モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています

雪本 風香

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別れましたよね?

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 理貴の気持ちに答えるわけでもなく、かといって颯の気持ちを完璧に断ち切れていないあかりだったが、気づいたらあっという間に二ヶ月程経っていた。
 
 仕事の忙しさにかまけて理貴との関係は曖昧なままだ。だけど不思議なことに、そこまで負担には感じなかった。
 相変わらず理貴からの連絡は定期的に来ているが、忙しいといえば一旦その時は引いてくれる。
 うまい具合に距離を取ってくれる理貴とのやり取りは、気が楽だ。
 それよりも今あかりを悩ましているのは。

 ――ピロン。

 あかりは携帯電話を手に取ると、ため息をついた。
 送信者は、山科 颯。二ヶ月前に別れたあかりの元カレである。

『空いてる日、いつ?』
 颯から来ているのは、いつも一行だけの簡素なメッセージだ。
 素っ気ない連絡も付き合っていた頃なら嬉しかったのに、別れた今では戸惑ってしまう。

 (なんで今更……)

 いつもあかりが連絡する方だったのに。
 別れた途端、マメに連絡を送ってくるようになるとは皮肉なものだ。

 少し前から颯は、何度も何度も断ってもしつこく連絡を送ってくる。

(散々話し合ったはずなのに……)

 チクンと胸が痛むのは、まだ颯に気持ちがあるということなのだろうか。
 自分の気持ちがわからないけれど、今は颯にも理貴にも会いたいとは思わない。
 
 あかりは迷う。自分の気持ちに正直に従うべきか、それとも別れても残っている上下関係に従うべきか。

 そこまで考えた後、あかりはフッと笑った。
 もう散々断っているのだ。もし問題になるのであればとっくの昔になっている。
 それに颯は、公私混同をするのをいやがるタイプだ。あかりが付き合う以前も、付き合った後もオンとオフの切り替えを徹底していた。

 颯ならば、あかりが今から送るメッセージの意味を正確に捉えるだろう。
 あかりは短い文章を打つと、意を決して送信ボタンを押した。

 『空いている日はありません』と書いたメッセージにほどなく既読という文字がついたが、颯からの返信はなかった。



 あかりが決死の思いで送ったメッセージが意味をなさなかったと知ったのは、数日後のことだった。

 知らされたのは半年に一度ある上司との定期面談の日だった。面談といっても堅苦しいものではなく、ラフな感じで行われるもので、簡単にいえば仕事の悩みやプライベートの報告をする場である。

 とはいえ、伝える相手は早野である。ざっくばらんに話す早野をあかりは上官として尊敬していたし、ムダな気遣いも不要である。
 いつものようにサッサと終わるものだと気楽に構えていた。

(報告することもないし、サクッと終わるでしょ)

 颯と別れたことは既に二ヶ月前に臨時で報告済みだし、その後理貴と飲みに行っていることも雑談の中で伝えている。
 あるとしてもせいぜい金銭面のチェックくらいだろう。
 未決裁の書類が溜まっているからサッサと終わらせよう。そう思って臨んだ面談だったのに、思いの外長引くことになったのは、早野の一言のせいだった。

「あかりー、最近どうなのよ。こっちの方」
 定期報告を終えたあかりは早野の終了の合図を待っていたのに。
 上司はあかりの気持ちとは裏腹に右手の親指を立てる。
 このハンドサインは、「男はいるのか」と訊ねているのだ。
 昭和ならともかく、今は令和だ。イマドキそんなサインするのはアンタくらいだよ、と心の中で呟いてあかりは首を振る。
「いやー、全くです」
 颯と別れたと報告してからまだ二ヶ月しか経っていないのだ。それになにかあると常に報告を求められる環境なのだ。必要なことは都度伝えている。
 理貴と飲みに行って結婚しようと言われたことも、その気がないから断ったことも既に報告済みなのだ。
 それ以上の進展など、ない。
「そうなの?」
 わざとらしく眉を上げて驚いた表情をする早野は、手帳をパラパラとめくる。

(あー、長引くわ……)
 早野のこの動作をするときは、何か聞きたいことがあるときの前振りだ。
 取り調べの時だけに使ってくれよ、とあかりが心で叫んだ時、早野は口を開いた。

