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平和な世界線in女体化
女になっちまいました4
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※経血表現有
翌日、どうやって帰って来たかほとんど思い出せず、気が付いたらベットの上で目を覚ました。たしか矢崎に車で送ってもらったのは覚えていて、別れ際に明日迎えに来ると言っていた。断ろうとしたが、矢崎が妙に寂しそうな目で見てくるものだから断れなかった。
車に乗り込む際、なぜか近くにいた網走に恐ろしげに睨まれたような気がしたが、すぐに矢崎と顔を合わせると表情はいつも通りに戻っていた。それが少し引っかかったが気にしない事にした。
車の中では矢崎は俺にくっついて離れなかった。何度も手に触れてきたり指を絡めてきたりして、俺への気持ちを隠さずに見つめてこられて非常に困った。離れようとすれば近づいてきてそれ以上に密着される。
やっと寮に着いた時に車を降りる際、去り際にまたキスをされて別れた。
何回キスするんだよぉおおっ。
さて、今日はどんな顔をして矢崎に会えばいいのだろう。キスをされて、告白をされて、またキス(二回)をされて、返事をしなくちゃいけないのだが、正直言うと告白の返事なんてなにも考えていない。
それは矢崎に対する気持ちがわからない状態だからだ。
だって嫌いな奴だと思っていた野郎からの告白だ。しかも男。普通ならありえない話である。
今日は学校休もうかな。あんまり体調がよろしくないし。言っておくが決して仮病ではない。朝から気だるいのだ。本当だ。謎の腹痛に見舞われてしまい、なんと女の日ってやつになってしまったんだ。元男の俺が。
ビックリ仰天である。さっき便所に行ったらパンツが真っ赤になっていて、近所のコンビニに走ったのが最新情報である。まさか生理までくるとは思わなくて、だるい気持ちの中で今汚れたパンツをハイター漬けして洗っているところ。
ふむ、たしかにこれは男にはわからない辛さだ。倦怠感とこの下腹部の痛み。女の人の大変さを本日身を持って知ったよ。世の中の女さん、バカにしてすいませんでした。
ちなみに何を買ったかは想像通り。
ふう、店員が女の人でよかった。男の店員だと妙に買いづらいものがある。そんでもってこれ付けている違和感が半端ないものだ。むれそう。股間が暑苦しい。外したい。
ピンポーン
チャイムの音に盛大にびくついて、インターホン越しに目を向けて返事をすると、やはり矢崎が言った通り迎えに来たようだった。
もう来ちゃったのか。来るのが早過ぎである。
まだ心の準備すらしていないというのにこういう時に限って早い。だがここは正直に言って休むに限る。だって本当に仮病じゃないのだ。本当に腹が痛いんだ。勘弁して。
「おはよう。まだ準備できないのかノロマ」
「おはよう……ノロマどころじゃねーっつうの。俺はな、きょ、今日具合が悪いから学校行かない事にしたんだ」
インターホンに向けてぎこちなく話す。堂々とするべきなのに声が震えてしまうよ。
「珍しい……体力バカなのが取り柄のお前が?」
少し訝しげだ。まあ、普通は怪しむだろう。ズル休みと思われてそうだ。
「体力バカは余計だ。と、とにかく今日は家で安静にしt「大丈夫なのかよ」
心配の色を見せる矢崎の声にいろんな意味でドキっとする。
「大丈夫。少し休めばすぐよくなる。ちょっと疲れがたまってたんだろ。だから俺は休むからこれにて……」
ボロが出る前に、早めに話を切り上げようとインターホンを切ろうとするも、
「看病が必要だろ」
いつもはこうじゃないくせに、こういう時に限ってお節介な矢崎の声に遮られた。俺は慌てて口を開く。
「い、いや、それは別にいいっていうか遠慮するって。大丈夫だから!看病なんて必要ない!」
それは勘弁してほしい。正直、今会いたくないんだ。矢崎が嫌というわけじゃないが、顔がなんか見れないのだ。あと生理中とやらで余計に気を張りたくない。
「お前が遠慮するんじゃねぇよ。お前がオレに遠慮するのムカつくって言っただろ」
「遠慮するのにムカつくもくそもないだろ。いろいろあんだよこっちには」
世の中には有難迷惑って言葉があってだな、どうか察してほしい。
「とにかく。ほしいものあったらすぐ取り寄せる。薬とか食いモンとか。だから抱え込むんじゃねえよ」
