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六章初デート

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 穂高が備え付けのテレビのリモコンを着けると、丁度矢崎が出演しているCMが流れた。
 矢崎製菓のミントガムの宣伝らしい。自社の広告塔とはある意味嫌だろうな。

「あ、これこれ。あんまり見たくないんだけど、確認のために見てほしいんだ。たしか2パターンあるみたいだよ」

 一つ目が国民的アイドルの姫川ってのが相手役で、街中で彼氏を待つというシチュエーションから始まるらしい。ふむ、Bクラスの野郎が絶賛するだけの事はある容姿だな。ツインテールなんて実に二次元っぽい。

 姫川が街中で待っていると、颯爽と登場するイケメン野郎の矢崎。ストリート系ファッションに身を包んでいる奴は笑顔で爽やか風を演じているようだ。

 うは、こいつが爽やかとか似合わな過ぎてウケル。あとこいつがストリート系ってちょっと違うな。どちらかと言えば意識高い系ビジネス系だと思うゾ。そのせいか服装や雰囲気も違和感がある。

 そんな画面上の二人は手を繋ぎあい、楽しそうに映画館や食事などを終え、最終的に某観覧車の頂上でキスをするという展開であった。

『いつでもキスできるお守り代わりをアナタに(はぁと』

 と、姫川さんとやらが呟いてCMは締めくくられる。


「あはは、直くんてば爽やかすぎてキモイね」
「あんな爽やかな直なんて胡散臭い以外の何者でもないよ。なんかガキくさいし。甲斐ちゃんはどう思った?」
「え、俺?んー……やっぱ爽やかな矢崎がキモかったに限るかな」
「あはは、そこだよねー!」

 考える事はみんな同じのようで、爽やかな矢崎が受け付けなかったという感想で一致。

 そして、もう一つは桐谷杏奈が際どいドレス姿で登場し、高級そうな店の前でスーツ姿の矢崎が出迎える。そのままレディーファーストよろしく店の中でエスコート。優雅に食事をしつつ、その後は高級ホテルで夜景を眺めながら睦みあう。

 最後は桐谷が椅子に座っている矢崎の上に跨り、色っぽくキスをしあうというもの。姫川の時と同じく『いつでもキスできるお守り代わりをアナタに……』と、呟いて締めくくられるのだった。

「これはさっきの子供っぽいヤツと違ってエロティックでアダルト向けって感じだね」

 相田が頬杖をつきながら冷静に分析をしている。

「まだこっちの方が直らしいが、キザすぎて鳥肌が立つものだな」

 ぶるりと久瀬が震えている。

「そだね。なんかナルシストみたいだし。おえ」

 吐き気を催す穂高。四天王のお仲間達からひでー言われようで矢崎が気の毒に思えた。

 ちなみにこの二つは、キュートとアダルトのどちらがいいかっていうコンセプトで作られたんだとよ。俺的に最初のやつのがマシかなーと主観。爽やかな矢崎はキモいけど。しかし、キザすぎる矢崎もなんか思っていたのと違うので、どちらも引かれるものはなかったな。というか、アイツが誰かとキスしているところなんて演技であっても見たくないのが正直な話。

 姫川とのキスは軽いものだったが、桐谷とのキスなんて深くて濃厚なやつだったし。ディープキスなんて童貞には刺激がお強いよ。あーもう嫌なモン見ちゃったわ。

 心の奥がドロドロして気持ちが悪くなってくる。こういうの、嫉妬してるって言われても仕方ないよな……。
 

 *


「おえ、最悪なCMだったな」
「世間からは大好評のようですが、直様からすれば最悪この上ないようですね」   
「そりゃそうだろ。吐くわ。こんなん。キモすぎてゲロ吐きそうだ」

