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十二章明かされた過去と真実

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 一樹さんと早苗さんが昔の事を懐かしんでいる。俺が幼い頃に出会った当初は、田舎の病院に勤めていて、今は都内でクリニックを開いているお医者さんと看護師さんだ。

「直と悠里が生まれる前は早苗は大学生で、ぼくは研修医。そのうえ早苗は家出同然に飛び出して来たいい所のお嬢さんだった。二人して右往左往して子供が出来た時はてんてこまい。人生経験がろくにない若造同士だったからね。父さんの援助などを頼りにぼくはなんとか医者になれた。早苗も看護学校に入学し直して病院に勤め出してからは少しは楽になった感じかな」
「唯ちゃん夫婦はもちろんの事、勝お義父さんにもあの頃は本当に金銭面で迷惑をかけました。住む場所などを提供してくれて」
「いやーいいんだよ!一樹がこんなべっぴんさんの嫁さん連れて来て俺ァ嬉しかったからな。まさか駆け落ち同然でやってくるとは驚いたけどよ」
「あはは。若かったからこそできる行動力ってやつかな。周りの助けがあってこそだったよ」
「うん。一樹さん達と出会ってなかったら、今でも私は実家でつまらない世間知らずな女になっていたと思います。家出してよかったわ」 

 この手の発言からすると、早苗さんは実家があまり好きじゃなかったんだろうな。お嬢様が家出するって相当だろうし。

「それで……どうして黒崎夫妻は実の双子と離れ離れになったんですか?」

 俺は改めて真剣な表情で早苗さんや一樹さんを見つめた。二人は悲しい目を宿して苦笑しながら語り始める。全ての原因の発端を。

「あれは直がやっと退院して、数か月はお義父さんを入れて五人仲良く暮らしていた時かな」
「架谷一家がいる田舎に身を置いて、家族ぐるみで出かけたりして毎日楽しかったね」
「ある意味1番幸せな時だったわよね」と、母ちゃん。
「あたしんとこも甲斐が生まれたばっかで、早苗ちゃんと一樹さんがやって来た頃はお互いに育児に追われてたわよねー」

 母親同士が中学時代の幼馴染とはいえ、その時からプライベートの付き合いがあったんだな。架谷家と黒崎家は。

「生まれたばっかの頃、俺は直や悠里と逢ってたんだな。全然知らなかった」
「そりゃ知らないでしょーね。まだアンタ赤ん坊だったし、言ってなかったし。その時にはもう未来を妊娠しててね、育児の相談しあったりとか、あんたを見ながら悪阻とか大変だったんだから。特にあんたはよく動き回るもんだから、目を離すとすぐどっかほっつきまわるんだから」
「そりゃすんませんでしたね。全然覚えないけど」

 赤ん坊だったのだから仕方がない。物心がつく前から俺は元気いっぱいだったようだ。

「君達が生まれる少し前、私の実家の方でゴタゴタがあってね。えっと貿易商をやっていたんだけど、本社がイギリスにあって、それなりに大きい会社で。今は両親とはほぼ絶縁状態だからどうなってるかは知らないけど、その両親がわからずやで、嫌気がさしていた18の頃だった。ちょうど私は日本の大学に通っていたわ。そこで一樹さんと出会って、紆余曲折あって、家出して、駆け落ちした」
「駆け落ちかぁ。大恋愛ですね」
「苦労も多かったけどね」

 そう話す早苗さんは母親が生粋のイギリス人で、父親が日本人だと言う。大きな貿易会社をしている裕福な家庭で、一般庶民で貧しい家の一樹さんとの結婚には両親は大反対していた。それなりの身分の男と結婚するようにというのが、頭のかたい両親の方針だったらしい。

 だけど、早苗さんは大反対する両親には屈せず、何度も説得を試みて、一樹さんへの切実な想いを必死で伝えた。何度も何度も一樹さんだけしか愛せないと訴えた。

 しかし、何度伝えても両親は会社の事しか頭になく、考え方が古臭くて時代錯誤だったため、早苗さんの思いは伝わらないまま話は平行線で止まっていた。

 そんな両親はいつしか反対する所か、一樹さんをも貶す言い方をするようになって、それを聞いた早苗さんは大学を中退して、半ば家出をするような形で実家を飛び出した。両親にほとほと愛想が尽きたのだと言う。

 そして、一樹さんの元へ走り、駆け落ち同然の結婚を果たした。両親とは今も絶縁状態で、いろいろあって全く連絡を取っていないらしい。


「一樹さんは必死で働いてくれて、私も大学を辞めて看護助手の仕事をしながら子供達の育児をした。唯ちゃん達に双子を預けて、夜間の看護学校に通いながらだから大変で。当時、本当にお金がなくて、貧しくて、生活がやっとだったけど、貧しいながらも家族みんなで楽しかった」

 早苗さんは穏やかにそう語る。お金に苦労しながらも家族がそばにいて俺の両親もついてくれてたんだ。大変ながらも楽しくて充実していたことだろう。

 それなのに、その幸せをぶち壊した奴らがその先に現れるのだろうと思うと聞きたくはないけれど、俺は知らなきゃいけない。直や黒崎夫妻を助けるために。

「そして、子供達が一歳になったばかりの頃……」

 彼女の表情はさらに暗くなった。また語り出す。

「大きな事件が起きたのはその時だった……」


 *


 一樹さんが研修医として働いている頃、私が家の家事をしながら子供達を見守っている最中に来客があった。丁度私は休みで、こんな田舎の山奥に来客があるとすればせいぜい宅急便か新聞屋、もしくは架谷家の親類の人達かと思って何気なく玄関戸を開けると、そこには思いもよらない二人がいた。私の両親が立っていた。

 どうしてここが。勘当されたも同然に家出をして、今まで一切の連絡を絶っていたのになぜここがわかったのだろうと呆然とした。興信所を使われたのだろうか。両親が結構有名な貿易商といっても、こんな何もない山奥の外れの村にまで足を運ぶヒマもメリットもないはずなのに。業績のためなら自分の娘でさえ平気で蔑にする両親だというのに、今更何しに来たのだろうと冷静に訊いた。


『早苗、私達と会社を助けるためだと思ってあの子を……お前の息子をこちらに譲ってはくれないか?』

 父が何かに怯えるようにそう言った。私は一瞬、何を言っているのかわからなかった。

『は………どういうことですか。意味がわかりません』

 しかもなんで息子を譲らなければならないのだ。

『わが社が……とある巨大なグループに目を付けられてしまってな』

 両親の側近である役員が、業務上での大きな過失をしでかしたらしい。ニュースではやっていないため、表沙汰にはされていないのだろう。聞くところによると、賠償額は軽く数百万は超えるため、それなりの額であった。

 しかし、両親の会社レベルなら全然払えない金額ではない。裁判沙汰にならずに示談で終わりそうな話ではある。が――……

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