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IF/オメガバース※支部版のみエロシーン追筆あり
大嫌いな奴が運命の番だった!その後中編
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*
「直くん」
「甲斐……来てますね。どうしても今話したくて……」
仕事が終わった途端すぐにこちらに向かった。はやく甲斐に逢いたかったのもあるし、甲斐の気持ちを考えずにあんな言い方をしてしまった自分を殴りたくて謝りたかった。
「二階でまだ起きてると思う」
家にあがらせてもらい、ゆっくり年季の入った階段を昇る。
「甲斐」
扉をノックしたが返事はない。もう一度叩いても応答がなかった。
「入るぞ」
そっとドアのぶをまわすと、暗い部屋で甲斐は壁に寄りかかりながらシーツをかぶっていた。
「甲斐……」
暗くてよく見えない。だけど、体が震えているのが見えた。
「泣いてるのか」
「この子を失うのが……考えられなくて……」
甲斐が震えた弱弱しい声でつぶやいた。
「ごめんな。オレ、甲斐の気持ちの事何も考えてなかった。甲斐を失う恐怖でいっぱいで、オブラートに包まない言い方になってしまって……」
「直の……気持ちも……わかった。母ちゃんや早苗さん達が……直の気持ちも考えろって……」
シーツをゆっくりとると、涙で泣き腫らした顔を見せた。
「……おろすよ……おれ……」
その顔に生気はないように思えた。
「甲斐っ……」
「あんたの事……考えたら……それが最善だって……思った」
オレはたまらなくなって甲斐を強く抱きしめた。
「甲斐……ごめん。ごめんな」
「謝らなくていいよ……。レアオメガは中絶するのが普通だって。リスクがありすぎるからって……ネットとかで調べたら……そうあった……から。それに男のレアオメガなんて……特に難しいって……しょうがない、よ………」
涙声で言葉が尻すぼみする。すごく考えた上の答えがそれなんだろう。
「オレ、何より甲斐が大事で、甲斐を失いたくないから……だから……」
腕の中の存在は力なく頷く。
「あんたの事も心配だから……。もしもの事があったら……あんたを一人にするのも耐えられない……」
お互いに悲しくて辛くて一緒に泣いた。
胸の痛みがお互いにいつまでも残っていた。
お互いに子供のお別れをして、その日は三人で眠った。
*
翌日、俺は直に連れられて病院に来た。
中絶手術をするためだ。
早い方があまり負担がかからないし、ショックも少ない。精神的にまだ立ち直れるうちにとすぐ行動に移した。
それでも相当なメンタルが削られると思われるので、カウンセリングを受ける事も決まっている。
「甲斐、行くよ」
「……うん」
直に手を伸ばされてそれを掴んで車から降りる。
朝からお互いはあまり会話はなく、楽しいことを話す気分でもなかった。
オメガ・レアオメガ科の待合室に到着し、簡単な流れや診察を受ける。
「黒崎甲斐さん」
名前を呼ばれて肩が揺れた。
とうとう呼ばれてしまったと俺はゆっくり立ち上がる。
「じゃあ、行ってくるね……」
さすがに手術室までは一緒に行けないので、直に待っててと精一杯の笑顔を向けた。直はなんとも言えない辛い顔だ。
さよなら……赤ちゃん……。
何度もお腹をさする。今からこの子を殺すんだと思うと涙が止まらないが、もう決めた事だと涙を拭いた。
ゆっくり医者がいる部屋に一歩、また一歩と進み、手術室の部屋に足を踏み入れようとした時、
「行くな」
急に直に腕を掴まれて止められた。
「直……?」
「……もう、いい。おろさなくていい」
「え……」
「お前のそんな悲しそうな顔……もう見てられない」
そんなひどい顔をしていたのだろうか。たしかに泣き顔は見せたかもしれないが。
「お前の事は大事だ。この世の何よりも甲斐を失うのは怖い。だから……おろしてほしいと言った。だけど……お前の心の方も大事なんだ。お前が傷ついているのに……そんな顔はもう見ていられない。今後、おろした事でお前はずっと引きずりそうだから……」
