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第1章 幼・少年期 新たな人生編
第五話「悪魔の’’足音’’」
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服を着替えて、出かける準備をする。
まあ、持っていくものなど何もないが。
「じゃ、行こうか」
このラニカ村は、「グレイス王国・ヒグニス領」という区分になっている。
これは当主の名前がそうなのか、はたまた当主が好んでその名前を付けたのかは不明だが、とにかく、グレイス王国の支配下にある。
位置でいうと、グレイス王国の北西部らしい。
ラニカ村は、「村」とついている割には、かなり広い領土を持っている。
人口は四千人ほどと、人々もかなり活発だ。
まだ五歳だから一人での外出は許されていないが、家族で出かけるときは必ずみんな挨拶してくれる。
人も温かくて、村自体とても大きい。
俺はいい村に転生したらしい。
「夕飯の買い出しもしなきゃだったし、ちょうどよかったわ」
「今日はなにをするの?」
「カレーでもしましょうかね」
「わーい」
この世界の食生活について、一言で言おう。
普通に美味い。
日本食に敵う料理はないということを念頭においても、かなり美味である。
それも、俺の知っている料理がいくつかあるのだ。
例えば、ロトアが今言ったカレー。
俺の思っていたものと多少違うとはいえ、日本の「カレー」と比べても遜色ない。
……厳密には、カレーは日本食ではないか。
「ベル、何か欲しいものはないか?
この俺を倒したんだ。
俺からもご褒美をやろう」
「ほんと?!」
男としての尊厳を奪ってしまったと自負していたのだが、ルドルフは柔らかな笑顔で俺に向けて微笑んだ。
でも、欲しいものと急に言われてもな……
これ、結構あるあるだと思うんだ。
「欲しい!」と思った時には「ダメ」と言われ、特に何にもないときに限って「買ってやる」と言われる。
人間として生まれた以上、この気持ちは誰しもが理解できるだろう。
せっかくだし、なにか選んで買ってもらいたいところだが……
「お、魔術師になりたいなら、杖とかどうだ?
うちは貴族ではないから、そんなに高いのは買えないが」
「いいんじゃないかしら?
あ、でも『近接型魔術師』になるならあんまり出番はないかもね」
「近接型魔術師?」
なんだなんだ、まだ戦闘知識があるのか。
数年おきに説明するんじゃなく、一度に全部説明してほしいものだ。
「魔術師は魔術師でも、『後衛型』と『近接型』に区別できるの。
後衛型は、後ろから前衛を支援するように立ち回る。
近接型はその名の通り、最前線で魔法を使って戦うの」
「確か、近接型のほうが少ないんだったよな?」
「ええ、そうよ。比率的には、近接型の人間は一、二割くらいしかいないわ」
「どうしてそんなに差があるの?」
「魔術師になりたい人の大半は、『前衛で戦うのが嫌だから』っていう理由が多いのよ」
うむ、間違いない。
前衛で戦うのはとても怖いだろうな。
俺はまだ本物の魔物と戦ったことはないが、前衛で戦うのは想像するだけで恐ろしい。
「ベルはどっちがいいんだ?」
「ルドルフ、まだこの子は五歳よ。
決めるのはもう少し大きくなってからでも……」
「父さん。僕、杖はいいよ」
ルドルフは一瞬、呆気にとられた。
無論、俺も前衛で戦うのはとても怖い。
できることなら、後ろからチクチク嫌がらせできる後衛型の魔術師がいい。
でも、それじゃなんの面白みもないじゃないか。
男なら、前に出てなんぼだ。
逃げてばかりの人生は、もうやめる。
……さっき逃げたけど。
「僕は、近接型の魔術師になるよ」
「そうか。同じ前衛担当として嬉しいぜ、ベル」
そうだ。
ロトアから魔法を教わって、前衛の動き方なんかをルドルフに教わればいいじゃないか。
最強の師匠が二人もいるのだ。弱い人間にはなりたくない。
それに、前衛で素早く動き、敵の体に魔法を撃ち込むなんて……
まさに、男のロマンってやつだ。
「なんか、森のほうが騒がしいな」
「なにかあったのかしらね」
そういうのって、村襲撃イベントのフラグになったりしかねないんじゃないか?
いやいや、せめて俺が大きくなって、中級魔法が使えるようになったくらいでお願いしますよ。
というか、そんなイベントはないに越したことはない。
まあ、大丈夫だろう。
ここ数日、何度か森のほうから鳥のざわめく音が聞こえていたし。
――ん?
なんか、すごく大きな足音がするような。
ま、まさかな。
きっと大きめの地震か何かだろう。
「――魔物の大群だー!