「いや、本当にいいっす。抱え込んでるわけでもないし本当に大丈夫で「一緒にいたいんだ」
矢崎のその一言に俺はインターホン越しに面食らう。
「好きだから、一緒にいたいんだよ。助けになりたいって思うんだよ」
「……っ」
「それでもイヤなら……帰るけど……」
その寂しそうな台詞は反則である。
矢崎にまで気を使って断りきれなくなってしまうなんて、自分のセキュリティーはザル同然である。でも真剣な顔で、真剣に求愛する言葉で言われちゃあ断るのが悪い気もするのだ。いろいろ思うところがある矢崎相手でも。
気持ちに応えるか応えないかは別として、真剣になっている相手を無下にはできない性格だ。こういう所がお人好しなのかもしれない。
「顔色……悪いじゃねぇかお前」
「いや、まあ……」
「寝てろ。オレが欲しいモノ手配しとくから」
寝てろと言われても、じっとしていると余計に辛いんだよなこの手の痛みって。だからと言ってやたら動きまわりたくないし、あの垂れた感触が気持ちが悪くて、パンツや布団を汚したらどうしようみたいな不安からか横にもなれないもどかしさ。
「あの、矢崎……本当に大丈夫で……」
やっぱり遠慮しようと動いた途端、なんだか目の前が暗くなって、下半身にどろりと液体が滴る気持ちの悪い感触がした。それも結構な量だから横モレしたらしく、ハーフパンツの太ももから膝を伝っていく。
やってしまった。
当然、驚いている矢崎の顔が目に入り、その場でぺたんと座り込んで赤い滴りをすぐに隠した。
超最悪だ。見られてしまった。元男ではあるが、さすがにこの状態を見られるというのは堪える。俺は恥ずかしくて居た堪れずに黙った。
「……わ、悪い」
矢崎が焦ったようにすぐに視線をそらし、自ら着ていた薄いカーディガンを脱いで肩にかけてくれた。あれ優しい。いつもとは違う不思議な優しさに少し驚く。
「オレ、何も考えてなかった。お前が今女だった事も忘れていた。具合悪いのはそれが理由だったんだな?」
「……そ、そうだよ。空気読めよな。俺は女の日というやつで辛いんだ」
高まる羞恥心のせいで、昨日よりもっともっと顔が見れない。視線を合わせるなんてもってのほか。ひたすら床に視線を向けていた。
「本当に、悪かった」
「悪いと思うなら……今日は帰ってくれ。あんたの相手もしていられないんだ」
目線を合わす事すらままならず、気持ちの悪い下肢を清めるため洗面所へ向かおうとすると、唐突にスマホの着信音がした。俺のじゃなくて矢崎のスマホだった。気まずそうな矢崎が俺に配慮して電話に出ようとしなかったが、俺の事は気にするなと促しておいた。
「なんだよ、なんか用か梨華」
矢崎がスマホ越しに話している相手はあの性悪女だった。その瞬間、別な意味で体が重くなった気がした。
あの女と連絡をとりあっているのか……。
矢崎と大人の関係のようだが、きっとそれだけじゃないんだろう。妙に親しげだから、体の関係もあったりして。
そう考えると嫌な気持ちになる。昨日ドレスにワインをかけられた事なんかより、あの女が矢崎と俺の知らない所で仲良くしているという事実の方がもっともっとモヤモヤしてくる。
なんだこのイライラ。これじゃあまるで俺が嫉妬して矢崎の事――――っ。
「――!――っ!」
あいつが電話で話している間、俺はシャワー音を強にして聞こえる全ての音を遮断した。聞こえないフリをして、ひたすら下肢を洗う事に没頭した。
何を話しているかなんて知りたいと思わないし、むしろ知りたくもない。どうせあの女との会話内容は、リア充爆発しろ的なピンク色の世界満載な内容に決まっている。二人の関係性を想像するだけで胸がムカムカするし、考えたくもない。
勝手にすればいい。二人がどんな関係だろうが、何をしていようが、俺には関係ない。
ひたすらそう自分に言い聞かせて、あの二人の事にこれ以上心がかき乱されないように、醜く芽生え始めてきた感情を押し殺すことに徹底した。
「本当に……悪かった」
体を清めて戻ってくると、矢崎が申し訳なさそうに待っていた。俺が戻ってくるまでらしくもなくウロウロしていたんだろう。
「いいって別に。電話、終わったのか?」
やっぱり矢崎になかなか視線を合わせる事が出来ない。
「別に大した話じゃない。どうでもいい事で掛けてきただけ」
「そう、なんだ……」
大した話でなければなんだというのだ。わざわざ番号まで交換しあってるくせに。
