4 / 5
#4
しおりを挟む
綾樹がくれた休暇は終わった。
結局佐藤とは、休暇中ずっと同じ部屋で過ごした。食事をとる以外はベッドから出た記憶がない。
水すら飲むのも口移しだった。限られた時間では、僅かな休息すら惜しかった。
佐藤と桜井には、目には見えない「何か」が足りていない。
その何かを埋めあうように、夢中になって身体を重ねあった。
それが答えかどうかはわからない。
抱き合い、貪り、注ぎこまれることで、足りない何かを満たしていく。
二人の身体が一つになる錯覚すら覚えていた。
――恋人の関係ではないのに、恋人以上に求め、奪われ、繋がりあった。
のんびりするはずの休暇は、ずいぶん爛れたものとなった。
帰りも駅まで一緒だった。
桜井は東京へ。佐藤は九州へ。
改札を抜けて、連絡通路をまっすぐ歩けば、桜井も佐藤もそれぞれの場所へと向かう。
連絡通路の一番奥、左に曲がれば九州、右は東京へ行く新幹線のホームだ。
桜井も佐藤も、黙って肩を並べて歩いていた。
どちらからともなく手を繋いで黙ったまま。口を開けば、今日までの思い出がこぼれ落ちてしまいそうで。つなぐ手に指を絡め、残り少なくなる時間をかみしめていた。
互いの靴音だけがやけに耳に響く。
別れの時まで、あと少しーー。
ホームの案内板の前で、桜井は立ち止った。
ここを曲がれば、しばらく佐藤と会うこともない。
佐藤は、桜井の心をかき乱すだけの面倒な相手でしかないのだ。
やっと佐藤から解放されるとせいせいするどころか、逆に胸の中では寂しさが激しい渦を巻いていた。
ーーどうして?
変に彼を意識してしまって、なぜか佐藤に顔を向けることができない。
「それでは、あなたも道中お気をつけて」
つないでいた手を解いて、桜井が別れを告げ、ホームへ足を向ける。
彼を背に残し、一歩踏み出した時。
「桜井」
「なんですか?」
低く硬い声で呼び止められ、振り向いた。
ーーその瞬間。
桜井の唇が熱くて柔らかいもので塞がれた。
「んっ……」
触れるだけのキス。
キスなんて佐藤と何度もしているのに。
どうして別れ間際のキスは、こんなにも淋しくなるのだろう。
触れてすぐに離れる唇の熱が――切なく胸を締め付ける。
「またしばらく会えなくなるからな」
くしゃりと佐藤に頭を撫でられ、桜井は動揺を隠すように周囲に視線を走らせた。
「……こんなところでキスなんてして。誰かに見られてでもしたら」
「その辺はちゃんと確認してる。誰にも見られちゃいないよ」
心配性だなと笑う佐藤に、桜井は唇を尖らせて、いつも通りに佐藤を戒める。
「恋人のようなことしないでください」
ぷいと顔を背けた途端、不意に佐藤の胸の中に引き込まれた。
「わっ……!」
「恋人だったら、おまえを東京に、新城のもとになんか帰さねえよ」
「あなたは馬鹿ですね、だったらなぜ東京の病院を辞めたんです? 東京にいれば、いつでも私に会えたじゃないですか?」
自らの手で遠距離の片想いをしてるくせに、と皮肉をぶつけると、佐藤はふっと微笑んだ
「恋は切ないくらいがちょうどいいが、片想いのままは辛すぎる。おまえが幸せそうでないのなら、余計にな」
「私は幸せですよ、十分……」
「嘘付け。そんな泣きそうな目をしやがって」
桜井の強がりを佐藤は笑い飛ばした。
「おまえはいつも悲し気に目を伏せているが、その理由がわかるからどうにもできないだろ?」
「どうしてです?」
「おまえのことが好きでたまらないから、俺は東京から遠く離れたんだ。俺の知らないところであの堅物と幸せになっていてくれればいいと。このままそばにいれば、俺はきっとおまえを攫って壊してしまうだろうから」
「東京の病院を辞めたのは……私を諦めるため?」
