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怖いもの
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ひーちゃんといっちゃんの怖いもの。
いっちゃんは露骨に怖いと言って怖がるけど、ひーちゃんは怖がるけど我慢して、怖いとは絶対に言わない。
無意識にお互いを頼りに求める。
私の苦手なもの。お化け。
だって見えないから怖い。しかも夏とか関係なくやってくるから、困る。
お化けが怖いと感じるようになったのは、母が話した怪談話と体験がきっかけだ。
声色を変えて話すもんだから、妙にリアルで、「ねぇ、それ本当にあった話なの?」と聞いても、「さぁ…どうだったかなぁー」と濁していた。その夜に恐怖の体験をした。自分の部屋に暗がりの中、白い着物を着た人がゆっくりと歩いているのところを見てしまったのだ。しかもばっちり半透明だった。怖くて叫べず、布団にくるまってその場をなんとかやり過ごして朝を迎えた。その体験の後から、お化けがダメになった。
ゾクッと寒気がするとひーちゃんや父、母や姉に引っ付いて離さなかった。皆、ギューっと抱きしめてくれて、やっと安心する。
怖いけど見たくなる。お化け特集の番組は見てしまう。怖いけど、見る。
一人では見ない。必ず誰かと一緒に見るのが必須条件だ。
母さんと。
父さんと。
姉と。
ひーちゃんと。
見るときの私の定位置は膝の上。または足と足の間に入って座る。これも必須事項。
この必須事項は高校生になっても変わらない。
未だに膝の上、もしくは足と足の間に座って見ている。
「あー!だめだめだめ!逃げて!早く!!」
テレビに話しかけながら見る。
いつものこと。
学校では、ひーちゃんの様子がおかしかった。
うまく隠しているみたいだけど、心配だった。雷の音近かったし、その度に窓の外見てそわそわしてる。
お昼休みに、女子に追いかけられて逃げるように廊下を走っているひーちゃんを見つけた。
相変わらずモテてるね。
人気のないところをキョロキョロと探して、丸くなっている背中の一部分が階段の壁から少し見えた。
声をかけるとやっぱりひーちゃんで、泣きそうな顔で怯えてた。
誰か呼ぼうと思い、行こうとすると止められた。そばにいてほしいと言われて、心がくすぐったくなった。まぁ、そのあとさらにくすぐったいことされたけど…(恥)
放課後、まっすぐ帰った。びしょびしょになりながら帰って、シャワー浴びて、寛ぎながらてるてる坊主を作ってベランダに飾った。
「晴れますよーに」
ひーちゃんのためにも。明日行きたいカフェ巡りのためにも。
しばらく経って、果物屋さんのおばさんから、連絡が来た。『ひーちゃんがうちで雨宿りしてるんだけどね、なんだかかわいそうでねぇ、困ってるから迎えに来てほしい』と。
急いで着替えて、カッパを来て傘を開いた。
ひーちゃんの分も用意して、果物屋さんのおばさんのところに向かった。
どんな顔して待っているんだろう。傘忘れたのかな?
迎えに行くと、しゅん…とした顔で椅子に座って待っていた。捨てられた子犬みたいな顔してる…(笑)
思っちゃいけないんだろうけど、可愛いと思いつつ声をかける。
「ひーちゃん、帰ろう」
おばさんからお土産をもらって、2人で並んで傘をさして、家に帰る。
家に着くまでずっと手を握って離さなかった。
夜。
いつものようにホラー番組を家族と見て、床に就いた。
家族皆寝て、さぁ、私もそろそろ寝ようかなと思った時、玄関の方でカタンと音が鳴った。
「え?今のなんの音?」
今日の外の天気は少し良くなくて風が強い。カタカタと窓ガラスが鳴って風が強い音もしているけど、それとは別の音が玄関の方から聞こえてくる。
カタン カタッ
「だ、誰!?誰かいる!?」
台所からお玉を持ってきて、(咄嗟に目についた物がお玉だったから掴んだ)玄関に近寄り、再度声をかける。
「う、うぅぅ………」
ひ!唸り声!?もしかして、ぞ、ぞゾゾンビ!?
「こ、ここには、誰もいません!!」
「…………こえ、聞こえる、けど…」
「あ」
声出してる時点で私がいるってバラしているようなもんだ。
何やってんの私!
「い、ぃにゃおぉん」
「……猫」
「にゃ、にゃん(そう、猫です)」
なんとかやり過ごせないかな。
じっと静かに身構えていると、外の風が強くなり、雷がゴロゴロと鳴りはじめた。
「わぁぁぁぁっ!た、たす たすけて!こわ…グフッげふん!」
「………………」
今怖いって言いかけて濁さなかった?雷怖がるゾンビってどんなよ。
なんか気が抜けた。ゾンビじゃないと思う。多分。
玄関の電気をつけて恐る恐る玄関ドアを開けるとタオルケットにくるまったひーちゃんが両膝を抱えて顔を両膝に埋めて座っていた。
「………何やってんの?」
「いっ、いっちゃん……ぐすっ」
泣きべそかいてる。
「とりあえず入って」
足取りヨタヨタのひーちゃんをなんとか引きずって玄関に座らせた。
「どうしたの?こんな夜に」
「か、かかかかぜが鳴ってて」
「うん」
「音が」
「うん」
「こ…うるさくて」
どんだけ怖いって言いたくないんだろう。
「電話くれたらいいのに」
「携帯落としちゃって」
「え、どこに?」
「ベッドのわき(?)だと思う」
「そっか、…あれ?お母さんととお父さんは?」
「父さんに母さん取られた」
「あー……なるほど」
ひーちゃんのお父さんは、ひーちゃんと同じで、外の風や雷の音、雨の音などを怖がる(けど、痩せ我慢して自滅する)。前に嵐で音がひどくて、お母さんに抱きつくひーちゃんとお父さんを見かけたことがある。
そういえば、ひーちゃんのお母さんが、二人ともかっこいいのに、変なところ似ちゃったんだよねぇ。怖いって絶対に口にしないのよ。強がっちゃって。まぁ、そこが可愛いところでもあるんだけどもね(笑)ってうちのお母さんとのお茶会の時にこぼしていたっけ。
「ひーちゃん、よく外に出られたねぇ」
「ん………」
私の服の裾を掴んで離さないひーちゃんの手はカタカタと震えている。怖さで震えているのか寒さで震えているのか。どっちだろ。
「身体温めなきゃ。ね、何か飲も?何がいい?」
「……いっちゃんがいい」
「そういうことじゃなくて…」
「いっちゃんがいい」
じっとこちらを見つめながら言っても駄目だから。いいわけないでしょ。
「語彙力も一緒に風に流してきたのかな?」
にっこり笑顔で言うと、黙ってしまった。
ボソリと言葉を漏らしたひーちゃん。
「…………………お茶」
「玄米茶だけどいい?」
「ん」
ほら、リビング行こうと促すとペタペタと足音を立てて素直に付いてきた。
なにこれ可愛いんだけどっ!!
