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一章最低最悪な出会い

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 時にボロボロの死にかけになった事もあった。何度か病院送りにもされた。それでも俺は強くなりたい一身で修行に励んだ。
 一切手を抜かない師匠とクソ真面目に修行に励む俺。それを見て兄弟子たちも突き動かされるように修行に励むようになったらしい。おかげで、師匠が不在の時はその兄弟子達から面倒を見てもらえるようになった。貴重な時間を俺のために割いてくれてありがとうである。

 しかし、兄弟子達は大半は良い人達なのだが、数人だけそれが気にくわない者達が混じっていた。

『なんであんなガキばかり師匠はかまうんですかね』
『あんな弱虫で大した事ないガキより、俺達の方が実力が上だっつうのによ』

 妬みは当然あった。師匠は俺を強くさせるために俺にかかりっきりなのだ。
 親や祖父の七光りだなんだと言われたくないため、師匠の孫という事実は伏せられている。

 孫とばれないために、道場にいる間は俺は弱田雑魚次郎よわだざこじろうというふざけた名前で通っているのだ。ちなみにじいちゃん命名。最初はそんな雑魚きわまりない名前は嫌であったが、実力で周りを黙らせろと言われたためにその名前でいる事にした。あだ名はそのまんま雑魚助だか糞雑魚ナメクジだとかバカにされていたが、兄弟子達から頑張りを認めてくれるようになってからは態度を改めてくれている。


『雑魚次郎、今日のお前の動きはやっとサマになってきた。家でも自主練を怠るなよ』
『はい、師匠』

 雑魚次郎の時は俺は常にじいちゃんの事を師匠という目で見ていたし、祖父とは思わなかった。家の中でも敬語で師匠と呼んでいた。常に緊張感を持って行動しろと言われているので、俺は糞真面目にそれを貫き通し、ひたすら道場でも家の中でも稽古に打ち込んだ。

 しばらくして、道場での稽古も慣れてきた頃、その気にくわない者達からの陰口が聞こえてきた。

『くそ……あの雑魚次郎ってガキ、自分だけ師匠や兄弟子に御贔屓にしてもらいやがって。ボコボコにして追い出してやろうか』
『よせ、私闘は禁止だって言われてただろ』
『お前だって腹立つだろ。あんな新入りの雑魚ガキばかりチヤホヤされやがってよ、世の中を舐め腐ってやがるんだぜ。お灸を据えてやろう』

 そんな会話が道場のロッカー室から聞こえていたが、俺は聞こえないふりをした。


『おっと、悪いなぁ~手が滑っちまった』

 母ちゃんが作ってくれた弁当を床に落としてしまった。まずい弁当といえど母ちゃんが作ってくれた弁当だ。兄弟子・悪その1がタックルするかのようにぶつかってきて、そのはずみで落としてしまったのだ。

 おそらく故意。でも偶然かもしれない。そう思いたかったが、偶然なんかじゃなかった。俺の胴着に落書きしたり、破り捨てられていたり、当番制なのに道場の掃除全部を押し付けられたりと、学校だけじゃない。どこに行ってもこんな事はあるのだと思い知った。それがどんどんエスカレートし、ついに直接の暴力にまで発展した。

『私闘は……き、禁止と……言われていませんでしたか……?』
『あ?お前相手には私闘じゃねーんだよ』

 俺を道場のトイレに呼び出し、いきなり腹を殴ってきた。
 膝をつき、腹を押さえてうずくまって胃液を吐いてしまう俺。一般人が突きを入れるのとはわけが違う。有段者のとてつもなく重い一撃に思わず床を汚してしまった。

 相手の攻撃は避けようと思えば避ける事は全然可能だった。だが、そんな事をしてしまえば相手は余計にヒートアップするだろう。やがては激化していき、本当に私闘になってしまいかねない。だからすぐに終わるように願い、俺はされるがままになるしかなかった。私闘は破門だからな。

『名前通り雑魚なテメーに稽古つけてやってんだ。俺自らな。感謝しろよ』

 そう言いながら、兄弟子・悪その1は俺の髪を鷲掴んで持ち上げ、腹や胸や背中など傷が見えない場所を狙って打ち込んできた。サンドバックのように執拗に。それが毎日続くようになった。


『か、はっ……!げほっげほっ』

 本日も兄弟子・悪連中にリンチにあってボコボコにされる。血反吐を吐くが、急所はバレない程度になんとか避けている。

『オラ、どうした。もう終わりか。師匠にあれほど一対一で鍛えられているくせに大した事ねーな。やっぱ名前ってのはそいつの性質を表してるもんだなぁ。はははは!』
『全くだ、雑魚野郎が!テメーみたいなノーコンが師匠に御贔屓にされているなんてハナッからおかしいんだよ!どうせ師匠も同情から可愛がってるだけ。実力ないテメーなんか捨てられるだろ。とっとと出て行けよ糞雑魚ナメクジが』

 膝蹴りでノックダウンし、やっと奴等はぞろぞろ去っていく。俺はその後に熱が出て、フラフラになりながらなんとか稽古を行う。

『雑魚次郎……だ、大丈夫か?相当フラフラだが……』
『ぼ、ぼくは、だ、大丈夫……です……』

 何度か死にかけで病院送りにされた前例があるので、他の兄弟子たちは俺のボロボロな姿を見ても別に変に思わなかったようだ。というか、道場内でイジメにあっているだなんて誰も信じてはくれないだろうしな。いやむしろ、イジメにあっているだなんて知られたくなかった。変なプライドが邪魔したり、兄弟子達に余計な心配もかけたくなかったのだ。