佐藤が腕のいい医師なのは知っている。業界でも佐藤はちょっとした有名人だ。
とはいえ、仕事は日々激務だったはずだから、辞めたのはそれが理由だと、ずっと桜井は思っていた。
だが。
つかみ所のない飄々とした態度の裏に、こんな熱情を秘めていたなんて知らなかった。
「恋をこじらせて仕事を手放したなんて、あなたもずいぶんロマンチストだったんですね?」
そうからかうと、佐藤は「ああ」と柔らかく笑い、桜井の左胸に拳をそっと押し当てる。
「おまえの心にあいつが居座っているからな。手術で人の心がどうにかなるなら、おまえを拉致監禁して、身体にメスをいれて、あいつの存在をおまえの中からえぐり取りたいさ」
「なにをされても、綾樹への気持ちは変わらないと思いますが」
震える声で反論する。
そう、気持ちは変わらない。
佐藤と寝るのは、互いに心にたまったストレスを発散しているだけのこと。そこに恋心なんてないはずだ。
桜井が好きなのは綾樹。
なのに、綾樹への「好き」が、心の中で雑音をたてている。
心がざわめいているのは、きっとセックスのあとだからに決まってる。なにか気持ちが誤作動を起こしているだけだ。
もうじき離れてしまう寂寞たる気持ちじゃない。
この男の温もりが恋しいわけでもない。
繋がったのは身体だけ。心までは繋げていない。
佐藤へ気持ちが向くはずなんてない……のに。
「私みたいな打算で身体を許す節操なしなんかより、他にいいひとはたくさんいるでしょうに」
私じゃなくたって……と佐藤の胸をそっと押し返すと、返した分強く抱きこまれた。
「俺が愛せない相手なら意味がない」
「えっ……」
戸惑いながら顔を上げると、そこには真摯な佐藤の鋭くも熱い視線とぶつかる。
「俺が愛する相手は、世界でたった一人」
構内アナウンスが響き、東京行の新幹線がまもなく到着すると告げた。
佐藤と別れるタイムリミットが、刻々と近づいている。
「恭司、おまえだけだ」
――息が、止まりそうになる。
自分だけをこんなにも見つめてくれる瞳に、嘘も陰りも見当たらない。
だから余計に苦しくなる。
胸に宿るあの人の姿が、どんどん翳っていくから――。
結局佐藤とは、休暇中ずっと同じ部屋で過ごした。食事をとる以外はベッドから出た記憶がない。
水すら飲むのも口移しだった。限られた時間では、僅かな休息すら惜しかった。
佐藤と桜井には、目には見えない「何か」が足りていない。
その何かを埋めあうように、夢中になって身体を重ねあった。
それが答えかどうかはわからない。
抱き合い、貪り、注ぎこまれることで、足りない何かを満たしていく。
二人の身体が一つになる錯覚すら覚えていた。
――恋人の関係ではないのに、恋人以上に求め、奪われ、繋がりあった。
のんびりするはずの休暇は、ずいぶん爛れたものとなった。
帰りも駅まで一緒だった。
桜井は東京へ。佐藤は九州へ。
改札を抜けて、連絡通路をまっすぐ歩けば、桜井も佐藤もそれぞれの場所へと向かう。
連絡通路の一番奥、左に曲がれば九州、右は東京へ行く新幹線のホームだ。
桜井も佐藤も、黙って肩を並べて歩いていた。
どちらからともなく手を繋いで黙ったまま。口を開けば、今日までの思い出がこぼれ落ちてしまいそうで。つなぐ手に指を絡め、残り少なくなる時間をかみしめていた。
互いの靴音だけがやけに耳に響く。
別れの時まで、あと少しーー。
ホームの案内板の前で、桜井は立ち止った。
ここを曲がれば、しばらく佐藤と会うこともない。
佐藤は、桜井の心をかき乱すだけの面倒な相手でしかないのだ。
やっと佐藤から解放されるとせいせいするどころか、逆に胸の中では寂しさが激しい渦を巻いていた。
ーーどうして?
変に彼を意識してしまって、なぜか佐藤に顔を向けることができない。
「それでは、あなたも道中お気をつけて」
つないでいた手を解いて、桜井が別れを告げ、ホームへ足を向ける。
彼を背に残し、一歩踏み出した時。
「桜井」
「なんですか?」
低く硬い声で呼び止められ、振り向いた。
ーーその瞬間。
桜井の唇が熱くて柔らかいもので塞がれた。
「んっ……」
触れるだけのキス。
キスなんて佐藤と何度もしているのに。
どうして別れ間際のキスは、こんなにも淋しくなるのだろう。
触れてすぐに離れる唇の熱が――切なく胸を締め付ける。
「またしばらく会えなくなるからな」
くしゃりと佐藤に頭を撫でられ、桜井は動揺を隠すように周囲に視線を走らせた。
「……こんなところでキスなんてして。誰かに見られてでもしたら」
「その辺はちゃんと確認してる。誰にも見られちゃいないよ」
心配性だなと笑う佐藤に、桜井は唇を尖らせて、いつも通りに佐藤を戒める。
「恋人のようなことしないでください」
ぷいと顔を背けた途端、不意に佐藤の胸の中に引き込まれた。
「わっ……!」
「恋人だったら、おまえを東京に、新城のもとになんか帰さねえよ」
「あなたは馬鹿ですね、だったらなぜ東京の病院を辞めたんです? 東京にいれば、いつでも私に会えたじゃないですか?」
自らの手で遠距離の片想いをしてるくせに、と皮肉をぶつけると、佐藤はふっと微笑んだ
「恋は切ないくらいがちょうどいいが、片想いのままは辛すぎる。おまえが幸せそうでないのなら、余計にな」
「私は幸せですよ、十分……」
「嘘付け。そんな泣きそうな目をしやがって」
桜井の強がりを佐藤は笑い飛ばした。
「おまえはいつも悲し気に目を伏せているが、その理由がわかるからどうにもできないだろ?」
「どうしてです?」
「おまえのことが好きでたまらないから、俺は東京から遠く離れたんだ。俺の知らないところであの堅物と幸せになっていてくれればいいと。このままそばにいれば、俺はきっとおまえを攫って壊してしまうだろうから」
「東京の病院を辞めたのは……私を諦めるため?」
佐藤が腕のいい医師なのは知っている。業界でも佐藤はちょっとした有名人だ。
とはいえ、仕事は日々激務だったはずだから、辞めたのはそれが理由だと、ずっと桜井は思っていた。
だが。
つかみ所のない飄々とした態度の裏に、こんな熱情を秘めていたなんて知らなかった。
「恋をこじらせて仕事を手放したなんて、あなたもずいぶんロマンチストだったんですね?」
そうからかうと、佐藤は「ああ」と柔らかく笑い、桜井の左胸に拳をそっと押し当てる。
「おまえの心にあいつが居座っているからな。手術で人の心がどうにかなるなら、おまえを拉致監禁して、身体にメスをいれて、あいつの存在をおまえの中からえぐり取りたいさ」
「なにをされても、綾樹への気持ちは変わらないと思いますが」
震える声で反論する。
そう、気持ちは変わらない。
佐藤と寝るのは、互いに心にたまったストレスを発散しているだけのこと。そこに恋心なんてないはずだ。
桜井が好きなのは綾樹。
なのに、綾樹への「好き」が、心の中で雑音をたてている。
心がざわめいているのは、きっとセックスのあとだからに決まってる。なにか気持ちが誤作動を起こしているだけだ。
もうじき離れてしまう寂寞たる気持ちじゃない。
この男の温もりが恋しいわけでもない。
繋がったのは身体だけ。心までは繋げていない。
佐藤へ気持ちが向くはずなんてない……のに。
「私みたいな打算で身体を許す節操なしなんかより、他にいいひとはたくさんいるでしょうに」
私じゃなくたって……と佐藤の胸をそっと押し返すと、返した分強く抱きこまれた。
「俺が愛せない相手なら意味がない」
「えっ……」
戸惑いながら顔を上げると、そこには真摯な佐藤の鋭くも熱い視線とぶつかる。
「俺が愛する相手は、世界でたった一人」
構内アナウンスが響き、東京行の新幹線がまもなく到着すると告げた。
佐藤と別れるタイムリミットが、刻々と近づいている。
「恭司、おまえだけだ」
――息が、止まりそうになる。
自分だけをこんなにも見つめてくれる瞳に、嘘も陰りも見当たらない。
だから余計に苦しくなる。
胸に宿るあの人の姿が、どんどん翳っていくから――。
10
あなたにおすすめの小説
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
ラピスラズリの福音
東雲
BL
*異世界ファンタジーBL*
特別な世界観も、特殊な設定も、壮大な何かもありません。
幼馴染みの二人が遠回りをしながら、相思相愛の果てに結ばれるお話です。
金髪碧眼美形攻め×純朴一途筋肉受け
息をするように体の大きい子受けです。
珍しく年齢制限のないお話ですが、いつもの如く己の『好き』と性癖をたんと詰め込みました!
無口な愛情
結衣可
BL
『兄の親友』のスピンオフ。
葛城律は、部下からも信頼される責任感の強い兄貴肌の存在。ただ、人に甘えることが苦手。
そんな律の前に現れたのが、同年代の部下・桐生隼人。
大柄で無口、感情をあまり表に出さないが、実は誰よりも誠実で優しい男だった。
最初はただの同僚として接していた二人。
しかし、律が「寂しくて眠れない」と漏らした夜、隼人が迷わず会いに来たことで関係は大きく動き出す。
無口で不器用ながらも行動で示してくれる隼人に、律は次第に素直な弱さを見せるようになり、
日常の中に溶け込むささやかな出来事が、二人の絆を少しずつ深めていく。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
君のスーツを脱がせたい
凪
BL
学生兼モデルをしている佐倉蘭とオーダースーツ専門店のテーラー加瀬和也は絶賛お付き合い中。
蘭の誕生日に加瀬はオーダースーツを作ることに。
加瀬のかっこよさにドキドキしてしまう蘭。
仕事、年齢、何もかも違う二人だけとお互いを想い合う二人。その行方は?
佐倉蘭 受け 23歳
加瀬和也 攻め 33歳
原作間 33歳
俺は隠して君は噓をつく
雲巡アキノ
BL
諒に片思いしていた敏は思いを告げないまま、卒業と同時に諒の前から姿を消した。
28歳になって偶然都内で再会した二人。片思いを隠して諒と会っていく敏は、彼の言葉に違和感を覚え始めて――
この作品はpixiv、ムーンライトノベルズ、カクヨム、エブリスタにも掲載をしています。
表紙はうきものさんからいただきました。ありがとうございます。
好きなわけ、ないだろ
春夜夢
BL
放課後の屋上――不良の匠は、優等生の蓮から突然「好きだ」と告げられた。
あまりにも真っ直ぐな瞳に、心臓がうるさく鳴ってしまう。
だけど、笑うしかなかった。
誰かに愛されるなんて、自分には似合わないと思っていたから。
それから二人の距離は、近くて、でも遠いままだった。
避けようとする匠、追いかける蓮。
すれ違いばかりの毎日に、いつしか匠の心にも、気づきたくなかった“感情”が芽生えていく。
ある雨の夜、蓮の転校の噂が流れる。
逃げ続けてきた匠は初めて、自分の心と正面から向き合う。
駅前でずぶ濡れになりながら、声を震わせて絞り出した言葉――
「行くなよ……好きなんだ」
誰かを想う気持ちは、こんなにも苦しくて、眩しい。
曇り空の下で始まった恋は、まだぎこちなく、でも確かにあたたかい。
涙とキスで繋がる、初恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる