54 / 61
心と向き合う5
しおりを挟む
探しに来た美香は、千尋の顔色を見るやいなや無理やりタクシーに乗せた。
何も聞かない美香に感謝を伝える余裕もないままホテルに帰ってきた千尋は崩れるように座り込んだ。
どれくらいそうしていたのだろう。いきなり携帯が通知音を奏でる。その音に飛び上がるほど驚いた千尋は、億劫な動きで携帯を確認する。
武史から着信だった。
(なんでタケちゃんは……)
武史はたまたまと言えども、こんな計ったようなタイミングで、千尋が望むことを出来るのだろう。
この一週間、SNSでのやり取りはしていたが電話は無かった。明日は武史の家に帰る。今日電話をしなくてもいいはずだ。
千尋はそっと携帯を手にした。
「はい」
『よかった、起きとったか。明日何時の飛行機か聞くん忘れたから教えてや。雨で漁に出れんから仕事休みになったけん、迎えに行くわ』
武史のいつもと明るい声に千尋は沸き上がる感情を押さえきれなかった。
「……っつ。うっ……」
泣くのを堪えようとするが、一旦泣きだしたら止まらない。
せめてもの抵抗とばかりに歯を食いしばるが、そんなことでは溢れ出る感情は収まらなかった。
『堪えんでええよ。泣き止むまで電話切らんから』
武史の言葉に千尋は声が枯れるまで泣き続けた。
いつの間にか寝入っていたようだ。ホテルの目覚ましで設定していたアラームに起こされる。
充電が切れかけていた携帯を慌ててコンセントに差し、武史からきていたメッセージを確認する。
泣きながら寝落ちした様子だったから電話を切った旨と、起きたら連絡が欲しいことが記されていた。
千尋は時間を確認すると、武史へ先にお風呂に入ることを伝え、携帯を置く。
風呂場の鏡を見ると、思った以上に酷い顔の自分が写っていた。
乾いた笑いを浮かべ、千尋は水洗を捻る。
思ったより熱いお湯に打たれている間は何も考えなかった。無意識にいつもより長い間、シャワーを浴びていた。
それが一時的だとしても、千尋には必要な時間だった。
重い体を引き摺るように空港に向かい、適当にお土産を購入した後、早々にゲートをくぐる。
何もする気にはならなかった。食欲もないため、近くの自販機でコーヒーを買い、ベンチに座り込む。
どんな顔をして武史に会えばいいのだろう。
このまま帰ってもいいのだろうか。
考えても仕方ないことがグルグルと頭をよぎる。
それでも考えずにはいられなかった。
(酷い顔しとるな。賭けに負けたか)
迎えに来た武史は千尋の顔を見るなり柳田に心が動いていることを察した。
胸はチクリと傷んだが、千尋にはそんな様子を見せずに普段通りに接する。
強引に荷物を持ち、歩くのもやっとの千尋の手を引いて車まで戻る。
大人しくついてきた千尋は、車に乗るなり武史に謝る。
「ごめん……。ごめんなさい、タケちゃん」
「ええよ、気にせんとき」
何が、とは聞かずに武史は助手席で俯いている千尋の頭をポンポンと撫でる。
それが合図だったように千尋は肩を震わせ泣き出した。
押し殺したように泣く姿が、こちらに来たばかりで心の距離がある頃に戻ったようで切ない。
それでも武史は千尋が泣き止むまで、背中をさすり続けた。
落ち着いた千尋は帰りの道中で躊躇いがちに話した。
バケツをひっくり返したような土砂降りの雨だ。いつもより慎重に運転をする。
幸いにも帰るまでにはタップリと時間があった。
千尋が迷っていることは大きく二つあった。仕事と柳田のことだ。
この町でのんびり過ごしながら翻訳の仕事をするか、東京に戻ってバリバリ仕事をするか。
「産業翻訳をしていれば今は最低限この町で暮らせると思う。だけど、AI翻訳も増えて来ているし、結局は現状維持のままなら先細りする。AIに負けないようにより専門性を高めようと思うと、人脈が必要だなって感じている」
その言葉で武史は千尋が東京に帰ることになるだろうと気づいた。だが本人はまだ自分の心が求めていることに気付いていない。
「この町での暮らしが気に入ったんか?」
「うん。タケちゃんのおかげだけど、ここの方が私らしく生きれる気がする。やっぱり東京では無理していたんだろうね。……その事に気付かないくらいには」
その言葉が無性に嬉しかった。だからこそ、武史は千尋に伝えた。
「選べるんは幸せなことや」
唐突な武史の言葉に千尋は無言で先を促す。
「仕事を選べる立場になるんは、しんどいけどある意味幸せや。自分で人生を決めれるけん。
千尋は今選べる立場なんやけん、選択肢がある内に欲しいもの手に入れときや」
息を飲む千尋に武史は諭すように続ける。
「この町におるんやったら最悪仕事なくても俺が養えるし、仕事も紹介できるわ。やけど、それは千尋の欲しいものやないやろ?」
苦しそうな表情をした千尋は、武史の言葉を噛み締める。
中々返事は無かった。