 CMを客観的に見た直様が吐き気を催した顔でドン引きされている。気持ちはわかりますが、ここでゲロ吐きはやめてくださいよ。

「これも甲斐様のための試練だと思ってくださいよ」
「キモすぎる試練で挫折しそうだ」

 直様の秘書を任命されて早七年。
 最近の直様は以前と違って殺伐さが薄れ、落ち着いてきている印象だと思う。だからと言って、親しみやすさが出てきたというわけではなく、依然とその帝王のような威圧感に恐れられている存在には変わりない。少し前まではあれほど手の付けられない暴君だったというのに。

 壮絶な少年期を過ごされ、睡眠薬と精神安定剤がなければ狂いかねなかった日々。何度も自殺未遂をして、あれほど死に急いでいたというのに、今の直様はとても生き生きとしていらっしゃる。

 そんな直様の印象を大物の財界人や芸能界などはこぞって興味を示し、次期矢崎財閥社長とコネクションをとろうと媚び諂う輩も増えてきた。付き合う上でメリットはあるといえど、当然直様は金銭が絡む私利私欲の話などに興味を示すわけがなく、態度は軟化したもののあっさり時間の無駄だと切り捨てているのだ。

 今、直様が興味を抱けるものは架谷甲斐様のことだけ。
 彼と出会ってから、直様は良い方向に変わり始めた。かつての二人の親友がいた時のように、穏やかな一面が戻ってきている。

 本来の直様は、根は優しく素直で純粋。それは世間では隠していてもまぎれもない本当の姿。彼の実の両親の性格を引き継いでいるならば、今の姿が本当の直様だ。彼が笑顔を見せる事はもうないと思われたが、最近の直様は少しずつ笑顔を取り戻してきている。
 

「今の仕事が終われば、あいつと出かける約束をしているんだ」
「それは楽しみですね。どこへ行かれるのですか?」
「まだ決めてないが、最初だから庶民がよく行くような所へって考えてる。ちゃんとしたデートってした事がなかったから」
「恵梨さんを除けば、いつも女性と行く場所は決まって格式高いレストランやバーくらいでしたからね。あくまでビジネス上での付き合いを前提としてなので、一個人的の楽しさはなかったでしょう」
「本当にな。あれほどくだらない時間はなかった。女共の親との商談の契約を円滑にするために致し方なかったとはいえ、女共のプレゼントとして宝石やブランドモノを用意する面倒くささときたらなかった。でも……アイツといればまた違うと確信してる。損得なしでの……本当のプライベートな外出だから」

 見たことがないほどに瑞々しく笑う直様。年相応の笑顔で、普段大人びている様子が嘘のように思える表情だ。

「どうした久瀬。何を笑っている」
「いえ、なんでもありません」

 直様との出会いは、彼がまだ幼少だった頃にまで遡る。最初の出会いは、私がまだ秘書見習いとして誠一郎様に仕える先輩秘書と一緒に仕事をしていた頃だろうか。

 誠一郎様に次期我らがグループのトップだと紹介して頂き、当時10歳前後の少年だった直様の第一印象は、泣く事も笑う事もない感情のない生きたゾンビのようだったと記憶している。

 将来の矢崎グループのトップに立つ以上、感情を見せる事を禁じられてきたためだろう。時々体に折檻された痕が見えるのは、家庭教師からの躾と英才教育による特訓のもの。毎日、夜遅くまで帝王教育は続いていたようだった。

 一人の人間として見れば、あの頃は本当に可哀想だと思った。感情いっぱいに左右されるようなまだ十代の子供が、付き合う人間を決められ、感情を押し殺す事を命じられ、自由のない箱庭の世界に押しやられる。それはもう辛かったはずだ。そして、将来に対するプレッシャーも。

 本当は何もかも放り出して、逃げ出したくてたまらないはずだ。しかし、秘書という立場上、口をはさむことは許されない。

 矢崎家には矢崎家のやり方があるのだと知っているから、私は苦渋にも黙っていた。人間としては最低だと思うが、秘書としては彼の才能を伸ばしたい気持ちもあり、上のやり方に反発はできない。

 そんな彼を知っているからこそ、いずれ自分が専属秘書になった暁には、私は彼の右腕として支え、人間としても幸せになれるようにと手助けをしようと決めた。

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