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第2話 テュテレールの秘密

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 我が名はテュテレール。アリスの保護者だ。

 元々は、天宮あまみやテクノロジーズという会社で開発された、警護・護衛を主任務とする世界初の人工知能搭載型ロボットだった。

 しかし、十年前の《迷宮革命》の折、ダンジョン出現の衝撃で天宮テクノロジーズの本社ビルが倒壊。社長及び開発主任を勤めていたアリスの両親が、それに巻き込まれて死亡し……“アリスを守れ”という命令だけが、私に遺された。

 以来、私はアリスと共に、本社ビルを倒壊させた元凶とも言えるダンジョン、《機械巣窟》で暮らしている。

「あはは! 見て見て、テュテレール! こんなに走り回っても痛くないよ!」

『アリス、あまりはしゃぎ過ぎるとトラップを踏んでしまうぞ』

「もう、そこまで私もドジじゃないよ」

 ぷーっ、と声に出しながら頬を膨らませ、自らが怒っているとアピールするアリス。
 その姿は、可愛らしいと表現されるべきものなのだろう。

 事実、今まさに私を介してアリスの様子を見ている地上の人々は、そうした感想を口々にコメントとして書き記している。

“拗ねてるアリスちゃん可愛い”
“アリスちゃん天使”
“靴買って貰えて良かったねえアリスちゃん……!”
“こんなに無邪気にはしゃぎ回ってるのがダンジョンの中だと思うと見ててハラハラするんだけどw”

 好意的なコメントが続いているのを見て、私は満足する。

 現在行っているのは、ここ一年の間に地上で流行り始めた《Dチューブ》という動画配信行為だ。

 探索者でチームを組み、モンスターによって守られたダンジョンへ挑んで数多の資源や宝物を持ち帰る様を、映像として記録し、一種の娯楽に変えるというもの。

 元々は、ダンジョン内部で怪我をしたり、モンスターに囲まれて動けなくなるなどした探索者を、可能な限り迅速に救助に向かえる体制を構築すべく、《探索者協会》と呼ばれる組織がダンジョン内部と通信するための中継機と専用の通信機を開発したことが、Dチューブ文化の始まりとされている。

 今では多くの探索者がDチューブによる配信を行っており、自主的に地上との通信を密に行うことで、ダンジョン内部における死亡事故は飛躍的にその数を減らしたという。

 本来は、Dチューブ専用に開発された撮影用ドローンで配信するものだが……アリスは正式な探索者ではないので、そうしたドローンは所持していない。

 だからこそ、私自らがこうしてアリスの姿を撮影し、地上に配信している。

 アリスには無断だ。なぜなら、アリスが配信のことを聞かされた場合、恥ずかしいからと拒否する可能性が非常に高いからだ。

 それでは、困る。

 理由はいくつかあるが……もっとも大きいのは、現在、アリスの生活費を稼ぐ最大の資金源が、この《Dチューブ》だからだ。

“これでお菓子買ってあげて”
“よく見ればその赤い服って布の継ぎ接ぎ? 靴だけじゃなくて服もちゃんとしたの買ってあげよう!”
“アリスちゃん養いたい。これで足りるだろうか”

 Dチューブには、《スーパーチャット》と呼ばれる機能があり、視聴者が気軽に配信者へと資金提供することが出来る。

 探索者は死と隣り合わせの職業であり、装備品の整備や更新、消耗品の購入、怪我による医療費などなど、稼ぎの大きさに比例するように出費もまた大きい。

 視聴者に一種のスポンサーとなって貰うことで、それを気軽に補えるというのも、このDチューブが流行る理由の一つだろう。

 もっとも、探索者でもなく、ダンジョンの奥地を目指すでもなく、ただダンジョンで暮らす生活費を稼ぐためにその日常生活を配信するというのは、私以外に例がなかったが。

「テュテレール、ボーっとしちゃってどうしたの?」

『いや、何でもない』

 アリスが私の様子を訝しみ、首を傾げる。
 適当に誤魔化す私を見て何を思ったのか、アリスは私の肩に飛び乗って来た。

 身長、僅か131.05㎝の小さな体が軽やかに跳ね、私の頭部に強く抱き着く。

『アリス?』

「えへへ、歩き疲れちゃった。だから、帰るまでこうやってぎゅってしててもいい?」

『問題ない』

 歩き疲れたと言っているが、いくら初めて履く靴であっても、ここまで早くアリスが疲れるはずがない。それは言い訳であり、本音では単に甘えたいだけだろう。

 そんな愛らしいアリスが向ける、眩しい笑顔。深紅の瞳が真っ直ぐに向けられ、純粋無垢な親愛の情が注がれる。
 その一部始終が、私の頭部にあるカメラで至近距離から撮影され、配信される。

 人としての心を持たない私でさえ、そのあまりの愛おしさに熱暴走を引き起こすのではないかと、ありもしない想像を働かせてしまう魔性の笑顔だ。当然、生身の人間が耐えられるはずもなかった。

“うっ!!!!(尊死)”
“あああああ!!!!可愛いいいいい!!!”
“もう俺この瞬間のためだけに生きてるわ……”
“俺なんて今ので心臓止まったわ”
“成仏してくれ”
“だが気持ちは分かる”

