ドリーム野郎

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ドリーム野郎

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 俺は思い切りアイツを殴った。
 渾身の力を込めてアイツを殴った。
 アイツは鼻血を流して笑った。その口で歯も折れていた。

 数週間前、俺たちは川に流れていた模型飛行機を追いながら土手を走った。
 アイツが先に見付けて指をさし、いつの間にか競うように駈け出していた。
 見えなくなるまで追い掛けて潮時と見切りを付けたとき、俺たちはそうするのが当然のように土手に寝転んだ。

 アイツは吸い込まれそうな青い空を見上げて笑った。
 そして太陽に礼を言った。いつも照らしてくれてありがとうよ、と。
 風はその語尾を攫った。
 夏なのにセミが鳴かなくなったな。クワガタも一時の高値が落ち着いたな。
 大きな声を上げてアイツは、誰に聞かせるでもなく独り言を吐く。
 そうかと思うと俺の方に顔を向け、こともなげに重大な話を告げた。
 それが重大な話であるということは後でわかったことだが。

 進学をしないと決めてから捨て鉢な言動が目立っていたが、それでも濁らない目を彼は輝かせた。
 花を咲かせに行こうと思う。
 誤解を恐れずに言えば彼は突然空想に浸るようなロマンチストじゃない。
 彼の、あるいは俺たちの周囲の者の多くがロマンを追わなくなっているだけで、特別なことのように見えるだけだ。

 それはいいことだ。俺は確かそんな内容のことを言って頷いた。
 だがアイツは、何の花をどこへ咲かせにいくのかというような具体的なことは一切言わなかった。

 そして昨日、俺のスマートフォンに1通のメールが届いた。
 そこには校庭を見ろと書かれていた。
 アイツからだった。アイツは緑川が出欠を取るときいなかった。学校をサボったのだ。
 俺は聞いてもいない授業の、教鞭を振るう中年の男の方を見た。
 気付かれていない。胸を撫で下ろすと続きのメールが来た。
 今は授業中で、スマートフォンなど弄っているのがバレたら後で緑川にどんな嫌味を言われて恥をかかされるかわからない。
 それでもメールの文言に従い、窓の外を覗いていつもと雰囲気の違う花壇を見た。

 そこには工事関係者が群れをなし、トラックで運ばれた重機が今まさに荷台から降ろされようとしていた。
 これはどういうことだ。そう返信するとすぐに答えが帰ってきた。
 いつものことだ。誰も止められない。
 説明が省かれ、意味はわからなかったが、メールの文に滲ませた諦観に俺はため息を吐いた。

 自分が学校をサボっていたにも関わらず、校門の前で堂々とアイツは下校する俺を待っていた。そしてメールでは省かれていた説明を俺に聞かせる。「手がかかるほどには花壇はその用途を満たしていない。だから壊す。無駄を省くという有能さの演出のためにな。効率が悪いものはそれを取っ払う者の評価のプラスになる。ここはそんな世界だ。都合で省かれて価値が出る物もあんだ」「俺の中で花壇とか花とはそんなものじゃない。そう思っているやつは多いはずなんだが」
 工事は今日の分をとりあえず済ませたようで花壇から花は消えていた。工事関係者は帰り支度を始めている
 加えて言えば元花壇があった場所の傍らに積まれていた。
 もちろん植え替えなど考慮されていない。それらの亡骸は、根っこもめちゃくちゃに潰れていた。
 そう、花壇は今日取り壊されてしまった。
隙間を見付けてそこに物を置いて何かした気になって後で無駄に気付いてそれを取り除く。確かにその間、何か意義は生まれ作業は消化された。
 それをして俺達は花より大事なものがあるという考えを学んだ。、そうだろ。それだけじゃ飽きたらない。皮肉にもそいつらは親しい知人の結婚のお祝いに花を贈るんだぜ。中には花嫁から投げられたブーケを我先に取りに行ったりする者、女を口説くのに花束を携えたりする者と節操がないにも程がある。
 彼アイツは俺に同意を促した。安直に頷くのもためらわれたが事実だからそうするより他なかった。
 人心を踏みにじるもののひとつに戦争がある。
 そう言って遠くを見たアイツは、侵略と言い換えるべきだがなとつぶやき、意味ありげに笑って締めくくった。
「戦争?」
 「ああ。ここじゃない、どこか遠くの世界で見知らぬ王国で人心は今侵略者によって踏みにじられている。
 そしてその影響はこの、俺たちの世界にも及んでいる。「バタフライ効果ってやつか」「他人事じゃ済まない」
 彼は一息に捲し立て、大胆にもズル休みをした身で堂々と学校に来た理由を説明した。

 アイツは時に真顔で夢の続きを語る。
 信じることが友情ならそれは真実で、耳を傾けなければならない。
 だがアイツはそれを拒否した。
 何よりも確かな証拠として、失われた花壇を取り上げた。
 花壇はやがて規模を小さくして新しいものが作られる。
 そう前置きした上で、彼は短い旅をして土に帰る花を示した。
 そして自分も同様に短い旅をすると俺に告げた。
 遠くの王国への道程は、それより他に進む道がないと彼は説明したし、説明する必要があった。
 なぜなら俺はここにいて友の夢が叶うのを見届けなければならないからだ。

 俺達はまだ何も苦労は知らない。悲しいかな、それは若いということと同義になる。
 アイツの夢の続きは俺も一緒に見る。

 だから俺は断ったが、アイツがたっての頼みだというから餞別代わりに殴った。
 涙が流れたが泣いているわけじゃない。
 そうすることでしか、俺が今何をして、何を思っているのかがわからなかった。
 悔しいのか、悲しいのか、寂しいのかわからなかった。

 わかったのは、今もこの星は自分を引っ張っている、ただそれだけだ。




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