見悶えるのを堪えつつ、電気をつけてリビングに誘導し、ソファーに座らせた。
お茶を淹れて、彼に渡す。ずず…と啜ってほぅ……と安堵のため息を漏らした。
よし、まずはチェック。
「ひーちゃん、どこか怪我してない?」
「うん」
返事はしたものの、おでこが少し赤くなっている。
「嘘。もしかしてどこかにぶつけた?おでこ、赤くなってるよ」
さらりと柔らかい髪の毛を少し横に退けて、赤くなっているおでこを少しさわる。
「ちょっとだけ」
「どこで?」
「わかんない。多分ドアにぶつかった」
「自分の部屋で?」
「うん」
「痛い?」
「痛くない大丈夫」
目を細めてほんの少し口角が上がる。ひーちゃんのレアな優しい顔。
「よかった。痛かったら言ってね、湿布貼るから」
「ん」
すり… と私のお腹に顔を寄せて埋める。くすぐったいけど恥ずかしい…。
腰に回された大きな腕は、私をがっちり掴んで離さない。
「ひーちゃん、落ち着いた?」
「…………ん」
「じゃあ、離して寝ようよ」
「ん」
ゆっくり回された腕をほどいて私から離れた。お腹の辺りにひーちゃんが顔を埋めた温もりが少し残る。
「じゃあ、ひーちゃん一人で「いっちゃん。一緒に寝ようよ」」
「寝ないかー……」
あー…と天を仰ぐ。
言葉を遮ってまで一緒に寝たいのか。
「でも…その、何て言うか、あの、ね?」
「うん」
「だから、その……」
「いっちゃん」
「ん?」
「運んであげる」
「……へ?え!?」
そう言ったひーちゃんが私を軽々と横抱きにし、トントンと軽い足取りで階段を上っていく。
「ちょっと待って!お姫様抱っこは人生初だけど、けっこう恥ずかしいし、怖いんだけど!?」
彼の服を掴んで安心を保とうとするが、恥ずかしさと落とされないかの不安が交ざり、どうしていいかわからず胸の前で両腕をぎゅっとして体勢を小さくした。
「大丈夫落とさないよ。それより、ドア開けてほしい」
「あ……、はい」
いつの間にか私の部屋の前に立っていた。横抱きにされたままドアを少し開けると彼が足で器用にドアを開けて部屋に入る。
電気つけっぱなしで下に降りてきちゃったんだった💦
ゆっくりベッドに下ろされて寝かされた。
足元にあるタオルケットを彼が引っ張り私にかけてくれて、ほっとしたのもつかの間、彼がベッドに当たり前のように入ってきた。
「ちょっ…!」
「?」
ぐっと彼を押すがびくともしない。
くっ!ぅぐぐ……っ、なん…動かないんですけどぉ!!
抵抗も効かず、彼が私を抱きしめて頭に頬を寄せてきた。
ぎゃああああああぁぁぁぁぁー!!!!!(照照)
「ひーちゃ「いっちゃん」」
名前を呼ばれて口を閉じた。静かに安心しきった声が頭の上から聞こえる。
「いっちゃんがいてくれて良かっ、た……」
すぅ……と頭に頬を寄せて私を抱きしめたまま寝息をたてはじめた。
「…………まぁ…安心したんなら、よかったけど…ひーちゃんもう怖くない?」
「…………………ん」
「そう、よかったぁ。おやすみ、ひーちゃん」
「ぉ………す…みい…………」
うとうとと振り絞った声でおやすみを言う彼の大きくて丸めた背中に腕を回して背中をよしよしと撫でる。
どうか、いい夢がみられますように
そう願いを込めて。
☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕
怖いものはない。…と言いたいけど、ある。怖いもの。
風や雨、氷(ひょう)が強く建物や地面などに当たる音、雷のゴロゴロなど、建物内にいるときに聞こえる外の音が苦手だ。
なんか胸というか神経というか精神がざわざわして落ち着かない。逆に恐怖に感じてしまう。
だが、外では怖がる素振りは一切見せない。見せたくないし、見せないようにしてる。
朝から天気悪い。どんより空の曇り天気。
「あら、夜は荒れるのね」
テレビを見ていた母さんの呟きに父と俺は同時に母さんを見た。
「はぁ…今日は早く帰ろ」
「俺も…」
父さんと俺は小さく呟きを漏らす。
学校に行っている間は、ずっと曇り空だった。時々雷がゴロゴロと音を鳴らしている。
聞こえる度にそわそわする。
「ここの問題を、羽嶋答えを」
「……………………」
「羽嶋ー」
「……………………」
「はじまー」
「……………………」
「はじまー、大丈夫か?」
「…………はい」
「そうか、大丈夫か。俺から見たら大丈夫そうに見えないんだがな」
「何がです?」
「今は古文の時間だ。羽嶋が開いてるのはそれ数学の教科書だぞ」
「………………あ」
「あ。じゃないよ、どうした?具合悪いのか?」
「いえ、いたって正常です。えっと、ア、問題ですよね」
「あぁ、聞いてなかったんだろ?」
「聞いてましたよ。右の耳がしっかり先生の声をキャッチしてくれてました」
「ほぅ、じゃあ答えは?」
数学の教科書を持って読み上げた。
「兼好法師です」
「答えは正解だが、数学の教科書のどこに兼好法師が載ってんだ」
「このおっさんですね」
数学のコラムに載っているおっさんの写真を指で指して教えた。
「このおっさんは、兼好法師ではなくピタゴラスだ。しかも教科書逆さまだし」
「あらま」
「あらま じゃなくて、教科書も違うからな。本当に大丈夫か?💧」
「お構いなく」
「心配だなぁ…」
先生は俺の頭を軽く撫でて、教卓の方に戻って授業を再開した。
クラスメイトが何人か身体をプルプルさせていた。俺よりも俺の周りの皆が震えているので、多分体調不良だろうから保健室行った方がいいのでは?と先生に視線で訴えかけると、ふるふると首を横に振られたため、まだ大丈夫だとわかった。ん?もしかして違う理由で震えてる??
