこのオレはケセルの兄弟の一人だ」
ラファウスの前にいる黒いケセルは、ケセルが蓄えていた膨大なる負の思念から作られた影の分身体で、兄弟と称していた。そして各地に出現していたケセルの分身となる黒い影もその一つであった。
「……つまり、あなたを倒さなくてはいけないという事ですか」
避けられない戦いだと悟ったラファウスは風の魔力を最大限に高めていく。
「ククク、流石は物分かりが良いな。楽しませてもらうぞ、聖風の神子よ」
ケセルの影は黒いオーラを纏いながらも、両手に闇のエネルギーを溜め始める。
「風の力よ……」
ラファウスが周囲に竜巻を発生させると、地面から次々と影の刃が突き出して来る。ケセルの影の闇の魔力による攻撃であった。襲い掛かる影の刃を避けつつも、真空の刃で応戦するラファウス。
「フハハハ、風を起こすだけか? セラクを倒した力を見せてみろ」
眼前に姿を現すケセルの影。ラファウスは間髪でケセルの影の拳を避け、空中回転しつつも反撃の魔法を発動させる。
「ヴォルテクス・スパイラル!」
巨大な螺旋状の衝撃波がケセルの影を飲み込んでいく。着地しては身構えるラファウス。激しい衝撃波が消えた瞬間、ケセルの影による暗黒の衝撃波が襲い掛かる。
「くっ、ああぁっ……!」
衝撃波によってラファウスは大きく吹き飛ばされる。ケセルの影はクククと笑いながらも、倒れたラファウスを空中から見下ろしていた。


靄に包まれた部屋に放り込まれたテティノが目を覚ました時、愕然とする。目の前にケセルの影がいる事と、仲間達がいないという状況に置かれ、本能で恐怖を覚え始める。
「クックックッ、怖いのか? 出来損ないの王子よ」
ケセルの影が嘲笑うように言い放つ。
「お前はケセルなんだろ? 何か違うようだが……」
「オレはケセルであってケセルではない。影となる兄弟だ」
目の前にいる存在がケセル本人ではないにしても、ケセルそのものである事に変わりないと考えるテティノは必死で恐怖感と戦いながらも、汗ばむ手で槍を握り締める。
「流石に完膚なきまで叩きのめされた時の恐怖が拭えないようだな。無理もなかろう。人間は心が弱ければ、死に直面する程の恐怖はいつまでも心に残り続けるのだからな」
テティノの脳裏には、過去にケセルの圧倒的な力に打ちのめされていた時の出来事が蘇っていた。そして仲間がいない状況に直面し、自分一人で戦わざるを得ないという現実に恐怖を感じていた。
「言っておくが、貴様が命乞いしようとオレの気が変わる事は無い。貴様も無用者だからな」
ケセルの影がテティノに襲い掛かる。テティノはケセルの影の攻撃を避け、込み上がる恐怖を抑えながらも水の魔力を高める。
「くっそおおおおおおおお!」
テティノが叫び声を轟かせ、槍を手に構えを取る。
「焦るな、テティノよ」
突然、頭から聞こえて来る声。水の英雄アクリアムの声であった。
「今のお前は俺と共にある。俺の全てをお前に捧げた事でお前の力は大いに増している。恐怖に踊らされるな。決して心を迷わせるな。お前には果たすべき使命があるだろう」
その声によってテティノの頭にマレンの姿、そして与えられた使命を果たし、マレンを救う事を両親に誓った過去の自分の姿が次々と浮かび上がる。


お兄様……!


一瞬、マレンの声が聞こえた気がする。そう、マレンは僕が助けなくてはならない。その為にレウィシア達と此処まで来たんだ。奴を恐れてはいけないんだ。水の英雄……そして、水の神を信じるんだ。
「クックックッ、そうこなくては面白くない」
笑うケセルの影を前に、テティノは全魔力を解放させる。その力はアクリアムの魂との融合によって、以前のテティノよりも格段にレベルアップしていた。
「……行くぞ! もう僕はお前達に踊らされはしない!」
テティノは魔力が込められた槍を突き立てると、次々と激しい水柱が発生し、更に巨大な水竜巻を伴った波が襲い掛かる。
「うおおおおおおおおお!」
波に乗る勢いで槍を構え、ケセルの影に一閃を加える。その一撃はケセルの影の左腕を斬り飛ばしていた。
「フハハハハ、楽しくなってきたな」
空中に漂うケセルの影が魔力を集中させた右手を掲げると、無数の闇の矢が次々とテティノに降り注ぐ。闇の矢の攻撃を受けながらも、テティノは反撃の魔法で応戦していく。勝負は、アクリアムの力による水の魔法とケセルの影の操る闇の魔法の激しい戦いへと発展した。