 せっかく鍛えてもらっているのに、余計な内乱で迷惑をかけたくなかった。これも打たれ強くなる訓練だと思えば自分自信に納得できたしな。

 そんな辛い桎梏の中で、俺はさらなる修行に励みながら何度か死にかけを体験し、そして復活を繰り返した。まるで死にかけてから戦闘力があがるサイ●人のように、ひたすら無謀のような修行をし続けた。
 そして、夏休みも終盤にさしかかる頃――


『甲……じゃなくて雑魚次郎、お前は今日試合をしてもらう』

 師匠の一言で俺や周りの兄弟子たちに緊張が走る。

『修行の成果をみせてやれ。今のお前なら負けはせん』
『……では、この15キロのギプスを外してもいいのですか?』

 いつの間にか10キロから5キロ増やされていたギプスは地味に辛かった。

『ああ。試合の時だけな』
『師匠、ではこの雑魚次郎の相手は我々がしてもよろしいでしょうか』

 兄弟子・悪一同が俺の対戦相手に名乗りを上げた。

『いいだろう。全員手を抜かないで全力でかかれ。雑魚次郎、お前もだ』
『はい』

 師匠や良心的な兄弟子達が見守る中で、俺と兄弟子・悪一派との試合が行われることになった。準備するために俺が15キロのギプスを外している様子を見て、遠くから兄弟子一同が引きつった顔をしていたがなんでだろう。兄弟子もこれ着けているんだろう?変なの。

『おい、新入り。今日こそテメーを破門に追い込むくらいボコボコにしてやる』

 今日という今日で俺を再起不能にするつもりらしい。だが、そうはいかない。こっちもこの日のために修行をし続けたんだ。この悪党弟子達を見返すためにな。
 師匠から全力を出して良いと言われたのでもう遠慮はいらない。この日を待っていた。

『はじめ!』

 師匠が声をあげたと同時に、兄弟子・悪その1が襲い掛かった。
 その1の拳が俺の顔面を捉えようとするが、俺はあっさり避けてとりあえず小手調べ的に鳩尾に突きを入れた。その1は驚愕な顔をして腹を押さえている。震えながら。

 あれ、そんな強く力入れたわけじゃないんだけど。でも試合中なので情け無用。そのままその1に後ろ回し蹴りを背中に叩きこんだ。盛大にその1は吹っ飛び、壁に叩きつけられる。結構吹っ飛んだがまさかこれくらいでノックダウンなんて……と、思っていたが、その1は伸びて白目をむいていたのだった。

『勝負あり』

 師匠の掛け声で俺は呆然とする。あれ、あれれ……もう終わりですか。ぽかんとしつつ周りを見据えれば、他の兄弟子達はやっぱり顔が引きつっていた。なんだよそのお化けにでもあったような顔はっ。

『つ、次はおれだぜ!どうせあいつが油断したせいだろ。おれならぜってぇ負けんぜ』

 今度は兄弟子・悪その2が名乗り出る。その言葉通り油断していた説もあるのでお互いに真剣勝負と約束をした。が、その2は俺の一撃で沈んだ。呆気なく。

 そんでもって今度は兄弟子・悪一派でも最強といわれる奴を相手にした。最強というだけあって動きはさっきの奴らとは段違い。しかし……俺の上段蹴りで一撃で気絶した。何これ。弱っ。

『あの、本当にみなさん真剣にやってますか?あなた方がこんな弱いワケないでしょう!』

 俺は腹が立った。皆が手加減をしてわざと負けているのだとそう思っていた。新手のイジメとも思ってしまったよ。

『い、いや……キミが強すぎるんだよ……雑魚次郎君』
『へ……?』

 何を言っているんだろうこの人のよさそうな兄弟子その1は。

『あんな15キロもあるギプスを装着したままだとわからないが、今の身軽なキミに勝てるのはおそらく師匠と本場の格闘家くらいしかいないかと……』
『…………』

 そんなばかなと師匠の顔を見ると、師匠はにっと意地悪そうに笑った。

『雑魚次郎……いや、甲斐。よく頑張ったな。お前はもうワシ以外の門下生相手には負けんくらいの力量を身につけた。しかもこの短期間にだ。たゆまぬ努力の結果だ』

 いつもの厳つい顔が今は優しげな祖父の顔になっている。俺は涙腺がこみあげてきた。

『師匠……いや、じいちゃん……。ありがとう……ござい、ました……』

 勝った。自分の中に存在する弱虫にも、俺を雑魚だと侮り蔑む連中達からも、正真正銘勝ったのだという事実に涙がこぼれてきた。
 少しだけ成り上がったんだ……俺は。ついに雑魚という立場から解放されたんだ。脱出できたんだ。

『今日だけは褒めてつかわす。だが、強くなったからといって自惚れは許さんぞ。お前はやっと黒帯になったという段階に過ぎないのだからな。世の中、もっともっと強い人間が山ほどいる。これからさらなる鍛錬に励み、肉体だけじゃなく精神も強くなるように。そして、その力で弱い者を助けて守ってやれ。己の力を過信し、隠れて人を陥れ、卑怯な真似をするような人間には決してなるな。そんな卑怯者が今この中にいるのなら、わしが即刻破門を言い渡す事にしよう』

 師匠はまるで当てつけのように兄弟子・悪一派に破門を訴えた。
 それを聞いた兄弟子・悪一派共は見る見るうちに蒼褪め、俺の本当の名前を知った兄弟子達も驚きに呆気にとられていた。ただの雑魚次郎だと思っていたガキが実は師匠の孫だったという事実に。親の七光りなんかじゃない。架谷甲斐という存在を知らしめたのだ。

 
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