たしかにそれはあるかもしれないと否定はできなかった。それで傷ついた心のまま生きて行けるかどうかも怪しい。
普通のベータとは違い、レアオメガが精神的に傷つくことは死に直結するからだ。セロトニンの数値が生死の分かれ目ともいわれている。
たとえ直と一緒に必死で前を向こうとして、どんなに直の存在に励まされても、自分の子を失って傷ついた心は永遠に残ってしまうのだ。
それほど、オメガやレアオメガは子供に対する想いは強い――――。
「オレもお前と同じ気持ちだ。子供を失いたくない。子を失った事でお前の心が死んでしまうのも嫌なんだ」
直の抱擁にまた涙があふれる。
「いいの……?俺……この子を育てても……」
それによって、生きるか死ぬかの戦いが始まるのに。
「いいよ。オレが全部、ちゃんと見届けるから……最後まで……」
覚悟を決めた直。その先の未来が不安と恐怖でいっぱいだと言わんばかりだが、俺の意思を尊重してくれた事に嬉しくなる。
「俺……頑張る……。あんたと子供を悲しませたくないから」
「オレも全力で支える……。もう何があっても後ろは向かない」
医者に改めて産む事伝えた。
男性レアオメガの出産は女性レアオメガよりリスクが伴う事、死産の可能性もある事、最悪どちらも助からない場合もある事を何度も説明された。それでも産む事を伝えた。
医者は力強く頷き、俺達の覚悟を汲み取り、応援してくれた。
これから頑張っていきましょうと――――。
「みんな久しぶり」
安定期に入った頃、数か月ぶりにEクラスのみんなと外で会った。少し見ない間に大人っぽくなったとか、女性らしくなったとか口々に言われた。
たしかに髪伸びたから女みたいだとは言われる。
しかし、レアオメガだからあんまり性別の事を考えなくなった。何より女装した方が何かと体裁を保ちやすいし、いろいろ都合がいいからだ。男レアオメガなんて大体どん引かれるので、これも処世術のひとつである。
「甲斐くん……」
「甲斐……」
「みんなそんな深刻な顔しないでくれよ。ちゃんと話し合って決めたから。それに俺、死なないよ。絶対生きてみせる」
「でも……」
俺が笑顔で頑張る事を言っても、さすがにみんなレアオメガの出産リスクの事は知っていて不安そうだった。
「甲斐くん……ぼくは甲斐くんと矢崎くんがそう決断したの、本当にすごいと思う。本当に尊敬する。ぼくだったら……怖くて簡単に産みたいなんて言えないし、恵梨ちゃんの事考えたらやっぱり諦めちゃうかも」
「宮本くん……」
「でも、甲斐くんがそう決めたならぼくらは応援するだけだよ。二人でちゃんと話し合って決めたんだもんね」
「……うん」
「がんばって。無事出産を迎えられることを祈ってるよ」
「ありがとう」
オメガの宮本君は俺の覚悟がわかったようだ。それだけ子供を産みたい気持ちが強いという事が。
「本当は止めたいと思ってた」
悠里が深刻そうに話す。
「さすがにレアオメガの出産だけはリスクがでかすぎるって。だけど、甲斐くんのそのやる気のある顔を見てたら止められないよ。甲斐くんの意思を尊重したいから。あれだけ直になんで止めなかったの!ってブチギレたけど、私も応援する。甲斐くんはきっと大丈夫。大丈夫だよ」
昨晩、悠里も直とケンカをして言い争ったようだが、俺の決意を見て納得してくれたようだ。
「つか甲斐が死ぬわけないだろ。少し前まで二次元美少女にハアハアしてたキモオタだぞ。そんで数学のテストで五回連続0点とった頭ドッカンだぞ。そんなバカでスケベがそう簡単にくたばるわけねーって」
「だな。等身大ラブドールや最新版オナホグッズ見て、バイト代全額はたいて買おうとしてた変態だもんな」
「拙者の時はエロゲのティア表を作って好きなプレイやシチュを語ってたでござる。Eクラス最強の変態は甲斐殿でござる」
「吉村もなっちもオタ熊もうるせえ」
ほら見ろ。まともな女子達がドン引きしてるじゃねえか。一部まともじゃない女子は「甲斐くんも男の子だもんね」なんて言っている。やめてくれ。俺の風評被害がさらに下がっちゃうじゃん。
