傷ついた心を癒すのは大きな愛

雪本 風香

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はとこのちーちゃん1

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『はとこのちーちゃん、覚えてる?』
母親の敏子から久しぶりに掛かってきた電話に出ると、前置きもなくいきなりそう聞かれた。
武史たけしは遠い記憶を手繰り寄せ、ちーちゃんのことを思い出そうとする。
「ちーちゃん…?…ちー姉?」

朧気な記憶の中に、かつてちー姉と呼んでいた2つ年上の親戚がいたことを思い出す。弟の俊樹としきは武史と同い年だったためよく覚えてるが、ちー姉に関しては記憶が曖昧だ。武史が答えた次の瞬間、母親は衝撃的な発言をする。
『そうそう、その千尋ちひろちゃん。今度からその家の離れに暮らすことになったから』
「はぁ!?」
絶句して言葉が出ない武史は電話口で固まる。
そんな武史の様子を気遣うはずも無く、敏子は言葉を続ける。
『明日の昼頃、引越し業者が行くから。あんた、明日仕事ないでしょ?手伝いなさいよ』
元々あんたの家じゃないんだから拒否権はないから、と言い残し一方的に電話が切れた。


生まれ育った瀬戸内海沿いの小さな町に残っているのは、もう武史だけだった。
母は武史と兄が進学で家を出ると、ずっと単身赴任していた父の元へと飛んでいった。兄は大学に進学しそのまま都会で就職したため、大人になってからは数える程しか会っていない。
祖父母が存命だった頃は、今武史が住んでいる家にお盆や正月になると親戚が集まって過ごした。
普段会えない従兄弟やはとこが集まり、花火をしたり餅つきをしたり。ずっとこの町で暮らしている武史にとって、都会に住んでいる子どもたちの話は憧れでもあった。

従兄弟たちが大きくなり、中学受験だの、塾だの通うようになり中々会えなくなると、あれだけ憧れていた都会への興味も、いつしか無くなった。
勉強よりも外で体を動かす方が好きだった武史にとって、コンクリートに囲まれて生活するよりも、自然の中で暮らす方が性に会っていた。

「俺はずっとここにおる」
そう言う武史に対して、2つ上の兄の智史さとしは家を出た後あまり地元に寄り付かない。
「俺は都会の方がいいわ。地元は息が詰まる」
何をしていても、どこそこの家の○○くん、と言われる環境が監視されているようだと言う兄の気持ちもわからなくはない。
それでも武史は地元から離れようとは思わなかった。

小さい頃からおじいちゃん子だった武史は、祖父の跡を継ぎ、地元で漁師をしている。
「タケ坊、自然相手の仕事は辛いぞ」
そう言いながらも孫が継いでくれることに嬉しそうな表情をしながら、色々なことを教えてくれた。
水産高校を卒業したあと、祖父の元で修行をした。昔気質の祖父は多くは語らなかったが、背中で色々なことを教えてくれた。
18歳から共に仕事をしてきて5年目の頃だった。やっと一通りのことができるようになってこれからだという時だった。祖父が亡くなり、後を追うように祖母も亡くなった。
先祖代々の仏壇も二人の位牌もこの家においているため、武史は管理を兼ねてこの広い家に一人で住んでいた。
一人暮らしも3年になり、一通り家のこともできるようになった。
「嫁さんでも貰ったらええやん」
26歳の武史に、漁師仲間や友人はそう声をかけ、実際に紹介をしてくれることもあるが、一旦一人暮らしの気楽さを味わうと誰かと暮らすことが億劫になって断り続けていた。

親戚と言えども男と女だ。平気で一緒に住まわそうとする敏子の神経を疑う。
だが、気ままに見えて敏子は理由のないことはしない。今回のこともなにか訳があるのだろう。
「部屋は余っとるがなぁ」
甘えるように寄ってきた猫のトラをひとしきり撫でると、武史は重い腰を上げた。
しばらく使っていない離れがどんな悲惨な状態になってるかは想像に難くない。
物置から掃除道具を取り出すと、武史は離れに向かった。
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