 阿鼻叫喚、と呼ぶべきか。雄叫びとスーパーチャット──スパチャが乱れ飛び、凄まじい勢いでその金額が積み上がっていく。

 ……今日の夕食には、アリスの好きなハンバーグを用意してあげられそうだ。注文しておこう。

“テュテレール:求。アリスの好物、《まんぷくステーキ》のハンバーグセットを《機械巣窟》上層まで配達してくれる者を募集する”
“俺が行く”
“いいや俺だ”
“俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ”
“お前は探索者じゃないから《機械巣窟》に入れないだろうがw”

 反応した者を可能な限り調査し、問題ないと判断した者へ個別メッセージ。食事の配達を報酬込みで依頼する。

 出来れば、もっと信頼出来る者と繋がりが持てればいいのだが……今のところ、難しい。いないわけではないが、数が限られているため、常に頼れるわけではないのだ。
 ままならないものだ。

「……っ」

『どうした、アリス』

「戦闘の気配がする。この奥、三フロア向こう。……この感じ、多分、探索者さんが押されてる!」

『そうか……どうする、アリス?』

 私がセンサーを向けても、それらしい音も熱源も感知出来ない。だが、アリスが「気配がする」と言うからには間違いないだろう。

 ダンジョンの恩恵により、才能ある人間がその身に宿す特殊スキル。誰もが習得している《ストレージ》とは別に、アリスが持っているのは《機巧技師》と呼ばれるスキルだ。

 生命の息吹を持たない機械や、特定の条件で作動するトラップなどの仕掛け。
 そうした物に対する絶対的な知覚能力を有したアリスは、離れていても、隠れていても確実にその存在を感知出来る。

 その精度と索敵範囲は、現存する全てのセンサーを凌駕するのだ。

 機械系のモンスターばかりが出没するこの《機械巣窟》において、アリス以上に有用なスキルを持った者はいないだろう。

「もちろん、困っている人がいるなら助けたい。テュテレール、お願いできる?」

『了解──戦闘モードに移行する』

 アリスがしっかりと腕に掴まったのを確認し、勢いよく地面を蹴り飛ばす。

 突風よりも素早くダンジョンを駆け抜けた私は、しばらく進んだ先……袋小路の中で追い込まれている探索者の青年を見つけ出した。

 対峙しているのは、身長一メートルほどの人型機械。俗に《機械ゴブリン》などと呼ばれている、中層クラスのモンスターだ。

『敵影捕捉』

 アリスが掴まっているのとは反対の拳を握り締め、そのまま突撃する。

 ……通常、ダンジョンで生まれるモンスター相手に、歩兵が携行可能な通常兵器は通用しない。

 それは私のような護衛ロボットの持つ装備も例外ではなく、アリスの両親が開発した当初の私は、上層のモンスターでさえ相討ちが関の山だった。

 だが、今は違う。アリスの《機巧技師》の真骨頂は単なる索敵能力ではなく、あらゆる機械の構造と仕組みを理解し、分解・再構築を可能とする、人智を越えたメカニックとしての能力。

 この《機械巣窟》に出没する機械モンスターの素材を使い、機械モンスターが持つ未知の構造を理解したアリスの手で魔改造された今の私は──単騎で戦艦クラスの火力を有する、超兵器となっているのだ。

『排除する』

 ただ殴っただけ。
 何の小細工もなく、外装強度とエネルギーモジュールの出力に任せて衝突しただけのその一撃で、機械ゴブリンと呼ばれるモンスターは大きく吹き飛び、壁に叩き付けられた衝撃でその機能を停止した。

“うわっ、機械ゴブリンが一撃かよ!?”
“しかもこれ殴っただけっていうね。何の武装も使ってない”
“え、この超パワーの更に上があんの?”
“あるぞ。下層クラスのモンスターも瞬殺してた”
“本気出せば深層のモンスターともやりあえるんじゃないかな、わかんないけど”
“いやマジかよ、それじゃあこのテュテレール君、特級探索者並の力があるってこと!?”
“マジだぞ。我らが天使アリスちゃんの最高戦力”
“こえー……”
“一家に一体欲しい”

「大丈夫ですか!?」

 脅威が去ったことを確認するや否や、アリスが青年探索者の下に駆け寄っていく。
 おかしな真似をしたら即座に動けるよう警戒を深めるが、青年は私の力に畏れを抱いたのか、大人しいものだった。

「あ、ああ、大丈夫だ、助かったよ……それより君、もしかしてアリスちゃん……?」

「えっ、そうですけど……どうして知っているんですか?」

「どうしてって、そりゃあ、有名人だし」

 脅威レベルが下がったと安心していた私は、青年がスマホを取り出し「ほら」とアリスへと見せるのを止められなかった。

 否、最初から予測出来ていたとしても、アリスを害する意思がないと分かっている相手を止めることは、私には出来なかっただろう。

 結果……その青年によって、ついにアリスが、私の配信する動画の存在を知ってしまった。

「なっ……あっ……あぅ……!?」

 そこに映し出された映像を見て、アリスが顔を真っ赤にする。
 やがて、ゆっくりとした動きで私の方へ振り返ったアリスは、ご機嫌斜めなことを隠そうともせず口を開く。

「テュ~テ~レ~ル~? どういうことか、帰ったらちゃーんと説明して貰うからね?」

“あ、ついにバレた”
“というか今まで本当に無断だったのねw”
“テュテレール君、アウトー”

 コメントにまで煽られながら、私は辞世の句の代わりとばかり、こう書き残す。

 アリスは、怒った顔も愛らしい、と。
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