皆もしかして雷が怖いのかな。俺とおんなじかな?
窓の外のどんより空を眺めて、先生の話を聞きながら目をつむる。曇り苦手…。
お昼休み。
友達とご飯を食べ終えた後、ちょっとトイレに行ってくると行って別れた。
うるさい女子が「付いていこうか?💕」と言ってきたから、いやいいと断って、走って逃げてきた。
よし、追ってこない。
はぁ…
静かになって少しホッとする。
屋上に続く階段の影に隠れ、少し覗いて周りをキョロキョロと見渡した。
逃げ道があってよかった。
はぁー と再びため息が漏れる。
いつもはスルーするけど、今日は勘弁してほしい。
空のゴロゴロが学校の近くで鳴っている。
その音が耳に入って思わずきゅっっと身を縮ちこませて耳を両手で塞ぐ。
びっくりしただけ。大丈夫怖くない、大丈夫怖くない怖くな…
ゴロゴロゴロゴロゴロ…
「あ、今光った!ね、今ピカって空光ったよね!?」
窓の外を見て話をしているのだろう。女子が話をしているのが聞こえた。
光った!?きっと雷様が近くまで来てるんだ!どうしよう…
ぎゅっと目を瞑って考えていると「ひー…ちゃん?」背中の方から聞きなれた声と安心する呼び方が聞こえた。
ゆっくり振り向くといっちゃんが心配そうにこっちを見ていた。
「ひむか……いっちゃん」
学校では苗字で呼ぶ。前にトラブルがあってから、そうするようにしている。
「どうしたの大丈夫?具合悪い?保健室行く?」
「いっちゃん…」
俺の頭を撫でるいっちゃんの小さい手が、温かくて安心する。
「ひーちゃん、歩ける?」
「ん…」
「誰か呼んでこようか?」
撫でていた手が頭から離れる。小さくて温かくて安心していたのが、一気に不安なった。
彼女がくるりと背を向けて廊下に向かおうとしているのを制服を引っ張って止めた。
「い、…いかないで、いっちゃん…」
「でも…」
「少しだけ、もう少ししたら大丈夫だから。だから、そ…そばにいて………お願い、します」
中途半端なお願いをしてしまったが、気持ちがいっぱいいっぱいで思考も停滞気味になっている。
「……わかった。じゃあ、隣に座るね」
「ん」
彼女を誘導する。ここに座ってほしいと。
「いやいやいや、隣にって言ったよね!」
「うん」
「これは隣なのかな?」
「うん」
「違うよね」
「……違わない」
「ちが、違うから…っ!」
彼女を膝の上に乗せて横抱きにし、彼女の首の辺りに顔を埋めてぐりぐりとしている。
「いい匂い」
「ちょっ、ちょっと、くすぐったいってば!(笑)」
「安心する」
「そっか、ふふ 怖いの怖いのぉ とんでけー」
またふわりとあの小さくて温かくて安心する手が頭を優しく撫でている。
「ん……」
俺は目を閉じて撫でる手を優しく包み、撫でられるままに彼女の優しい声に耳を傾けて、5分だけ彼女を抱きしめた。
「あ、雨」
なんとか授業が終わり、帰るって頃に雨がパラパラ降ってきていた。
「傘…」
鞄の中をごそごそと漁り、折りたたみ傘を探す。今朝、母さんが持たせてくれたはず。
「……………」
ない。あれ?どこに置いたっけ……。あ、机の中に入れっぱだ。
靴を履き変えて教室に戻る。
廊下を歩いていると向こうからいっちゃんとその友達が並んで歩いてきた。
「あ…陽向さん」
「はい、なんですか羽嶋君」
「………いや、なんでもない。えっと、雨降ってますよ?」
「雨?あ、本当だ。雨、降ってま」
ドンザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!
彼女が窓の方に目をやると急に雨が激しく降り始めた。滝のように。
「…………」
「……………」
なんか今日は不運だ。俺は天気に恨まれているのだろうか。朝にてるてる坊主ベランダに飾ったのに。
「降ってますね。じゃあ、羽嶋君も気を付けて帰ってくださいね」
「はい、陽向さんも気を付けて」
お互い歩きだしてそれぞれ反対方向に向かう。
彼女の友達が少し騒いでいるのが聞こえる。
え!?ちょっと待って!羽嶋君が話しかけてきたよ!樹!あんた知り合いだったの!?
あはは、私もびっくりしたよ。いつもは挨拶しかしてないよ。接点なんてないもん。
あーもう、羨ましい!一度でいいから話しかけられてみたい!個人的に!!
