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「……う」
目を開けると、電灯の明かりがいきなり目を突き刺した。あまりの眩しさに眩暈がして起き上がる気にもなれない。
乱暴に脱がされたスーツは、きれいにプレスされて横の壁側のハンガーにかかっている。佐藤がクリーニングサービスにでも頼んでくれたのだろう。
「余計なことを……」
もともと世話を焼かれるのが好きではないのだ。自分の領域を侵された気がして、細やかな気遣いすらイライラする。
そのイライラの原因である佐藤の姿は、部屋にはなかった。
「やるだけやって帰ったんですかね。まったく」
桜井自身もTシャツとスウエットパンツを着せられていることに気付く。
これは自分が持ってきたものだ。勝手に人のカバンを物色したかと舌打ちをこぼす。
おそらく佐藤が着替えさせてくれたのだろうが、桜井はそれを覚えていない。セックスの後あたりから記憶がどうも曖昧だ。
どうしたものかと思い出してみるが、脳を串刺しにするような鋭い頭痛のおかげで、どうにも考えがまとまらない。
さらに、かなりの汗をかいているようで、着ているTシャツが肌にまとわりついて気持ち悪く、腰のあたりまでもが怠かった。
あれほどまでに激しく抱き合って、互いの体液に塗れてしまったのだから、きっと身体は汚れているし、なにより汗のおかげで不快で仕方ない。
桜井はのろのろとベッドから起き上がると、旅行カバンからトラベルセットとバスタオルを取り出した。ホテルのシャンプーでは桜井の髪を派手に爆発させるほどの癖がつくからだ。
身体中に鎖でも巻き付けているかのような気だるさを引きずり、バスルームのドアを開けた途端、桜井の胃にきりっと痛みが走った。
「なんだ、一緒に入りたいのか?」
そこにはまさにシャワーを浴びている佐藤がいた。桜井がリザーブした部屋なのに、随分と勝手に動きまわる。
それが気に入らなくて「なに勝手に使ってるんですか」と非難すると、「いいじゃないか」と返され、そのままバスルームに引っ張り込まれる始末だ。
温水がかかり、頭からシャツも含めぐっしょりと濡れてしまい、桜井は刺すような視線で佐藤を詰った。
「着替えが台無しです」
「そりゃこっちのセリフだ。達っちまった後、気を失ったおまえを風呂に入れて綺麗にして寝かせといてやったのに、こうしてわざわざ濡れに来たんだからな」
「気を失った? 私が?」
「ああそうだ」
佐藤は「マジかこいつ」と呆れたように笑う。どういうことかと尋ねると、佐藤は桜井を胸の中に引き込んだ。
「おまえはもう少し、人に甘えることを覚えたほうがいい」
「私が?」
「新城に尽くしたいのはわかるが、おまえが倒れたらそれこそ新城は参謀を失うことになる。おまえはブリリアント社の法務弁護士だろう? おまえが守らなきゃ、誰が新城を守るんだ? 失恋のストレス抱えて激務をこなして……あれじゃ倒れて当然だ」
佐藤の大きな手が桜井の頭をなでる。腕の中の桜井が愛おしいとでもいうように、それはまるで壊れやすい繊細なガラス細工に触れるようだ。
そんな扱いには慣れていない。気恥ずかしさに俯いた桜井に、佐藤が囁く。
「自分で気づいていなかったのか?」
「なにをです?」
「おまえはサテンに着いた時から顔が赤かった。完全に熱発のツラだった。顔を顰めてたから、頭痛もあったんだろう? だから抱いて眠らせた。大人しく寝ていろったって、おまえは俺の言うことなんか聞きゃしないしな。覚えてるか? 俺はちゃあんとおまえに風邪薬も飲ませてやったんだぞ?」
「私を休ませるためだけに、あんなことを?」
意外な真相に桜井が目を瞠る。
少しだけ背の高い佐藤を上目遣いで見上げると、返事の代わりにキスが降ってきた。それはそのまま佐藤にすべてを預けてしまいそうなほど、穏やかで優しい。