「そう決めたならとにかく体に気を付けてくれよ。妊娠中はレアオメガっていろんな病気にかかりやすいって聞くぞ」
「わかってるよ。体調がいい日を選んだのが今日だから。だからこそ、今のうちにお前らに会っておきたかったんだ」
俺は笑顔を見せた。
もう一度会えることを信じて待てと伝えた。
*
それから日々の体調に気を付けて静かに過ごした。
とにかく家で安静にと医者に言われて大人しく自宅で過ごす毎日。
家にいるのも辛くなってきた時は時々車いすで中庭を散歩したり、広いベランダで直と一緒にひなたぼっこをしたりして過ごした。
直はとても過保護で俺を気遣ってくれる。
俺が動けない時は慣れない料理をしてくれたり、掃除や洗濯をしてくれたりと、俺の面倒を付きっきりで見てくれた。自分も仕事で疲れているのに。
当然掃除洗濯はひどい有様だったし、料理も美味いとは言い難い代物だったけど、へたくそながらもがんばりと気遣いがすごく嬉しくて、なんだか泣きそうになってしまった。
出会った初期の頃とは打って変わって優しいって思ってしまって、その事を話したら直は嫌そうな顔をした。あの時はお互いが嫌い合っていたし、随分ひどい事も言ったし言われたりもしたから黒歴史だって言いたいんだろう。でも、俺としてはそれも思い出の一つだよって笑って返した。
そんな直はあの頃はたしかに俺の事を嫌に思っていたが、どこか気になっていたのだと話した。ムカつく奴だと思いながらも妙に惹かれていたと。本当は運命の番と出会えてうれしかったと話してくれた。
「名前……男の子だったら直って漢字を入れたいな」
「女の子だったら甲斐の名前を入れたい」
臨月に入り、二人で名前をどうしようかと考えていた。
「まあ、性別はどちらでもいい。あんたの子供だから……」
「そうだな。男でも女でも無事に生まれてくれるならなんだっていい」
直がそっと俺のおなかを撫でた。
「今、動いた」
「もうすぐ、逢えるな」
嵐の前のつかの間の幸せなのかもしれないし、最高の幸せな日々の始まりなのかもしれない。あるいは――ううん。考えないでおこう。何にせよ、俺と直はもう後ろは振り向かないと決めたのだから。
「直くん」
「甲斐……来てますね。どうしても今話したくて……」
仕事が終わった途端すぐにこちらに向かった。はやく甲斐に逢いたかったのもあるし、甲斐の気持ちを考えずにあんな言い方をしてしまった自分を殴りたくて謝りたかった。
「二階でまだ起きてると思う」
家にあがらせてもらい、ゆっくり年季の入った階段を昇る。
「甲斐」
扉をノックしたが返事はない。もう一度叩いても応答がなかった。
「入るぞ」
そっとドアのぶをまわすと、暗い部屋で甲斐は壁に寄りかかりながらシーツをかぶっていた。
「甲斐……」
暗くてよく見えない。だけど、体が震えているのが見えた。
「泣いてるのか」
「この子を失うのが……考えられなくて……」
甲斐が震えた弱弱しい声でつぶやいた。
「ごめんな。オレ、甲斐の気持ちの事何も考えてなかった。甲斐を失う恐怖でいっぱいで、オブラートに包まない言い方になってしまって……」
「直の……気持ちも……わかった。母ちゃんや早苗さん達が……直の気持ちも考えろって……」
シーツをゆっくりとると、涙で泣き腫らした顔を見せた。
「……おろすよ……おれ……」
その顔に生気はないように思えた。
「甲斐っ……」
「あんたの事……考えたら……それが最善だって……思った」
オレはたまらなくなって甲斐を強く抱きしめた。
「甲斐……ごめん。ごめんな」
「謝らなくていいよ……。レアオメガは中絶するのが普通だって。リスクがありすぎるからって……ネットとかで調べたら……そうあった……から。それに男のレアオメガなんて……特に難しいって……しょうがない、よ………」
涙声で言葉が尻すぼみする。すごく考えた上の答えがそれなんだろう。
「オレ、何より甲斐が大事で、甲斐を失いたくないから……だから……」
腕の中の存在は力なく頷く。
「あんたの事も心配だから……。もしもの事があったら……あんたを一人にするのも耐えられない……」
