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「まだ見つからないのか」

 焦燥感を抱くフラヴィオは気が気じゃなかった。
 ティオがいなくなってからなんの手がかりも見つけられずにもう二日も経ってしまった。一体どこへ連れて行かれてしまったのかと手がかりをひたすら当たるも情報は錯綜するばかり。胸騒ぎが依然として止まらない。
 
 ティオ……ティオ……

 あの豚に対して怖い目にあっていないだろうかとか、またケガをしていないだろうかとか、もしも姉のように命を落としてしまっていたらとか、恐怖で胸が張り裂けそうで仕事なんて全く手につかない。苦しくて不安で泣きそうだ。

「ティオ……どこに……いるんだ……」

 いなくなる前、もっと自分が目を光らせておけばよかった。ずっとそばにいてやればよかった。ティオがくれた白いシャツをぎゅっと握りしめていなければ正気を失っていたくらいだ。

「くそっ」

 壁に拳をぶつけることでしかこの焦燥をどうにかできない。激しく何度も打ち付けて、血が出るまでこの苛立ちをぶつける。自分自身がふがいなくてたまらない。情けなくて涙すら出てくる。こんなんだから姉を失ったんじゃないか。そしてティオさえも――……
 
「フラン!」

 執務室を勢いよく開けたレオは汗だくだった。息すらもあがっている。

「やっとティオがいるであろう居場所が特定できた!」
「っ、どこだ!?」

 先ほどの意気消沈していた気持ちは盛り返す。

「ティオは豚の隠れアジトにいる。わずかな手掛かりだけだったから捜査は難航したが、シルベスター家の令嬢も行方不明だと小耳に挟んでからは一転したよ。ティオと令嬢の件は極めて関連性が高いと判断して調査したらビンゴだった。彼女の両親を問い詰めて吐かせたら、失踪前にお忍びで出掛けた先がまさかの豚のアジトだってな」
 
 なぜその令嬢があの豚のアジトへ向かったのかはなんとなく説明を聞かないでもわかる。シルベスター家は財政難などで没落寸前。金だけは持っている豚に資金援助の相談を持ち掛けに行ったのだと想像に難しくない。

 だが、娘の令嬢を一人で豚の元へ向かわせたのは厄介払いをさせたか、それとも没落を逃れるために娘を贄に出して豚から金をせしめるためか。何にせよ娘がどうなろうが関係ないというハラだろう。でなければ危険と知りながらも娘をそんな場所へやったりはしないし、シルベスター家の両親は淡白で豚ほどではないが金には汚いという話だ。人畜無害の箱入り娘もいいところだったから、両親の保身のために何も知らないで生贄にされて気の毒ではある。

「すぐに向かう。馬車を出せ」
 





 グレイソン伯爵の隠れアジトは思ったほど近い場所に存在した。入り口の番人により呼び出されたグレイソンの顔は、最初こそこの場を見つけられた事に焦った様子であったが、次第に開き直ったのかおどけた態度で接し始めた。

「私は今忙しいんですよ~なんの御用ですかな。ハワード公爵殿」
「いるんだろ。ここにお前がさらった奴隷達が。さっさと出せ」

 いつもより低い声はこの場の空気を一瞬で重くさせた。普段は無表情で感情を表に出さないフラヴィオだが、今にも飛び掛からん勢いでグレイソンを睨みつけている。憤怒を宿していると言っても過言ではない恐ろしい顔だ。後ろの方でレオと部下達がなんとか「抑えて」となだめてはいるが、いつフラヴィオ自身の理性が決壊してもおかしくはない。寒気がするほどの殺気を漂わせたフラヴィオはもう怒りに我を失いそうなのだ。

「奴隷達を出せ、と言われてもですね~。そんなの知りませんな~。どこかの団体と勘違いしていませんかねえ。それにしてもよくここがわかりましt……ひっ」

 恐ろしい速さで腰に帯刀している剣を抜刀し、グレイソンの首元に突き付けた。その青い瞳には計り知れない憎悪が渦巻いている。

「しらばっくれる気か。さっさと奴隷達を出せと言っている」
「そ、そんな事をしていいと思っているのですか?わ、わたくしは貴方の家より金がある。たとえ公爵という爵位持ちでも、金でd「言いたい事はそれだけか」

 フラヴィオの瞳がより鋭利に細められる。青い瞳の中の黒い憎悪も膨らむ。

「金や権力など欲しければ貴様にいくらでもくれてやる。公爵の爵位も次期皇帝の肩書きも元から興味はないしいらん。だからさっさと奴隷達を解放しろ。それか居場所を偽りなく言え」
「っ……奴隷達が大事なのですか。なぜ。貴方らしくもない」
「らしくない?」

 眉をひそめて刃を突き付けるフラヴィオに、伯爵は怯えながらも言い返す。

「らしくないではありませんか。何ごとにも興味を示さないあなたが奴隷などを気にして」
「貴様に関係ない。知る必要もない。節操のない浅ましい豚などに」
「あ、浅ましい豚、だと……!?」

 グレイソンはさすがに聞き捨てならないと言いたげに眉を顰める。

「あらゆる女子供を誘拐し、自分のおもちゃにする。浅ましい以外の他に何がある。あまつさえ俺の大切な人達までっ……」
「はて。何を言っているのか私にはさっぱりで「リディア・シャーロットを知っているか?」

 フラヴィオは一人の女の名前を口にした。

「はい……?」
「お前が過去に弄んだ一人の女の名前だ。あまりに性奴隷にした人数が多すぎてもう名前も思い出せないか。まあ、嫌でも思い出してもらうがな。その女は俺の姉だった。この意味がわかるか?」

 フラヴィオ・ハワードは貴族社会に入り込む際の表向きの名前だった。下町で平民として暮らしていた時の名前はフラン・シャーロット。それが本当の自分の名前と言っても過言ではない。

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