闇に消えた鼠

Rei

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闇に消えた鼠

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私の名は 青葉裕次郎。
今春から刑事課に配属された、新米刑事だ。

直属の上司である 石場鉄男――通称ボスは、昔ながらの頑固な50代後半の頼れるオヤジだ。

私たちの管轄では、この一年で 若い失踪者 が異常に増えていた。
20~30代が中心だが、中には未成年者までいる。いくつかの捜索チームが組まれ、私はボスのチームに配属された。


---

■廃工場の発見

土曜日の明け方。
いつもより早く目が覚めた。空腹を満たそうと近くのコンビニへ向かった。

薄暗い空の下、月明かりだけが頼りの肌寒い朝――
道すがら、古びた工場跡地の前を通ると、薄闇の中で 3~4人の男たちが何かを唱えている のが見えた。

(うわ……こんな時間に、何してるんだ)

驚いた拍子に、足元の小石を蹴ってしまった。
男たちはこちらに気づくと一斉に逃げ出す。

(なんなんだ……気味が悪い)

男たちがいた薄暗い奥に、椅子に腰掛けた人影 のようなものがあるのに気づいた。

「誰かいますか?」

割れた窓越しに声をかけるが反応はない。
油と錆の匂いが鼻をつき、足元には死んだ鼠。

(嫌な臭いだ……)

隙間から中に入り、ゆっくり近づくと――やはり人であった。
椅子には20代くらいの男が座り、宙を一点だけ凝視していた。息はあるが、目にはまったく生気がない。
足元には、白いチョークで描かれた 魔方陣のような模様。

「大丈夫ですか?!」

再度声をかけるも反応はなかった。
救急要請し、男は市中病院へ搬送された。



---

■被害者・増井勉

病院から届いた報告は最悪だった。
男――増井勉(21)。失踪届が出されていた大学生。
家庭環境は複雑で、母親は数年前に他界、父とは疎遠。捜索願は大学の友人の 米谷五郎 が出していた。

増井は集中治療室で治療を受けていたが、翌日未明、原因不明のまま心停止した。司法解剖でも死因は特定できなかった。

(あの魔方陣……あれはなにか関係しているのか……?)

私とボスは、増井の友人・米谷に話を聞くことにした。


---

■喫茶店での証言

夕方4時。駅前の喫茶店。
中肉中背で黒縁眼鏡、やや長髪の青年――米谷が現れた。

「この度は……御愁傷様です」

軽く会釈し、彼は話し始めた。

「最近の増井は、連絡しても返事がなくて……。会っても上の空でした。
半年前から あるセミナー に通うようになって、変わっていった気がします」

「どんなセミナーなんです?」

「詳しくは知りません。でも……怪しい宗教っぽい感じでした。
そのセミナーに行った人が何人か音信不通になったとも聞いてます。
最近、増井は『マインドなんとかが人類が救われる唯一の希望だ』って言っていました……」

「マインド……?」

「僕にも分かりません」

重要な情報だった。
私は礼を言い、捜査を約束して喫茶店を後にした。


---

■増井のアパート

築40年以上のボロアパート。
管理人から鍵を借り、ドアを開けた瞬間――

(……臭っ)

中はゴミが山のように積まれたゴミ屋敷だった。
台所の冷蔵庫には、白い紙のチラシ。

> “この不平等で理不尽な世界を嘆きなさい。
神のご加護の下、生まれ変わり、新たな世界へ飛び立ちましょう。
               ――神の使者ヨアケボシ”



(ヨアケボシ……?教団の名前か?)

周囲を探ると、棚から落ちた日記帳を見つけた。

> “今日、素晴らしい先生と出会った。
この世は偽りの空間だ”

“救われるには、もうマインドトランスポーテーションしかない”

“明日、生まれ変わる。きっと素晴らしい日になる”



最後の日付は、発見前日――。

(何があったんだ……?)


