【完】オマエを見つけたあの日から

いとこんドリア

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「っ……本当に……奴隷になれば……もう家族には手出しは……しないんだな?」

 脱力しながらもティオは伯爵を鋭く睨みつけながら訊く。

「ああ、本当だとも。お前を買うんだからな。手切れ金ももれなく頂戴してやる。この先、一生生活に困らないくらいの金をな。おれは寛大な伯爵グレイソン様なんだ」

 懐から大量の札束を地面に投げ捨てた。奴の言う一生生活に困らないくらいの大金だ。その金があるなら、当分は大丈夫だろうと冷静になった頭で考える。

「……わかった。いいだろう。母さんや……弟や妹には……今後一切手を出さないと誓うなら……あんたの奴隷でもなんでもなってやる。約束はちゃんと守れよ。守らなかったらあの世で死んだ後に呪ってやるから」

 自分はどうなってもいい。家族みんなが助かるならこの命さえ投げ出してもいい。これは自分の贖罪。
 その覚悟と決意を怒り任せに伯爵にぶつけた。

「お兄ちゃん!」

 ティナが倒れているリオを介抱しながらこちらに視線を向けている。悲しみと寂しさを含んだ表情で、行かないでと言わんばかりだった。
 そんな顔をさせて申し訳ない。ひとえに自分が幼稚で弱いせいで、家族を巻き込んでしまった。

「ティナ。リオとお母さんを頼んだぞ」
「お兄ちゃん!や、やだ!やだよそんなの。やだ!絶対やだよおおっ!!」

 行かないで――――!!
 背後からあらゆる悲痛な声が聞こえるが、伯爵は「手間取らせやがって」と文句を愚図りながら客車に乗り込み、ティオも強引に用心棒に連れられて乗り込んでいく。

 ティオ。にいちゃん。お兄ちゃん。

 馬車が動いても、外から悲鳴のように自分を呼ぶ声が聞こえてくる。マリとティナのすすり泣く声や、リオの激しい泣き声が耳の奥まで響いてきて、聞こえないふりをして涙をこらえる。

 さよなら、みんな……。
 どうか元気で。


 *

 連れてこられた場所は自分の家の数十倍は大きな屋敷だった。到着して早々に馬車から引きずり降ろされ、入り口近くの大きな執務室のような所へ蹴り倒された。拘束されたまま倒されたので受け身がうまく取れず、ティオは無様に顔面から倒れた。

「やっと奴隷らしい顔になったな」

 鼻血を垂らしているティオにそう吐き捨てる。汚くて不細工な顔だと。

「っ……それで……奴隷なんて何をすればいいんだ!」

 やっと拘束具を外されて自由になった手で流れる鼻血を腕で拭う。伯爵を睨みつけるのはやめられない。

「決まっているだろう」

 愚問だなと伯爵は厭らしい顔をずいっと近づけて言う。

「体を差し出す事だ。体。意味わかるだろう?」
「から……だ……」
「お前は汚いが顔はそれなりに愛嬌がある。年齢の割に童顔で目も大きい。おれ様のムスコは勃ちはするだろ」

 まるで死刑宣告を受けた気分だった。
 ようするにこの男の慰み者になれという事だろう。自分は男なのに。

 若い女が食い扶持減らしにこの手の男に金で売られていくというのを噂で聞いた事がある。その末にどこぞの悪趣味な主人に飼われて、性的搾取の奴隷になるという末路まで聞いてしまった。まさか男である自分がその対象になるとは思いもよらなかった。

「っ、あ、うぅ……」

 最悪だ。こんな奴の相手をしろというのか。

「かはは。今更怖気づいたのか」
「誰がっ……」

 伯爵はすっとティオの首筋や鎖骨を撫でる。鳥肌が凄絶に立った。

「生意気な割には体は滑々していて肌触りがいい。やはり子供の体は瑞々しいな」
「さわ、るな」
「おや、そんな口の利き方をしてもいいのか?家族がどうなってもいいと」
「っ……ぐ」


 そうして手始めにいきなり身体検査だと言われた。躊躇うと半ば無理やり服をひん剥かれ、全裸にされ、四つん這いになれと命令された。羞恥心と屈辱感に顔がかあっと赤くなり抵抗しようとしたが、家族という言葉を出されて大人しく従うほかなかった。怒りと恥ずかしさに生理的な涙が溜まる。

「いい体だな。幼さが残っている所がいい。下生えも生えておらん未発達なチンコはとても可愛いじゃないか」

 っ……最低。

 卑猥な言葉を言われ続け、じろじろと体を舐めるように眺められた末に、自分でさえほとんど触れたことがない場所へいきなり指を突っ込まれた。さすがに嫌悪感を露に抵抗すれば殴られた。

「ひ、ぐっ。やだ」
「何度も言わせるな。大切な家族が酷い目にあうぞ」

 家族のためとわかっていても、この男のいいようにされると思うと嫌悪感が半端なくわきあがる。しかし、ここで我慢しなければせっかくの涙ながらの別れも無駄になる。大好きな母親と大切で可愛らしい弟と妹。不幸にさせない。

