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期待されているのに!?
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「なっ……んで!」
あかりは体が熱くなるのを感じる。
怒りなのか悔しさなのか、両方なのかわからないが、警官を辞めるという颯に腹が立って仕方ない。
「……っ!」
感情をぶつけようとして、あかりは口をつぐんだ。
口を開くと、文句が止まらなくなる。
公の場で警察というキーワードや一般人に聞かれたらまずい職場内の情報が、ポロッと出てしまうかもしれない。
だから口を閉じて堪える。
そんなあかりの様子を見た颯は、会計をして店を出ようと促した。
※
「なんでっ!?」
「ちょっ、まず落ち着け」
店を出た二人はあかりの家に移動した。込み入った話になるときは守秘義務がある以上、どうしてもお互いの家が安心できる。
彼の家でもよかったのだが、帰りに送っていく手間がいると颯が主張した。
「別に一人で帰れます。私、強いですし」
そういうあかりに、颯は「アホか」と注意する。
「制服着ていないんだし、自分の腕を過信するな。それに、むやみに夜遅く女が一人で歩くな。それで事件になっているの、沢山見てきてるだろうが」
怒るように諭す颯にあかりは付き合っていた頃を思い出す。
語尾が強くなるのは、心配の裏返し。颯の変わらない姿にあかりは胸が締め付けられた。
颯はあかりが黙っている隙に、トドメの一言を投げかける。
「オレの家にするなら朝まで帰さないぞ」
そこまで言われて、とうとうあかりも折れるしかなかった。
二人並んで歩きながら、会話はない。無言の時間も気まずくないのは、積み重ねた二年があるからなのだろうか。
あかりは少しだけ感傷に浸りながら、さり気なく車道側を歩く半歩前の颯についていったのだ。
だが、そんなセンチメンタルな気分も家につくまでだった。
あかりの家について、冷蔵庫に入れている缶コーヒーを颯に渡して先程のことを話し出すと冷静ではいられなかった。
「警察辞めるってどういうことよ!?」
「そのまま。言葉通りだけど」
「颯さん警部補になったばかりじゃない!」
敬語を使うことや名字や役職で呼ぶこともすっかり忘れて、あかりは颯を追及する。
そんなあかりの態度に、颯は何かを考えるかのように目を細めた。
あかりのバカ正直に真っ直ぐぶつかってくるところは、新人の頃から変わらない。
颯はあかりをどこか眩しそうに見つめながら言葉少なに答える。
「そうだな」
それに納得しないのは、あかりの方だった。更にヒートアップして、颯に問いただす。
「刑事になるのが夢だって……。だから機動隊にも所属したし、非番でも刑事課に顔出してたじゃん」
「うん」
颯はコーヒーのプルタブを空けると一気に飲み干した。
違和感はない。その姿は二ヶ月前まで当たり前に見ていた姿だから。
その姿に、あかりは少しだけ頭が冷める。
颯の好きな、微糖の缶コーヒー。ブラック派なあかりの家にずっと残っていたもの。
付き合っていた時と同じ場所に座って同じように飲む姿をみると、本当に別れているのか分からなくなる。
(あれだけ考えて別れたのに……)
結婚を決意してくれない以外にも、すれ違いがあって別れたはずなのに。
油断すると気持ちが持っていかれそうになる。
「オレは……」
あかりが冷静さを取り戻したのを表情から読み取った颯が口を開く。
「本音は結婚したら家庭に入ってほしい。なんだかんだ言いながら危険を伴う仕事だしな」
わかるだろ、という颯にあかりは頷くしかなかった。
先程の会話もそうだが、危険とは常に隣り合わせの職なのだ。健全な職場であると広報しているが、最悪殉職する可能性だってある。
女性警官が増えて来ているとはいえ、まだまだ男性の組織であるし、警察官とだけで親の仇のように憎んでくる民間人も一定数いる。特に女性は女というだけで、そういうヤカラに侮られる。
