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90歳が高校三年時代へやり直し
中身爺のやり直し5
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「あー……まさかの右足捻挫か」
病院で簡単な手当てを受けた俺はトボトボ帰り道を歩いていた。
葛川沙央梨のマスコミ対応の様子をずっと眺めていたら、背後にいた人々がおしくらまんじゅうの如くバランスを崩して倒れてきて、その反動で足を挫いてしまったのである。
俺ともあろう者がなんて間抜けなドジだ。この程度で捻挫なんてまだまだ修行が足りないよ。
おかげでその日はバイトを早退する羽目になり、しばらくは裏方に回る事となった。ごめん、バイトのみんな。
捻挫と言っても歩けないレベルではないので、いつもよりゆっくりではあるがやっとこさ寮の前までやって来た。いてて。歩くだけで右足に痛みが走る。
寮の玄関前までやって来ると、そこには一際派手目で華やかな容姿のあの女が立っていた。
「「あ!」」
お互いに気付いて無意識で声を発した所で俺は驚く。なんで葛川沙央梨がここに?
「あなた……直の知り合い?」
ぎくりとして俺は言葉に詰まった。
「え、な、なんで……」
違うと言おうとしたが彼女は確信した様子でいる。
「だってあなたが架谷甲斐なんでしょう?」
「なんで知っているんだよ名前」
「あなたが直と友達だっていろんなロコミで聞いたのよ。だからあなたに会えば直と知り合えると思ったの」
「……そ、そーですか」
「でも、あんたみたいな平凡地味そうなのが直と友達だなんてねぇ……」
あきらかに趣味が悪いとでも言いたげな彼女の顔にムカついたが我慢。
「って事はあんたが直のスマホに出たのね」
「あーハイ。そーですね」
「……なんか、やっぱ信じられないわ。あんたと直が友達だなんて」
俺の上から下まで視線を落としていく葛川さん。失礼すぎやしないかこの女。
どうせ友達にはふさわしくないとでも思っているんだろうな。
「ねえ、直がどこ行ったか知ってる?自宅にいないみたいなのよ」
「仕事だよ。海外の方に」
「ふぅーん……やっぱ仕事かァ。直ったら電話で話した以来全然出てくれなくなったし、だからこうしてトモダチのアンタんとこに来てやったわけだけどさァ」
「あの、差し出がましいんだが、あんたはここにいていいのかよ?他の撮影とかあるんじゃ。それにマスコミにも爆弾発言してるのに見つかったら……」
「マスコミに見つかっても別にどうって事ないわ。あたしと直は恋人同士だし、今更じゃない。熱愛発覚報道が流れたなら会見開いて公にする手間も省けるってものだしね」
「さようですか」
だからその恋人は俺なんだってば。嘘つくなってのこのアホ女。
「撮影は四日後にあるから今日や明後日はオフなのよ。明日は別番組の撮影だけどね。だから直に逢いに来たのにいないなんて運が悪かったわ。しょうがないから明後日また来る事にする。明後日なら直が帰ってくるのよね?」
「あーまあ、たぶん。しらんけど」
「じゃあ、また明後日に直に逢いにくるわ」
もう来んなバカ女。って言ってやりたいが、俺と直の関係がバレるのもあれなのでお口にチャック。
「あ、ちょっと聞きたいんだが」
俺はなんとなく思いついた疑問を確かめたくなった。
「何よ」
「恋人って事は直と結婚を前提にとかそんなんか?」
「当然でしょ。あたしと直は昔からの幼馴染なんだから。お互いをよく知り尽くしてる。直の子供が産みたいのよ。あたしは直を愛しているの」
子供を産みたいに愛している、か。自信満々なっこったな。
「ソーデスカ」