すぐに避難所へ逃げろ!」
「魔物?!」
……おいおい、嘘だろ。
そんな都合よく襲撃してくることがあるのか?
それに、魔物の大群?
じゃあ、この大きな地響きはなんなんだ?
「ベル。すまない。
俺とロトアは、魔物の相手をしなくちゃならないんだ。一人で行けるか?」
「えっ、でも……」
「ベル。これは村の取り決めなの。
村の騎士たちはいかなる理由があろうとも、非常事態の時には結集して対処しなければならないのよ」
そんな取り決めがあったとは。
それなら、仕方ない。
避難所まで子供を送り届けるくらいは許して欲しいものだが、取り決めを破らせるわけにはいかない。
「……分かった。
絶対、無事でいてね」
「もちろんだ」
「ベルも必ず、生きて避難所に辿り着いてね」
ロトアはそう言って、俺の額にキスをした。
そして、二人は振り返って走り出した。
---
走っては歩いて、走っては歩いてを繰り返し、体感だと三十分が経過したはずだ。
俺は、道に迷ってしまった。
ただでさえ大きな村なんだ。
一人でほとんど出歩いたこともない場所だから、マップは全く埋まっていないんだぞ。
冷静になって考えてみれば、一人で避難所になんて行けるわけがない。
そもそも、場所さえ教えてくれなかったし。
魔物の唸り声、人々の悲鳴が木霊する。
家々は壊され、あちらこちらで火災が起こっている。
さっきまでの明るい村は、一転して地獄へと変貌を遂げた。
そこら中に人の死体が転がっている。
本物の死体を、初めて見た。
「……けて……」
左耳に、人の声が飛び込んだ。
咄嗟に左を見ると、瓦礫の下敷きになって動けなくなっている青年がいた。
とにかく、助けないと。
「今、助けます!」
「お前じゃ……無理だろう……!
大人の人を……!」
「今、この周りに生きている人間は僕だけです!」
俺はすぐに青年に駆け寄り、瓦礫をどけようとした。
だが、五歳の俺の力では、重たい瓦礫をどうすることも出来ない。
大人の人を呼びたいが、転がっているのは亡くなっている大人のみ。
クソ、このままではこの人が死んでしまう。
「……もう、いいから……!
逃げろ……!」
「――グルルル……」
「――っ?!」
背後から、嫌な声が聞こえた。
間違いなく、人間の声ではない。
ゆっくりと振り返るとそこには、狼のような魔物が立っていた。
これが、本物の「魔物」。
……あれ?
足が動かない。
金縛りにあったみたいに、体が全く動かない。
逃げなければ。
でも、逃げたらこの人が……
「……っ」
体の震えが止まらない。
それでも、体は動かない。
人って、死を悟ると動けなくなるのか。
まずい。
本気で生きようと決めた人生なのに。
せっかく、またチャンスを貰ったのに。
…………こんなところで、死んでしまうのか。
「ガルルァァァ!」
「――はぁぁっ!」
襲いかかってきた狼の魔物は、俺の目の前で真っ二つになった。
同時に聞こえたのは、少女の声。
「……大丈夫?」
「あ、ありがとう……ございます……」
声の震えが止まらないが、命を救ってくれた赤髪の少女にお礼を言った。
瓦礫の下敷きになっていた青年は、もう既にグッタリとしていた。
「こ、この人を助けてあげてください!