お互いに悲しくて辛くて一緒に泣いた。
胸の痛みがお互いにいつまでも残っていた。
お互いに子供のお別れをして、その日は三人で眠った。
*
翌日、俺は直に連れられて病院に来た。
中絶手術をするためだ。
早い方があまり負担がかからないし、ショックも少ない。精神的にまだ立ち直れるうちにとすぐ行動に移した。
それでも相当なメンタルが削られると思われるので、カウンセリングを受ける事も決まっている。
「甲斐、行くよ」
「……うん」
直に手を伸ばされてそれを掴んで車から降りる。
朝からお互いはあまり会話はなく、楽しいことを話す気分でもなかった。
オメガ・レアオメガ科の待合室に到着し、簡単な流れや診察を受ける。
「黒崎甲斐さん」
名前を呼ばれて肩が揺れた。
とうとう呼ばれてしまったと俺はゆっくり立ち上がる。
「じゃあ、行ってくるね……」
さすがに手術室までは一緒に行けないので、直に待っててと精一杯の笑顔を向けた。直はなんとも言えない辛い顔だ。
さよなら……赤ちゃん……。
何度もお腹をさする。今からこの子を殺すんだと思うと涙が止まらないが、もう決めた事だと涙を拭いた。
ゆっくり医者がいる部屋に一歩、また一歩と進み、手術室の部屋に足を踏み入れようとした時、
「行くな」
急に直に腕を掴まれて止められた。
「直……?」
「……もう、いい。おろさなくていい」
「え……」
「お前のそんな悲しそうな顔……もう見てられない」
そんなひどい顔をしていたのだろうか。たしかに泣き顔は見せたかもしれないが。
「お前の事は大事だ。この世の何よりも甲斐を失うのは怖い。だから……おろしてほしいと言った。だけど……お前の心の方も大事なんだ。お前が傷ついているのに……そんな顔はもう見ていられない。今後、おろした事でお前はずっと引きずりそうだから……」
たしかにそれはあるかもしれないと否定はできなかった。それで傷ついた心のまま生きて行けるかどうかも怪しい。
普通のベータとは違い、レアオメガが精神的に傷つくことは死に直結するからだ。セロトニンの数値が生死の分かれ目ともいわれている。
たとえ直と一緒に必死で前を向こうとして、どんなに直の存在に励まされても、自分の子を失って傷ついた心は永遠に残ってしまうのだ。
それほど、オメガやレアオメガは子供に対する想いは強い――――。
「オレもお前と同じ気持ちだ。子供を失いたくない。子を失った事でお前の心が死んでしまうのも嫌なんだ」
直の抱擁にまた涙があふれる。
「いいの……?俺……この子を育てても……」
それによって、生きるか死ぬかの戦いが始まるのに。
「いいよ。オレが全部、ちゃんと見届けるから……最後まで……」
覚悟を決めた直。その先の未来が不安と恐怖でいっぱいだと言わんばかりだが、俺の意思を尊重してくれた事に嬉しくなる。
「俺……頑張る……。あんたと子供を悲しませたくないから」
「オレも全力で支える……。もう何があっても後ろは向かない」
医者に改めて産む事伝えた。
男性レアオメガの出産は女性レアオメガよりリスクが伴う事、死産の可能性もある事、最悪どちらも助からない場合もある事を何度も説明された。それでも産む事を伝えた。
医者は力強く頷き、俺達の覚悟を汲み取り、応援してくれた。
これから頑張っていきましょうと――――。
「みんな久しぶり」
安定期に入った頃、数か月ぶりにEクラスのみんなと外で会った。少し見ない間に大人っぽくなったとか、女性らしくなったとか口々に言われた。
たしかに髪伸びたから女みたいだとは言われる。
しかし、レアオメガだからあんまり性別の事を考えなくなった。何より女装した方が何かと体裁を保ちやすいし、いろいろ都合がいいからだ。男レアオメガなんて大体どん引かれるので、これも処世術のひとつである。
「甲斐くん……」
「甲斐……」
「みんなそんな深刻な顔しないでくれよ。ちゃんと話し合って決めたから。それに俺、死なないよ。絶対生きてみせる」
「でも……」
俺が笑顔で頑張る事を言っても、さすがにみんなレアオメガの出産リスクの事は知っていて不安そうだった。