---

■セミナー潜入

翌週の月曜日。
大学の片隅にある講義室。

扉を開けると、若い女性が声をかけてきた。

「今日、初めての参加ですか?」

「はい。友人に勧められて」

教室は薄暗く、どこか湿った空気が漂っていた。

しばらくすると、一人の老人が入ってくる。白髪交じり、手入れされていない髪。60代ほどか、もっと老いて見える。

「どうも。稲垣だ。よく来てくれました」

その声は妙に湿っていて、教室の空気をさらに重くした。

「皆さん。
この世は“偽りの層”にすぎません。
真の自分を取り戻すには――マインドトランスポーテーションが必要なのです」

ざわりと、空気が揺れた。

稲垣は一歩近づき、私を見据えた。

「あなたも、ずっと苦しんできただろう……?」

(……なんで、そんなことを)

その時、後ろの席の青年が顔面蒼白になり、席を立って教室を出ていった。

「少し休むがよい」
稲垣が静かに言った。

私はとっさに席を立ち、青年の後を追った。


---

■嘔吐した青年

トイレの個室から、嘔吐する音。

「大丈夫ですか?」

ノックすると、しばらくして扉がゆっくり開いた。

髪はボサボサ、無精髭の青年――
目には深い怯えが宿っている。

「……あんた、今日の見学の人か?」

「ええ。何があったんです?」

「やめた方がいい……。あそこはもうダメだ。
俺……見ちまったんだよ。儀式を」

「儀式?」

青年は震える声で言った。

「今週末、近くの廃校場で“マインドトランスポーテーション”がある。
そこで……人が“消える”んだ。
俺も連れていかれるのはもう嫌だ……」

「私たちが守ります。詳しく教えてください」

青年は何かを言いかけたが、突然ビクッと震え、
「……来る、来る……!」
と意味不明なまま逃げ去った。

(来る……?誰が……)

不穏な空気が残った。


---

■おとり捜査

週末。
青年の証言をもとに、私とボスはおとり捜査を決行した。

雨が冷たく降りしきり、月明かりも遮られている。
儀式が行われると噂されたのは――例の 廃工場。

稲垣の姿は見えない。

工場の中を探っていると、突然――
ガンッ!

「ボス!」
振り返ると、ボスが後頭部を殴られ崩れ落ちていた。

「逃がすな……青葉……追え……!」

一人の男が青葉の側を勢いよく走り去る。
うす暗闇ながら白髪交じりのボサボサの髪がなびいているのが見えた。
(あの後ろ姿はおそらく稲垣だ!)

必死に立ち上がろうとするボスを置き、
私は男を追いかけ暗い通路の奥へ走った。

錆と油の臭いが濃くなる。

屋根裏へ続く梯子が揺れた。

(ここか……)

登っていくと、薄暗い屋根裏に一人の影。

――やはり稲垣だ。

観念したのか、その場に留まっていた。白内障で濁った右目が、月光を吸い込んで妖しく光った。不気味に微笑みながら口をひらいた。

「来たな……袋の鼠が、くくくっ」

私は稲垣を直ちに取り押さえた。

「稲垣、公務執行妨害で逮捕する!
マインドトランスポーテーションとは何だ!」

「こう言うことだよ、鼠さん。はははっ……」

稲垣は薄く笑い、私をじっと見ながら吐き捨てるように言った。

その瞬間――
気がとおくなり視界が一瞬だけ暗くなった。

(……暗い……?)

すぐに視界は戻ったが――
目の前にいたはずの稲垣が いなかった。

(え……?)

ちょうど駆けつけたボスに慌てて叫んだ。

「ボス! 稲垣が逃げました!」

「……何を言ってるんだ、いるじゃないか!
拘束するなら縄で縛りあげるのではなく手錠を使えよな、青葉め」

ボスが怪訝そうにこちらを見た。

「こんな時に……あいつはどこ行ったんだ……」
と舌打ちしながら。

(……え?)

よく周りを見ると――
私は 廃工場の中央で椅子に縄で縛られ身動きが出来ない状態となっていた。
なぜか右目が霞んでよく見えないが、目の前の壁にかかった割れた鏡に見慣れない姿が反射しているのに気が付いた。

(そんな……バカな……)

足元には、あの魔方陣が……

皺のはいった頬に冷たい汗がつたう。

遠くからパトカーのサイレンがぼんやり聞こえる。

――私は、そこに いない のか。

鼠が暗闇の中へと静かに消えていった。
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