最初は夢と希望を抱いて憧れて入ってきても、女性というだけで理不尽な目に遭うことも多いのだ。
溜まりに溜まってある時プッツリと辞めてしまう。
あるいは結婚を機に逃げるように退社したり。
あかりもそういう同僚をたくさん見てきたし、一歩間違えれば自分もそうなっていた。
あかりの思考を遮るように、颯は深いため息をつく。それは、何かを後悔しているようにあかりには聞こえた。
「オレは……一旦あかりが辞めるのを留めた責任がある。だから今更結婚するからお前に仕事を辞めろなんて言えないだろ」
颯の言葉には、過去の自分への苛立ちが混じっているようだ。
あかりは、思い返す。
本郷の交番勤務の時の出来事だ。
辞めようと考えているあかりを颯と久保が止めたのだ。
そのことがきっかけであかりは颯に好意を持つことになったのだが。
「だからといって両親共に警察官でいることは、子どもを育てる上ではオレは相応しくないと思う。同僚にも警官同士で結婚して子ども育てているのを見ていて「できる」とはわかっている。だけどオレはしたくない」
「なんで……よ。やってみないとわからないじゃん。それに、今は共働きが普通だし」
颯は困ったように笑う。
「さっき、店で言ったろう? いざ災害が起きたとき、我が子は一番守りたい存在なのに、両親がどっちもいないんだ。オレのエゴだというのはわかっている。だけどオレはイヤなんだ」
「そんなの……いつ起きるかわからないじゃん」
「あかり」
颯の声色がピリッとしたものに変わる。
思わず背筋を伸ばしたあかりに、颯は先輩警官として注意する。
「いつ起きてもいいように備える。それがオレたちの職務だろ?」
「はい」
そんなことわかっている。わかっているけれど。
あかりは考え込んでしまった。
ちゃんと話さないといけないとは思う。
けど、何を話さないといけないのだろう。
颯の言い分はわかる。痛いほど理解できる。
でもいつ来るかわからない万が一に備えて、どちらかが仕事を辞めないといけないのだろうか。それしか道はないのだろうか。
颯だってあかりだって警察官の仕事が天職だと思って奉職しているのだ。
それに、警察官だけじゃないはずだ。役所で勤めていても、病院で働いていても共働きでいる以上、すぐに子どものそばに駆けつけられないのだ。
いや、仮にどちらかが家にいても、幼稚園や学校に行っている間に災害が起きたら。
迎えに行こうにも道路が分断されて行けなかったら、自分が倒れてきたものに挟まれて動けなかったら。
最悪のことを考えるとキリがない。みんなどこかで折り合いをつけているのだ。
だけどあかりはそのことを颯に言わなかった。言うのを諦めたのだ。
もし、颯が「あかりに仕事を辞めろ」と言うと反論しただろう。
けれど、彼は「自分が辞める」と言っているのだ。自分の価値観だから、と。
それならあかりが言葉を重ねても無駄なこと。
代わりにあかりは颯に尋ねた。
「なんで別れた今、そんな話するんですか。別れ話したときに何故言ってくれなかったんですか」
「それは……」
颯は一瞬言い淀んだ。そして言いにくそうに話し始めた。
「……他の男が言い寄ってきているんだろ?」
理貴のことだ。あかりはため息をついた。
(誰だ、颯さんの耳に入れたのは)
あかりが直接話しているのは二人。上司の早野と同期の結だ。間接的に兄の雅人は幸人経由で知っているだろうし、理貴と会う時に一度使った安居酒屋は同じ所轄の人間もよく利用する店だ。
あかりが颯じゃない男と一緒にいるのを誰かに見られていてもおかしくない。
どこまで聞いているのかわからないが、颯が既に知っている以上、犯人探しをしても仕方ないのにあかりは考え込んでしまう。
「あかり」
いつの間にか颯があかりの横に来ている。
心臓がドキッと高鳴る。
(なんで刑事って気配消せるの!?)