「甲斐くん……ぼくは甲斐くんと矢崎くんがそう決断したの、本当にすごいと思う。本当に尊敬する。ぼくだったら……怖くて簡単に産みたいなんて言えないし、恵梨ちゃんの事考えたらやっぱり諦めちゃうかも」
「宮本くん……」
「でも、甲斐くんがそう決めたならぼくらは応援するだけだよ。二人でちゃんと話し合って決めたんだもんね」
「……うん」
「がんばって。無事出産を迎えられることを祈ってるよ」
「ありがとう」
オメガの宮本君は俺の覚悟がわかったようだ。それだけ子供を産みたい気持ちが強いという事が。
「本当は止めたいと思ってた」
悠里が深刻そうに話す。
「さすがにレアオメガの出産だけはリスクがでかすぎるって。だけど、甲斐くんのそのやる気のある顔を見てたら止められないよ。甲斐くんの意思を尊重したいから。あれだけ直になんで止めなかったの!ってブチギレたけど、私も応援する。甲斐くんはきっと大丈夫。大丈夫だよ」
昨晩、悠里も直とケンカをして言い争ったようだが、俺の決意を見て納得してくれたようだ。
「つか甲斐が死ぬわけないだろ。少し前まで二次元美少女にハアハアしてたキモオタだぞ。そんで数学のテストで五回連続0点とった頭ドッカンだぞ。そんなバカでスケベがそう簡単にくたばるわけねーって」
「だな。等身大ラブドールや最新版オナホグッズ見て、バイト代全額はたいて買おうとしてた変態だもんな」
「拙者の時はエロゲのティア表を作って好きなプレイやシチュを語ってたでござる。Eクラス最強の変態は甲斐殿でござる」
「吉村もなっちもオタ熊もうるせえ」
ほら見ろ。まともな女子達がドン引きしてるじゃねえか。一部まともじゃない女子は「甲斐くんも男の子だもんね」なんて言っている。やめてくれ。俺の風評被害がさらに下がっちゃうじゃん。
「そう決めたならとにかく体に気を付けてくれよ。妊娠中はレアオメガっていろんな病気にかかりやすいって聞くぞ」
「わかってるよ。体調がいい日を選んだのが今日だから。だからこそ、今のうちにお前らに会っておきたかったんだ」
俺は笑顔を見せた。
もう一度会えることを信じて待てと伝えた。
*
それから日々の体調に気を付けて静かに過ごした。
とにかく家で安静にと医者に言われて大人しく自宅で過ごす毎日。
家にいるのも辛くなってきた時は時々車いすで中庭を散歩したり、広いベランダで直と一緒にひなたぼっこをしたりして過ごした。
直はとても過保護で俺を気遣ってくれる。
俺が動けない時は慣れない料理をしてくれたり、掃除や洗濯をしてくれたりと、俺の面倒を付きっきりで見てくれた。自分も仕事で疲れているのに。
当然掃除洗濯はひどい有様だったし、料理も美味いとは言い難い代物だったけど、へたくそながらもがんばりと気遣いがすごく嬉しくて、なんだか泣きそうになってしまった。
出会った初期の頃とは打って変わって優しいって思ってしまって、その事を話したら直は嫌そうな顔をした。あの時はお互いが嫌い合っていたし、随分ひどい事も言ったし言われたりもしたから黒歴史だって言いたいんだろう。でも、俺としてはそれも思い出の一つだよって笑って返した。
そんな直はあの頃はたしかに俺の事を嫌に思っていたが、どこか気になっていたのだと話した。ムカつく奴だと思いながらも妙に惹かれていたと。本当は運命の番と出会えてうれしかったと話してくれた。
「名前……男の子だったら直って漢字を入れたいな」
「女の子だったら甲斐の名前を入れたい」
臨月に入り、二人で名前をどうしようかと考えていた。
「まあ、性別はどちらでもいい。あんたの子供だから……」
「そうだな。男でも女でも無事に生まれてくれるならなんだっていい」
直がそっと俺のおなかを撫でた。
「今、動いた」
「もうすぐ、逢えるな」
嵐の前のつかの間の幸せなのかもしれないし、最高の幸せな日々の始まりなのかもしれない。あるいは――ううん。考えないでおこう。何にせよ、俺と直はもう後ろは振り向かないと決めたのだから。
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