下敷きになって動けないんです!」
「……その人は、もう死んでるわ」
「――っ」
………あと一歩、間に合わなかったか。
「避難所まで連れて行くから、早く立って」
「は、はい。ありがとうございま……
っ! 後ろ!」
「えっ?」
少女は反射的に、魔物の突進を剣で防いだ。
が、剣は猪のような魔物の大きく鋭い牙によって飛ばされてしまい、運悪く燃え盛る建物の中へと消えていってしまった。
「剣がっ……!」
剣を失った少女と、何も出来ない五歳の幼児。
無力な子供が二人揃ったところで、魔物に勝てるはずがない。
どうする。
これじゃ一難去ってまた一難じゃないか。
――いや。待てよ。
何故俺は、思い付かなかったんだ。
俺は無力な少年なんかじゃない。
三年間培ってきたものが、俺にはあるじゃないか。
俺は、『魔術師』だ。
「『炎矢』!」
少女の前に立ちはだかり、猪に炎の矢を放った。
もう一つ階級が上がれば矢の本数制限がもっと増えるんだが、初級だと一本が限界だ。
しかし、その矢は見事に猪の脳天を貫いた。
燃えるように痛いであろう炎の矢をまともに食らった猪は、塵になって消えていった。
まあ、持っていくものなど何もないが。
「じゃ、行こうか」
このラニカ村は、「グレイス王国・ヒグニス領」という区分になっている。
これは当主の名前がそうなのか、はたまた当主が好んでその名前を付けたのかは不明だが、とにかく、グレイス王国の支配下にある。
位置でいうと、グレイス王国の北西部らしい。
ラニカ村は、「村」とついている割には、かなり広い領土を持っている。
人口は四千人ほどと、人々もかなり活発だ。
まだ五歳だから一人での外出は許されていないが、家族で出かけるときは必ずみんな挨拶してくれる。
人も温かくて、村自体とても大きい。
俺はいい村に転生したらしい。
「夕飯の買い出しもしなきゃだったし、ちょうどよかったわ」
「今日はなにをするの?」
「カレーでもしましょうかね」
「わーい」
この世界の食生活について、一言で言おう。
普通に美味い。
日本食に敵う料理はないということを念頭においても、かなり美味である。
それも、俺の知っている料理がいくつかあるのだ。
例えば、ロトアが今言ったカレー。
俺の思っていたものと多少違うとはいえ、日本の「カレー」と比べても遜色ない。
……厳密には、カレーは日本食ではないか。
「ベル、何か欲しいものはないか?
この俺を倒したんだ。
俺からもご褒美をやろう」
「ほんと?!」
男としての尊厳を奪ってしまったと自負していたのだが、ルドルフは柔らかな笑顔で俺に向けて微笑んだ。
でも、欲しいものと急に言われてもな……
これ、結構あるあるだと思うんだ。
「欲しい!」と思った時には「ダメ」と言われ、特に何にもないときに限って「買ってやる」と言われる。
人間として生まれた以上、この気持ちは誰しもが理解できるだろう。
せっかくだし、なにか選んで買ってもらいたいところだが……
「お、魔術師になりたいなら、杖とかどうだ?
うちは貴族ではないから、そんなに高いのは買えないが」
「いいんじゃないかしら?
あ、でも『近接型魔術師』になるならあんまり出番はないかもね」
「近接型魔術師?」
なんだなんだ、まだ戦闘知識があるのか。
数年おきに説明するんじゃなく、一度に全部説明してほしいものだ。
「魔術師は魔術師でも、『後衛型』と『近接型』に区別できるの。
後衛型は、後ろから前衛を支援するように立ち回る。
近接型はその名の通り、最前線で魔法を使って戦うの」
「確か、近接型のほうが少ないんだったよな?」
「ええ、そうよ。比率的には、近接型の人間は一、二割くらいしかいないわ」
「どうしてそんなに差があるの?」
「魔術師になりたい人の大半は、『前衛で戦うのが嫌だから』っていう理由が多いのよ」
うむ、間違いない。
前衛で戦うのはとても怖いだろうな。
俺はまだ本物の魔物と戦ったことはないが、前衛で戦うのは想像するだけで恐ろしい。
「ベルはどっちがいいんだ?」
「ルドルフ、まだこの子は五歳よ。
決めるのはもう少し大きくなってからでも……」
「父さん。僕、杖はいいよ」
ルドルフは一瞬、呆気にとられた。
無論、俺も前衛で戦うのはとても怖い。
できることなら、後ろからチクチク嫌がらせできる後衛型の魔術師がいい。
でも、それじゃなんの面白みもないじゃないか。
男なら、前に出てなんぼだ。
逃げてばかりの人生は、もうやめる。
……さっき逃げたけど。
「僕は、近接型の魔術師になるよ」
「そうか。同じ前衛担当として嬉しいぜ、ベル」
そうだ。
ロトアから魔法を教わって、前衛の動き方なんかをルドルフに教わればいいじゃないか。
最強の師匠が二人もいるのだ。弱い人間にはなりたくない。
それに、前衛で素早く動き、敵の体に魔法を撃ち込むなんて……
まさに、男のロマンってやつだ。
「なんか、森のほうが騒がしいな」
「なにかあったのかしらね」
そういうのって、村襲撃イベントのフラグになったりしかねないんじゃないか?
いやいや、せめて俺が大きくなって、中級魔法が使えるようになったくらいでお願いしますよ。
というか、そんなイベントはないに越したことはない。
まあ、大丈夫だろう。
ここ数日、何度か森のほうから鳥のざわめく音が聞こえていたし。
――ん?
なんか、すごく大きな足音がするような。
ま、まさかな。
きっと大きめの地震か何かだろう。
「――魔物の大群だー!
