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心と向き合う3
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安心したように寝息をたてる千尋の横で武史は眠れないまま過ごしていた。
(どうなるやろな、柳田さんに会って)
千尋の心が柳田に動く可能性は五分五分といったところだろう。
武史はそっとため息をつく。
思いのほか、千尋の心の傷は深い。長い時間をかければ癒されるのかもしれないが、果たしてその時間は自分に与えられるのだろうか。
それに、武史と柳田の徹底的な違いがある。
千尋のことを仕事面で支えられるかどうかだ。
千尋には言っていないが、武史はいくつか彼女の出版された翻訳本を読んでいた。
日本語以外からきしの武史には原作を読むことが出来ないため、訳本から読み解いた内容で判断をするしかない。
訳本の千尋の文章は心の傷があるからこそかけるような類いのものだ。
頼まれる仕事のジャンルが心のドロドロしたものを表現しているものが多いのか、敢えて千尋自身が選んでそういう系の本を訳しているのかはわからない。
だが、内に抱えているものがあるからこその表現だった。
『柳田さんは私の文章しか興味がないから。だからこそ、彼に振り向いて貰いたくて必死に仕事していた、というのもあるのかもしれない』
いつだったか、千尋が柳田のことをそう評していた。
逆に言えば、その一点に関しては武史は力になれない。
千尋は今の仕事に誇りを持っている。
それは武史が漁師の仕事が天職だと思っているように、千尋から今の仕事を取ることはできない。
もし仕事が生活のため、という考え方なら辞めてもらい、武史が養うことも出来るのに。
(やけど、それなら惹かれておらんやろうなぁ)
仕事観は近しいものがある。だからこそ、お互い仕事に関しては口出ししないし、尊重もしている。
だからこそ千尋が自分の心の傷を癒すことよりも仕事を取るのであれば、武史には何もできない。
武史がこの町で漁師として生きることにこだわっているように。
何度目かのため息をついた武史は、千尋を起こさない程度に抱きしめる。
ずっとこうして自分の腕の中にいて欲しい。
だけど、近い内に千尋は守られているこの腕から出ていくだろう。
その時の千尋の選択は……。
武史を選ぶのか。
柳田を選ぶのか。
どちらも選ばないのか。
「東京に行かしたくないわ」
東京に行くと、否応なく千尋は考えないといけない。
もう少し、千尋のことを独占し愛する時間が欲しい。
聞こえないことをいいことに、武史は珍しく弱音を吐いた。
千尋の温かさに包まれている内にいつの間にか眠っていたようだ。
腕の中でモゾモゾしている動きで武史は覚醒する。
目の前では千尋が武史を起こさないように気を遣いながらも腕から逃れようと、悪戦苦闘しているところだった。
「おはよ」
挨拶と同時に腕に力を込める。
「……おはよう。タケちゃん、一晩中こうしていたの?」
「そうや。温かくて抱き心地よかったけん、つい」
武史の言葉に照れた千尋は、敢えて素っ気なく言う。
「じゃあ、もう離して」
武史は首を振った。
「あと少しだけでいいけん。もう少しだけ、俺の腕の中におってや」
こうして抱きしめていられるのも最後かもしれない。
千尋の感触を余すことなく覚えておきたい。武史は千尋を強く抱きしめた。
「んっ」
少し息苦しそうな声をあげた千尋だったが、武史が満足するまでなすがままにされていた。
「気をつけてな。東京着いたら連絡欲しいわ」
「分かった。タケちゃんも気をつけて帰ってね」
軽く手を振りながらゲートをくぐった千尋が見えなくなるまで見送る。
寂しいな、と珍しく感傷に浸っていると、ポケットに入れていた携帯が震える。
先程別れたばかりの千尋からの電話だった。
『いつも私が聞く側だから、うっかり言い忘れていた。
タケちゃん、行ってきます』
笑いながら言う千尋に、武史も思わず声を出して笑う。いつも見送られる側なため、見送る立場は何だか照れくさい。
電話口で待っている千尋に、武史も言い慣れない言葉を電話の向こうに伝えた。
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