俺と直は同性同士。結婚もできなければ子供もできない。同性愛が昔ほど認められるようになってきたとはいえ、場合によっては気色悪がられる事も知っている。
一緒にいるだけで幸せだって思うのに、後世に何も残せない自分の立場が少し悲しかった。
明後日のお昼過ぎ、日本に帰国した直は張り込みをしていたマスコミから逃れるように裏口から退散。
やはり先日の熱愛報道の真相を確かめるべく、空港にたくさんのマスコミが押しかけてきていたらしい。連中を撒くのも一苦労だったと本人が話していた。
「あのクソ女……今度あったらタダじゃおかねぇ」
「直様、地が出てますよ」
帝都クラウンホテルで直と合流した俺は、コーヒーを飲みながら直の愚痴に付き合っていた。 何度も秘書の久瀬さんがなだめるも怒りが収まらない様子である。まあ俺もある意味腹が立っているけどさ。
本日はここで会見を開く事になっており、そのついでに面倒ながらも彼女と熱愛なんてないと話す事も決めているのだとか。これ以上ありもしない熱愛報道で騒がれても困るので、はっきりと完膚なきまでに否定してさっさとマスコミを黙らせたいと話す。
「彼女は厄介でしてね……なかなか直様からは手を出しづらい人間なのですよ」
「矢崎家相手でも?」
久瀬さんが頷く。
「ええ。彼女は矢崎家とも関わり合いが深いのです。彼女が世界的モデルになれたのは正之社長の姉である柘榴様のおかげなんです。その立場をいい事に業界内ではやりたい放題なんですよ。だからこちらとしても彼女を咎めるのはいささか難しいのです」
「なるほどねーコネとか権力とか持って調子に乗っているわけか。上級国民ってやっぱ嫌な世界だな」
げんなりしている俺に隣から直がぎゅうっと抱きしめてきた。
「お前は理解しなくていいんだよ、そんな汚い世界」
「直……」
「お前は普通の一般人としていればいい。そんな汚い世界はオレがなんとかするから」
直の愛しい眼がじっとこちらを見つめているその時――――
「ここにいたのね、直」
その声に反射的に勢いよく直から離れた。
「葛川っ、よくも熱愛だとホラをマスコミに吹き込んでくれたな」
俺が離れた事に文句を言いたそうにしていたが、すぐに元凶の葛川に矛先が向けられている。
「吹き込んだわけではないわよ。向こうが勝手に解釈しただけじゃない。あたしはただ直が素敵な人だって言っただけなのに」
「いけしゃあしゃあと」
直の視線が鋭くなり、剣呑さを増す。
「あなたが怒っても全然恐くないわ。あなただけの力なんて高が知れてる」
「っ……んだと」
「正之様は確かに素敵でダンディーなお方だけど、やっぱりあたしは将来の社長夫人に憧れるし、容姿でいえばあなたの方がタイプ。あなた以上に綺麗な人なんて滅多にお目にかかれないから、恋愛するなら直だけって決めていたのよ。うふふ」
「誰が貴様みたいなクソ女と恋愛ごっこするかよ。図に乗るな」
病院で簡単な手当てを受けた俺はトボトボ帰り道を歩いていた。
葛川沙央梨のマスコミ対応の様子をずっと眺めていたら、背後にいた人々がおしくらまんじゅうの如くバランスを崩して倒れてきて、その反動で足を挫いてしまったのである。
俺ともあろう者がなんて間抜けなドジだ。この程度で捻挫なんてまだまだ修行が足りないよ。
おかげでその日はバイトを早退する羽目になり、しばらくは裏方に回る事となった。ごめん、バイトのみんな。
捻挫と言っても歩けないレベルではないので、いつもよりゆっくりではあるがやっとこさ寮の前までやって来た。いてて。歩くだけで右足に痛みが走る。
寮の玄関前までやって来ると、そこには一際派手目で華やかな容姿のあの女が立っていた。
「「あ!」」
お互いに気付いて無意識で声を発した所で俺は驚く。なんで葛川沙央梨がここに?