じゃあ、まずは挨拶からしてみたらいいんじゃないかな。答えてくれるよきっと。
後ろから聞こえる会話が廊下に響いている。
会話も気になるけど、この滝のような雨をどうやって切り抜けようかも考えなくては…。
「はぁ…」
折りたたみ傘の強度で耐えられるかな…。
不安しかない。
案の定。
折りたたみ傘の強度では耐えられるわけもなく、2分で駄目になった。
骨組みは折れて、何故か穴まで空く始末。
「お前の戦闘力では及ばなかったな、お疲れ様でした」
折れた傘に退場の通告を口にして、鞄に仕舞った。
「詰んだ」
知り合いの果物屋さんの前で雨宿りをさせてもらい、代わりに富士リンゴと蜜柑を買った。おまけに何個か果物をもらってしまった。嬉しい。
「ひーちゃん、しばらくここで雨宿りをしていきな」
「ありがとうございます、おばさん」
「いいんだよ。それに、ここに立っていてくれたら、なんかわかんないけど売れ行きがいいからね」
「貢献しているなら、よかった(?)」
「あっはははは!まぁ、ゆっくりしていきな」
「はい」
切ってくれたウサギさんのリンゴの入った皿を手に持って、椅子に座らせてもらった。
おばさんの言う通り、奥様たちが俺の姿を見て笑顔で「かっこいい子だね、お手伝いかい?」
と話しかけてくる。「えっと、はい!あの、よかったらこれ、どうぞ」
切ってくれたウサギさんのリンゴすすめる。こんなに食べられないし、いっちゃんと家族で食べる分のリンゴはもう買ったし。
「あら、ありがとう!ん~!蜜が甘くて美味しいわぁ、買っていこうかしら」
「あ、蜜柑も甘くて美味しいです、よ。よかったら、そちらもどうぞ」
「もぅ商売上手ね。じゃあ、そっちも買っていこうかしら」
「ありがとうございます!」
何個かかごに入れて買っていく奥様たち。
帰りにまた声をかけてくれた。
「果物、ありがとうね。おまけしてもらっちゃった。ここ、またくるわ。気を付けて帰るのよ」
「はい、ありがとうございます。皆さんも気を付けてお帰りください」
「あら、ありがとう」
頭を撫でて、傘を開いて帰っていく。
「あんた、やるね!ありがとう」
おばさんも頭を撫でて俺を誉める。
「ん………おばさん、美味しいですね、リンゴ」
「そうだろう!今年のも蜜がたっぷり入っているからね、美味しいときに食べられるのが1番さね」
そう言って、鼻唄を歌いながら店の奥に戻っていった。
「雨、止まないかな…」
リンゴを一口かじって、撫でられた頭を自分でも撫でる。将来剥げるかもしれない。ちょっと頭皮の心配をした。
「ひーちゃん、帰ろう」
果物屋さんで雨宿りしてかれこれ2時間は経っている。
もう一本傘を持って、いっちゃんが傘をさしてカッパも来て迎えに来てくれた。
「可愛い…」
「え?」
「何でここにいるってわかったの?」
「あぁ、おばさんがね、ひーちゃん、困ってるから迎え来てーって連絡来たんだよ」
「連絡」
「そうさ。ひーちゃんがね、捨てられた子犬みたいな顔して空をずーっと見つめてるから、なんだかかわいそうに見えてね。連絡したのさ」
「おばさん、ありがとうございます」
「いいさ、ひーちゃんのお陰でうちも繁盛したからね。はいこれ、お駄賃だよ」
そう言って、出来立てほかほかのサツマイモを容器いっぱいにくれた。
「「おばさん…」」
大好き と彼女と二人でおばさんに抱きついた。
「あっはっはっはっは(笑) 大きな息子と娘が出来たみたいだよ。嬉しいねぇ!またおいで、待ってるからさ」
「はい」
「さぁ、ひーちゃん、お帰りなさいな。いっちゃん、よろしくね」
「はい」
「お母さんたちによろしくね」
「「はーい!」」
二人で大きく手を振っておばさんのいる果物屋さんを後にした。
いっちゃんが用意してくれたカッパを着て傘をさして並んで家まで歩く。
「雨すごいね」
「すごいねー」
「これ」
「ん?何か買ったの?」
買ったリンゴと蜜柑の入った買い物袋の中身を彼女に見せる。
「うん。リンゴと蜜柑」
「おー✨️ 帰ったら、食べよっか!」
「うん」
「お芋も食べちゃおー」
「うん」
「もう、怖くない?」
「ん……」
いつの間にか握られている手に気付いて、また安心する。
いっちゃんは、やっぱりあったかい
もう大丈夫と答えるようにきゅっと少し握り返した。
夜。
恐ろしいことが起きた。
風が!音が!雨が!音が!怖い!!
携帯電話の明かりをつけようとして、暗闇の中手探りで携帯を探す。
ガッ ガコッ ゴトン!
「……………」
詰んだ。
俺の脇横で重量感のある音がなった。
多分携帯を落とした。最悪だ。
手を入れて探す勇気もなく、頭からタオルケットをかぶって羽織り、手探りで電気を探す。
「……………」
ない。電気のスイッチどこだ?
詰んだ。
仕方なく、床を這って母さんたちのいる寝室に向かった。
「母さ…」
「あ、んっ…もぅ、怖いのはわかるけど、どこ触ってるの。あとなんで火がついたのかわからないんだけど」
「だって、音がこんなに近くで鳴っているのに、落ち着いていられるわけないだろぅ!それに、君が柔らかくて…」
「だからって…、ゃん、ぁ…だめっ ん、ほら、灯野が来たらどうするの」
「来たら、一緒に引っ付くだけだもん」
「なに言ってるの、まったく(笑) ふ…、は、ぁ、 …っんぅ…」
ちぅっ リップ音と共に荒い息が聞こえる。
おいおい、なにやってんだこんな時に!行きにくいじゃねぇか!!っつか、どこでスイッチ入ってんだ父さん!💢
母の濡れた甘い声に少しだけ反応してしまったが、外の音ですぐに消えた。こんなことしてる場合じゃない!
なんとかずって玄関まで行き、(誰の靴かわからないが)靴を履いて、外に出た。
外の音もヤバイが、家の中の音もヤバイ。
隣の家のいっちゃんの家によろよち歩きで向かった。
途中空がゴロゴロと鳴り、身体が反応してビクッとし、止まって縮こまる。
怖い!!いっちゃん!!たすけて!!!
