Substitute〜翳る恋〜

浅倉優稀

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#5

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 帰京した翌日、桜井はいつも通り会社に出社した。
 綾樹に部屋を取ってくれた礼を言うと、「楽しめたか、そうか」と喜んでいた。
 だが話はそこで終わらない。
 お土産は綾樹が好きな温泉まんじゅうだ。
 戻った桜井の手にあったまんじゅうの箱。綾樹の視線がそれをロックオンガン見してしまい、「滞在中の話を聞きたいから、一緒にまんじゅうを食べよう」といい出した。
 そんなわけで、今は社長室で綾樹と一緒に昼食をとっている。
 むしろ弁当よりデザートが楽しみなランチタイムだ。
 最近の綾樹は料理に興味と闘志が湧いているようで、自作の弁当を広げ、「うまいもんだろう?」と桜井に自慢している。
 ご飯の上にはひよこの絵。黄色のデンブと焼きのりで作ったのだろう。可愛らしい顔を描けるカッティングのりも出ているのに、彼は果敢にもハサミでひよこの顔を切り抜いたようだ。
 そのおかげで、ひよこの顔がどろりと溶けた化け物のごとくなっている。沸くのは食欲よりも恐怖か爆笑。度肝を抜くこと間違いなしのクォリティだ。
「社長がお弁当なんて珍しいですね。ご自分で作ったのですか?」
 と桜井が聞くと、綾樹は「うん」と頷いた。
「春樹に笑われたんだ。卵焼き一つ作れないとか、綾樹さんは不器用のぶーちゃんかと」
「不器用の……ぶーちゃん?」
 聞きなれない名前だ。
「新しく始まったアニメのタイトルですか?」
 桜井が訊ねると、綾樹は「ちがうちがう」とポケットをごそごそしてスマホを取り出した。
「春樹が書いたブタの絵だ。見てくれ。あいつ、世間知らずのアホだと思っていたら絵も描くし、料理もまめにできるんだ。ただのアホじゃなかった。出来る子だ。兄としては大変嬉しい」
 楽しそうに笑って綾樹がスマホの画面を桜井に見せた。春樹は弟であり、綾樹の大切な恋人なのだ。
「あいつの可能性を広げてやることが、兄としての私の努めだ。ただし、甘やかさないが」
 激甘だ。桜井は心の中でため息をつく。
 春樹の話をするときの綾樹は、とてもご機嫌だ。
「兄の贔屓目かも知れんが、あいつには芸術の才能がありそうだ。ラインスタンプとかで売れそうじゃないか、この不器用のぶーちゃん。最近はゆるキャラとか流行ってるじゃないか。我が社のイメージキャラとかにどうだろう?」
「このぶーちゃんを……ですか?」
 ええええええ? オクターブの違う否定が桜井の中でざわついた。
 軽く引き気味の桜井に対し、綾樹は真剣だ。
 愛しい弟の能力を信じて疑わないどころか、相当に美化して過大評価している。
 恋は盲目と言うが、今の綾樹はまさしくそれだ。
 スマホの画面に映っているのは、ピンクの豚らしき絵だ。おそらくPCのペイントソフトを使い、マウスで適当に描いたのだろう。線もガクガクだし、ブタというよりは失敗した福笑いのようなひどい絵だ。
 ついでに春樹が作ったという料理の写真を見せてもらったが、こちらはインスタントラーメンに目玉焼きととろけるチーズをトッピングしただけのものだ。
「とんこつにチーズはよく合うんだ。桜井、知らないだろ? 意外にうまいぞ。こんな取り合わせを考えつくなんて、春樹はもしかしたら料理研究家になれるかもな。いや、なれそうだ。私の知らないことをあいつはわりと知っている。味覚の天才だ」
 さっきは芸術家だったのに。兄の贔屓目は、あちらこちらで可能性を見いだしているようだ。
 写真のラーメンもおおよそ料理とは言い難いが、これでも綾樹の数倍は料理がうまいと言うことらしい。
 綾樹の実力はーー推して知るべし。おそらくひとりでは冷蔵庫のものを腐らせてしまう。
 桜井の贔屓目で見ても、綾樹と春樹はそろって不器用のぶーちゃんだ。しかもレベルは壊滅的。血は争えない。
 桜井は笑いをかみ殺しつつ、綾樹ぶーちゃんの話を聞いていた。
 そしてぶーちゃんの話はさらに続く。
「そのぶーちゃんと言われることが悔しくてな、最近は自分で食べる弁当くらいは作ることにしている。自分のだから、失敗しても誰も文句は言わんだろう?」
 だがおかずはほとんど冷食だ。手作りの卵焼きなんて入っていない。どうやら綾樹には、卵焼きのハードルはかなり高かったと見える。
 とはいえ、不器用のぶーちゃんなりに頑張ったらしい。冷食のおかずもカップごと弁当箱に綺麗に収めているので、見た目はちょっとした松花堂弁当のようだ。自然解凍で食べられる野菜の煮物やミニグラタンなどがぎっしりと詰まっているが、メニューバランスや彩りのセンスまではなかった。