「医者のくせに、熱を出した私にキスをするなんて」
うつったらどうするんです?と咎めると、佐藤は「おまえと違って抵抗力ってもんがある」と、平然としている。
桜井は眉間を押さえ、呆れ半分でため息をこぼす。
「そうですね。バカは風邪をひかないと言います。あなたは風邪とは無縁そうだ」
「バカで結構。そうでなければ、おまえの都合を考えてばかりいるいい人になっちまう。それは俺のスタイルではないんでね」
「私の都合? あなたが今まで私の都合など考慮してくれたことがありましたか?」
佐藤はいつも自分勝手だ。桜井を気遣ってくれたことは数えるほどしかない。しかもそれだって、片手で余る。
本音をぶつけると、佐藤は「ひどいな」と残念そうに肩を竦めた。
「俺だって片想いしているんだ。とんでもなく頑固でいじらしい大企業の弁護士にな。その相手には、何でもしてやりたくなるのさ」
「でも、あなたの片想いは永久に叶わないかもしれませんよ?」
「それはお互い様だろ」
佐藤はそう言うと、桜井の額にまたキスを落とす。優しいそれについ心が絆されてしまいそうになる。
「今はまだ、お前にとって悪い男で構わない。それで身体だけでも満足するならそれでいいさ」
佐藤では、桜井の身体は満たせても、心は満たせない。そう、これに愛なんかないのだ。
二人の男がストレスを解消した。それだけだ。
「愛している」
ふと、佐藤が淋しそうに呟いた。
「――心底惚れた相手に、そう言えたならどんなにいいか」
「そうですね」
そこは佐藤と同感だ。
だが、今は我慢をしよう。
綾樹が春樹のことを心底愛しているのなら、それが綾樹の幸せだ。
狂詩曲のように激しく揺れる、不安定な綾樹への想いはもう少し胸の中に閉じ込めておこう。
自分は綾樹の幸せのために存在する黒子なのだ。
――とりあえず今は。
=終=
目を開けると、電灯の明かりがいきなり目を突き刺した。あまりの眩しさに眩暈がして起き上がる気にもなれない。
乱暴に脱がされたスーツは、きれいにプレスされて横の壁側のハンガーにかかっている。佐藤がクリーニングサービスにでも頼んでくれたのだろう。
「余計なことを……」
もともと世話を焼かれるのが好きではないのだ。自分の領域を侵された気がして、細やかな気遣いすらイライラする。
そのイライラの原因である佐藤の姿は、部屋にはなかった。
「やるだけやって帰ったんですかね。まったく」
桜井自身もTシャツとスウエットパンツを着せられていることに気付く。
これは自分が持ってきたものだ。勝手に人のカバンを物色したかと舌打ちをこぼす。
おそらく佐藤が着替えさせてくれたのだろうが、桜井はそれを覚えていない。セックスの後あたりから記憶がどうも曖昧だ。
どうしたものかと思い出してみるが、脳を串刺しにするような鋭い頭痛のおかげで、どうにも考えがまとまらない。
さらに、かなりの汗をかいているようで、着ているTシャツが肌にまとわりついて気持ち悪く、腰のあたりまでもが怠かった。
あれほどまでに激しく抱き合って、互いの体液に塗れてしまったのだから、きっと身体は汚れているし、なにより汗のおかげで不快で仕方ない。
桜井はのろのろとベッドから起き上がると、旅行カバンからトラベルセットとバスタオルを取り出した。ホテルのシャンプーでは桜井の髪を派手に爆発させるほどの癖がつくからだ。
身体中に鎖でも巻き付けているかのような気だるさを引きずり、バスルームのドアを開けた途端、桜井の胃にきりっと痛みが走った。
「なんだ、一緒に入りたいのか?」
そこにはまさにシャワーを浴びている佐藤がいた。桜井がリザーブした部屋なのに、随分と勝手に動きまわる。