時間をかけてなんとかいっちゃん家の玄関ドアまで辿り着いた。
いっちゃんに見つけてもらった後、安心したまでは覚えてる。
その後の事は、あまり覚えてなくて…、起きたらいっちゃんと抱きしめあって一緒に眠ってた。
外も嵐があったとは思えないほどカラリと晴れて、ベランダに飾ってあるてるてる坊主がにっこり笑顔でこちらを見ている。
「いっちゃん、見つけてくれてありがとう」
まだすよすよと眠っている彼女の手を握り、優しく抱きしめておでこにキスを落とした。
感謝と大好きを込めて
いっちゃんは露骨に怖いと言って怖がるけど、ひーちゃんは怖がるけど我慢して、怖いとは絶対に言わない。
無意識にお互いを頼りに求める。
私の苦手なもの。お化け。
だって見えないから怖い。しかも夏とか関係なくやってくるから、困る。
お化けが怖いと感じるようになったのは、母が話した怪談話と体験がきっかけだ。
声色を変えて話すもんだから、妙にリアルで、「ねぇ、それ本当にあった話なの?」と聞いても、「さぁ…どうだったかなぁー」と濁していた。その夜に恐怖の体験をした。自分の部屋に暗がりの中、白い着物を着た人がゆっくりと歩いているのところを見てしまったのだ。しかもばっちり半透明だった。怖くて叫べず、布団にくるまってその場をなんとかやり過ごして朝を迎えた。その体験の後から、お化けがダメになった。
ゾクッと寒気がするとひーちゃんや父、母や姉に引っ付いて離さなかった。皆、ギューっと抱きしめてくれて、やっと安心する。
怖いけど見たくなる。お化け特集の番組は見てしまう。怖いけど、見る。
一人では見ない。必ず誰かと一緒に見るのが必須条件だ。
母さんと。
父さんと。
姉と。
ひーちゃんと。
見るときの私の定位置は膝の上。または足と足の間に入って座る。これも必須事項。
この必須事項は高校生になっても変わらない。
未だに膝の上、もしくは足と足の間に座って見ている。
「あー!だめだめだめ!逃げて!早く!!」
テレビに話しかけながら見る。
いつものこと。
学校では、ひーちゃんの様子がおかしかった。
うまく隠しているみたいだけど、心配だった。雷の音近かったし、その度に窓の外見てそわそわしてる。
お昼休みに、女子に追いかけられて逃げるように廊下を走っているひーちゃんを見つけた。
相変わらずモテてるね。
人気のないところをキョロキョロと探して、丸くなっている背中の一部分が階段の壁から少し見えた。
声をかけるとやっぱりひーちゃんで、泣きそうな顔で怯えてた。
誰か呼ぼうと思い、行こうとすると止められた。そばにいてほしいと言われて、心がくすぐったくなった。まぁ、そのあとさらにくすぐったいことされたけど…(恥)
放課後、まっすぐ帰った。びしょびしょになりながら帰って、シャワー浴びて、寛ぎながらてるてる坊主を作ってベランダに飾った。
「晴れますよーに」
ひーちゃんのためにも。明日行きたいカフェ巡りのためにも。
しばらく経って、果物屋さんのおばさんから、連絡が来た。『ひーちゃんがうちで雨宿りしてるんだけどね、なんだかかわいそうでねぇ、困ってるから迎えに来てほしい』と。
急いで着替えて、カッパを来て傘を開いた。
ひーちゃんの分も用意して、果物屋さんのおばさんのところに向かった。
どんな顔して待っているんだろう。傘忘れたのかな?
迎えに行くと、しゅん…とした顔で椅子に座って待っていた。捨てられた子犬みたいな顔してる…(笑)
思っちゃいけないんだろうけど、可愛いと思いつつ声をかける。
「ひーちゃん、帰ろう」
おばさんからお土産をもらって、2人で並んで傘をさして、家に帰る。
家に着くまでずっと手を握って離さなかった。
夜。
いつものようにホラー番組を家族と見て、床に就いた。
家族皆寝て、さぁ、私もそろそろ寝ようかなと思った時、玄関の方でカタンと音が鳴った。
「え?今のなんの音?」
今日の外の天気は少し良くなくて風が強い。カタカタと窓ガラスが鳴って風が強い音もしているけど、それとは別の音が玄関の方から聞こえてくる。
カタン カタッ
「だ、誰!?誰かいる!?」
台所からお玉を持ってきて、(咄嗟に目についた物がお玉だったから掴んだ)玄関に近寄り、再度声をかける。
「う、うぅぅ………」
ひ!唸り声!?もしかして、ぞ、ぞゾゾンビ!?
「こ、ここには、誰もいません!!」
「…………こえ、聞こえる、けど…」
「あ」
声出してる時点で私がいるってバラしているようなもんだ。
何やってんの私!
「い、ぃにゃおぉん」
「……猫」
「にゃ、にゃん(そう、猫です)」
なんとかやり過ごせないかな。
じっと静かに身構えていると、外の風が強くなり、雷がゴロゴロと鳴りはじめた。
「わぁぁぁぁっ!た、たす たすけて!こわ…グフッげふん!」
「………………」
今怖いって言いかけて濁さなかった?雷怖がるゾンビってどんなよ。
なんか気が抜けた。ゾンビじゃないと思う。多分。
玄関の電気をつけて恐る恐る玄関ドアを開けるとタオルケットにくるまったひーちゃんが両膝を抱えて顔を両膝に埋めて座っていた。
「………何やってんの?」
「いっ、いっちゃん……ぐすっ」
泣きべそかいてる。
「とりあえず入って」
足取りヨタヨタのひーちゃんをなんとか引きずって玄関に座らせた。
「どうしたの?こんな夜に」
「か、かかかかぜが鳴ってて」
「うん」
「音が」
「うん」
「こ…うるさくて」
どんだけ怖いって言いたくないんだろう。
「電話くれたらいいのに」
「携帯落としちゃって」
「え、どこに?」
「ベッドのわき(?)だと思う」
「そっか、…あれ?お母さんととお父さんは?」
「父さんに母さん取られた」
「あー……なるほど」
ひーちゃんのお父さんは、ひーちゃんと同じで、外の風や雷の音、雨の音などを怖がる(けど、痩せ我慢して自滅する)。前に嵐で音がひどくて、お母さんに抱きつくひーちゃんとお父さんを見かけたことがある。
そういえば、ひーちゃんのお母さんが、二人ともかっこいいのに、変なところ似ちゃったんだよねぇ。怖いって絶対に口にしないのよ。強がっちゃって。まぁ、そこが可愛いところでもあるんだけどもね(笑)ってうちのお母さんとのお茶会の時にこぼしていたっけ。
「ひーちゃん、よく外に出られたねぇ」
「ん………」
私の服の裾を掴んで離さないひーちゃんの手はカタカタと震えている。怖さで震えているのか寒さで震えているのか。どっちだろ。
「身体温めなきゃ。ね、何か飲も?何がいい?」
「……いっちゃんがいい」
「そういうことじゃなくて…」
「いっちゃんがいい」
じっとこちらを見つめながら言っても駄目だから。いいわけないでしょ。
「語彙力も一緒に風に流してきたのかな?」
にっこり笑顔で言うと、黙ってしまった。
ボソリと言葉を漏らしたひーちゃん。
「…………………お茶」
「玄米茶だけどいい?」
「ん」
ほら、リビング行こうと促すとペタペタと足音を立てて素直に付いてきた。
なにこれ可愛いんだけどっ!!
