Substitute〜翳る恋〜

浅倉優稀

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#4

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 綾樹がくれた休暇は終わった。
 結局佐藤とは、休暇中ずっと同じ部屋で過ごした。食事をとる以外はベッドから出た記憶がない。
 水すら飲むのも口移しだった。限られた時間では、僅かな休息すら惜しかった。
 佐藤と桜井には、目には見えない「何か」が足りていない。
 その何かを埋めあうように、夢中になって身体を重ねあった。
 それが答えかどうかはわからない。
 抱き合い、貪り、注ぎこまれることで、足りない何かを満たしていく。
 二人の身体が一つになる錯覚すら覚えていた。
 ――恋人の関係ではないのに、恋人以上に求め、奪われ、繋がりあった。
 のんびりするはずの休暇は、ずいぶん爛れたものとなった。
 帰りも駅まで一緒だった。
 桜井は東京へ。佐藤は九州へ。
 改札を抜けて、連絡通路をまっすぐ歩けば、桜井も佐藤もそれぞれの場所へと向かう。
 連絡通路の一番奥、左に曲がれば九州、右は東京へ行く新幹線のホームだ。
 桜井も佐藤も、黙って肩を並べて歩いていた。
 どちらからともなく手を繋いで黙ったまま。口を開けば、今日までの思い出がこぼれ落ちてしまいそうで。つなぐ手に指を絡め、残り少なくなる時間をかみしめていた。
 互いの靴音だけがやけに耳に響く。
 別れの時まで、あと少しーー。
 ホームの案内板の前で、桜井は立ち止った。
 ここを曲がれば、しばらく佐藤と会うこともない。
 佐藤は、桜井の心をかき乱すだけの面倒な相手でしかないのだ。
 やっと佐藤から解放されるとせいせいするどころか、逆に胸の中では寂しさが激しい渦を巻いていた。
 ーーどうして? 
 変に彼を意識してしまって、なぜか佐藤に顔を向けることができない。
「それでは、あなたも道中お気をつけて」
 つないでいた手を解いて、桜井が別れを告げ、ホームへ足を向ける。
 彼を背に残し、一歩踏み出した時。
「桜井」
「なんですか?」
 低く硬い声で呼び止められ、振り向いた。
 ーーその瞬間。
 桜井の唇が熱くて柔らかいもので塞がれた。
「んっ……」
 触れるだけのキス。
 キスなんて佐藤と何度もしているのに。
 どうして別れ間際のキスは、こんなにも淋しくなるのだろう。
 触れてすぐに離れる唇の熱が――切なく胸を締め付ける。
「またしばらく会えなくなるからな」
 くしゃりと佐藤に頭を撫でられ、桜井は動揺を隠すように周囲に視線を走らせた。
「……こんなところでキスなんてして。誰かに見られてでもしたら」
「その辺はちゃんと確認してる。誰にも見られちゃいないよ」
 心配性だなと笑う佐藤に、桜井は唇を尖らせて、いつも通りに佐藤を戒める。
「恋人のようなことしないでください」
 ぷいと顔を背けた途端、不意に佐藤の胸の中に引き込まれた。
「わっ……!」
「恋人だったら、おまえを東京に、新城のもとになんか帰さねえよ」
「あなたは馬鹿ですね、だったらなぜ東京の病院を辞めたんです? 東京にいれば、いつでも私に会えたじゃないですか?」
 自らの手で遠距離の片想いをしてるくせに、と皮肉をぶつけると、佐藤はふっと微笑んだ
「恋は切ないくらいがちょうどいいが、片想いのままは辛すぎる。おまえが幸せそうでないのなら、余計にな」
「私は幸せですよ、十分……」
「嘘付け。そんな泣きそうな目をしやがって」
 桜井の強がりを佐藤は笑い飛ばした。
「おまえはいつも悲し気に目を伏せているが、その理由がわかるからどうにもできないだろ?」
「どうしてです?」
「おまえのことが好きでたまらないから、俺は東京から遠く離れたんだ。俺の知らないところであの堅物と幸せになっていてくれればいいと。このままそばにいれば、俺はきっとおまえを攫って壊してしまうだろうから」
「東京の病院を辞めたのは……私を諦めるため?」
 佐藤が腕のいい医師なのは知っている。業界でも佐藤はちょっとした有名人だ。
 とはいえ、仕事は日々激務だったはずだから、辞めたのはそれが理由だと、ずっと桜井は思っていた。
 だが。
 つかみ所のない飄々とした態度の裏に、こんな熱情を秘めていたなんて知らなかった。
「恋をこじらせて仕事を手放したなんて、あなたもずいぶんロマンチストだったんですね?」
 そうからかうと、佐藤は「ああ」と柔らかく笑い、桜井の左胸に拳をそっと押し当てる。
「おまえのここにあいつが居座っているからな。手術で人の心がどうにかなるなら、おまえを拉致監禁して、身体にメスをいれて、あいつの存在をおまえの中からえぐり取りたいさ」 
「なにをされても、綾樹への気持ちは変わらないと思いますが」 
 震える声で反論する。
 そう、気持ちは変わらない。
 佐藤と寝るのは、互いに心にたまったストレスを発散しているだけのこと。そこに恋心なんてないはずだ。
 桜井が好きなのは綾樹。
 なのに、綾樹への「好き」が、心の中で雑音をたてている。
 心がざわめいているのは、きっとセックスのあとだからに決まってる。なにか気持ちが誤作動を起こしているだけだ。
 もうじき離れてしまう寂寞たる気持ちじゃない。
 この男の温もりが恋しいわけでもない。
 繋がったのは身体だけ。心までは繋げていない。
 佐藤へ気持ちが向くはずなんてない……のに。
「私みたいな打算で身体を許す節操なしなんかより、他にいいひとはたくさんいるでしょうに」
 私じゃなくたって……と佐藤の胸をそっと押し返すと、返した分強く抱きこまれた。
「俺が愛せない相手なら意味がない」
「えっ……」
 戸惑いながら顔を上げると、そこには真摯な佐藤の鋭くも熱い視線とぶつかる。
「俺が愛する相手は、世界でたった一人」
 構内アナウンスが響き、東京行の新幹線がまもなく到着すると告げた。
 佐藤と別れるタイムリミットが、刻々と近づいている。
「恭司、おまえだけだ」
 ――息が、止まりそうになる。
 自分だけをこんなにも見つめてくれる瞳に、嘘も陰りも見当たらない。
 だから余計に苦しくなる。

 胸に宿るあの人の姿が、どんどん翳っていくから――。
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