デーモンロード 〜強欲の悪魔、異世界へ征く〜

逸志てま

文字の大きさ
21 / 21
閑話

特別編②:ザックの憂い

しおりを挟む
 俺はザック。元冒険者の半獣人だ。
 狼人ウェアウルフの母親と人間の父親から生まれた混血で、お袋から受け継いだ狼耳が俺の自慢だ。
 
 混血ってことで人間の国じゃ苦労したが、今では弟のリックと一緒に落ち着いた暮らしができている。
 
 それもこれも俺達を救ってくれたマモンの旦那のおかげだ。
 あの人にはどれだけ感謝してもし足りない。

 セシル達と一緒に冒険者をやっていた頃だって、街を歩けば蔑視の目に晒されていた。
 この地では誰にも偏見を持たれることはないし、石を投げつけられることだってない。
 同じ混血の仲間達が大勢身を寄せ合って、助け合いながら日々を生活している。
 弟のリックを安心して一人で外に行かせることもできる。

 そんな場所が、この世界にあるとは思ってもみなかった。
 混血が安心して眠れる日がくるなんて想像もつかなかった。

 生まれてから今まで、本当の意味で幸せというものを感じたのは初めてかもしれない。
 

「あっ、ザックさん! おはようございます!」


 山の麓近くで、頭にタオルを巻きながら歩いていた俺に挨拶をしてきたのは、旦那の弟子のイズちゃんだ。

 透き通るようなサラサラの銀髪を風で揺らしながら、可愛らしい艶のある片翼をピコピコと羽ばたかせている。


「おー! イズちゃんか。昨日はウチに来てくれてありがとな。弟のリックも一緒に飯食えて喜んでたぜ」

「いえいえ! わたしの方こそお誘いしてくださって助かり……ありがとうございました! それで、ザックさんは骨人スケルトンさん達の監督ですか?」


 不思議そうに小首を傾げながら尋ねてくるイズちゃんに、俺は軽快な笑みを浮かべながら答える。


「いや、倒木の撤去作業はあらかた指示を出したから問題ねえよ。実は今、新しく作る予定の街を設計中でな。大体構想は固まってるんだが……」

「何か問題でもあったんですか?」


 イズちゃんの言葉に俺は頭を振りながら答える。


「今すぐの問題ってワケじゃないんだが……旦那が建てて欲しいって注文した施設のいくつかで、混血おれたちに馴染みのないものがあってな。どうしたもんかと考えていたんだ」

 
 心配そうにこちらを見ていたイズちゃんが、俺の言葉を受けて満面の笑みを浮かべながら答える。


「でしたら、師匠に直接聞きましょう! ちょうど今執務室にいると思いますよ!」

「いや旦那だって忙しいだろうし、別に急ぎじゃないから後でも────っていねえし」


 俺が言い切るより早く、イズちゃんは屋敷へと駆け出して行く。
 ポリポリと頭をかきながら、俺はやや緊張した面持ちで屋敷へと歩いていった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「なるほど。それで私の元に来たわけか」