見悶えるのを堪えつつ、電気をつけてリビングに誘導し、ソファーに座らせた。
お茶を淹れて、彼に渡す。ずず…と啜ってほぅ……と安堵のため息を漏らした。
よし、まずはチェック。
「ひーちゃん、どこか怪我してない?」
「うん」
返事はしたものの、おでこが少し赤くなっている。
「嘘。もしかしてどこかにぶつけた?おでこ、赤くなってるよ」
さらりと柔らかい髪の毛を少し横に退けて、赤くなっているおでこを少しさわる。
「ちょっとだけ」
「どこで?」
「わかんない。多分ドアにぶつかった」
「自分の部屋で?」
「うん」
「痛い?」
「痛くない大丈夫」
目を細めてほんの少し口角が上がる。ひーちゃんのレアな優しい顔。
「よかった。痛かったら言ってね、湿布貼るから」
「ん」
すり… と私のお腹に顔を寄せて埋める。くすぐったいけど恥ずかしい…。
腰に回された大きな腕は、私をがっちり掴んで離さない。
「ひーちゃん、落ち着いた?」
「…………ん」
「じゃあ、離して寝ようよ」
「ん」
ゆっくり回された腕をほどいて私から離れた。お腹の辺りにひーちゃんが顔を埋めた温もりが少し残る。
「じゃあ、ひーちゃん一人で「いっちゃん。一緒に寝ようよ」」
「寝ないかー……」
あー…と天を仰ぐ。
言葉を遮ってまで一緒に寝たいのか。
「でも…その、何て言うか、あの、ね?」
「うん」
「だから、その……」
「いっちゃん」
「ん?」
「運んであげる」
「……へ?え!?」
そう言ったひーちゃんが私を軽々と横抱きにし、トントンと軽い足取りで階段を上っていく。
「ちょっと待って!お姫様抱っこは人生初だけど、けっこう恥ずかしいし、怖いんだけど!?」
彼の服を掴んで安心を保とうとするが、恥ずかしさと落とされないかの不安が交ざり、どうしていいかわからず胸の前で両腕をぎゅっとして体勢を小さくした。
「大丈夫落とさないよ。それより、ドア開けてほしい」
「あ……、はい」
いつの間にか私の部屋の前に立っていた。横抱きにされたままドアを少し開けると彼が足で器用にドアを開けて部屋に入る。
電気つけっぱなしで下に降りてきちゃったんだった💦
ゆっくりベッドに下ろされて寝かされた。
足元にあるタオルケットを彼が引っ張り私にかけてくれて、ほっとしたのもつかの間、彼がベッドに当たり前のように入ってきた。
「ちょっ…!」
「?」
ぐっと彼を押すがびくともしない。
くっ!ぅぐぐ……っ、なん…動かないんですけどぉ!!
抵抗も効かず、彼が私を抱きしめて頭に頬を寄せてきた。
ぎゃああああああぁぁぁぁぁー!!!!!(照照)
「ひーちゃ「いっちゃん」」
名前を呼ばれて口を閉じた。静かに安心しきった声が頭の上から聞こえる。
「いっちゃんがいてくれて良かっ、た……」
すぅ……と頭に頬を寄せて私を抱きしめたまま寝息をたてはじめた。
「…………まぁ…安心したんなら、よかったけど…ひーちゃんもう怖くない?」
「…………………ん」
「そう、よかったぁ。おやすみ、ひーちゃん」
「ぉ………す…みい…………」
うとうとと振り絞った声でおやすみを言う彼の大きくて丸めた背中に腕を回して背中をよしよしと撫でる。
どうか、いい夢がみられますように
そう願いを込めて。
☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕☕
怖いものはない。…と言いたいけど、ある。怖いもの。
風や雨、氷(ひょう)が強く建物や地面などに当たる音、雷のゴロゴロなど、建物内にいるときに聞こえる外の音が苦手だ。
なんか胸というか神経というか精神がざわざわして落ち着かない。逆に恐怖に感じてしまう。
だが、外では怖がる素振りは一切見せない。見せたくないし、見せないようにしてる。
朝から天気悪い。どんより空の曇り天気。
「あら、夜は荒れるのね」
テレビを見ていた母さんの呟きに父と俺は同時に母さんを見た。
「はぁ…今日は早く帰ろ」
「俺も…」
父さんと俺は小さく呟きを漏らす。
学校に行っている間は、ずっと曇り空だった。時々雷がゴロゴロと音を鳴らしている。
聞こえる度にそわそわする。
「ここの問題を、羽嶋答えを」
「……………………」
「羽嶋ー」
「……………………」
「はじまー」
「……………………」
「はじまー、大丈夫か?」
「…………はい」
「そうか、大丈夫か。俺から見たら大丈夫そうに見えないんだがな」
「何がです?」
「今は古文の時間だ。羽嶋が開いてるのはそれ数学の教科書だぞ」
「………………あ」
「あ。じゃないよ、どうした?具合悪いのか?」
「いえ、いたって正常です。えっと、ア、問題ですよね」
「あぁ、聞いてなかったんだろ?」
「聞いてましたよ。右の耳がしっかり先生の声をキャッチしてくれてました」
「ほぅ、じゃあ答えは?」
数学の教科書を持って読み上げた。
「兼好法師です」
「答えは正解だが、数学の教科書のどこに兼好法師が載ってんだ」
「このおっさんですね」
数学のコラムに載っているおっさんの写真を指で指して教えた。
「このおっさんは、兼好法師ではなくピタゴラスだ。しかも教科書逆さまだし」
「あらま」
「あらま じゃなくて、教科書も違うからな。本当に大丈夫か?💧」
「お構いなく」
「心配だなぁ…」
先生は俺の頭を軽く撫でて、教卓の方に戻って授業を再開した。
クラスメイトが何人か身体をプルプルさせていた。俺よりも俺の周りの皆が震えているので、多分体調不良だろうから保健室行った方がいいのでは?と先生に視線で訴えかけると、ふるふると首を横に振られたため、まだ大丈夫だとわかった。ん?もしかして違う理由で震えてる??
