デーモンロード 〜強欲の悪魔、異世界へ征く〜

逸志てま

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閑話

特別編②:ザックの憂い

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 俺はザック。元冒険者の半獣人だ。
 狼人ウェアウルフの母親と人間の父親から生まれた混血で、お袋から受け継いだ狼耳が俺の自慢だ。
 
 混血ってことで人間の国じゃ苦労したが、今では弟のリックと一緒に落ち着いた暮らしができている。
 
 それもこれも俺達を救ってくれたマモンの旦那のおかげだ。
 あの人にはどれだけ感謝してもし足りない。

 セシル達と一緒に冒険者をやっていた頃だって、街を歩けば蔑視の目に晒されていた。
 この地では誰にも偏見を持たれることはないし、石を投げつけられることだってない。
 同じ混血の仲間達が大勢身を寄せ合って、助け合いながら日々を生活している。
 弟のリックを安心して一人で外に行かせることもできる。

 そんな場所が、この世界にあるとは思ってもみなかった。
 混血が安心して眠れる日がくるなんて想像もつかなかった。

 生まれてから今まで、本当の意味で幸せというものを感じたのは初めてかもしれない。
 

「あっ、ザックさん! おはようございます!」


 山の麓近くで、頭にタオルを巻きながら歩いていた俺に挨拶をしてきたのは、旦那の弟子のイズちゃんだ。

 透き通るようなサラサラの銀髪を風で揺らしながら、可愛らしい艶のある片翼をピコピコと羽ばたかせている。


「おー! イズちゃんか。昨日はウチに来てくれてありがとな。弟のリックも一緒に飯食えて喜んでたぜ」

「いえいえ! わたしの方こそお誘いしてくださって助かり……ありがとうございました! それで、ザックさんは骨人スケルトンさん達の監督ですか?」


 不思議そうに小首を傾げながら尋ねてくるイズちゃんに、俺は軽快な笑みを浮かべながら答える。


「いや、倒木の撤去作業はあらかた指示を出したから問題ねえよ。実は今、新しく作る予定の街を設計中でな。大体構想は固まってるんだが……」

「何か問題でもあったんですか?」


 イズちゃんの言葉に俺は頭を振りながら答える。


「今すぐの問題ってワケじゃないんだが……旦那が建てて欲しいって注文した施設のいくつかで、混血おれたちに馴染みのないものがあってな。どうしたもんかと考えていたんだ」

 
 心配そうにこちらを見ていたイズちゃんが、俺の言葉を受けて満面の笑みを浮かべながら答える。


「でしたら、師匠に直接聞きましょう! ちょうど今執務室にいると思いますよ!」

「いや旦那だって忙しいだろうし、別に急ぎじゃないから後でも────っていねえし」


 俺が言い切るより早く、イズちゃんは屋敷へと駆け出して行く。
 ポリポリと頭をかきながら、俺はやや緊張した面持ちで屋敷へと歩いていった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「なるほど。それで私の元に来たわけか」