颯は後ずさりするあかりの腕を掴むと軽く引っ張る。
軽く、とはいってもガタイの良い警官だ。いくらあかりが鍛えているといっても体勢が崩れるくらいの力はかかる。
おのずと颯の胸に飛び込むような姿勢になってしまう。
胸におさまったあかりを颯は抱きしめた。
「ちょっ……」
逃れようともがくあかりに颯は顔を寄せる。
「好きだ」
耳元で囁かれる言葉にあかりの動きが止まった。
付き合い始めの頃、数回聞いただけの言葉をなんで今言うのか。
固まっているあかりに、颯はもう一言囁いた。
「あ、あい……愛してる」
どもりながら告げる言葉は、初めてのもの。
あかりの体温が一気に上がった。心拍数がとんでもないことになっている。
更に口を開こうとする颯の気配を感じて、あかりは全力で彼の胸を押し返した。
そこには、あかりに負けないくらい顔を真っ赤に染めた颯がいた。
不覚にも可愛いと思ってしまった。激しく心を揺さぶられてしまうほど、颯の顔はあかりの琴線に触れたのだ。
こんなに照れている颯の顔は見たことがない。
刑事としての仕事柄か、普段から表情をあまり変えない颯なのに。
今は感情がだだ漏れだ。
「颯さん……」
初めて見る顔にあかりは呆然と名前を呼ぶしか出来なかった。
付き合っていたら、こんな顔を見られたことも、愛の言葉を囁かれたことも素直に喜べたのに。
今は戸惑いの方が勝るのだ。
それでも。
近づいてくる颯の顔をあかりは避けることが出来なかった。
あと数センチ。
あかりは息を飲んで、固く目をつぶった。
フッと笑うように颯の口から息が漏れる。
お互いの唇が掠めたその瞬間。
突然、下の方から大きな音が鳴り響いたのだ。
バッと弾かれたように二人は体を離すと、音源の方を見た。
颯のズボンのポケットから鳴り響くそれは、二人には耳慣れたものだった。
颯が小さな機械を取り出すと、ため息をつきながら操作して耳に当てる。
「はい、山科です」
あかりは聞こえない位置まで離れて颯の電話が終わるのを立って見守る。
呼び出しだろう。ただでさえ帰れない日や呼び出しが多いのに、警部補に昇進してますます忙しくなったのだ。
何度か「はい。はい」とうなずいた颯は早々に電話を切ると立ち上がった。
「悪い、呼び出し」
「うん」
何となく気まずい雰囲気が流れる。颯は何度目か分からないため息をつくと、置いてあったカバンを手に取り、立ち上がった。
もう合鍵は返してもらっている。戸締まりをしないといけない。
見送る形になるが仕方ない。あかりも立ち上がると、玄関に向かう颯の後ろをついていった。
「あかり」
靴を履き終えた颯はあかりを振り返る。
「警察官でいることよりもオレはお前と一緒に居たい」
颯の告白にあかりは答えられない。颯は目線を合わせるように軽くあかりに頭を下げると、思いの丈をぶつける。
「別れる前に決断できなくて済まなかった。だが、まだ間に合うならオレを選んでほしい」
「颯さん」
「返事はいつでもいい。……できればいい返事が来ることを願っている」
最後の方は早口で言い残すと、颯は鍵を開けて出ていった。
早足で歩いているのか、ドアが閉まるなりあっという間に遠ざかった足音。
その音が完全に聞こえなくなるのを確認したあかりは施錠すると、そのまま玄関に座りこんでしまった。
(な、にが起きた? ……どうしたらいい?)
一人になったあかりは颯の今更ながらの告白を思い出して、激しく感情を揺さぶられていたのだった。
あかりは体が熱くなるのを感じる。
怒りなのか悔しさなのか、両方なのかわからないが、警官を辞めるという颯に腹が立って仕方ない。
「……っ!」
感情をぶつけようとして、あかりは口をつぐんだ。
口を開くと、文句が止まらなくなる。
公の場で警察というキーワードや一般人に聞かれたらまずい職場内の情報が、ポロッと出てしまうかもしれない。
だから口を閉じて堪える。
そんなあかりの様子を見た颯は、会計をして店を出ようと促した。
※
「なんでっ!?」
「ちょっ、まず落ち着け」
店を出た二人はあかりの家に移動した。込み入った話になるときは守秘義務がある以上、どうしてもお互いの家が安心できる。
彼の家でもよかったのだが、帰りに送っていく手間がいると颯が主張した。
「別に一人で帰れます。私、強いですし」
そういうあかりに、颯は「アホか」と注意する。
「制服着ていないんだし、自分の腕を過信するな。それに、むやみに夜遅く女が一人で歩くな。それで事件になっているの、沢山見てきてるだろうが」
怒るように諭す颯にあかりは付き合っていた頃を思い出す。
語尾が強くなるのは、心配の裏返し。颯の変わらない姿にあかりは胸が締め付けられた。
颯はあかりが黙っている隙に、トドメの一言を投げかける。
「オレの家にするなら朝まで帰さないぞ」
そこまで言われて、とうとうあかりも折れるしかなかった。
二人並んで歩きながら、会話はない。無言の時間も気まずくないのは、積み重ねた二年があるからなのだろうか。
あかりは少しだけ感傷に浸りながら、さり気なく車道側を歩く半歩前の颯についていったのだ。
だが、そんなセンチメンタルな気分も家につくまでだった。
あかりの家について、冷蔵庫に入れている缶コーヒーを颯に渡して先程のことを話し出すと冷静ではいられなかった。
「警察辞めるってどういうことよ!?」
「そのまま。言葉通りだけど」
「颯さん警部補になったばかりじゃない!」
敬語を使うことや名字や役職で呼ぶこともすっかり忘れて、あかりは颯を追及する。
