狼が死んだ日

白木 まいる

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翠の扉4

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私は壁金庫の取っ手に手を伸ばした。施錠がされているかどうかを確かめるためだ。当然の如く施錠されていた。
次に、金庫の商標名を確認し、仮番号(金庫の出荷時に設定されている解除番号のこと)を試してみる。それを変更しない持ち主は予想以上に多いことには驚かされる。
手応えなし。持ち主は人並みには用心深い人物のようだ。実のところ私は内心ではホッとしていた。此処で、もしも持ち主が施錠を忘れていたり、解除番号を変更していなかったら……私は用済み。彼女達は金輪際、仕事に誘ってくれないかもしれない。今、この瞬間こそ私は必要とされている。その気になっていれば、裏口のドアを破ることは彼女達なら問題なくやってのけただろう。(多少は手間取ったかもしれないが…)
経験もあって、頭の良い彼女達だから此処まで来るくらいなら私など必要としなかったのだ。でも、金庫は?これは話が別だ。鍵は持ち主の頭の中に存在している。PCにもどこにも記されていない。形の無い鍵と鍵穴。
他の手段がないことにもないが、跳んだ悪党だ。それでは完全に別の類の仕事になってしまう。

私は、仕事に取り掛かった。金庫に頬を宛がう。金庫のディスクの枚数を確認するために、私は接触域(レバーの先がドライブカムの切り込みにおさまるダイヤル上の範囲)を探る。接触域を突き止めたら、ディスクをダイヤル上の正反対の位置にあわせ、そこから逆向きに回しながら、ドライブカムがディスクを引っ掛ける回数を感じ取る。
1,2,3.ディスクは三枚だ。
反対に回し、全てのディスクを0の位置に合わせる。そして接触域に戻していく。
此処からが問題だ。どのディスクも正確な円であることは無い。その変えられない事実のせいでディスクの切れ込みが上にあるときには接触の仕方が不完全になる。どんなに精巧な金庫だろう避けられない。ディスクの切れ込みが上にあるときに接触域へと差し掛かると、レバーの先がドライブカムへ僅かに沈み込む、その少しの些細な感触、違和感に近いもの。微々たる物だ。それは、金庫が上等な物になるにつれて感じ取れなくなる。
私は三ずつダイヤルを進めていく。3、6,9……。18、21。
こんなの普通の人間には察知できない。
24、27。
そうだ、此処だ。
ダイヤルを一周させたときには、頭の中にはおおよその数字が三つ並んでいた。
もう一度、次はひとつずつダイヤルを回していく。正確な数字を確かめるためだ。それが終われば、三つの番号が判明した。
17-26-62だ。
後はその三つの番号の順番を入れ替えながら6通りの可能性を試していく。終わりだ。金庫は屈して秘密を吐き出した。かかった時間は30分を経てはいなかった。
私は取っ手を回して扉を引き開けた。
「まいったよ……」
アゲハが言葉を漏らし、仕事に掛かった。中から茶封筒を取り出せば、ニコリと笑みを浮かべた。
「引き上げよう」
私は金庫を閉じてダイヤルを回した。アゲハが布で隅々まで指紋をふき取っていく。それから扉を閉め、スーツを元の位置に戻し、明かりを消して階段を二人で下りる。
ソラは今にいて正面の窓から外を確認していた。私達が階段から下りてくるのに気が付けば、驚いたようすで口をあけていた。
「いただきだ」
アゲハが嬉々として茶封筒を見せ付けた。
「冗談でしょ?もう終わり?」
「天才ちゃんのお陰だな」
アゲハは暗証番号を打ち込み、警報システムを起こした。そして裏口のドアを閉めて指紋を丹念にふき取った。バンに乗り込むとリンが爽やかな笑みを浮かべた。
「おかえり、流石だわ」
私は応答するようにお辞儀で反応すれば、彼女の東洋人離れした笑顔から視線を逸らした。


金庫の中身が抜き取られていることに直ぐに気付くことはないだろう。あの茶封筒が何だったにせよ。持ち主が気付いたときには私達はもう遠くにいる。あのトマト畑が広がる熱い熱い翠の丘に――――。
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