「なんか欲しいモノあれば連絡しろよ。すぐ取り寄せるから。あと具合悪くなったら」
「あーわかったって。お前にしてはお節介っていうか妙に世話焼きすぎ」
今までの事を考えればありえない事だ。あんなにお互いを敵視して嫌っていたというのに。
「好きなんだから……心配して当然だろ」
「そぅ……ですか」
矢崎の頬が少し赤くなっているのにつられて自分も赤くなってしまう。
なんなんだよこれは。初々しい異性同士の青春しているわけじゃねぇのに恥ずかしいじゃないか。
やっぱり顔が見れない。女になってから身長が縮んだせいで、身長が高いコイツを余計に見上げなきゃいけないのに顔を上げる事もできない。
「なあ、今度の日曜……空いてるか?」
「え、あー……まあ」
「日曜日、付き合えよ」
「……は。ど、どこへだよ」
「ちょっと船のパーティーに参加してもらいたい」
「なんで俺が」
俺が上級国民のパーティーって柄じゃないだろうがと言おうとすれば、矢崎の奴はすかさず「恋人役になってほしい」とか図々しくも頼んできやがった。なんとなく嫌な予感が走る。つか絶対面倒なことに巻き込まれる確率80パーである。
「オレ、毎回ウザいほどどっかの金持ち令嬢とかモデルだとかの女共に絡まれてウンザリしていたんだ。それにジジイが来るとなると嫌でも参加しなきゃならない。面倒くせぇけどその女共の牽制のためにお前の存在が必要なんだよ」
「おいおい。俺の存在あてにされても困るんだけど。そんなもん余所の女にでも牽制役頼めばいいだろ。別に俺じゃなくてもいいだろうし、た、たとえばあの網走さんとやらとか」
「……なんでそこで梨華が出て来るんだよ」
「だって仲いいんじゃないのか。美女だし、お前にぴったりかと」
「昔からの知り合い。美女なんてどこにでもいるし三日で飽きる」
「で、でも、あの人……お前の事が好きみたいだけど」
「だから?」
「だからって」
「仕事上での付き合いで知り合ったただの女だ。好きでも嫌いでもない。好きとか言われても迷惑だ」
「迷惑ねぇ。聞いた噂じゃ食事とかで二人で出かけたりしているのに?」
「それがどうした。それくらい普通だ」
「…………」
それ以上何も言わなかった。不思議そうにしている矢崎は根っからそれが当たり前の世界にいるんだろう。女と食事したとか、デートしたとか、仕事上の付き合いとして認識しているのだろうな。
それらは上級国民の世界では当たり前とされていても、一般庶民からすれば浮気と捉えられてもおかしくない言動だ。それを矢崎はわかっちゃいない。
「あの手の女が欲しいのはオレの権力と金だ」
「なら別に俺じゃなくても」
「お前じゃないとダメだ」
そうして正面から抱きしめられた。お前以外は絶対嫌だと頑なにつぶやいて肩越しに顔を埋めてきた。
「矛盾してんな。他の女と二人きりで食事に行ったりするのが普通だと思っているくせして、そのパーティーは俺じゃないとダメだなんて。なめてんな」
「お前が嫌なら……もう他の女とはどこへも行かない」
「……え」
「二人であったりもしない。好きでもない女といくら付き合いだとしても、会ったりするのに反吐がでる思いだった。お前には……誤解されたくないから」
意外にも一途な事を言う。世のパパラッチに常に狙われ、あの女優だとかモデルだとかと熱愛発覚みたいな記事が数か月に一回は出回るこの男が一途?世にも奇妙な話だ。こう言っちゃ失礼だがね。でもそれくらい驚きである。
矢崎が俺を優先してくれる。思う所はあっても、素直に嬉しいとは思う。こんな俺を好きになってくれた事。一途に想ってくれている事に。
まあ、そんな事ぜってぇ言ってやらないけど。こいつと結ばれるのは俺じゃないから。俺以上にちゃんと女らしい女と結ばれる方が世間的にも納得する。
俺と矢崎じゃ明らかに釣り合わなさすぎるから。矢崎が罰ゲームさせられているって気の毒に思われそうだしな。
「日曜日、頼むな」
「それ決定かよ」
「決定。出てくれるだけでバイト代出してやるから。どうせ貧乏人だから金とメシの事しか考えてなかったんだろ。たまには外出て息抜きしろよ貧乏干物野郎。あ、干物喪女か」
「干物野郎でも干物喪女でもどっちでも結構。それのどこが息抜きなんだよ。俺にとっちゃ難題だ。知らない金持ち共にニコニコしてなきゃいけないなんて息が詰まる」
