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第9話:次の補給係へ
しおりを挟む朝、詰所の扉が開いた。
エドガーが顔を上げると、見知らぬ若い兵士が立っていた。
痩せた体つき。背筋は伸びているが、視線が定まらない。
「あの……補給部隊は、ここですか」
「ああ」
オズワルドが椅子から立ち上がった。
「お前が新入りか」
「はい。フリッツです」
敬礼する手が、わずかに震えていた。
オズワルドは一度エドガーを見てから言った。
「エドガー、頼む」
「……わかりました」
エドガーは立ち上がり、フリッツに目を向けた。
「荷物を置いたら、倉庫に来て」
「はい」
◇
倉庫の中は、朝の光がまだ届かず、少し薄暗かった。
「ここが全部だ」
エドガーは棚を示す。
「食料、武器、薬草。毎朝、数を確認する」
「はい」
「帳簿と合わなかったら、すぐ言え」
フリッツは何度も頷いた。
「今日は、食料棚を頼む。古いのを前に」
「わかりました」
フリッツが棚に向かうのを見て、エドガーは詰所に戻った。
◇
午後、倉庫を覗くと、フリッツが麻袋の前で立ち尽くしていた。
「どうした」
「あ……重くて」
小麦粉の袋が、床に置かれたままになっている。
「持ち上げられないか」
「すみません」
エドガーは袋を掴み、持ち上げた。
「腕じゃなくて、腰だ」
ゆっくり、動きを見せる。
「焦らなくていい」
フリッツが真似をする。
途中でバランスを崩し、袋が落ちた。
「……すみません」
「謝らなくていい」
エドガーは、もう一度持ち方を示した。
「最初は、みんな落とす」
「……はい」
◇
夕方、オズワルドが倉庫を覗いた。
「どうだ」
「まだ慣れてません」
「そうか」
棚を見回してから、笑った。
「お前も最初は同じだった」
「俺もですか」
「ああ。木箱を落として、床を粉だらけにした」
オズワルドは肩をすくめる。
「でも、今は一番手が早い」
エドガーは何も言わなかった。
「教えてやれ」
「はい」
◇
翌日、二人は輸送に出た。
御者台にはフリッツ。
隣にエドガー。
「初めてか」
「はい」
手綱を握る手が、硬い。
「馬は勝手に進む」
エドガーは前を見たまま言う。
「お前は、道だけ見てろ」
「……はい」
荷馬車が進み出す。
揺れに、フリッツの体が少しだけ固くなる。
◇
野営地で、麻袋が地面に落ちた。
「すみません!」
フリッツが慌てる。
「待て」
エドガーが止める。
「急ぐな」
袋を持ち上げ、渡す。
「両手」
「……はい」
兵士に手渡される。
フリッツの肩が、ほんの少し下がった。
◇
帰り道。
「足、引っ張りました」
「引っ張ってない」
「でも……」
「最初は、そうなる」
エドガーは前を見た。
「俺も、そうだった」
フリッツは何も言わず、手綱を握った。
◇
数日後。
フリッツは一人で棚を整理していた。
「終わりました」
並びは、悪くない。
「よくやった」
帳簿を渡す。
「次は、これ」
「はい」
◇
夕方。
「新入り、頑張ってるな」
オズワルドが言った。
「真面目です」
「それだけじゃない」
笑う。
「焦らせてないだろ」
エドガーは、少し考えてから言った。
「……焦っても、良くならないので」
「そうだ」
◇
夜。
エドガーは一人、倉庫で帳簿を見ていた。
丁寧にやる。
焦らない。
失敗を責めない。
それは、誰かから教わったことだった。
そして今、それを誰かに渡している。
倉庫の棚を見渡す。
ここは、剣を振らない戦場だ。
ランプを消し、扉を閉める。
◇
翌朝。
詰所に入ると、誰かが帳簿を開いていた。
「おはようございます」
新入りだ。
名前は、まだ覚えていない。
「早いな」
「今日の輸送、確認してました」
「そうか」
エドガーは椅子に座る。
「困ったら、言え」
「はい」
それだけでいい。
◇
午後。
エドガーは倉庫を出て、空を見上げた。
補給係の仕事は、戦わないことだ。
だが、終わらせないことでもある。
物資を。
役割を。
やり方を。
次に来る誰かへ。
エドガーは、また帳簿を手に取った。
※本作は本日22:20に最終話が更新されます。
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