そんなあかりの態度に、颯は何かを考えるかのように目を細めた。
あかりのバカ正直に真っ直ぐぶつかってくるところは、新人の頃から変わらない。
颯はあかりをどこか眩しそうに見つめながら言葉少なに答える。
「そうだな」
それに納得しないのは、あかりの方だった。更にヒートアップして、颯に問いただす。
「刑事になるのが夢だって……。だから機動隊にも所属したし、非番でも刑事課に顔出してたじゃん」
「うん」
颯はコーヒーのプルタブを空けると一気に飲み干した。
違和感はない。その姿は二ヶ月前まで当たり前に見ていた姿だから。
その姿に、あかりは少しだけ頭が冷める。
颯の好きな、微糖の缶コーヒー。ブラック派なあかりの家にずっと残っていたもの。
付き合っていた時と同じ場所に座って同じように飲む姿をみると、本当に別れているのか分からなくなる。
(あれだけ考えて別れたのに……)
結婚を決意してくれない以外にも、すれ違いがあって別れたはずなのに。
油断すると気持ちが持っていかれそうになる。
「オレは……」
あかりが冷静さを取り戻したのを表情から読み取った颯が口を開く。
「本音は結婚したら家庭に入ってほしい。なんだかんだ言いながら危険を伴う仕事だしな」
わかるだろ、という颯にあかりは頷くしかなかった。
先程の会話もそうだが、危険とは常に隣り合わせの職なのだ。健全な職場であると広報しているが、最悪殉職する可能性だってある。
女性警官が増えて来ているとはいえ、まだまだ男性の組織であるし、警察官とだけで親の仇のように憎んでくる民間人も一定数いる。特に女性は女というだけで、そういうヤカラに侮られる。
最初は夢と希望を抱いて憧れて入ってきても、女性というだけで理不尽な目に遭うことも多いのだ。
溜まりに溜まってある時プッツリと辞めてしまう。
あるいは結婚を機に逃げるように退社したり。
あかりもそういう同僚をたくさん見てきたし、一歩間違えれば自分もそうなっていた。
あかりの思考を遮るように、颯は深いため息をつく。それは、何かを後悔しているようにあかりには聞こえた。
「オレは……一旦あかりが辞めるのを留めた責任がある。だから今更結婚するからお前に仕事を辞めろなんて言えないだろ」
颯の言葉には、過去の自分への苛立ちが混じっているようだ。
あかりは、思い返す。
本郷の交番勤務の時の出来事だ。
辞めようと考えているあかりを颯と久保が止めたのだ。
そのことがきっかけであかりは颯に好意を持つことになったのだが。
「だからといって両親共に警察官でいることは、子どもを育てる上ではオレは相応しくないと思う。同僚にも警官同士で結婚して子ども育てているのを見ていて「できる」とはわかっている。だけどオレはしたくない」
「なんで……よ。やってみないとわからないじゃん。それに、今は共働きが普通だし」
颯は困ったように笑う。
「さっき、店で言ったろう? いざ災害が起きたとき、我が子は一番守りたい存在なのに、両親がどっちもいないんだ。オレのエゴだというのはわかっている。だけどオレはイヤなんだ」
「そんなの……いつ起きるかわからないじゃん」
「あかり」
颯の声色がピリッとしたものに変わる。
思わず背筋を伸ばしたあかりに、颯は先輩警官として注意する。
「いつ起きてもいいように備える。それがオレたちの職務だろ?」
「はい」
そんなことわかっている。わかっているけれど。
あかりは考え込んでしまった。
ちゃんと話さないといけないとは思う。
けど、何を話さないといけないのだろう。
颯の言い分はわかる。痛いほど理解できる。
でもいつ来るかわからない万が一に備えて、どちらかが仕事を辞めないといけないのだろうか。それしか道はないのだろうか。
颯だってあかりだって警察官の仕事が天職だと思って奉職しているのだ。
それに、警察官だけじゃないはずだ。役所で勤めていても、病院で働いていても共働きでいる以上、すぐに子どものそばに駆けつけられないのだ。
いや、仮にどちらかが家にいても、幼稚園や学校に行っている間に災害が起きたら。
迎えに行こうにも道路が分断されて行けなかったら、自分が倒れてきたものに挟まれて動けなかったら。
最悪のことを考えるとキリがない。みんなどこかで折り合いをつけているのだ。
だけどあかりはそのことを颯に言わなかった。言うのを諦めたのだ。
もし、颯が「あかりに仕事を辞めろ」と言うと反論しただろう。
けれど、彼は「自分が辞める」と言っているのだ。自分の価値観だから、と。
それならあかりが言葉を重ねても無駄なこと。
代わりにあかりは颯に尋ねた。
「なんで別れた今、そんな話するんですか。別れ話したときに何故言ってくれなかったんですか」
「それは……」
颯は一瞬言い淀んだ。そして言いにくそうに話し始めた。
「……他の男が言い寄ってきているんだろ?」
理貴のことだ。あかりはため息をついた。
(誰だ、颯さんの耳に入れたのは)
あかりが直接話しているのは二人。上司の早野と同期の結だ。間接的に兄の雅人は幸人経由で知っているだろうし、理貴と会う時に一度使った安居酒屋は同じ所轄の人間もよく利用する店だ。
あかりが颯じゃない男と一緒にいるのを誰かに見られていてもおかしくない。
どこまで聞いているのかわからないが、颯が既に知っている以上、犯人探しをしても仕方ないのにあかりは考え込んでしまう。
「あかり」
いつの間にか颯があかりの横に来ている。
心臓がドキッと高鳴る。
(なんで刑事って気配消せるの!?)