『はい!』
かかってきた時と同じくらい唐突に切れた電話。
しばらく見つめた後、武史は駐車場の方へ向かった。
先程までのセンチメンタルな気持ちは吹っ飛んでいた。
(どうなるやろな、柳田さんに会って)
千尋の心が柳田に動く可能性は五分五分といったところだろう。
武史はそっとため息をつく。
思いのほか、千尋の心の傷は深い。長い時間をかければ癒されるのかもしれないが、果たしてその時間は自分に与えられるのだろうか。
それに、武史と柳田の徹底的な違いがある。
千尋のことを仕事面で支えられるかどうかだ。
千尋には言っていないが、武史はいくつか彼女の出版された翻訳本を読んでいた。
日本語以外からきしの武史には原作を読むことが出来ないため、訳本から読み解いた内容で判断をするしかない。
訳本の千尋の文章は心の傷があるからこそかけるような類いのものだ。
頼まれる仕事のジャンルが心のドロドロしたものを表現しているものが多いのか、敢えて千尋自身が選んでそういう系の本を訳しているのかはわからない。
だが、内に抱えているものがあるからこその表現だった。
『柳田さんは私の文章しか興味がないから。だからこそ、彼に振り向いて貰いたくて必死に仕事していた、というのもあるのかもしれない』
いつだったか、千尋が柳田のことをそう評していた。
逆に言えば、その一点に関しては武史は力になれない。
千尋は今の仕事に誇りを持っている。
それは武史が漁師の仕事が天職だと思っているように、千尋から今の仕事を取ることはできない。
もし仕事が生活のため、という考え方なら辞めてもらい、武史が養うことも出来るのに。
(やけど、それなら惹かれておらんやろうなぁ)
仕事観は近しいものがある。だからこそ、お互い仕事に関しては口出ししないし、尊重もしている。
だからこそ千尋が自分の心の傷を癒すことよりも仕事を取るのであれば、武史には何もできない。
武史がこの町で漁師として生きることにこだわっているように。
何度目かのため息をついた武史は、千尋を起こさない程度に抱きしめる。
ずっとこうして自分の腕の中にいて欲しい。
だけど、近い内に千尋は守られているこの腕から出ていくだろう。
その時の千尋の選択は……。
武史を選ぶのか。
柳田を選ぶのか。
どちらも選ばないのか。
「東京に行かしたくないわ」
東京に行くと、否応なく千尋は考えないといけない。
もう少し、千尋のことを独占し愛する時間が欲しい。
聞こえないことをいいことに、武史は珍しく弱音を吐いた。
千尋の温かさに包まれている内にいつの間にか眠っていたようだ。
腕の中でモゾモゾしている動きで武史は覚醒する。
目の前では千尋が武史を起こさないように気を遣いながらも腕から逃れようと、悪戦苦闘しているところだった。
「おはよ」
挨拶と同時に腕に力を込める。
「……おはよう。タケちゃん、一晩中こうしていたの?」
「そうや。温かくて抱き心地よかったけん、つい」
武史の言葉に照れた千尋は、敢えて素っ気なく言う。
「じゃあ、もう離して」
武史は首を振った。
「あと少しだけでいいけん。もう少しだけ、俺の腕の中におってや」
こうして抱きしめていられるのも最後かもしれない。
千尋の感触を余すことなく覚えておきたい。武史は千尋を強く抱きしめた。
「んっ」
少し息苦しそうな声をあげた千尋だったが、武史が満足するまでなすがままにされていた。
「気をつけてな。東京着いたら連絡欲しいわ」
「分かった。タケちゃんも気をつけて帰ってね」
軽く手を振りながらゲートをくぐった千尋が見えなくなるまで見送る。
寂しいな、と珍しく感傷に浸っていると、ポケットに入れていた携帯が震える。
先程別れたばかりの千尋からの電話だった。
『いつも私が聞く側だから、うっかり言い忘れていた。
タケちゃん、行ってきます』
笑いながら言う千尋に、武史も思わず声を出して笑う。いつも見送られる側なため、見送る立場は何だか照れくさい。
電話口で待っている千尋に、武史も言い慣れない言葉を電話の向こうに伝えた。
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
『はい!』
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