 自分が我慢すればみんなは平和に暮らせるのだから。


「どうだ。少しは慣れてきたか」
「っ、あ、ぅ」

 慣れるか。ただただ、気持ちが悪い。こいつは頭がおかしいんじゃないのか。女でもないこんな子供の男の尻なんていじって。悪趣味にもほどがある。

「ひいっ!いやぁあ」
 
 指が奥の泣き所をかすめると、びりびりとした刺激に驚愕し、自分とは思えない嬌声が漏れた。思わず口を手で覆うが、伯爵は喜悦に顔をゆがめている。
 
「これはこれは。いい声で啼きそうだな」
「黙れっ、く、あぁっ!」

 心とは裏腹にびくびくと体を痙攣させてしまう。こんな自分知らない。おかしい。

「強がりもいつまで持つかな」

 ぐちぐちと水音が鳴る。体だけじゃなく心まで蹂躙されそうな指が出し入れされ続ける。
 こんなの、暴力を受けるより苦痛だ。地獄だ。

「あぁっ、や」

 指がその部分だけをわざとらしく執拗に狙い、ティオのあられもない声を引き出そうと動きが激しくなる。

「ッん、うぅぅ――!」

 ティオはおかしな声を漏らさないように必死で口を真一文字に閉じて抗った。自分の心が遠く手の届かない場所へ持っていかれないように必死でもがいて、我を失わないように意地でも自我を保ち続けた。

 気持ちが悪い。気持ちが悪い。と、ひたすら心の中で悪態を呟き続けて、これは汚い行為なんだと自分に暗示をかけ続けた。

 この拷問はいつまで続くのだろう……。と、考えていたら、屋敷の執事の一人が伯爵に声を掛けた。

「グレイソン様。そろそろ【ハワード公爵】がいらっしゃいますが……」
「ちっ……もうすぐこのガキを蹂躙できると思ったのに。わかった。あのすかした公爵を待たせちゃまたいらぬ難癖をつけられそうだからな。このガキを地下の奴隷部屋に閉じ込めておけ」

 ガシャン――。 

 地下にあるという奴隷の部屋に押し込まれた。見るからに狭く薄暗い寒々しい場所だった。毛布などあるわけがなく、冷たい石の床に藁が敷いてあるだけ。
 冷たい地面を肌で感じて寝にくいが、あんな気持ちの悪い男のそばにいるよりかは全然マシだと思った。

 これからどうなるのだろう……。
 わかっている事は、これから本格的にあの男の慰み者にされてしまうという事だけ。あんな男に体を好きにされて支配される。

 嫌だな……。本当に嫌だ。

 せめて初めてくらいもっとマシな人を相手に……なんて生娘のような考えをしたくはないが、あんな男が初めてだと思うとこの上ない吐き気に苛まれそうだ。家族に別れを告げて覚悟を持って奴隷として連れて来られたのに、心の奥底ではまだこんな運命に抗いたくて、逃げたくてしょうがない。家族を助けるためなのに、まだ割り切れそうもない。

 逃げ出したいよ……。
 逃げ出せるはずなんてないのに。


「おい、出ろ。主人の専属奴隷になったんだ。綺麗にさせてやる」

 看守のような男が入浴させてやると言う。今晩あたりにでも奴に呼ばれそうだなと自嘲するような笑いがこみ上げてくる。もう逃げられないのだろうか。一生こんな場所であいつの慰み者なのか。

 あんな男に犯されて、心が壊れないだろうか。
 不安と恐怖と気持ちの悪さに震える。
 家族を守るためなのに……だめだなぁ。

 部屋を出てから看守の後に続いて、長い階段を上がって一階に出ると、玄関の入り口の扉が開いているのが目についた。来客対応で開けているのか。入り口付近には使用人もあの用心棒の男共もいない。誰もいない。

 今なら……全力疾走すれば逃げられる……。

 でも、自分が逃げたことで家族に危害を加えられるかもしれない。しかし、あんな奴に犯されて心が壊れていく自分を想像するのも怖い。

 やっぱりいやだよ。怖い。壊れたくない。吐き気がする。死にたくも、ない……。

 だから――――気が付いたら、足が動いて駆けていた。

「あ、こらお前!!」
「なっ……待てえ!」

 看守の手を振り切り、脇目もふらずにティオは全力で走った。脚力はそれなりに自慢だし、体力だってある方だ。絶対逃げる。逃げて見せる。捕まるもんか。

 背後からの制止を促す怒声など無視し、入り口を出て、門扉を越え、眼前に広がる森の中を駆ける。深い森の街道は人一人歩いてはいないが、半日馬車を走らせた場所ならそこまで遠くはないはず。そんな目論見は外れるとは知らず、ティオはあてもなくただ真っすぐを走り続けた。

 はあはあ。

 走って、走って、走り続けて、森を出たのは深夜遅くだった。
 やっとどこかの村の集落が見えたが、見慣れない場所で迷子になってしまった。

 はやく行かないと。家族と合流して、逃げないと。みんなが危ない。
 自分が逃げた事であいつにひどい目に遭わされてしまう。

 止まった足をひたすら酷使し続け、自分を奮い立たせ、近隣住民に道を聞きつつまたひた走る。


 だめだ。もう走れない。
 徒歩での距離は思った以上に遠く感じて、夜通し駆けた疲労感は限界だった。

 もうすぐ……もうすぐ故郷なのに。家族がいる町までもう少しなのに、足が重くて肺が苦しい。倒れる。もうここまでか。

 熱い日差しが照り付ける。今日は思った以上に炎天下。蒸し暑さが自分を焼き焦がす。飲まず食わずの歩き通しで、あの男に暴力を振るわれた傷や道中に転んでできた傷がひどくなってきた。

 母さん……リオ……ティナ……。
 あの男に犯されるのが嫌だからって途中で逃げ出した不甲斐ない俺でごめん。ごめんなさい。

 薄れゆく意識の中で、綺麗な瞳が見えた。

「大丈夫か……」

 そろそろ天に召されるのだろうかとぼやける視界を見据えながら考える。最後に綺麗なものを見て感じる事ができてよかった。

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