「あなた……直の知り合い?」
ぎくりとして俺は言葉に詰まった。
「え、な、なんで……」
違うと言おうとしたが彼女は確信した様子でいる。
「だってあなたが架谷甲斐なんでしょう?」
「なんで知っているんだよ名前」
「あなたが直と友達だっていろんなロコミで聞いたのよ。だからあなたに会えば直と知り合えると思ったの」
「……そ、そーですか」
「でも、あんたみたいな平凡地味そうなのが直と友達だなんてねぇ……」
あきらかに趣味が悪いとでも言いたげな彼女の顔にムカついたが我慢。
「って事はあんたが直のスマホに出たのね」
「あーハイ。そーですね」
「……なんか、やっぱ信じられないわ。あんたと直が友達だなんて」
俺の上から下まで視線を落としていく葛川さん。失礼すぎやしないかこの女。
どうせ友達にはふさわしくないとでも思っているんだろうな。
「ねえ、直がどこ行ったか知ってる?自宅にいないみたいなのよ」
「仕事だよ。海外の方に」
「ふぅーん……やっぱ仕事かァ。直ったら電話で話した以来全然出てくれなくなったし、だからこうしてトモダチのアンタんとこに来てやったわけだけどさァ」
「あの、差し出がましいんだが、あんたはここにいていいのかよ?他の撮影とかあるんじゃ。それにマスコミにも爆弾発言してるのに見つかったら……」
「マスコミに見つかっても別にどうって事ないわ。あたしと直は恋人同士だし、今更じゃない。熱愛発覚報道が流れたなら会見開いて公にする手間も省けるってものだしね」
「さようですか」
だからその恋人は俺なんだってば。嘘つくなってのこのアホ女。
「撮影は四日後にあるから今日や明後日はオフなのよ。明日は別番組の撮影だけどね。だから直に逢いに来たのにいないなんて運が悪かったわ。しょうがないから明後日また来る事にする。明後日なら直が帰ってくるのよね?」
「あーまあ、たぶん。しらんけど」
「じゃあ、また明後日に直に逢いにくるわ」
もう来んなバカ女。って言ってやりたいが、俺と直の関係がバレるのもあれなのでお口にチャック。
「あ、ちょっと聞きたいんだが」
俺はなんとなく思いついた疑問を確かめたくなった。
「何よ」
「恋人って事は直と結婚を前提にとかそんなんか?」
「当然でしょ。あたしと直は昔からの幼馴染なんだから。お互いをよく知り尽くしてる。直の子供が産みたいのよ。あたしは直を愛しているの」
子供を産みたいに愛している、か。自信満々なっこったな。
「ソーデスカ」
俺と直は同性同士。結婚もできなければ子供もできない。同性愛が昔ほど認められるようになってきたとはいえ、場合によっては気色悪がられる事も知っている。
一緒にいるだけで幸せだって思うのに、後世に何も残せない自分の立場が少し悲しかった。
明後日のお昼過ぎ、日本に帰国した直は張り込みをしていたマスコミから逃れるように裏口から退散。
やはり先日の熱愛報道の真相を確かめるべく、空港にたくさんのマスコミが押しかけてきていたらしい。連中を撒くのも一苦労だったと本人が話していた。
「あのクソ女……今度あったらタダじゃおかねぇ」
「直様、地が出てますよ」
帝都クラウンホテルで直と合流した俺は、コーヒーを飲みながら直の愚痴に付き合っていた。 何度も秘書の久瀬さんがなだめるも怒りが収まらない様子である。まあ俺もある意味腹が立っているけどさ。
本日はここで会見を開く事になっており、そのついでに面倒ながらも彼女と熱愛なんてないと話す事も決めているのだとか。これ以上ありもしない熱愛報道で騒がれても困るので、はっきりと完膚なきまでに否定してさっさとマスコミを黙らせたいと話す。
「彼女は厄介でしてね……なかなか直様からは手を出しづらい人間なのですよ」
「矢崎家相手でも?」
久瀬さんが頷く。
「ええ。彼女は矢崎家とも関わり合いが深いのです。彼女が世界的モデルになれたのは正之社長の姉である柘榴様のおかげなんです。その立場をいい事に業界内ではやりたい放題なんですよ。だからこちらとしても彼女を咎めるのはいささか難しいのです」
「なるほどねーコネとか権力とか持って調子に乗っているわけか。上級国民ってやっぱ嫌な世界だな」
げんなりしている俺に隣から直がぎゅうっと抱きしめてきた。
「お前は理解しなくていいんだよ、そんな汚い世界」
「直……」
「お前は普通の一般人としていればいい。そんな汚い世界はオレがなんとかするから」
直の愛しい眼がじっとこちらを見つめているその時――――
「ここにいたのね、直」
その声に反射的に勢いよく直から離れた。
「葛川っ、よくも熱愛だとホラをマスコミに吹き込んでくれたな」
俺が離れた事に文句を言いたそうにしていたが、すぐに元凶の葛川に矛先が向けられている。
「吹き込んだわけではないわよ。向こうが勝手に解釈しただけじゃない。あたしはただ直が素敵な人だって言っただけなのに」
「いけしゃあしゃあと」
直の視線が鋭くなり、剣呑さを増す。
「あなたが怒っても全然恐くないわ。あなただけの力なんて高が知れてる」
「っ……んだと」
「正之様は確かに素敵でダンディーなお方だけど、やっぱりあたしは将来の社長夫人に憧れるし、容姿でいえばあなたの方がタイプ。あなた以上に綺麗な人なんて滅多にお目にかかれないから、恋愛するなら直だけって決めていたのよ。うふふ」
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