「息が詰まるのは同感だが、でも簡単な事だろ。ただ恋人のフリしてくれりゃあいい。それ以外はなんでも飲み食いしてていいから。お前の好きなローストビーフなりなんなり大量に用意しといてやるし、金も出す」
「むぅ……まあ、それなら参加する価値はあるか。タダメシで肉が食えて食費が浮くし、バイト代が出る。悪い話ではないだろう」
今月のお小遣いも残りわずか。最近オタ熊と買った美少女エロアニメで数千円が飛んだからそれはそれで助かる。あー金と食い気につられる俺ってまだまだだな。
「いずれ、食い気より……オレ自身の事も……考えてほしいんだけどな……」
切なそうな矢崎の小さな呟きに、俺は言葉が詰まって聞こえないふりをした。
翌日、どうやって帰って来たかほとんど思い出せず、気が付いたらベットの上で目を覚ました。たしか矢崎に車で送ってもらったのは覚えていて、別れ際に明日迎えに来ると言っていた。断ろうとしたが、矢崎が妙に寂しそうな目で見てくるものだから断れなかった。
車に乗り込む際、なぜか近くにいた網走に恐ろしげに睨まれたような気がしたが、すぐに矢崎と顔を合わせると表情はいつも通りに戻っていた。それが少し引っかかったが気にしない事にした。
車の中では矢崎は俺にくっついて離れなかった。何度も手に触れてきたり指を絡めてきたりして、俺への気持ちを隠さずに見つめてこられて非常に困った。離れようとすれば近づいてきてそれ以上に密着される。
やっと寮に着いた時に車を降りる際、去り際にまたキスをされて別れた。
何回キスするんだよぉおおっ。
さて、今日はどんな顔をして矢崎に会えばいいのだろう。キスをされて、告白をされて、またキス(二回)をされて、返事をしなくちゃいけないのだが、正直言うと告白の返事なんてなにも考えていない。
それは矢崎に対する気持ちがわからない状態だからだ。
だって嫌いな奴だと思っていた野郎からの告白だ。しかも男。普通ならありえない話である。
今日は学校休もうかな。あんまり体調がよろしくないし。言っておくが決して仮病ではない。朝から気だるいのだ。本当だ。謎の腹痛に見舞われてしまい、なんと女の日ってやつになってしまったんだ。元男の俺が。
ビックリ仰天である。さっき便所に行ったらパンツが真っ赤になっていて、近所のコンビニに走ったのが最新情報である。まさか生理までくるとは思わなくて、だるい気持ちの中で今汚れたパンツをハイター漬けして洗っているところ。
ふむ、たしかにこれは男にはわからない辛さだ。倦怠感とこの下腹部の痛み。女の人の大変さを本日身を持って知ったよ。世の中の女さん、バカにしてすいませんでした。
ちなみに何を買ったかは想像通り。
ふう、店員が女の人でよかった。男の店員だと妙に買いづらいものがある。そんでもってこれ付けている違和感が半端ないものだ。むれそう。股間が暑苦しい。外したい。
ピンポーン
チャイムの音に盛大にびくついて、インターホン越しに目を向けて返事をすると、やはり矢崎が言った通り迎えに来たようだった。
もう来ちゃったのか。来るのが早過ぎである。
まだ心の準備すらしていないというのにこういう時に限って早い。だがここは正直に言って休むに限る。だって本当に仮病じゃないのだ。本当に腹が痛いんだ。勘弁して。
「おはよう。まだ準備できないのかノロマ」
「おはよう……ノロマどころじゃねーっつうの。俺はな、きょ、今日具合が悪いから学校行かない事にしたんだ」
インターホンに向けてぎこちなく話す。堂々とするべきなのに声が震えてしまうよ。
「珍しい……体力バカなのが取り柄のお前が?」
少し訝しげだ。まあ、普通は怪しむだろう。ズル休みと思われてそうだ。
「体力バカは余計だ。と、とにかく今日は家で安静にしt「大丈夫なのかよ」
心配の色を見せる矢崎の声にいろんな意味でドキっとする。
「大丈夫。少し休めばすぐよくなる。ちょっと疲れがたまってたんだろ。だから俺は休むからこれにて……」
ボロが出る前に、早めに話を切り上げようとインターホンを切ろうとするも、
「看病が必要だろ」
いつもはこうじゃないくせに、こういう時に限ってお節介な矢崎の声に遮られた。俺は慌てて口を開く。
「い、いや、それは別にいいっていうか遠慮するって。大丈夫だから!看病なんて必要ない!」
それは勘弁してほしい。正直、今会いたくないんだ。矢崎が嫌というわけじゃないが、顔がなんか見れないのだ。あと生理中とやらで余計に気を張りたくない。