何も聞かない美香に感謝を伝える余裕もないままホテルに帰ってきた千尋は崩れるように座り込んだ。
どれくらいそうしていたのだろう。いきなり携帯が通知音を奏でる。その音に飛び上がるほど驚いた千尋は、億劫な動きで携帯を確認する。
武史から着信だった。
(なんでタケちゃんは……)
武史はたまたまと言えども、こんな計ったようなタイミングで、千尋が望むことを出来るのだろう。
この一週間、SNSでのやり取りはしていたが電話は無かった。明日は武史の家に帰る。今日電話をしなくてもいいはずだ。
千尋はそっと携帯を手にした。
「はい」
『よかった、起きとったか。明日何時の飛行機か聞くん忘れたから教えてや。雨で漁に出れんから仕事休みになったけん、迎えに行くわ』
武史のいつもと明るい声に千尋は沸き上がる感情を押さえきれなかった。
「……っつ。うっ……」
泣くのを堪えようとするが、一旦泣きだしたら止まらない。
せめてもの抵抗とばかりに歯を食いしばるが、そんなことでは溢れ出る感情は収まらなかった。
『堪えんでええよ。泣き止むまで電話切らんから』
武史の言葉に千尋は声が枯れるまで泣き続けた。
いつの間にか寝入っていたようだ。ホテルの目覚ましで設定していたアラームに起こされる。
充電が切れかけていた携帯を慌ててコンセントに差し、武史からきていたメッセージを確認する。
泣きながら寝落ちした様子だったから電話を切った旨と、起きたら連絡が欲しいことが記されていた。
千尋は時間を確認すると、武史へ先にお風呂に入ることを伝え、携帯を置く。
風呂場の鏡を見ると、思った以上に酷い顔の自分が写っていた。
乾いた笑いを浮かべ、千尋は水洗を捻る。
思ったより熱いお湯に打たれている間は何も考えなかった。無意識にいつもより長い間、シャワーを浴びていた。
それが一時的だとしても、千尋には必要な時間だった。
重い体を引き摺るように空港に向かい、適当にお土産を購入した後、早々にゲートをくぐる。
何もする気にはならなかった。食欲もないため、近くの自販機でコーヒーを買い、ベンチに座り込む。
どんな顔をして武史に会えばいいのだろう。
このまま帰ってもいいのだろうか。
考えても仕方ないことがグルグルと頭をよぎる。
それでも考えずにはいられなかった。
(酷い顔しとるな。賭けに負けたか)
迎えに来た武史は千尋の顔を見るなり柳田に心が動いていることを察した。
胸はチクリと傷んだが、千尋にはそんな様子を見せずに普段通りに接する。
強引に荷物を持ち、歩くのもやっとの千尋の手を引いて車まで戻る。
大人しくついてきた千尋は、車に乗るなり武史に謝る。
「ごめん……。ごめんなさい、タケちゃん」
「ええよ、気にせんとき」
何が、とは聞かずに武史は助手席で俯いている千尋の頭をポンポンと撫でる。
それが合図だったように千尋は肩を震わせ泣き出した。
押し殺したように泣く姿が、こちらに来たばかりで心の距離がある頃に戻ったようで切ない。
それでも武史は千尋が泣き止むまで、背中をさすり続けた。
落ち着いた千尋は帰りの道中で躊躇いがちに話した。
バケツをひっくり返したような土砂降りの雨だ。いつもより慎重に運転をする。
幸いにも帰るまでにはタップリと時間があった。
千尋が迷っていることは大きく二つあった。仕事と柳田のことだ。
この町でのんびり過ごしながら翻訳の仕事をするか、東京に戻ってバリバリ仕事をするか。
「産業翻訳をしていれば今は最低限この町で暮らせると思う。だけど、AI翻訳も増えて来ているし、結局は現状維持のままなら先細りする。AIに負けないようにより専門性を高めようと思うと、人脈が必要だなって感じている」
その言葉で武史は千尋が東京に帰ることになるだろうと気づいた。だが本人はまだ自分の心が求めていることに気付いていない。
「この町での暮らしが気に入ったんか?」
「うん。タケちゃんのおかげだけど、ここの方が私らしく生きれる気がする。やっぱり東京では無理していたんだろうね。……その事に気付かないくらいには」
その言葉が無性に嬉しかった。だからこそ、武史は千尋に伝えた。
「選べるんは幸せなことや」
唐突な武史の言葉に千尋は無言で先を促す。
「仕事を選べる立場になるんは、しんどいけどある意味幸せや。自分で人生を決めれるけん。
千尋は今選べる立場なんやけん、選択肢がある内に欲しいもの手に入れときや」
息を飲む千尋に武史は諭すように続ける。
「この町におるんやったら最悪仕事なくても俺が養えるし、仕事も紹介できるわ。やけど、それは千尋の欲しいものやないやろ?」
苦しそうな表情をした千尋は、武史の言葉を噛み締める。
中々返事は無かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる