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才能ナシと呼ばれて
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才能、というものにどれだけ憧れただろう。
同じように育てられてもこんなにも出来が違うのかと物心ついた頃から、どれだけ知らしめられたか……。
「火、水、風、土、こんなの簡単ですわ。お父様、もっと難しいことをわたくしに命じてくださいまし」
五歳にして、地水火風の全ての属性魔法をマスターし、七歳で上級魔法をも使いこなせた天才、エキドナ・フォン・ローエルシュタイン。
彼女は生まれ頃から大人の魔術師をも凌ぐ魔力を持ち、魔術師の名門であるローエルシュタイン侯爵家の歴史の中でも稀代の天才だと言われ、神童と呼ばれていた。
そんな彼女は史上最年少……十二歳という若さで教会から聖女の称号を受け、去年、先代の聖女が引退してからはこの国で唯一の聖女として活躍。
国民からの人気も高かったわ。誰もが羨む天才としての人生。あの子は全てが満たされていたはずなのに……。
「愚図なルシリアお姉様はまだこんなことも出来ないのですねぇ」
「嘘でしょう? うふふふ、そんなに小さな火球が炎魔法ですの? えっ? 小さすぎて見えませんでしたわ」
「毎日、毎日、夜遅くまで魔法の練習。無駄な努力、ご苦労さま……ですわ」
エキドナは私が彼女よりも物覚えが悪く、魔力も小さいと知るとすぐにマウントを取るようになった。
あの子は誰からも称賛されていたのだから、私になど構わなくても良いのに……。
毎日、昨日よりも上手くなるために、魔法の練習をしていたのは確かだけど、それってそんなにおかしなことなのかしら?
――おかしなことなのよね。
あの子にとって、努力とは不要なものだもの。
私のやっていることが理解できないのも頷けるわ。
私はどんなにエキドナに笑われようとも魔法の練習をずっと続けてきた。
雨の日も、風の日も、ずっと、ずっと、ひたむきに努力を怠らなかった。
「ルシリア・フォン・ローエルシュタインを、今日より聖女だと認める……!」
そして、私は遂に聖女として教会に認められた。
春風が心地よく、花の香りが色づく、この日。私の念願は遂に叶ったのだ。
嬉しかったわ。今までの努力が報われたんだもの。やっぱり無駄じゃなかったじゃない。
これで、ローエルシュタイン家の「落ちこぼれ」という汚名を返上出来る!
胸を張って、エキドナの姉として生きていける。
そう思って、実家に報告に向かったのだけど……。
「ルシリア、お前というやつには失望したよ。才能は生まれつきだから仕方がないと諦めていた。だが、妹に嫉妬して嫌がらせをするとは何事か!」
「えっ? お、お父様。何を仰っているのです? 私は何も――。それより、私は聖女に――」
「黙れ! この穀潰し!」
「――っ!?」
実家に帰ると父が目を血走らせて怒っていた。普段から厳格な人だけど、こんなにも怒っているのは初めて見た気がするわ。
一体、何があったっていうのよ。私がエキドナに嫉妬? 全く心当たりがないんだけど。
「この無惨に壊れた家宝、“神託の杖”のこと知らぬとは言わせんぞ。あれはエキドナが聖女になった記念にワシがあの子に譲ったのだ。それを壊して捨てるとは何事か!」
「いえ、そんなこと言われても知りません……。私は“神託の杖”に触ったことも――」
「知らぬとは言わせん、と言ったはずだ!」
そ、そんなめちゃくちゃな。家宝である“神託の杖”を妹が父から譲り受けて、大切にしていることは知っているわ。
でも、私が彼女に嫉妬してそれを壊すなんて、そんな虚しいことするわけがないじゃない。
どうして、お父様は私がそんなことをしたって疑うの? 意味が分からないわ……。
「お父様、信じてください。私が妹に嫉妬して家宝の杖を壊したなんて、デタラメです。そんな事実は一切ありません」
「ぬぐぐ、お前は! まだしらを切るつもりか! エキドナが見たと言うとるのだ! お前が折れた杖を屋敷の裏に隠したのを、な!」
あり得ないわよ、そんなこと。なんで、エキドナがそんな嘘をつくの?
私は身に覚えのない目撃情報に寒気がした。
何が起きたっていうのよ。おかしいわ。こんなの。
「ルシリアよ。お前に二択を与える。今すぐに罪を認め、聖女の座を教会に返上して、一生かけてこの家の使用人として杖を破壊した償いをするか。この国から出ていくか」
「な、何を仰っているのですか?」
「家宝を壊すような不義理を働く女に聖女が務まるものか。しかし、ワシにはお前から称号を剥奪する権限がないからな。あれは教皇様の名のもとに与えられる称号ゆえ……」
「…………」
「どうしてもお情けでもらった称号に縋りたいのなら、他国に行け。もっとも国を追われた聖女など受け入れる国はありはしないがな。その自慢げに付けているブローチこそ、この国で聖女になったことの証明なのはお前も知っておろう」
聖女であることを捨てて家に残るか、他国へと追放されるか。私はこの二択を迫られる。
聖女として認められた際に教会から渡される魔石が埋め込まれたブローチには確かにこの大陸共通なんだけど、この国の教会からの授与であるという刻印も同時に印されていた。
つまり、他国でこのブローチを見せるということはイコール追放者であることの証なのだ。
追放された人間というのは何らかの罪を犯した者がほとんど。
私はならず者の聖女という烙印を押されたも同然となる。
どちらにしても私の今までの努力は――。
「お前ごときが、他国で生きていけるはずがない。潔く罪を認め――」
「出ていきます。不当に罪を問われるくらいなら、野垂れ死にした方がマシです……!」
「――っ!? 勝手にしろ! 引っ込みがつかなくなって意地を張りよって! ローエルシュタイン家の恥晒しが!」
ローエルシュタイン家から勘当され、身一つで国外に出ることを選択した私。
やってもいない罪を認めるなど耐えられないわ。ここで認めたら一生私は家宝を嫉妬で壊した落ちこぼれとして、生きていかねばならない。
だったら、死んだほうがマシよ。恥晒しという言葉を背に受けて、私は家から出る準備を始めた。
「これは、これは、ルシリアお姉様。どうしましたの。そんな顔をして」
「あなた! どうしてあんなことをお父様に!」
「何のことやら分かりませんわ。今、ここで手を出すのは賢い選択とは思えませんが、手を出したければ、ご自由にどうぞ」
美しい金髪をなびかせて、アイスブルーの瞳で私を見据えるのは、エキドナ・フォン・ローエルシュタイン。私の妹だ……。
誰もが認める天才で、神童と呼ばれた彼女はこの国でその美貌も相まって絶対的な人気がある。
さらに第二王子であるオーウェン殿下との縁談も進んでいた。
お父様が先日、嬉しそうに話していたわ。落ちこぼれの私でも頭を下げれば結婚式に出席させてやっても良いとか言っていたし……。
今、私が手を出したら、それこそお父様に訴えて終わりだと知っているから、この子は挑発的な態度を取る。耐えなければ、我慢しなきゃ……。
「あら、手を出しませんの? つまらないですわね。……そういえばお姉様。聖女になられたのでしたね。わたくしに五年も遅れを取って」
「それがどうかしたの……?」
「いえ、無駄な努力ご苦労さま。そう思っただけですわ。うふふふふふ……」
エキドナは嘲りながら、私の今までの努力を無駄だと断ずる。
この子、私をこうして笑うためにあんなことをしたってこと。一体、なんの恨みがあって……。
せっかく聖女になれたのに……。無念だわ……。
同じように育てられてもこんなにも出来が違うのかと物心ついた頃から、どれだけ知らしめられたか……。
「火、水、風、土、こんなの簡単ですわ。お父様、もっと難しいことをわたくしに命じてくださいまし」
五歳にして、地水火風の全ての属性魔法をマスターし、七歳で上級魔法をも使いこなせた天才、エキドナ・フォン・ローエルシュタイン。
彼女は生まれ頃から大人の魔術師をも凌ぐ魔力を持ち、魔術師の名門であるローエルシュタイン侯爵家の歴史の中でも稀代の天才だと言われ、神童と呼ばれていた。
そんな彼女は史上最年少……十二歳という若さで教会から聖女の称号を受け、去年、先代の聖女が引退してからはこの国で唯一の聖女として活躍。
国民からの人気も高かったわ。誰もが羨む天才としての人生。あの子は全てが満たされていたはずなのに……。
「愚図なルシリアお姉様はまだこんなことも出来ないのですねぇ」
「嘘でしょう? うふふふ、そんなに小さな火球が炎魔法ですの? えっ? 小さすぎて見えませんでしたわ」
「毎日、毎日、夜遅くまで魔法の練習。無駄な努力、ご苦労さま……ですわ」
エキドナは私が彼女よりも物覚えが悪く、魔力も小さいと知るとすぐにマウントを取るようになった。
あの子は誰からも称賛されていたのだから、私になど構わなくても良いのに……。
毎日、昨日よりも上手くなるために、魔法の練習をしていたのは確かだけど、それってそんなにおかしなことなのかしら?
――おかしなことなのよね。
あの子にとって、努力とは不要なものだもの。
私のやっていることが理解できないのも頷けるわ。
私はどんなにエキドナに笑われようとも魔法の練習をずっと続けてきた。
雨の日も、風の日も、ずっと、ずっと、ひたむきに努力を怠らなかった。
「ルシリア・フォン・ローエルシュタインを、今日より聖女だと認める……!」
そして、私は遂に聖女として教会に認められた。
春風が心地よく、花の香りが色づく、この日。私の念願は遂に叶ったのだ。
嬉しかったわ。今までの努力が報われたんだもの。やっぱり無駄じゃなかったじゃない。
これで、ローエルシュタイン家の「落ちこぼれ」という汚名を返上出来る!
胸を張って、エキドナの姉として生きていける。
そう思って、実家に報告に向かったのだけど……。
「ルシリア、お前というやつには失望したよ。才能は生まれつきだから仕方がないと諦めていた。だが、妹に嫉妬して嫌がらせをするとは何事か!」
「えっ? お、お父様。何を仰っているのです? 私は何も――。それより、私は聖女に――」
「黙れ! この穀潰し!」
「――っ!?」
実家に帰ると父が目を血走らせて怒っていた。普段から厳格な人だけど、こんなにも怒っているのは初めて見た気がするわ。
一体、何があったっていうのよ。私がエキドナに嫉妬? 全く心当たりがないんだけど。
「この無惨に壊れた家宝、“神託の杖”のこと知らぬとは言わせんぞ。あれはエキドナが聖女になった記念にワシがあの子に譲ったのだ。それを壊して捨てるとは何事か!」
「いえ、そんなこと言われても知りません……。私は“神託の杖”に触ったことも――」
「知らぬとは言わせん、と言ったはずだ!」
そ、そんなめちゃくちゃな。家宝である“神託の杖”を妹が父から譲り受けて、大切にしていることは知っているわ。
でも、私が彼女に嫉妬してそれを壊すなんて、そんな虚しいことするわけがないじゃない。
どうして、お父様は私がそんなことをしたって疑うの? 意味が分からないわ……。
「お父様、信じてください。私が妹に嫉妬して家宝の杖を壊したなんて、デタラメです。そんな事実は一切ありません」
「ぬぐぐ、お前は! まだしらを切るつもりか! エキドナが見たと言うとるのだ! お前が折れた杖を屋敷の裏に隠したのを、な!」
あり得ないわよ、そんなこと。なんで、エキドナがそんな嘘をつくの?
私は身に覚えのない目撃情報に寒気がした。
何が起きたっていうのよ。おかしいわ。こんなの。
「ルシリアよ。お前に二択を与える。今すぐに罪を認め、聖女の座を教会に返上して、一生かけてこの家の使用人として杖を破壊した償いをするか。この国から出ていくか」
「な、何を仰っているのですか?」
「家宝を壊すような不義理を働く女に聖女が務まるものか。しかし、ワシにはお前から称号を剥奪する権限がないからな。あれは教皇様の名のもとに与えられる称号ゆえ……」
「…………」
「どうしてもお情けでもらった称号に縋りたいのなら、他国に行け。もっとも国を追われた聖女など受け入れる国はありはしないがな。その自慢げに付けているブローチこそ、この国で聖女になったことの証明なのはお前も知っておろう」
聖女であることを捨てて家に残るか、他国へと追放されるか。私はこの二択を迫られる。
聖女として認められた際に教会から渡される魔石が埋め込まれたブローチには確かにこの大陸共通なんだけど、この国の教会からの授与であるという刻印も同時に印されていた。
つまり、他国でこのブローチを見せるということはイコール追放者であることの証なのだ。
追放された人間というのは何らかの罪を犯した者がほとんど。
私はならず者の聖女という烙印を押されたも同然となる。
どちらにしても私の今までの努力は――。
「お前ごときが、他国で生きていけるはずがない。潔く罪を認め――」
「出ていきます。不当に罪を問われるくらいなら、野垂れ死にした方がマシです……!」
「――っ!? 勝手にしろ! 引っ込みがつかなくなって意地を張りよって! ローエルシュタイン家の恥晒しが!」
ローエルシュタイン家から勘当され、身一つで国外に出ることを選択した私。
やってもいない罪を認めるなど耐えられないわ。ここで認めたら一生私は家宝を嫉妬で壊した落ちこぼれとして、生きていかねばならない。
だったら、死んだほうがマシよ。恥晒しという言葉を背に受けて、私は家から出る準備を始めた。
「これは、これは、ルシリアお姉様。どうしましたの。そんな顔をして」
「あなた! どうしてあんなことをお父様に!」
「何のことやら分かりませんわ。今、ここで手を出すのは賢い選択とは思えませんが、手を出したければ、ご自由にどうぞ」
美しい金髪をなびかせて、アイスブルーの瞳で私を見据えるのは、エキドナ・フォン・ローエルシュタイン。私の妹だ……。
誰もが認める天才で、神童と呼ばれた彼女はこの国でその美貌も相まって絶対的な人気がある。
さらに第二王子であるオーウェン殿下との縁談も進んでいた。
お父様が先日、嬉しそうに話していたわ。落ちこぼれの私でも頭を下げれば結婚式に出席させてやっても良いとか言っていたし……。
今、私が手を出したら、それこそお父様に訴えて終わりだと知っているから、この子は挑発的な態度を取る。耐えなければ、我慢しなきゃ……。
「あら、手を出しませんの? つまらないですわね。……そういえばお姉様。聖女になられたのでしたね。わたくしに五年も遅れを取って」
「それがどうかしたの……?」
「いえ、無駄な努力ご苦労さま。そう思っただけですわ。うふふふふふ……」
エキドナは嘲りながら、私の今までの努力を無駄だと断ずる。
この子、私をこうして笑うためにあんなことをしたってこと。一体、なんの恨みがあって……。
せっかく聖女になれたのに……。無念だわ……。
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