皆もしかして雷が怖いのかな。俺とおんなじかな?
窓の外のどんより空を眺めて、先生の話を聞きながら目をつむる。曇り苦手…。
お昼休み。
友達とご飯を食べ終えた後、ちょっとトイレに行ってくると行って別れた。
うるさい女子が「付いていこうか?💕」と言ってきたから、いやいいと断って、走って逃げてきた。
よし、追ってこない。
はぁ…
静かになって少しホッとする。
屋上に続く階段の影に隠れ、少し覗いて周りをキョロキョロと見渡した。
逃げ道があってよかった。
はぁー と再びため息が漏れる。
いつもはスルーするけど、今日は勘弁してほしい。
空のゴロゴロが学校の近くで鳴っている。
その音が耳に入って思わずきゅっっと身を縮ちこませて耳を両手で塞ぐ。
びっくりしただけ。大丈夫怖くない、大丈夫怖くない怖くな…
ゴロゴロゴロゴロゴロ…
「あ、今光った!ね、今ピカって空光ったよね!?」
窓の外を見て話をしているのだろう。女子が話をしているのが聞こえた。
光った!?きっと雷様が近くまで来てるんだ!どうしよう…
ぎゅっと目を瞑って考えていると「ひー…ちゃん?」背中の方から聞きなれた声と安心する呼び方が聞こえた。
ゆっくり振り向くといっちゃんが心配そうにこっちを見ていた。
「ひむか……いっちゃん」
学校では苗字で呼ぶ。前にトラブルがあってから、そうするようにしている。
「どうしたの大丈夫?具合悪い?保健室行く?」
「いっちゃん…」
俺の頭を撫でるいっちゃんの小さい手が、温かくて安心する。
「ひーちゃん、歩ける?」
「ん…」
「誰か呼んでこようか?」
撫でていた手が頭から離れる。小さくて温かくて安心していたのが、一気に不安なった。
彼女がくるりと背を向けて廊下に向かおうとしているのを制服を引っ張って止めた。
「い、…いかないで、いっちゃん…」
「でも…」
「少しだけ、もう少ししたら大丈夫だから。だから、そ…そばにいて………お願い、します」
中途半端なお願いをしてしまったが、気持ちがいっぱいいっぱいで思考も停滞気味になっている。
「……わかった。じゃあ、隣に座るね」
「ん」
彼女を誘導する。ここに座ってほしいと。
「いやいやいや、隣にって言ったよね!」
「うん」
「これは隣なのかな?」
「うん」
「違うよね」
「……違わない」
「ちが、違うから…っ!」
彼女を膝の上に乗せて横抱きにし、彼女の首の辺りに顔を埋めてぐりぐりとしている。
「いい匂い」
「ちょっ、ちょっと、くすぐったいってば!(笑)」
「安心する」
「そっか、ふふ 怖いの怖いのぉ とんでけー」
またふわりとあの小さくて温かくて安心する手が頭を優しく撫でている。
「ん……」
俺は目を閉じて撫でる手を優しく包み、撫でられるままに彼女の優しい声に耳を傾けて、5分だけ彼女を抱きしめた。
「あ、雨」
なんとか授業が終わり、帰るって頃に雨がパラパラ降ってきていた。
「傘…」
鞄の中をごそごそと漁り、折りたたみ傘を探す。今朝、母さんが持たせてくれたはず。
「……………」
ない。あれ?どこに置いたっけ……。あ、机の中に入れっぱだ。
靴を履き変えて教室に戻る。
廊下を歩いていると向こうからいっちゃんとその友達が並んで歩いてきた。
「あ…陽向さん」
「はい、なんですか羽嶋君」
「………いや、なんでもない。えっと、雨降ってますよ?」
「雨?あ、本当だ。雨、降ってま」
ドンザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!
彼女が窓の方に目をやると急に雨が激しく降り始めた。滝のように。
「…………」
「……………」
なんか今日は不運だ。俺は天気に恨まれているのだろうか。朝にてるてる坊主ベランダに飾ったのに。
「降ってますね。じゃあ、羽嶋君も気を付けて帰ってくださいね」
「はい、陽向さんも気を付けて」
お互い歩きだしてそれぞれ反対方向に向かう。
彼女の友達が少し騒いでいるのが聞こえる。
え!?ちょっと待って!羽嶋君が話しかけてきたよ!樹!あんた知り合いだったの!?
あはは、私もびっくりしたよ。いつもは挨拶しかしてないよ。接点なんてないもん。
あーもう、羨ましい!一度でいいから話しかけられてみたい!個人的に!!