すぐに避難所へ逃げろ!」
「魔物?!」
……おいおい、嘘だろ。
そんな都合よく襲撃してくることがあるのか?
それに、魔物の大群?
じゃあ、この大きな地響きはなんなんだ?
「ベル。すまない。
俺とロトアは、魔物の相手をしなくちゃならないんだ。一人で行けるか?」
「えっ、でも……」
「ベル。これは村の取り決めなの。
村の騎士たちはいかなる理由があろうとも、非常事態の時には結集して対処しなければならないのよ」
そんな取り決めがあったとは。
それなら、仕方ない。
避難所まで子供を送り届けるくらいは許して欲しいものだが、取り決めを破らせるわけにはいかない。
「……分かった。
絶対、無事でいてね」
「もちろんだ」
「ベルも必ず、生きて避難所に辿り着いてね」
ロトアはそう言って、俺の額にキスをした。
そして、二人は振り返って走り出した。
---
走っては歩いて、走っては歩いてを繰り返し、体感だと三十分が経過したはずだ。
俺は、道に迷ってしまった。
ただでさえ大きな村なんだ。
一人でほとんど出歩いたこともない場所だから、マップは全く埋まっていないんだぞ。
冷静になって考えてみれば、一人で避難所になんて行けるわけがない。
そもそも、場所さえ教えてくれなかったし。
魔物の唸り声、人々の悲鳴が木霊する。
家々は壊され、あちらこちらで火災が起こっている。
さっきまでの明るい村は、一転して地獄へと変貌を遂げた。
そこら中に人の死体が転がっている。
本物の死体を、初めて見た。
「……けて……」
左耳に、人の声が飛び込んだ。
咄嗟に左を見ると、瓦礫の下敷きになって動けなくなっている青年がいた。
とにかく、助けないと。
「今、助けます!」
「お前じゃ……無理だろう……!
大人の人を……!」
「今、この周りに生きている人間は僕だけです!」
俺はすぐに青年に駆け寄り、瓦礫をどけようとした。
だが、五歳の俺の力では、重たい瓦礫をどうすることも出来ない。
大人の人を呼びたいが、転がっているのは亡くなっている大人のみ。
クソ、このままではこの人が死んでしまう。
「……もう、いいから……!
逃げろ……!」
「――グルルル……」
「――っ?!」
背後から、嫌な声が聞こえた。
間違いなく、人間の声ではない。
ゆっくりと振り返るとそこには、狼のような魔物が立っていた。
これが、本物の「魔物」。
……あれ?
足が動かない。
金縛りにあったみたいに、体が全く動かない。
逃げなければ。
でも、逃げたらこの人が……
「……っ」
体の震えが止まらない。
それでも、体は動かない。
人って、死を悟ると動けなくなるのか。
まずい。
本気で生きようと決めた人生なのに。
せっかく、またチャンスを貰ったのに。
…………こんなところで、死んでしまうのか。
「ガルルァァァ!」
「――はぁぁっ!」
襲いかかってきた狼の魔物は、俺の目の前で真っ二つになった。
同時に聞こえたのは、少女の声。
「……大丈夫?」
「あ、ありがとう……ございます……」
声の震えが止まらないが、命を救ってくれた赤髪の少女にお礼を言った。
瓦礫の下敷きになっていた青年は、もう既にグッタリとしていた。
「こ、この人を助けてあげてください!
下敷きになって動けないんです!」
「……その人は、もう死んでるわ」
「――っ」
………あと一歩、間に合わなかったか。
「避難所まで連れて行くから、早く立って」
「は、はい。ありがとうございま……
っ! 後ろ!」
「えっ?」
少女は反射的に、魔物の突進を剣で防いだ。
が、剣は猪のような魔物の大きく鋭い牙によって飛ばされてしまい、運悪く燃え盛る建物の中へと消えていってしまった。
「剣がっ……!」
剣を失った少女と、何も出来ない五歳の幼児。
無力な子供が二人揃ったところで、魔物に勝てるはずがない。
どうする。
これじゃ一難去ってまた一難じゃないか。
――いや。待てよ。
何故俺は、思い付かなかったんだ。
俺は無力な少年なんかじゃない。
三年間培ってきたものが、俺にはあるじゃないか。
俺は、『魔術師』だ。
「『炎矢』!」
少女の前に立ちはだかり、猪に炎の矢を放った。
もう一つ階級が上がれば矢の本数制限がもっと増えるんだが、初級だと一本が限界だ。
しかし、その矢は見事に猪の脳天を貫いた。
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