傷ついた心を癒すのは大きな愛

雪本 風香

文字の大きさ
8 / 61

噂話?1

しおりを挟む
買物から帰り、夕飯を食べて寛いでいる時に千尋が呼びかける。
「タケちゃん」
「なんや?」
呼びかけたのにも関わらず中々言い出せない千尋の様子を静かに見守る。
絞り出すような声で千尋は続けた。
「近い内にちゃんと話すから、もう少し時間欲しい」
「わかった」
武史は何のことか聞き返すこともなく了承する。
その返事で、ホッとした表情を見せる千尋に武史も安心する。
泣きそうな、それでいて苦しそうな表情を見るのは昨日の朝に続いて2回目だった。
昔の印象しか残っていない武史にとって、千尋が見せるその表情は辛いものがあった。

そういえば、と武史は暗い雰囲気を切り替えるように話を変えた。
「千尋、ここは田舎や」
「…ん?うん」
突然変わった話題に戸惑う千尋。武史は、何か言いにくそうに話を続けた。
「まぁ、田舎やから近所は顔見知りや。俺も仕事柄知り合い多いし。親戚とは言うが、その、しばらくは噂になると思う」
「あぁ、そのことなんだけど、智史くんからアドバイスがあるの」
そう言い、千尋は智史からのアドバイスを伝えた。

『千尋は仕事柄文章書くのが仕事だ。だから、地方に住んだことを書く仕事が来たと言うことにすればいい』
今若い世代で地方移住をすることに興味がある人が増えているそうだ。ただ、圧倒的に情報が少ないため、実際に移住するに至らない。
だからこそ地方の生活やどんな仕事に就いているのか、実際に暮らした場合の生活を文章に書き、それを発信する。
『武史は友達も知り合いも多いし、有名な観光地だけでなくマイナーな場所も知っているから千尋も楽しいと思うよ』

「確かにそっちの方がただ親戚と一緒に住み始めたと言うよりええかもな」
「私もせっかく住むならこの町のこと知りたいし。ただ、タケちゃんに教えて貰わないといけないから迷惑かけるけど」
武史はそんなこと気にするなと笑う。
「昼間も言ったが、千尋がこの町のこと知ってくれるんは嬉しいからな。どうせ休みの日も仲間と飲むか釣りするかくらいやから、どうってことない。
それに、俺も外から見たらこの町がどう見えるんか知りたいしな」

ブログ見せてな、という武史に千尋は勿論、と答える。
「それでも噂になるのは仕方ないよ。こちらが気にしなかったらいいことだし。智史くんも言っていたけど、噂にはなるけど悪気があっていうわけじゃないから、こちらが堂々としていたら大丈夫って」
先程の表情とは正反対にあっけらかんと話し笑う千尋に、武史は少し圧倒される。
「肝が据わっとるな」
「そう?」
「年頃の女がそういう噂流されるのイヤじゃないんか?」
「それならタケちゃんもでしょ?彼女とか好きな人いたら誤解されちゃうし」
「いや、俺はそういう人おらんからええけど」
「私も一緒だよ。それに田舎だから噂話があって、都会だから噂話されないっていうことはないから」
千尋は自分から出た言葉が思っているよりも硬い響きを持っていることに気付き、少し驚いた。武志はそんな千尋の様子に苦笑いをする。
(昔、何かあったんやろな)
武志も自営業だからわかる。一人で自分の名前を背負って仕事をするのは楽しいこともあるが、その分苦労も多いことを知っている。
武志の場合は家業を就いたため千尋の苦労は全部わかる訳ではないが、会社に守られていた生活から独立して自分の生活を成り立たせていくのはそれなりの苦労があったのだろう。

「あまりにもしんどかったら言えよ。一人で抱えたらええ事ないからな」
そういうと、武史はそろそろ寝るわ、と言い立ち上がった。
「明日は起きんでええからな。ちゃんと寝えや」
「ありがとう。タケちゃん、おやすみなさい」
寝る前にこのような挨拶も祖父母が生きている時以来だった。何か照れくさいものを感じながら武史は返事をする。
「おやすみ」


風呂に入り部屋に帰った千尋は最初に訳した詩集のことを思い出していた。柳田は出版社に千尋を推薦をしてくれたが、それだけだった。むしろ、出版社の担当者には「よくなければそのまま突き返せ」と言っていたと、後から千尋の担当になった美香から聞いた。
『千尋さんの翻訳、本当によかったから今回採用したの。柳田さんの推薦がなくても千尋さんが選ばれていた。むしろこちらが想定外だったのは、こんなに小さな仕事に柳田さんが装丁してくれたことよ』
柳田のお手付きだから選ばれた、という噂は千尋の耳にも届いていた。その時はまだ柳田と関係は持っていなかった。

ただただ、悔しかった。
自分のその時にできる全力の力を出し、それが評価されただけだったのに、男女の関係では?だか仕事を貰えたのかと、周囲は勝手に噂をする。
元いた会社の契約を業務委託に切り替えたのも、出版翻訳をしたいというのが最大の理由だったが、周りの噂が煩わしく会社に迷惑をかけ始めていたことも要因のひとつだった。

ありがたいことに、フリーランスになってからも元の会社からも仕事を継続的にもらえ、やりたかった出版翻訳にも携わることができる。
その分、仕事に対する思いは雇われの時以上だった。肩肘を張って精一杯強がって生きてきた。

「何かタケちゃんといると調子狂うなぁ」
武史は必要以上に踏み込んで来ない。あるがまま受け入れてくれる。今までそういう人が周りにいなかったため、千尋はどのように接していいか分からないままだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

処理中です...