「お前が遠慮するんじゃねぇよ。お前がオレに遠慮するのムカつくって言っただろ」
「遠慮するのにムカつくもくそもないだろ。いろいろあんだよこっちには」
世の中には有難迷惑って言葉があってだな、どうか察してほしい。
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「いや、本当にいいっす。抱え込んでるわけでもないし本当に大丈夫で「一緒にいたいんだ」
矢崎のその一言に俺はインターホン越しに面食らう。
「好きだから、一緒にいたいんだよ。助けになりたいって思うんだよ」
「……っ」
「それでもイヤなら……帰るけど……」
その寂しそうな台詞は反則である。
矢崎にまで気を使って断りきれなくなってしまうなんて、自分のセキュリティーはザル同然である。でも真剣な顔で、真剣に求愛する言葉で言われちゃあ断るのが悪い気もするのだ。いろいろ思うところがある矢崎相手でも。
気持ちに応えるか応えないかは別として、真剣になっている相手を無下にはできない性格だ。こういう所がお人好しなのかもしれない。
「顔色……悪いじゃねぇかお前」
「いや、まあ……」
「寝てろ。オレが欲しいモノ手配しとくから」
寝てろと言われても、じっとしていると余計に辛いんだよなこの手の痛みって。だからと言ってやたら動きまわりたくないし、あの垂れた感触が気持ちが悪くて、パンツや布団を汚したらどうしようみたいな不安からか横にもなれないもどかしさ。
「あの、矢崎……本当に大丈夫で……」
やっぱり遠慮しようと動いた途端、なんだか目の前が暗くなって、下半身にどろりと液体が滴る気持ちの悪い感触がした。それも結構な量だから横モレしたらしく、ハーフパンツの太ももから膝を伝っていく。
やってしまった。
当然、驚いている矢崎の顔が目に入り、その場でぺたんと座り込んで赤い滴りをすぐに隠した。
超最悪だ。見られてしまった。元男ではあるが、さすがにこの状態を見られるというのは堪える。俺は恥ずかしくて居た堪れずに黙った。
「……わ、悪い」
矢崎が焦ったようにすぐに視線をそらし、自ら着ていた薄いカーディガンを脱いで肩にかけてくれた。あれ優しい。いつもとは違う不思議な優しさに少し驚く。
「オレ、何も考えてなかった。お前が今女だった事も忘れていた。具合悪いのはそれが理由だったんだな?」
「……そ、そうだよ。空気読めよな。俺は女の日というやつで辛いんだ」
高まる羞恥心のせいで、昨日よりもっともっと顔が見れない。視線を合わせるなんてもってのほか。ひたすら床に視線を向けていた。
「本当に、悪かった」
「悪いと思うなら……今日は帰ってくれ。あんたの相手もしていられないんだ」
目線を合わす事すらままならず、気持ちの悪い下肢を清めるため洗面所へ向かおうとすると、唐突にスマホの着信音がした。俺のじゃなくて矢崎のスマホだった。気まずそうな矢崎が俺に配慮して電話に出ようとしなかったが、俺の事は気にするなと促しておいた。
「なんだよ、なんか用か梨華」
矢崎がスマホ越しに話している相手はあの性悪女だった。その瞬間、別な意味で体が重くなった気がした。
あの女と連絡をとりあっているのか……。
矢崎と大人の関係のようだが、きっとそれだけじゃないんだろう。妙に親しげだから、体の関係もあったりして。
そう考えると嫌な気持ちになる。昨日ドレスにワインをかけられた事なんかより、あの女が矢崎と俺の知らない所で仲良くしているという事実の方がもっともっとモヤモヤしてくる。
なんだこのイライラ。これじゃあまるで俺が嫉妬して矢崎の事――――っ。
「――!――っ!」
あいつが電話で話している間、俺はシャワー音を強にして聞こえる全ての音を遮断した。聞こえないフリをして、ひたすら下肢を洗う事に没頭した。
何を話しているかなんて知りたいと思わないし、むしろ知りたくもない。どうせあの女との会話内容は、リア充爆発しろ的なピンク色の世界満載な内容に決まっている。二人の関係性を想像するだけで胸がムカムカするし、考えたくもない。
勝手にすればいい。二人がどんな関係だろうが、何をしていようが、俺には関係ない。
ひたすらそう自分に言い聞かせて、あの二人の事にこれ以上心がかき乱されないように、醜く芽生え始めてきた感情を押し殺すことに徹底した。
「本当に……悪かった」