颯は後ずさりするあかりの腕を掴むと軽く引っ張る。
軽く、とはいってもガタイの良い警官だ。いくらあかりが鍛えているといっても体勢が崩れるくらいの力はかかる。
おのずと颯の胸に飛び込むような姿勢になってしまう。
胸におさまったあかりを颯は抱きしめた。
「ちょっ……」
逃れようともがくあかりに颯は顔を寄せる。
「好きだ」
耳元で囁かれる言葉にあかりの動きが止まった。
付き合い始めの頃、数回聞いただけの言葉をなんで今言うのか。
固まっているあかりに、颯はもう一言囁いた。
「あ、あい……愛してる」
どもりながら告げる言葉は、初めてのもの。
あかりの体温が一気に上がった。心拍数がとんでもないことになっている。
更に口を開こうとする颯の気配を感じて、あかりは全力で彼の胸を押し返した。
そこには、あかりに負けないくらい顔を真っ赤に染めた颯がいた。
不覚にも可愛いと思ってしまった。激しく心を揺さぶられてしまうほど、颯の顔はあかりの琴線に触れたのだ。
こんなに照れている颯の顔は見たことがない。
刑事としての仕事柄か、普段から表情をあまり変えない颯なのに。
今は感情がだだ漏れだ。
「颯さん……」
初めて見る顔にあかりは呆然と名前を呼ぶしか出来なかった。
付き合っていたら、こんな顔を見られたことも、愛の言葉を囁かれたことも素直に喜べたのに。
今は戸惑いの方が勝るのだ。
それでも。
近づいてくる颯の顔をあかりは避けることが出来なかった。
あと数センチ。
あかりは息を飲んで、固く目をつぶった。
フッと笑うように颯の口から息が漏れる。
お互いの唇が掠めたその瞬間。
突然、下の方から大きな音が鳴り響いたのだ。
バッと弾かれたように二人は体を離すと、音源の方を見た。
颯のズボンのポケットから鳴り響くそれは、二人には耳慣れたものだった。
颯が小さな機械を取り出すと、ため息をつきながら操作して耳に当てる。
「はい、山科です」
あかりは聞こえない位置まで離れて颯の電話が終わるのを立って見守る。
呼び出しだろう。ただでさえ帰れない日や呼び出しが多いのに、警部補に昇進してますます忙しくなったのだ。
何度か「はい。はい」とうなずいた颯は早々に電話を切ると立ち上がった。
「悪い、呼び出し」
「うん」
何となく気まずい雰囲気が流れる。颯は何度目か分からないため息をつくと、置いてあったカバンを手に取り、立ち上がった。
もう合鍵は返してもらっている。戸締まりをしないといけない。
見送る形になるが仕方ない。あかりも立ち上がると、玄関に向かう颯の後ろをついていった。
「あかり」
靴を履き終えた颯はあかりを振り返る。
「警察官でいることよりもオレはお前と一緒に居たい」
颯の告白にあかりは答えられない。颯は目線を合わせるように軽くあかりに頭を下げると、思いの丈をぶつける。
「別れる前に決断できなくて済まなかった。だが、まだ間に合うならオレを選んでほしい」
「颯さん」
「返事はいつでもいい。……できればいい返事が来ることを願っている」
最後の方は早口で言い残すと、颯は鍵を開けて出ていった。
早足で歩いているのか、ドアが閉まるなりあっという間に遠ざかった足音。
その音が完全に聞こえなくなるのを確認したあかりは施錠すると、そのまま玄関に座りこんでしまった。
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