落ちこぼれ兵士、補給係からやり直します

和ノ白

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第9話:次の補給係へ

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 朝、詰所の扉が開いた。

 エドガーが顔を上げると、見知らぬ若い兵士が立っていた。
 痩せた体つき。背筋は伸びているが、視線が定まらない。

「あの……補給部隊は、ここですか」

「ああ」

 オズワルドが椅子から立ち上がった。

「お前が新入りか」

「はい。フリッツです」

 敬礼する手が、わずかに震えていた。

 オズワルドは一度エドガーを見てから言った。

「エドガー、頼む」

「……わかりました」

 エドガーは立ち上がり、フリッツに目を向けた。

「荷物を置いたら、倉庫に来て」

「はい」



 倉庫の中は、朝の光がまだ届かず、少し薄暗かった。

「ここが全部だ」

 エドガーは棚を示す。

「食料、武器、薬草。毎朝、数を確認する」

「はい」

「帳簿と合わなかったら、すぐ言え」

 フリッツは何度も頷いた。

「今日は、食料棚を頼む。古いのを前に」

「わかりました」

 フリッツが棚に向かうのを見て、エドガーは詰所に戻った。



 午後、倉庫を覗くと、フリッツが麻袋の前で立ち尽くしていた。

「どうした」

「あ……重くて」

 小麦粉の袋が、床に置かれたままになっている。

「持ち上げられないか」

「すみません」

 エドガーは袋を掴み、持ち上げた。

「腕じゃなくて、腰だ」

 ゆっくり、動きを見せる。

「焦らなくていい」

 フリッツが真似をする。
 途中でバランスを崩し、袋が落ちた。

「……すみません」

「謝らなくていい」

 エドガーは、もう一度持ち方を示した。

「最初は、みんな落とす」

「……はい」



 夕方、オズワルドが倉庫を覗いた。

「どうだ」

「まだ慣れてません」

「そうか」

 棚を見回してから、笑った。

「お前も最初は同じだった」

「俺もですか」

「ああ。木箱を落として、床を粉だらけにした」

 オズワルドは肩をすくめる。

「でも、今は一番手が早い」

 エドガーは何も言わなかった。

「教えてやれ」

「はい」



 翌日、二人は輸送に出た。

 御者台にはフリッツ。
 隣にエドガー。

「初めてか」

「はい」

 手綱を握る手が、硬い。

「馬は勝手に進む」

 エドガーは前を見たまま言う。

「お前は、道だけ見てろ」

「……はい」

 荷馬車が進み出す。
 揺れに、フリッツの体が少しだけ固くなる。



 野営地で、麻袋が地面に落ちた。

「すみません!」

 フリッツが慌てる。

「待て」

 エドガーが止める。

「急ぐな」

 袋を持ち上げ、渡す。

「両手」

「……はい」

 兵士に手渡される。
 フリッツの肩が、ほんの少し下がった。



 帰り道。

「足、引っ張りました」

「引っ張ってない」

「でも……」

「最初は、そうなる」

 エドガーは前を見た。

「俺も、そうだった」

 フリッツは何も言わず、手綱を握った。



 数日後。

 フリッツは一人で棚を整理していた。

「終わりました」

 並びは、悪くない。

「よくやった」

 帳簿を渡す。

「次は、これ」

「はい」



 夕方。

「新入り、頑張ってるな」

 オズワルドが言った。

「真面目です」

「それだけじゃない」

 笑う。

「焦らせてないだろ」

 エドガーは、少し考えてから言った。

「……焦っても、良くならないので」

「そうだ」



 夜。

 エドガーは一人、倉庫で帳簿を見ていた。

 丁寧にやる。
 焦らない。
 失敗を責めない。

 それは、誰かから教わったことだった。

 そして今、それを誰かに渡している。

 倉庫の棚を見渡す。
 ここは、剣を振らない戦場だ。

 ランプを消し、扉を閉める。



 翌朝。

 詰所に入ると、誰かが帳簿を開いていた。

「おはようございます」

 新入りだ。
 名前は、まだ覚えていない。

「早いな」

「今日の輸送、確認してました」

「そうか」

 エドガーは椅子に座る。

「困ったら、言え」

「はい」

 それだけでいい。



 午後。

 エドガーは倉庫を出て、空を見上げた。

 補給係の仕事は、戦わないことだ。
 だが、終わらせないことでもある。

 物資を。
 役割を。
 やり方を。

 次に来る誰かへ。

 エドガーは、また帳簿を手に取った。


※本作は本日22:20に最終話が更新されます。

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