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うちの隊長が今の姿を見れば間違いなくさらに惚れていただろうと思います

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 久しぶりの王都は相変わらず騒然として雑然としていて空気が乾燥していた。
 あの日から何故かやる気になったハイラから逃げる様に俺は王都行きをさらに前倒しして七日前に城へと入城した。
 予定より早く到着した俺にエリオットは嬉しそうな顔を隠さずに迎えに来てくれて王宮の奥に在る俺の屋敷へと王太子自ら案内してくれた。

「予定では明後日に来ると聞いていたんだが、やっぱり王都が懐かしくなったか?」

 荷物をクローゼットに片づけているフレッドを横目に用意された茶を傾けながら

「いや、藪蛇と言うか、起してはいけない物を起したと言うべきか……」

 机に両肘を付いた手の上に顎を乗せ、背後の景色を見ないようにエリオットの背後にある先の景色を眺める。
 当然、俺の背後は丸見えのエリオットは苦笑を隠しきれずというか満開の笑顔で俺の背後で慌ただしく働くフレッドを始めとした侍女達の働きぶりを眺めていた。
 何でも先日この屋敷宛に荷物が大量に届いて預かってたのだが、どれもこれも王室御用達の店の名前が入った箱に詰められていてやっと貴族らしい自覚を持ったと喜んでいたとこらしい。
 そしてめずらしくもここに来た時はもちろん今も行儀よくフロックコートに身を包んだままの幼馴染を目の前に、常日頃からこう言った格好をしていればエリオットからでも見上げる長身なのだから男前になるのになと心の内で感心していたのは決して口には出さずに

「お前がやっと大公らしく身の回りの物をそろえだしたと聞いた時は驚いたが、一通り検品したがなかなかいいセンスじゃないか」
「いやな、うちの家令殿が本領発揮をしたというか、アルホルンが乗っ取られたというか……」

 どういう意味だと首をかしげるエリオットは顔をを小さい頃から馴染のある今は元騎士団団長に視線を向ければ彼は苦笑しながら俺達の側にやってきた。

「ルード様がハイラ殿にアルホルンに駐在する者を含めて再教育をするようにと命じられたのです」
「ハイラと言うと、例のクラウゼの家の家令だったか。
 伯爵家程度の家令がそんなにも凄いのか?」
「それはもう、ゴルディーニ殿と暮していると思われれば判りやすいかと思います」
「それは……凄いな。
 と言うか、ルードを含めてという事か?」
「それはもちろんです。
 こちらの品も前回こちらの城に来た折に一日だけ別行動した時に総て用意したとおっしゃってました」
「それは……お前でも立派な大公に見えるはずだ」
「だからって滞在中同じ服に袖を通すな、朝晩同じ服を着るな、次来た時は季節が変わるから着るな、宝石はまだ若いからシンプルな物を選んだが質は最高級の物を用意したので知り合ったお嬢様方にそのままプレゼントしても失礼にはなりませんよとか……
 クラウゼ副隊長ってこんな厳しい環境で育って来たのかって思ったら何か涙が出て来てさ?!」
「ルード様、生まれつき一緒に育っていると案外気にしない物ですし、一応公爵家の貴族として育ったあなたも子供の頃は同じ環境でした」
「ガキの頃なんて知るか!
 記憶にあるのは先生の所に行ってからだ!」

 昔の話はするなと目の前に在った砂糖菓子を投げつけて言えば背後で働く侍女達の仕事が少しだけ早くなった。
 粗も目立ったが、まぁ、気持ちはわからなくもないが食べ物を粗末にするな。

「失言です、申し訳ありません」

 丁寧に頭を下げたフレッドはそのまままた荷物を片付ける作業に戻る。
 そして彼は後回しにしている大公の従者として用意された山のようなな荷物を見上げながら途方に暮れている様子を見てエリオットも苦笑する。