 執務室を開けると、シルクハットを被った烏面の男がデスクに手を組んで座っていた。
 俺は額に汗をかきながら、ソワソワした様子で烏面の男の前に立つ。


「もしかしてザックさん緊張してます?」

「……俺はお貴族様のマナーとか知らねえからな。こういう場所でどうしたらいいかわかんねぇんだよ」


 居心地悪そうにしている俺を見た旦那が、高級そうな椅子に背をもたれかけながらくつくつと怪しげな笑みを浮かべる。


「そう緊張しなくてもいいザック君。別に私はこの世界の貴族というわけではないからね。それに、学がないならこれから学べばいいのだよ」


 この世界の、という部分に疑問を持ちながらも旦那の言葉に安堵した俺は、ハッと何かに気づいたように狼耳をピクつかせる。


「あー、それで“学校”ってわけか」

「君達混血はまともな教育を受ける機会がなかったようだからね。この地には子供も多くいるようだし、教育機関の設置は必要だろう」


 旦那の言葉にふむふむとイズちゃんが頷く。
 そして綺麗な片翼をパタつかせながら旦那の方へ近づき、その膝の上に座る。


「師匠は教えるの好きですもんね! でも、わたしに聞いてもいない魔道具のウンチクを延々と話し出しますし、生徒達からうざがられると思いますよ?」

「……いや別に私が教師をやるとは言ってないぞ?」


 というかうざがれていたのか……と烏面の男が物悲しそうな表情を浮かべていると、扉からコンコンとノックをする音が聞こえる。

「うむ入りたま────」

「失礼します。粗茶をお持ちしました。どうぞ」


 旦那の声を遮って、応接用のテーブルに紅茶を置くメイドのアメラさんが、淡々とした口調で言う。
 そして旦那の方へ近づき、執務用のデスクの上にも二つほど紅茶を置く。


「……茶は普通に入れられるんだよなぁ」

「何か言いましたか? ちなみに悪魔ごしゅじんさまの分はありませんよ」


 そう言いながらデスクの上に置いた紅茶を手に取って飲み始めるメイドさん。
 イズちゃんも素早く紅茶を手に取ってコクコクと飲み始める。


「はぁ~。アメラさんの紅茶は美味しいですね。ザックさんは飲まないんですか?」

「いや……俺はいいわ……旦那にあげるよ……」


 カップを渡して遠慮した俺は話を戻そうと、先ほどの旦那が言っていたことについて詳しく聞くことにする。
 

「それで、教師はどうするんだ? 王都にも貴族様御用達の学舎はあったみたいだが、俺達混血は近寄ることすら許されなかったからな。混血達に急にやれって言われても難しいと思うぜ」

「教師については住人から候補者を幾人か集め、私の方で先に教育するとしよう。といっても、私もこの世界の常識には疎いからな……。外から引き抜く必要があるか……」


 外からという旦那の言葉に一瞬耳をピクつかせてしまった俺は、失敗したと後悔する。
 

「……外の住人は苦手かね?」


 旦那の言葉に俺は暫く黙って机を見つめる。
 やがてゆっくりと顔を上げてポツポツと答える。


「……俺も住人達も、セシル達やマモンの旦那には感謝している。俺達混血は、今まで俺達を虐げてきた人間と魔族に助けられたってことをちゃんと理解している。しちゃあいるんだが……」

「割り切れない、か」


 旦那の言葉に、俺は静かに首を縦に振る。
 セシル達や旦那はいい人だが、他の奴らが俺達の平穏を脅かさないとは限らない。


「……人も、魔族も、混血も、私にとってさして違いはない。重要なのはその魂……“在り方”だよ」

 
 確かに俺は、人間や魔族という種族のことを見るばかりで、本人を見ようとしてこなかったのかもしれない。
 それでは混血を迫害してきた奴らと一緒だ。
 人間や魔族の中にも、セシルや旦那達のように俺達を受け入れてくれる奴だっているかもしれない。
 実際、一部の冒険者達は混血だからと差別したりはしてこなかったじゃないか。


「……そうだな。その通りだぜ旦那。旦那が連れて来た奴なら、俺達は快く仲間として受け入れるぜ」

「ふむ。良い返事だ」


 俺の言葉に満足そうに頷いた旦那が、イズちゃんを床に立たせてからゆっくりと椅子から離れる。
 壁に立てかけてあった漆黒のロングコートをアメラさんから受け取って羽織り、鏡を見ながら被っているシルクハットを整える。

 その様子を見て気になった俺は、イズちゃんの身嗜みを整えている最中の旦那に声をかける。


「これから何処か出かけるのかい? 旦那」


 俺の言葉にゆっくりと振り向いた旦那は、怪しげな笑みを浮かべながら杖をクルクルと回して言う。


「ああ。少しここを留守にする。私達がいない間ここは任せたぞザック」


 安心しろと言わんばかりに俺は自分の胸を叩く。
 俺を見て小さく頷いた旦那が、イズちゃんの手を取りながら扉の方へ歩いていく。

 そして扉の前で立ち止まった旦那が「行き先を言っていなかったな」と呟くと、こちらを振り向いて言う。





「私達は─────これから王都へ行ってくる」


 そう言って部屋から出た男は、まだ見ぬ未知の国への期待で烏面を歪ませていた。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...