仲間がいない空間に放り出されたヴェルラウドは、正面に立つケセルの影を前に剣を構える。ヴェルラウドの表情は激しい怒りに満ち溢れていた。
「クックックッ、ヴェルラウドよ。怒りに満ちたその顔も実に愉快だ。オレ達が憎いか?」
ヴェルラウドを嘲笑うように言うケセルの影。
「貴様に用は無い。本物のケセルと戦わせろ」
この場にいるケセルの影が本当のケセルではない事を既に察していたヴェルラウドが怒りを込めて返答する。
「フハハハ、それは無理な相談だな。奴の相手はレウィシアだ。お前はオレの退屈凌ぎに付き合ってもらう」
「ふざけるな!」
ヴェルラウドは赤い雷の力と共にケセルの影に斬りかかる。雷撃を帯びた剣技が次々と繰り出されるものの、ケセルの影は難なく回避していく。ケセルの影が背後に回り込んだ瞬間、一閃を繰り出すヴェルラウド。だがその一閃も決まらず、空中から闇の光弾を次々と放つケセルの影。ヴェルラウドは剣で闇の光弾を全て弾き飛ばし、高く飛び上がる。振り下ろした一撃は残像を斬り、背後からケセルの影の高笑いが聞こえて来る。
「ククク、怒り任せな攻撃ではこのオレは倒せんぞ」
ヴェルラウドが振り返ると、両手で剣を構える。
「どれ、一つ面白い話をしてやろう。貴様は忘れもしないだろう? かつてサレスティルを支配していた影の女王の事を」
ケセルの影が口にした影の女王という言葉に思わず目を見開かせるヴェルラウド。
「あれもオレの兄弟のようなものだ。とはいえ、所詮は余興を楽しむ為に作った手駒に過ぎぬがね。あれをどうやって作ったのかも教えてやろうか」
ケセルの影が語る。影の女王は過去のアクリム国王の支配欲に満ちた思念から作られた存在であり、各地の王国の制圧と領土拡大を目的とした全面戦争を仕掛ける計画も、全て過去のアクリム国王が持っていた支配欲がもたらしたものだったのだ。
「手駒とはいえ、なかなかの傑作だったよ。愚かな国王の支配欲であれ程の面白い紛い物が作れるとはな。奴に踊らされ続けた王女は死に、王国も大混乱となった。楽しい見ものを見せてくれた事に感謝しているよ、ヴェルラウド」
ケセルの影は腕を組みながら笑う。自らの左胸に剣を突き刺し、大量の血を吐きながら死んだシラリネの姿がヴェルラウドの頭に浮かび上がり、更にケセルの光線によって左胸を貫かれるスフレの姿が浮かび上がる。
「……貴様あっ!」
怒りと憎悪に満ちた表情で叫ぶヴェルラウド。輝く赤い雷光が剣から巻き起こり、激しい稲妻となって迸る。


……如何なる事があっても、己を見失うな。己を失う事は、己の破滅へと繋がる。それを忘れるな。


止まらない憎悪の感情に襲われている中、不意にオディアンの言葉が頭を過る。
「……俺は……己を失わない。貴様らを倒す為に」
輝く赤い雷光のオーラに包まれたヴェルラウドは剣を振り翳し、空中で見下ろしながら嘲笑うケセルの影に戦いを挑んだ。


オディアンは今いるこの場所は一体何処なのか、仲間達はどうなったのかと戸惑う中、正面に立っているケセルの影を前にして戦闘態勢に入る。
「クックックッ、此処はオレとお前だけの場所だ。他の奴らはそれぞれ別のところにいる。お前はオレの遊び相手になってもらうというわけさ」
ケセルの影は残忍な笑みを浮かべながらも、空中に浮かび始める。
「……貴様を倒さなくてはならぬという事か。貴様はケセルではないようだが」
緊張感に満ちた表情で大剣を握り締めるオディアン。
「フハハハ、そうだ。オレはケセルの影となる者。所謂血肉を分け合ったケセルの兄弟だ」
ケセルの影の両手から七つの玉が現れる。七つの玉で器用にジャグリングをしつつも、ケセルの影はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「兵団長よ。お前は剣聖の王を救うのが目的なんだろう? 奴の魂が今どういう状況に置かれているのか、理解しているのか?」
ブレドルド王の魂は現在、闇王ジャラルダの魂との融合で憎悪と破滅の魂へと変貌している。そんな状況に置かれている事を改めて突き付けられたオディアンは激しい怒りを覚える。
「黙れ! 何があろうと、陛下は必ず救い出す。俺はその為に此処まで来た」
大剣を手に、オディアンはケセルの影に向けて一閃を繰り出す。衝撃波が襲い掛かるものの、ケセルの影は一瞬でオディアンの背後に出現する。
「全く、王に仕える騎士というものは何故使命感のままに動く愚か者ばかりなのだ? 身の程を弁えず、つまらぬ希望にしがみ付いてまで王を救いたいとは」
ケセルの影は闇のオーラに包まれた玉を次々と投げつける。七つの玉は勢いよくオディアンに向かって行く。飛び掛かる玉を大剣で切り落とすものの、玉はすぐに再生し、再びオディアンに向けて飛んで行く。
「うぐっ……!」
七つの玉による攻撃を受け、倒されるオディアン。玉はケセルの影の手元に戻ると、ケセルの影の頭上で合体していき、一つの巨大な闇の炎に包まれた玉と化した。立ち上がったオディアンは再び大剣を構える。闇の炎が燃え盛る巨大な玉が放たれると、オディアンは背中に身に付けた戦斧を投げつける。凄まじい勢いで飛ぶ両刃の戦斧と巨大な玉が激突すると、オディアンは即座に大剣を振り下ろす。衝撃波の上乗せによって、巨大な玉は戦斧共々粉々に砕け散った。
「クックックッ、なかなかやるな。流石は剣聖の王に仕える騎士といったところか」
表情を崩さず、空中で腕を組みながら笑い続けるケセルの影。オディアンは額に汗を滲ませながらも、大剣に力を込めていた。