じゃあ、まずは挨拶からしてみたらいいんじゃないかな。答えてくれるよきっと。
後ろから聞こえる会話が廊下に響いている。
会話も気になるけど、この滝のような雨をどうやって切り抜けようかも考えなくては…。
「はぁ…」
折りたたみ傘の強度で耐えられるかな…。
不安しかない。
案の定。
折りたたみ傘の強度では耐えられるわけもなく、2分で駄目になった。
骨組みは折れて、何故か穴まで空く始末。
「お前の戦闘力では及ばなかったな、お疲れ様でした」
折れた傘に退場の通告を口にして、鞄に仕舞った。
「詰んだ」
知り合いの果物屋さんの前で雨宿りをさせてもらい、代わりに富士リンゴと蜜柑を買った。おまけに何個か果物をもらってしまった。嬉しい。
「ひーちゃん、しばらくここで雨宿りをしていきな」
「ありがとうございます、おばさん」
「いいんだよ。それに、ここに立っていてくれたら、なんかわかんないけど売れ行きがいいからね」
「貢献しているなら、よかった(?)」
「あっはははは!まぁ、ゆっくりしていきな」
「はい」
切ってくれたウサギさんのリンゴの入った皿を手に持って、椅子に座らせてもらった。
おばさんの言う通り、奥様たちが俺の姿を見て笑顔で「かっこいい子だね、お手伝いかい?」
と話しかけてくる。「えっと、はい!あの、よかったらこれ、どうぞ」
切ってくれたウサギさんのリンゴすすめる。こんなに食べられないし、いっちゃんと家族で食べる分のリンゴはもう買ったし。
「あら、ありがとう!ん~!蜜が甘くて美味しいわぁ、買っていこうかしら」
「あ、蜜柑も甘くて美味しいです、よ。よかったら、そちらもどうぞ」
「もぅ商売上手ね。じゃあ、そっちも買っていこうかしら」
「ありがとうございます!」
何個かかごに入れて買っていく奥様たち。
帰りにまた声をかけてくれた。
「果物、ありがとうね。おまけしてもらっちゃった。ここ、またくるわ。気を付けて帰るのよ」
「はい、ありがとうございます。皆さんも気を付けてお帰りください」
「あら、ありがとう」
頭を撫でて、傘を開いて帰っていく。
「あんた、やるね!ありがとう」
おばさんも頭を撫でて俺を誉める。
「ん………おばさん、美味しいですね、リンゴ」
「そうだろう!今年のも蜜がたっぷり入っているからね、美味しいときに食べられるのが1番さね」
そう言って、鼻唄を歌いながら店の奥に戻っていった。
「雨、止まないかな…」
リンゴを一口かじって、撫でられた頭を自分でも撫でる。将来剥げるかもしれない。ちょっと頭皮の心配をした。
「ひーちゃん、帰ろう」
果物屋さんで雨宿りしてかれこれ2時間は経っている。
もう一本傘を持って、いっちゃんが傘をさしてカッパも来て迎えに来てくれた。
「可愛い…」
「え?」
「何でここにいるってわかったの?」
「あぁ、おばさんがね、ひーちゃん、困ってるから迎え来てーって連絡来たんだよ」
「連絡」
「そうさ。ひーちゃんがね、捨てられた子犬みたいな顔して空をずーっと見つめてるから、なんだかかわいそうに見えてね。連絡したのさ」
「おばさん、ありがとうございます」
「いいさ、ひーちゃんのお陰でうちも繁盛したからね。はいこれ、お駄賃だよ」
そう言って、出来立てほかほかのサツマイモを容器いっぱいにくれた。
「「おばさん…」」
大好き と彼女と二人でおばさんに抱きついた。
「あっはっはっはっは(笑) 大きな息子と娘が出来たみたいだよ。嬉しいねぇ!またおいで、待ってるからさ」
「はい」
「さぁ、ひーちゃん、お帰りなさいな。いっちゃん、よろしくね」
「はい」
「お母さんたちによろしくね」
「「はーい!」」
二人で大きく手を振っておばさんのいる果物屋さんを後にした。
いっちゃんが用意してくれたカッパを着て傘をさして並んで家まで歩く。
「雨すごいね」
「すごいねー」
「これ」
「ん?何か買ったの?」
買ったリンゴと蜜柑の入った買い物袋の中身を彼女に見せる。
「うん。リンゴと蜜柑」
「おー✨️ 帰ったら、食べよっか!」
「うん」
「お芋も食べちゃおー」
「うん」
「もう、怖くない?」
「ん……」
いつの間にか握られている手に気付いて、また安心する。
いっちゃんは、やっぱりあったかい
もう大丈夫と答えるようにきゅっと少し握り返した。
夜。
恐ろしいことが起きた。
風が!音が!雨が!音が!怖い!!
携帯電話の明かりをつけようとして、暗闇の中手探りで携帯を探す。
ガッ ガコッ ゴトン!
「……………」
詰んだ。
俺の脇横で重量感のある音がなった。
多分携帯を落とした。最悪だ。
手を入れて探す勇気もなく、頭からタオルケットをかぶって羽織り、手探りで電気を探す。
「……………」
ない。電気のスイッチどこだ?
詰んだ。
仕方なく、床を這って母さんたちのいる寝室に向かった。
「母さ…」
「あ、んっ…もぅ、怖いのはわかるけど、どこ触ってるの。あとなんで火がついたのかわからないんだけど」
「だって、音がこんなに近くで鳴っているのに、落ち着いていられるわけないだろぅ!それに、君が柔らかくて…」
「だからって…、ゃん、ぁ…だめっ ん、ほら、灯野が来たらどうするの」
「来たら、一緒に引っ付くだけだもん」
「なに言ってるの、まったく(笑) ふ…、は、ぁ、 …っんぅ…」
ちぅっ リップ音と共に荒い息が聞こえる。
おいおい、なにやってんだこんな時に!行きにくいじゃねぇか!!っつか、どこでスイッチ入ってんだ父さん!💢
母の濡れた甘い声に少しだけ反応してしまったが、外の音ですぐに消えた。こんなことしてる場合じゃない!
なんとかずって玄関まで行き、(誰の靴かわからないが)靴を履いて、外に出た。
外の音もヤバイが、家の中の音もヤバイ。
隣の家のいっちゃんの家によろよち歩きで向かった。
途中空がゴロゴロと鳴り、身体が反応してビクッとし、止まって縮こまる。
怖い!!いっちゃん!!たすけて!!!
時間をかけてなんとかいっちゃん家の玄関ドアまで辿り着いた。
いっちゃんに見つけてもらった後、安心したまでは覚えてる。
その後の事は、あまり覚えてなくて…、起きたらいっちゃんと抱きしめあって一緒に眠ってた。
外も嵐があったとは思えないほどカラリと晴れて、ベランダに飾ってあるてるてる坊主がにっこり笑顔でこちらを見ている。
「いっちゃん、見つけてくれてありがとう」
まだすよすよと眠っている彼女の手を握り、優しく抱きしめておでこにキスを落とした。
感謝と大好きを込めて
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