 執務室を開けると、シルクハットを被った烏面の男がデスクに手を組んで座っていた。
 俺は額に汗をかきながら、ソワソワした様子で烏面の男の前に立つ。


「もしかしてザックさん緊張してます?」

「……俺はお貴族様のマナーとか知らねえからな。こういう場所でどうしたらいいかわかんねぇんだよ」


 居心地悪そうにしている俺を見た旦那が、高級そうな椅子に背をもたれかけながらくつくつと怪しげな笑みを浮かべる。


「そう緊張しなくてもいいザック君。別に私はこの世界の貴族というわけではないからね。それに、学がないならこれから学べばいいのだよ」


 この世界の、という部分に疑問を持ちながらも旦那の言葉に安堵した俺は、ハッと何かに気づいたように狼耳をピクつかせる。


「あー、それで“学校”ってわけか」

「君達混血はまともな教育を受ける機会がなかったようだからね。この地には子供も多くいるようだし、教育機関の設置は必要だろう」


 旦那の言葉にふむふむとイズちゃんが頷く。
 そして綺麗な片翼をパタつかせながら旦那の方へ近づき、その膝の上に座る。


「師匠は教えるの好きですもんね! でも、わたしに聞いてもいない魔道具のウンチクを延々と話し出しますし、生徒達からうざがられると思いますよ?」

「……いや別に私が教師をやるとは言ってないぞ?」


 というかうざがれていたのか……と烏面の男が物悲しそうな表情を浮かべていると、扉からコンコンとノックをする音が聞こえる。

「うむ入りたま────」

「失礼します。粗茶をお持ちしました。どうぞ」


 旦那の声を遮って、応接用のテーブルに紅茶を置くメイドのアメラさんが、淡々とした口調で言う。
 そして旦那の方へ近づき、執務用のデスクの上にも二つほど紅茶を置く。


「……茶は普通に入れられるんだよなぁ」

「何か言いましたか? ちなみに悪魔ごしゅじんさまの分はありませんよ」


 そう言いながらデスクの上に置いた紅茶を手に取って飲み始めるメイドさん。
 イズちゃんも素早く紅茶を手に取ってコクコクと飲み始める。


「はぁ~。アメラさんの紅茶は美味しいですね。ザックさんは飲まないんですか?」

「いや……俺はいいわ……旦那にあげるよ……」


 カップを渡して遠慮した俺は話を戻そうと、先ほどの旦那が言っていたことについて詳しく聞くことにする。
 

「それで、教師はどうするんだ? 王都にも貴族様御用達の学舎はあったみたいだが、俺達混血は近寄ることすら許されなかったからな。混血達に急にやれって言われても難しいと思うぜ」

「教師については住人から候補者を幾人か集め、私の方で先に教育するとしよう。といっても、私もこの世界の常識には疎いからな……。外から引き抜く必要があるか……」


 外からという旦那の言葉に一瞬耳をピクつかせてしまった俺は、失敗したと後悔する。
 

「……外の住人は苦手かね?」


 旦那の言葉に俺は暫く黙って机を見つめる。
 やがてゆっくりと顔を上げてポツポツと答える。


「……俺も住人達も、セシル達やマモンの旦那には感謝している。俺達混血は、今まで俺達を虐げてきた人間と魔族に助けられたってことをちゃんと理解している。しちゃあいるんだが……」

「割り切れない、か」


 旦那の言葉に、俺は静かに首を縦に振る。
 セシル達や旦那はいい人だが、他の奴らが俺達の平穏を脅かさないとは限らない。


「……人も、魔族も、混血も、私にとってさして違いはない。重要なのはその魂……“在り方”だよ」

 
 確かに俺は、人間や魔族という種族のことを見るばかりで、本人を見ようとしてこなかったのかもしれない。
 それでは混血を迫害してきた奴らと一緒だ。
 人間や魔族の中にも、セシルや旦那達のように俺達を受け入れてくれる奴だっているかもしれない。
 実際、一部の冒険者達は混血だからと差別したりはしてこなかったじゃないか。


「……そうだな。その通りだぜ旦那。旦那が連れて来た奴なら、俺達は快く仲間として受け入れるぜ」

「ふむ。良い返事だ」


 俺の言葉に満足そうに頷いた旦那が、イズちゃんを床に立たせてからゆっくりと椅子から離れる。
 壁に立てかけてあった漆黒のロングコートをアメラさんから受け取って羽織り、鏡を見ながら被っているシルクハットを整える。

 その様子を見て気になった俺は、イズちゃんの身嗜みを整えている最中の旦那に声をかける。


「これから何処か出かけるのかい? 旦那」


 俺の言葉にゆっくりと振り向いた旦那は、怪しげな笑みを浮かべながら杖をクルクルと回して言う。


「ああ。少しここを留守にする。私達がいない間ここは任せたぞザック」


 安心しろと言わんばかりに俺は自分の胸を叩く。
 俺を見て小さく頷いた旦那が、イズちゃんの手を取りながら扉の方へ歩いていく。

 そして扉の前で立ち止まった旦那が「行き先を言っていなかったな」と呟くと、こちらを振り向いて言う。





「私達は─────これから王都へ行ってくる」


 そう言って部屋から出た男は、まだ見ぬ未知の国への期待で烏面を歪ませていた。
 
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