ケセルの手によって靄に包まれた部屋に飛ばされたロドルは、傷の痛みを抑えながらも空中に佇むケセルの影に視線を移す。
「フハハハ、ロドルよ。ここからはこのオレが相手だ」
ケセルの影は三つの目を輝かせると、無数の黒い槍をロドルに向けて次々と放つ。ロドルは二つの刀で黒い槍を一瞬で切り落とし、突撃を試みる。だが、ケセルの影はかく乱させるようにロドルの周囲を旋回し始める。その動きは残像を残す程であった。ロドルはそれに対抗するように心を静め、動き回るケセルの影に居合を放つ。その一撃はケセルの影の左肩を深々と切り裂いていた。
「ぬう……」
ケセルの影は動きを止め、間合いを取る。
「紛い物に用は無い。消えろ」
ロドルは雷の魔力を身に纏い、更なる攻撃を加えようとする。ケセルの影はロドルの斬撃を回避しては空中で四人に分身し、一斉に螺旋状の闇の光線を口から放つ。ロドルは瞬時に攻撃をかわし、残像を生む高速移動でケセルの影を狙うものの、ケセルの影は既にロドルの背後に来ていた。口からの闇の光線を受けたロドルは大きく吹っ飛ばされる。
「……ぐっ……」
ボロボロの装束を脱ぎ捨て、立ち上がろうとするロドルだが、身体をうまく動かす事が出来ない。かなりのダメージであった。
「ロドルよ。今こそ一つになる時だ」
ロドルの頭から聞こえて来るトレノの声。
「……貴様、邪魔をするな」
「解らぬか? 奴は紛い物でも、真のケセルに匹敵する程の力を持つ。例え奴を倒したとしても、貴様だけの力ではケセルを倒す事は出来ぬ」
ロドルは無言で空中に浮かび上がるケセルの影を見据える。
「お前の目的は母親を救う事ではないのか? このまま奴の思うが儘にされ、惨たらしく殺される事を望むのか?」
トレノが感情的に声を張り上げる。
「フン……鬱陶しいくらいお節介な奴だ。そこまで言うならば試してやる」
その一言によってロドルは意識が遠のき始め、視界は真っ白になっていく。そしてロドルの前に現れる紫色の光。光は、人の姿へと変化する。
「俺はトトルス。雷の魔魂トレノの主となる者。ロドル・アテンタート……我が適合者よ。俺は己の全てをお前に託す。冥神を滅ぼす為にな」
かつて冥神に挑んだ雷霆の魔術師であり、雷の英雄と呼ばれたトトルスは精神体と魂が力として一体化した光の玉へと変化し、ロドルの中に入り込んでいく。
「ロドルよ……冥神を倒せ。我が力と共に――」
ロドルの身体が凄まじい電撃を纏った魔力のオーラに包まれると、視界は再び靄がかった部屋に戻る。そして空中には、腕を組みながら醜悪な笑みを浮かべているケセルの影の姿がある。
「フハハハ、それが貴様の本気か? そう来なくてはな」
笑うケセルの影は両手に闇の力を集中させ始める。ロドルは動じる事無く、雷を纏う二本の刀をゆっくりと旋回させる。
「トレノよ、勘違いするな。貴様のお節介がいい加減目障りだから引き受けただけに過ぎん。これ以上の口出しはするな」
ケセルの影の両手を纏う闇の力は黒い雷光球と化し、二つの雷光球がロドルに向かって行く。刀を両手に、正面から突撃するロドル。
「おおおおおおおっ!」
ロドルが叫び声を轟かせた瞬間、雷光球との激突により、爆発を起こす。霹靂の一閃と闇の雷光球のぶつかり合いによる爆発は、辺りに激しい雷を迸らせていた。


ケセルとの戦いに挑むレウィシア。そしてケセルの影の分身体となる兄弟に挑むラファウス、テティノ、ヴェルラウド、オディアン、ロドル。それぞれが激しい戦いを繰り広げていた。




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