体を清めて戻ってくると、矢崎が申し訳なさそうに待っていた。俺が戻ってくるまでらしくもなくウロウロしていたんだろう。
「いいって別に。電話、終わったのか?」
やっぱり矢崎になかなか視線を合わせる事が出来ない。
「別に大した話じゃない。どうでもいい事で掛けてきただけ」
「そう、なんだ……」
大した話でなければなんだというのだ。わざわざ番号まで交換しあってるくせに。
「なんか欲しいモノあれば連絡しろよ。すぐ取り寄せるから。あと具合悪くなったら」
「あーわかったって。お前にしてはお節介っていうか妙に世話焼きすぎ」
今までの事を考えればありえない事だ。あんなにお互いを敵視して嫌っていたというのに。
「好きなんだから……心配して当然だろ」
「そぅ……ですか」
矢崎の頬が少し赤くなっているのにつられて自分も赤くなってしまう。
なんなんだよこれは。初々しい異性同士の青春しているわけじゃねぇのに恥ずかしいじゃないか。
やっぱり顔が見れない。女になってから身長が縮んだせいで、身長が高いコイツを余計に見上げなきゃいけないのに顔を上げる事もできない。
「なあ、今度の日曜……空いてるか?」
「え、あー……まあ」
「日曜日、付き合えよ」
「……は。ど、どこへだよ」
「ちょっと船のパーティーに参加してもらいたい」
「なんで俺が」
俺が上級国民のパーティーって柄じゃないだろうがと言おうとすれば、矢崎の奴はすかさず「恋人役になってほしい」とか図々しくも頼んできやがった。なんとなく嫌な予感が走る。つか絶対面倒なことに巻き込まれる確率80パーである。
「オレ、毎回ウザいほどどっかの金持ち令嬢とかモデルだとかの女共に絡まれてウンザリしていたんだ。それにジジイが来るとなると嫌でも参加しなきゃならない。面倒くせぇけどその女共の牽制のためにお前の存在が必要なんだよ」
「おいおい。俺の存在あてにされても困るんだけど。そんなもん余所の女にでも牽制役頼めばいいだろ。別に俺じゃなくてもいいだろうし、た、たとえばあの網走さんとやらとか」
「……なんでそこで梨華が出て来るんだよ」
「だって仲いいんじゃないのか。美女だし、お前にぴったりかと」
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「だから?」
「だからって」
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「それがどうした。それくらい普通だ」
「…………」
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「あの手の女が欲しいのはオレの権力と金だ」
「なら別に俺じゃなくても」
「お前じゃないとダメだ」
そうして正面から抱きしめられた。お前以外は絶対嫌だと頑なにつぶやいて肩越しに顔を埋めてきた。
「矛盾してんな。他の女と二人きりで食事に行ったりするのが普通だと思っているくせして、そのパーティーは俺じゃないとダメだなんて。なめてんな」
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「……え」
「二人であったりもしない。好きでもない女といくら付き合いだとしても、会ったりするのに反吐がでる思いだった。お前には……誤解されたくないから」
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まあ、そんな事ぜってぇ言ってやらないけど。こいつと結ばれるのは俺じゃないから。俺以上にちゃんと女らしい女と結ばれる方が世間的にも納得する。
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「日曜日、頼むな」
「それ決定かよ」
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「むぅ……まあ、それなら参加する価値はあるか。タダメシで肉が食えて食費が浮くし、バイト代が出る。悪い話ではないだろう」
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切なそうな矢崎の小さな呟きに、俺は言葉が詰まって聞こえないふりをした。
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