それが気に入らなくて「なに勝手に使ってるんですか」と非難すると、「いいじゃないか」と返され、そのままバスルームに引っ張り込まれる始末だ。
温水がかかり、頭からシャツも含めぐっしょりと濡れてしまい、桜井は刺すような視線で佐藤を詰った。
「着替えが台無しです」
「そりゃこっちのセリフだ。達っちまった後、気を失ったおまえを風呂に入れて綺麗にして寝かせといてやったのに、こうしてわざわざ濡れに来たんだからな」
「気を失った? 私が?」
「ああそうだ」
佐藤は「マジかこいつ」と呆れたように笑う。どういうことかと尋ねると、佐藤は桜井を胸の中に引き込んだ。
「おまえはもう少し、人に甘えることを覚えたほうがいい」
「私が?」
「新城に尽くしたいのはわかるが、おまえが倒れたらそれこそ新城は参謀を失うことになる。おまえはブリリアント社の法務弁護士だろう? おまえが守らなきゃ、誰が新城を守るんだ? 失恋のストレス抱えて激務をこなして……あれじゃ倒れて当然だ」
佐藤の大きな手が桜井の頭をなでる。腕の中の桜井が愛おしいとでもいうように、それはまるで壊れやすい繊細なガラス細工に触れるようだ。
そんな扱いには慣れていない。気恥ずかしさに俯いた桜井に、佐藤が囁く。
「自分で気づいていなかったのか?」
「なにをです?」
「おまえはサテンに着いた時から顔が赤かった。完全に熱発のツラだった。顔を顰めてたから、頭痛もあったんだろう? だから抱いて眠らせた。大人しく寝ていろったって、おまえは俺の言うことなんか聞きゃしないしな。覚えてるか? 俺はちゃあんとおまえに風邪薬も飲ませてやったんだぞ?」
「私を休ませるためだけに、あんなことを?」
意外な真相に桜井が目を瞠る。
少しだけ背の高い佐藤を上目遣いで見上げると、返事の代わりにキスが降ってきた。それはそのまま佐藤にすべてを預けてしまいそうなほど、穏やかで優しい。
「医者のくせに、熱を出した私にキスをするなんて」
うつったらどうするんです?と咎めると、佐藤は「おまえと違って抵抗力ってもんがある」と、平然としている。
桜井は眉間を押さえ、呆れ半分でため息をこぼす。
「そうですね。バカは風邪をひかないと言います。あなたは風邪とは無縁そうだ」
「バカで結構。そうでなければ、おまえの都合を考えてばかりいるいい人になっちまう。それは俺のスタイルではないんでね」
「私の都合? あなたが今まで私の都合など考慮してくれたことがありましたか?」
佐藤はいつも自分勝手だ。桜井を気遣ってくれたことは数えるほどしかない。しかもそれだって、片手で余る。
本音をぶつけると、佐藤は「ひどいな」と残念そうに肩を竦めた。
「俺だって片想いしているんだ。とんでもなく頑固でいじらしい大企業の弁護士にな。その相手には、何でもしてやりたくなるのさ」
「でも、あなたの片想いは永久に叶わないかもしれませんよ?」
「それはお互い様だろ」
佐藤はそう言うと、桜井の額にまたキスを落とす。優しいそれについ心が絆されてしまいそうになる。
「今はまだ、お前にとって悪い男で構わない。それで身体だけでも満足するならそれでいいさ」
佐藤では、桜井の身体は満たせても、心は満たせない。そう、これに愛なんかないのだ。
二人の男がストレスを解消した。それだけだ。
「愛している」
ふと、佐藤が淋しそうに呟いた。
「――心底惚れた相手に、そう言えたならどんなにいいか」
「そうですね」
そこは佐藤と同感だ。
だが、今は我慢をしよう。
綾樹が春樹のことを心底愛しているのなら、それが綾樹の幸せだ。
狂詩曲のように激しく揺れる、不安定な綾樹への想いはもう少し胸の中に閉じ込めておこう。
自分は綾樹の幸せのために存在する黒子なのだ。
――とりあえず今は。
=終=
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