モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています

雪本 風香

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なんで今さらプロポーズ?

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「なっ……」
 絶句して口をパクパクさせるあかりとは反対に、颯はスッキリした表情を浮かべている。
 ビールを一口飲んだ颯は、二の句が継げないあかりの気持ちを代弁する。
「なんで今さら、ってか?」
 返事代わりにコクコクと頷いたあかりに、颯はフッと息を吐いた。
「今さら、じゃない」
 自分を鼓舞するように一旦言葉を区切ると、あかりを見据えて再び口を開いた。
「オレはそのつもりで付き合っていた」
「……嘘っ。話したときに曖昧な返事しかしなかったじゃないですか! それに……もう別れましたけれど」
「だから何?」
「だからっ……」
「まだ好きだろ、オレのこと」
 ぐぅ、と言葉に詰まる。

 気持ちは残していないつもりだったのに、対面すると、好きという気持ちを再認識させられる。
 顔も、性格も、そして体型も。
 すべてがあかりの好みに合致しているのが颯なのだ。嫌いになって別離を選んだならまだしも、一朝一夕で人の気持ちは変わらない。
 でも別れたということは、颯とは将来さきが見えなかった。それが全てである。

 落ち着かせるために一つ呼吸を置いたけれど、湧き上がるのは怒りだった。

(なによ、今更……!)

 抑えることができなかった。感情のままに出てきた言葉をあかりはダイレクトに颯にぶつける。

「二年も付き合っていたのに一切そんな話なかったじゃないですか!」 
 どれだけ悩んで、考えた末に選んだ道だと思っているのか。それを簡単にひっくり返す颯が許せなかった。
 同じセリフを、二ヶ月前はあれだけ切望していたのに、今胸に広がっているのは、憤りと戸惑いなのだ。
 なのに、颯は淡々と言い放つ。

「うん、言わなかった」
 その言い方にあかりは毒気が抜かれた。
 あかりの気持ちが伝わっていないわけではない。受け止めた上でその対応だったのだ。
 颯はあかりを真っ直ぐに受け止めた。自分が筋の通らないことは颯も痛いくらい理解しているのだろう。
 今更と言われる覚悟を持って、自身の想いをぶつけてくる颯は初めて見る顔をしていて、あかりは戸惑ってしまう。
 怒りはあっという間に霧散した。あかりは尻すぼみになった感情を持て余しながら、口の中でモゴモゴと呟く。
「私から結婚しよって言った時にも……考えてはいないって」
「そうだな」
「なのに今さら結婚しようなんて言うなんて……」

 今簡単に言えるセリフならば、二ヶ月前に聞きたかったのに。
 あかりは無言で颯を睨みつけたが、先程の勢いは既になかった。

 色んな感情を綯い交ぜにして混乱しているあかりの視線を真正面から受け止めた颯は、先走った気持ちを落ち着かせるように加熱式タバコを取り出す。
 同時にあかりは口を噤んだ。
 
 颯はこの一本吸い終わるまでは口を開かない。大事な話をするときの颯の癖なのだ。
 手持ち無沙汰になったあかりは、冷めてしまったエイヒレをチビチビ口に含む。
 硬くなったエイヒレは、それでもビールとよく合う。
 あかりが一杯飲み干すのと、颯が一本吸い終わるのはほぼ同時だった。

「辞めれる? 仕事を」
「なんでいきなりそんな話?」
「いいから最後まで聞けって」
 唐突に始まった話題にあかりはついていけない。そんなあかりを颯は押し留めて話し始める。

「仕事柄、何かあったら家族ほっぽいて駆けつけないといけない。わかるよな」
「はい」
「オレたち二人の時ならいいさ、それでも。でも子どもが出来たら? 一番いないといけない時、側にいたいときに両親はどちらもいない」
「そんな……」
「そんなこと起きないと思ってるか?」
 颯の重みのあるセリフにあかりは次の言葉を口にすることができなかった。

 あかりだって警察官だ。国家に奉職している以上、万が一がいつ起きてもいいように、常日頃から心構えをして勤務についているのだ。
 考えていないわけがない。
だけど、結婚の先のこと――子どものことまで真剣に考えられていたか、と問われると自信はない。

「同僚同士で結婚して子どもいる人もいますし。あと、子持ちシングルの人も職場にはいっぱいいるから……」
「なんとかなるって?」
 颯は真顔を通り越して厳しい顔をして、低い声で言葉を発する。

「ならなかったら、どうする?」

 あかりは息を飲んだ。颯の声色もそうだが、厳しい言葉に返すセリフを失ったのだ。颯はあかりを気にかけることなく畳みかける。
「首都直下型地震が起きたら? 東京でテロが起きたら? 共に今の職についている以上、自分の家庭より国のために動かないといけない。その時、子どもはどうする? 保育園や小学校にいたとしてもオレたちは迎えにも行けない」
「その時は親に……」
「親に孫を迎えに行ってもらう? 何か災害や事件があったら、そのたびにお互いの身内に頼んで面倒見てもらうのか。あかりだって東日本大震災の時……」
「もうやめてください!」
 矢継ぎ早に繰り出される颯の言葉に、あかりは思わずストップをかける。

 颯からこんな言葉が出てくると思っていなかった。
 年頃の女性として、ただ当たり前にお付き合いして、その先に結婚があると思っていただけなのに。

(だって先輩たちも職場結婚してるし……)

 なんせ、女性警官は同僚と結婚することが多いのだ。
 公務員だから産休育休もしっかり取れるし、その後は負担が少ない部署で時短や、両親を頼りながら働いている。
 あかりもその先輩たちをロールモデルにして、自分も出来ると楽観的に考えていたのに。

「悪い」
 流石に追い詰めすぎたと思ったのか、颯から詫びの言葉が出てくる。
 けれどあかりの心はささくれ立ったままだ。
「だから……結婚してやるから私に仕事辞めろって言うんですか?」
「いや」
 短く否定して颯は再びタバコに火をつけた。加熱式たばこ独特の甘ったるい匂いが鼻に抜ける。
 煙が出ないタバコをくゆらせる颯をあかりは無言で見つめる。
 次の言葉を待ちながら颯の顔を観察するが、あかりには何を考えているか読み取れなかった。

 殊更時間をかけてタバコを吸った颯はあかりに向き合うと、何か吹っ切れたような笑みを浮かべる。
 滅多に笑う顔を見せない颯の表情に、不覚にもあかりはときめいてしまう。
 あかりの動揺に気付いた颯は、チャンスとばかりにテーブルの上にあった彼女の手を握りしめ、一気に言った。

「オレが警察仕事を辞める」
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