「幼馴染の金持ち君とはどうなのよ、進展の方は」
「報告している以上のことはないですよ。前に伝えている通り、結婚しようとは言われましたけど断っていますし、お付き合いもしていません。一度飲みに行ったきりで、最近は会ってもいないです。……まぁ、連絡は来ていますけど」
「ふぅん、そうか」
 早野は面白くなさそうに返事をする。
 興味ないなら聞かないでほしい、と思うが、警察ここは特殊なのだ。
 不祥事を避けるため、プライベートの――特に金銭面や異性関係は執拗に聞かれるのは仕方ない。
 わかってはいるけれどめんどうくさいと思ってしまったあかりは、そっとため息をついた。次の瞬間にその息は止まることになるのだが。
 あかりの様子を確認した早野は、そっと爆弾を投下した。

「じゃあ山科警部補とはどうなの? ちゃんと別れてる? ってか、別れた?」
 突然のことに息を吸うのを忘れたあかりは、ぐっと言葉に詰まった。
 そこでようやく、あー、今日の本題はこれか、とあかりは察したのだ。
 ぐっと、奥歯を噛み締めたあかりは、用心深く言葉を発した。
 
「別れていると私は認識しています。何かありましたか?」
「山科警部補は別れは納得してないって言ってるらしいよ」
「え? マジで!?」
「マジなのよ、これが」
 しまった、心で叫んだつもりが口に出ていた。
だけど早野はそこをアッサリと流して、困ったねぇと肘をつく。

「ぼくとしてもね、あかりの言い分を信じてはいるんだけどさ、向こうの方が階級が高いでしょ? どうなっているんだ、と聞かれたところで何も言えなくてね。だからその辺キレイにしときたいわけ。ということで、早めに山科くんと話しといてね」



「よう」
 わざわざ予定を合わせてあげたのに、案の定遅れてきた颯はあかりの隣に座ると、早速ビールを注文した。
「お久しぶりです」
 他人行儀に答えるあかりに颯は真顔を向ける。
 何考えているかわからない顔。付き合っているときは表情が読めなくて散々悩まされてきたけれど、別れた今となってはなんとも感じないから不思議だ。
「別れましたよね、私達」
「おまえ、デリカシーねぇな」
 颯の頼んだビールが届く前に本題を切り出すあかりに、颯は顔をしかめる。ちょうどその時ビールが届いた。
「まずは乾杯だろうよ」

 そう颯に言われたらあかりは従うしかない。付き合っていてもいなくても、警部補の颯は巡査部長のあかりより階級上なのだ。

 あぁ、悲しきかな縦社会。

 あかりはしぶしぶながらも、颯とジョッキを合わせた。

「それで……」
「別れたよ。今もオレは納得してないけどな」
 あかりが再度言う前に颯が口を開いた。
「「わかった」って言ってたじゃん! ……言ってたじゃないですか」
 言い直したのはわざとだ。颯もそれをわかっているからか、わずかに渋い顔をする。
「「あかりの言い分はわかった」と言ったんだ。別れを納得していたわけじゃない」
「なんですか、それ」
 颯の言い訳は、あかりが生活安全課で受けるDV男と似た空気を感じる。

 まさか、同じ穴のムジナか、とドン引きしているあかりを見て、颯は「タンマ」と手を上げる。
「一から話すから。とりあえず聞いてくれ」
 颯の進言にあかりはしぶしぶうなずいた。あかりだって上司の指示で来ているのだ。きちんと颯と話して報告する義務がある。
 うなずいたあかりを見て幾分ホッとした様子の颯は、追加のビールとつまみを頼む。
 さり気なくあかりの好きなエイヒレをオーダーしているところが憎い。
 以前は嬉しかったのに、別れた今となっては複雑だ。

 それでも。

 店員が当然のように颯の前に持ってきたエイヒレを、あかりの前に置き直す彼にときめいてしまうのだ。

「オレもちゃんと上にはフラレたって報告してる。別れたのに付き合っていると言ったら虚偽報告になるしな」
「ならなんで?」
 ふぅ、とため息をつきながら颯は呟いた。
「その時に、別れはしたけど納得はできていないって言ったのが福田さんの耳に入ったらしくて……」
「……あ」
 あかりは頭を抱える。颯がいう「福田」とは、長兄の雅人まさとのことだ。
 雅人は同じ刑事課の颯のことを気に入って色々と気にかけているのだ。
 付き合い始めたと報告してからは、実妹のあかりよりも颯のことを可愛がっていたくらいだ。
 報告すれば面倒くさいことになるし、同じ警視庁所属だ。いずれ勝手に耳に入るからと、敢えて雅人には言わなかったのだがこんなことになるとは。

 深くため息をついたあかりに、颯は苦笑いを浮かべる。
「上から指示が来る前に先に伝えようと連絡したのに。……お前が無視するからだ」

 そして、颯は唐突に表情を引き締めた。

「あかり」
「なんですか?」

 颯は何度か言い淀んだ末、絞り出すようにその一言を口にした。

「結婚……しないか」
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