「確かにお前が逃げ出したい気持ちも理解した。
 だが、こんな早く来て何して時間を潰すつもりだ?」

 侍女におかわりのお茶を貰いながら小さな砂糖菓子を口へと運ぶエリオットに

「エーンルート侯の屋敷に行ってくるよ。
 手紙は飛ばしてあるが、一度直接様子を見たい。
 前々から誘われていたのを断っていたがひょっとしたら泊まってくるかもしれない。できる限り帰ってくる予定だ」
「そうか、じゃああれはどうする?」

 俺の背後で侍女に指示と監視をしている男に

「ここに置いて行くよ。
 お前の侍女達を信頼するわけにはいかないからな」
「フレッドは信頼するんだ?」

 意味ありげに笑うエリオットに俺も意味ありげに笑い

「それだけの働きはした。
 少しは妥協しても良いと思っているのが俺の誠意だな」

 キョトンとした顔のエリオットの間抜けぶりに笑いながら、

「馬車も護衛も要らん。
 フレッドここは任せた」
「承りました」

 頭を下げれば慌てて侍女たちも頭を下げた。
 ちなみに護衛達は頭を下げない。
 下げる事で視界が悪くなるり護衛任務に影響が出るからと直立不動のままの目礼だけで終わらせていた中にアルフォニアの森を出現する。
 一瞬空気が固まった気配を背後で感じるものの、アルフォニアの森の中に足を踏み込めばすぐに出入り口を閉ざして俺だけの近道に潜り、小路を数分ほど歩けばもう目の前にはエーンルート邸が広がっていた。
 さすが侯爵家と言うか、ドアマンがアルフォニアの森を潜って出現した俺に驚かずに慇懃に頭を下げて

「アルホルン大公ようこそエーンルート邸に。
 今旦那様をお呼びいたします」
「いつも驚かせて済まないね」
「だいぶ慣れました」

 ドアマンがすぐにフットマンを呼んで、やたらと広いロビーに置かれた椅子で俺を待たせている間にエーンルート侯の嫡男が現れた。

「やあガウェイン。エーンルート侯の容態はどうだ?」
「相変わらずだ。
 今は家の事は俺が引き受けているが、宰相を退くのも勇気だというのに……
 部下も育っているのだからさっさと譲ればいい物を」
「……驚いた。
 俺が次の宰相になるというかと思ったのに」

 言えばガウェインは苦笑を零して

「学生の頃はそう思ってたさ。
 だけど世界の広さを知れば俺ではまだまだだし父の補佐をするのが手一杯だ。
 そもそも宰相と言うのはその家で受け継いでいく地位でもない。
 いくら殿下が俺を良く思ってくれていてもだ。
 お前みたいにその若さで既に宰相として手腕を振るえる存在がある事を、もちろん俺よりも相応しい者達が、そしてこの侯爵家と引けを取らない歴史ある家の出の者も父の部下には山のようにいる事を知っている。
 父の跡を継ぐ、子供の夢であり、今は目指すべき修業時代と言う事も理解してる」
「お前みたいな若さって、たった二歳の差だろ?」
「たった二歳でもお前は既に宰相になれる。
 その点俺は十年ぐらい修行しないとまず無理だ」
「お前の敗因はみんなで仲良しこよしで学校に通った事だ。
 人付き合いを諦めて宰相修行を子供の頃からしていれば今頃立派にエーンルート侯の跡継ぎとして成れてたものを」
「仕方がない。
 父が友達は大切にしろとそっちを優先したからな」
「なんか風向きが悪くなってきたな……」

 同じ侯爵家としてエリオットの友人役として選ばれ無かったエーンルート家も虎視眈々とエリオットの腹心の部下と言う地位を狙っていたのは想像に容易いが、シルヴェストル家の悲劇を目の当たりにして教育方針を変えたと言う話を直接聞いていた。
 