 どれもが単独で味や香りを主張するものが多く、和洋折衷というよりは、弁当箱の世界大戦。
 しかもおかずが完全に解けきれてないのも一部あったようで、「冷たいなぁ……シャリシャリする……」とぼそりとこぼしている。
 綾樹の弁当箱は、冷戦状態のようだ。
 ご飯をキャラ弁化するだけで力を使い果たしたらしいのだが、なぜキャラ弁にしたのか、桜井はあえて聞かなかった。しかし彼の性格を考えると、なんとなく見えてくる。
 おそらく綾樹は弁当を自作するための本を、絶対に買ったはずだ。
 昔からわからないことがあると、必ずhow to本を買うのが綾樹の物の調べ方だ。
『お弁当の作り方』なんかの本に、ご飯をアレンジしてキャラ弁作ろう的なページがあったに違いない。
 春樹にバカにされた悔しさも手伝って挑戦はしてみた……というところだ。
 そんな話から、話題は自然と桜井の休暇へと流れた。
 ホテルの部屋や設備、サービスなどの感想からはじまり、佐藤に会ったことも告げた。
 綾樹は黙って桜井の話を聞いていたが、一通り聞くと小さくため息をついた。
「楽しかったようで何よりだが、佐藤が一緒だったのか……」
 綾樹が頭を抱えて「すまん桜井……」と謝ってくる。
 何事かと綾樹に聞けば、桜井をホテルに残しフロントで清算をしていた際、佐藤に出くわしたのだそうだ。
 佐藤の話術にはまり、うっかり「桜井はここに明日まで宿泊だ。ゆっくりさせてから帰らせる」と漏らしてしまった。
 さらにしつこく部屋番号を聞かれたから、「桜井は一般の宿泊室を取っている。番号は覚えていない」と、とっさに嘘をついたのだという。
 綾樹なりに、桜井の時間を邪魔する人間を排除したのだ。
 一般の宿泊室はかなりの数があり、本館とは別に別館もあるので、探すのには難儀する。一部屋ずつドアをたたいて確認するなんてまず無理だ。
 佐藤は「ふうん、そうか」とそのまま引き下がったし、まさかエンカウントするとは思わなかったから、その場はほっと胸をなでおろしたという。
「佐藤め、どうして桜井にちょっかいを出すんだろうなぁ……」
 綾樹がため息をつく。
「そんなに桜井のことが好きなのか、あいつは」
「どうしてそういう結論になるんです?」
 桜井が聞き返す。綾樹はソファーに背を預けて天井を見上げ、右手の箸でなにやら描くような仕草をしながら答えた。
「昔から言うじゃないか。好きな子にほどいやがらせをする、と。あいつの執着はまるで小学生だ。桜井と私に嫌がらせしかしてこない」
「なら佐藤君は私と綾樹のことが好き、ということになりますね?」
「冗談ではない」
 綾樹は急に背を起こすと、ぶんぶんと首を振る。
「私は佐藤など好きではないぞ。むしろ嫌いだ」
「綾樹のそういうところは小学生女子です。女子は気になる男子にほど、ムキに反応するんですよ。間違いなく綾樹と佐藤君は仲良しですね。しかも両想い」
「だったら桜井はどうなんだ。佐藤にあんなにしつこくされて嫌じゃないのか」
「佐藤君のことは好きでも嫌いでもありません。ただ、私はその時々に応じます」
「おまえは大人だな――」
 私には無理だと、綾樹はため息をつく。
 桜井はお弁当を片付け、「お茶を入れてきます」と席を立ち、部屋の隅に行く。
 社長室には不似合いだが、綾樹はコーヒーや緑茶を仕事中に飲むので、いつでも自分で飲めるようにポットや急須などを置いている。
 いちいち秘書や事務の女の子に頼むのが忍びないらしい。時折、桜井も給湯室まで行くのが面倒なときに、ここでコーヒーを入れてから執務室に戻っている。
 桜井は温泉まんじゅうを皿に取り、お茶の準備を進めながら、ふと顔を上げ、窓に映る自分を見た。
 自分にとって都合がいいなら、相手を代用品にして、身体を許してしまう汚い自分が「大人」?
 佐藤に抱かれた感触が、まだ桜井の身体に残っている。
 ガラスに映る自分の後ろに大好きな綾樹がいる。でも佐藤に抱かれながら綾樹の幻想を見る自分は、きっと汚い。
 それが大人だというのなら、子どもに戻りたい。
 だけど、佐藤は桜井自身を真っ直ぐに見ているのだけは確かだ。
『恋人なら東京に、新城のもとになんか帰さねえよ』
 佐藤の剥き出しで激しい感情が、桜井の胸をわしづかみにする。
 叶いそうにない恋と、半ば押し付けられている激情の恋。
 二人の男の姿が胸中の水鏡を乱す。
 それは桜井が、長い間大事にしてきた淡い恋を壊してしまいそうなほど、激しく揺れていた。

Substitute~翳る恋<完>
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