「俺としては父が何にこだわって宰相を続けているかずっと疑問だったが、あの祝勝会の時の言葉を聞いて父に問い詰めたよ。
 幼いバックストロムの剣に宰相として民の命を脅迫材料にして脅した一人だと言った」
「そうだよ。
 言葉と言う武器で俺を追いつめた一人で肉体的な暴力が無かった為に見逃された一人だ。
 だから薬なんて作る気にもなれなかったけど……」

 顔を真っ青にするガウェインに俺はエーンルート侯への部屋へと案内しながら

「俺の薬を飲み続けている間は命を保証してやる。
 だが、俺の命は三十届くか届かないかの残りわずかの時間。
 それがお前の命の限界だってね」
「自分の命の残りを知らされ他人の手に委ねられる、残酷だな……
 でも父は貴方に自分の命ではなく他者の命で脅した……」
「いっそ助けてくれって縋ってくれた方がすがすがしかったのに、宰相なんてすげ替えの利く地位と侯爵家と言う予備のある立場がよほど居心地が良かったのだろうな。
 あの時はかわいい息子に全部残したいと言う欲にも溢れていたし……
 何で会わなかった間にこんなにも人が変わったんだか」

 思わずくつくつと笑ってしまう不謹慎な俺にガウェインは唇をかみしめながら

「それは、お前がこの国が滅んでも構わないくらい本当にこの国に興味の欠片も無い事を理解したからだろう。
 俺は覚えている。
 お前が成人の儀の時に帰国した時だ。
 あの時はたぶんお前の知る父とは別人のようになっていた。 
 俺はもちろん家族を家を大切にする父となった経緯を子供の頃から家令達から聞いていたが、お前の成人の儀を迎える時俺が成人の儀を迎えるより喜んでいた。
 俺にも買い与えないような祝いの品を幾つも送ったのも覚えていて、留学先からこの為にわざわざこの国に戻って来てこの国の民として成人を迎えた事を本当に喜んでいた。
 俺達家族は蔑ろにされたと不満を覚えたが、過去に在った出来事で国から逃げなくては行けなくなったお前が無事戻ってきたと知った今なら納得がいく。
 が、最もその日のうちになんですぐに向こうに戻ったか聞いても?」
「どこぞの鉄の女が成人の儀のパーティの時に初対面でいきなり「私の知らない顔の癖にこの私に一番最初に挨拶をしないとは何様だ」とワインをぶっかけられてな。
 つくづくエーンルート家とは相性が悪いと思ったよ」
「い、妹が済ま……」
「その後剣を持ってきてワインを掛けられ文句の一つも言わない軟弱な男は鍛えてやるって強制的に取りまきと共に裏庭に連れて行かれた」
「妹が……」
「ワイン何て魔法で幾らでも綺麗になるしと放って置いた俺のミスなのかと疑問に思いながら取り巻きの男達を片付ければ何故か結婚してと追い回される羽目になった」
「妹が済まない!」
「話の出来ないバカは嫌いだから王に頼んで王妃付の侍女として拘束してもらった」
「本当に一家そろって申し訳ありません!」

 何時の間にだろう両手をついて項垂れていたガウェインに俺は見下ろして

「エーンルート侯はあの時の謝罪の為とは言わないがせめて俺が生きている間は宰相を務めバックストロムの剣が利用されないように守って見せると誓った。
 薬を止めればいつ死んでもおかしくない命の癖に、俺はお前の父親の誠意を痩せ衰えて行くのを見ながらその誓いを守ってもらってるだけだ。
 精霊との約束は絶対なのに、彼はエーンルートの名を懸けて誓ってくれたよ」
 
 馬鹿な奴だ……
 
 小さな呟きが聞こえたのか、それでもガウェインは首を横に振り

「バックストロムの剣への不敬は死しても許される事はないでしょう」

 そんな大した物か?と俺は思うも、誠実にあろうとするこの親子と何度と会う事を重ねるうちに不思議と今までのように嫌う事がいつの間にかできなくなっていた。
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