【スピンオフ】学園トップに反抗したら様子がおかしくなったいろいろ

いとこんドリア

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90歳が高校三年時代へやり直し

中身爺のやり直し8

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 それから、思い出してほしいと何度か行動を起こしたものの、成果はゼロで結局は諦めた。
 このまま俺の事など知らない方がいいのかもしれないと、嫌なことを思い出すくらいならそのまま忘れた方がいいのかもしれないと、そう思ってしまった。

 俺の事を忘れてしまっても、どうか幸せになってほしい。そう願いながら俺はひっそりと身を引いたのだ。
 
『行っちゃうの?』
『ああ。世話になったな、四天王共』

 卒業式翌日、俺は今から両親や妹達にも黙って遠い県外に出る。
 表向きは都内の専門学校に行くことで通したが、本当は担任の万里ちゃん先生にお願いして進路を変更してもらっていた。

 こうでもしなければ自分の傷ついた心はずっと癒されない。
 もし自分の実家と今後も関わりを持てば、両親同士が仲のいい黒崎家を通じて直とも関わってしまう。直と関わる事で、彼にまた拒絶されてしまう光景が目に浮かぶ。そんなのはもう嫌だった。関わりたくなかった。

 何度思い出してほしいと訴えても、直は俺に見向きもしなかった。その上、完全に嫌われた。
 拒絶する直の顔をもう見ていられない。傷つきたくもない。記憶を忘れられた自分が惨めでしょうがない。

 そんな辛い思いをもうしたくなくて、俺は家族とは縁を切る覚悟で離れて暮らす。一人でひっそり生きていく事を決めた。

 みんなは驚いて俺を探そうとするだろうが、探し出すのが難しい離島などに引っ越すつもりだ。捜索願いなどを出されないためにあえて四天王にだけ打ち明けて、彼らに家族やみんなへの説明を託した。戸籍に閲覧制限をかけ、スマホも全て解約した。

『寂しくなっちゃうなぁ』
『テレビでお前らの事はたまに見かけてやるよ』

 四天王はそれぞれ海外留学で高飛びが決まっている。Eクラスの仲間達も大学に進む奴もいれば、専門学校や実家の手伝いなどに進む者もいる。みんな別々な道だ。
 当然クラスメート達には居場所は伝えない。もし、逢いたいと自分から思える事があれば何十年もずっと先だろうか。それまでに自分の心が少しは癒えればいいなと思った。

 寂しくないと言えば嘘になる。だけど、自分の心を癒す長い長い旅だと思えば納得ができる。

『ねぇ、甲斐ちゃん』
『ん、なに相田』
 
 相田は何か重要な事を口にするような真剣な表情を見せたが、顔を横に振って口を閉じた。

『……なんでもない。ちょっと別れが惜しくなっただけ』
『そ?これからそれぞれ忙しくなるだろうから、聞きたい事があるなら遠慮なく言えばいいのに』
『んーだって甲斐ちゃんを俺の都合で束縛したくないし』
『束縛ってなんだよ。何を言おうとしたんだか』
『まあ、もういいのいいの。甲斐ちゃんには幸せになってほしいしから。これから逢えなくなって、関係が疎遠になっても、キミの事はずっと見守ってる。
『そりゃ光栄だ。数少ない友人だと思ってるよ』
『近くに来たら遠慮なく言って。甲斐君なら大歓迎して遊びに連れてってあげる』
『困ったことがあればいつでも連絡していいからな』
『ん……サンキュー三人とも』

 なんだか今生の別れのような挨拶だな。でも、俺はもうここへ戻って来る事はほとんどないだろう。そんな雰囲気を三人はどこか感じ取っていたのかもしれない。

 久瀬や穂高は医療や政界で活躍し、相田は裏社会の世界で身を置く人間。一般人の俺と関わる事はそうそうない。直の事がなければ卒業後も接点はあっただろうが、直があんなんじゃ俺と逢う意味も理由もなくなる。

『じゃあね、甲斐ちゃん』
『ばいばい、甲斐君』
『元気でな、架谷』
『ああ、お前らも達者でな』

 そして、ばいばい……直。


 心の中で別れを告げた通り、今生ではもう二度と俺と直は逢うことはなかった。
 だって金持ちと貧乏人だ。黒崎家の長男とはいえ、矢崎財閥御曹司。俺と直はもう赤の他人同士。
 遠く離れた地で俺は直がいつまでも元気でいる事を願い続けた。

 それから数年後、直は金持ち令嬢の女性と結婚した。
 テレビで連日報道していて、世間やマスコミは大いに祝福して大盛り上がりだった。……はずだった。 








【速報!四天王の矢崎直、自宅マンションにて拳銃自殺】

 そんな衝撃的なテロップが全国のお茶の間に流れた。
 結婚してたった数ヶ月で自殺をした事実に、世間は大いに衝撃を受け、特に四天王の矢崎直の親衛隊はこぞって慟哭を繰り返していた。

 なんの前触れもなく彼は――――直は死んでしまった。

 なぜ、どうして、直が死を選んだのかわからない。
 四天王の三人に訊こうにも彼らとはもう疎遠気味だったし、部外者の俺が訊くことは躊躇われた。

 でも、寂しがり屋で孤独を嫌う直がそうするのは容易に想像できてしまった。きっと精神安定できる居場所がなかったからだろう。

 たとえ悠里や友里香ちゃんがいても、実の両親がいても、親友の昭弘君やあずみちゃん、篠宮がそばにいても、彼の本当の意味での孤独の淵を埋めてくれる存在はいなかったのかもしれない。

 俺がそばにいてあげなかったからか。
 いや、それは自惚れだ。俺がそばにいても、記憶のない直にとってはウザい虫がそばにいる程度にしか感じなかっただろう。

 何度そばにいようとしてもウザがられて、罵声を浴びせられて、嫌われる一方で。記憶喪失の直相手に俺はどうする事もできなかったのだ。

 じゃあ、どうしていたらよかった?
 どうしていたら直は死を選ばなかった?

 後悔しても仕方がないのに、俺の行動全てに責任があるように思えた。
 俺のせい。俺の行動は間違っていた。これが二つ目の後悔だ。

 直が死んだという一報を知った時、俺はあまりのショックで動けなくなり、数日は廃人のように過ごしていたと近所の住人から聞いた。それほど、直は俺にとって心の一部だった。

 せめて生きていてほしかった。自分と結ばれなくても別々の人生を歩む中で生涯を全うしてほしかった。
 だけど、直からすれば想像も絶する程の孤独だったのかもしれない。誰もわかってくれない事、孤独な事は俺でさえ辛いと思うから。 

 ああ、直、直…… 

 毎夜泣き続ける俺。このままじゃ精神崩壊もやむなしと無意識に悟り、直に関する記憶を知らず知らずのうちに消す事に徹していた。 

 最初は消すなんて無理だと思っていたが、何年かして次第にその存在はいなかったと錯覚を覚え、そして完全に忘れる事に成功していた。一種の防衛本能がそうさせたんだろう。

 そのままなんとなく過ごし、やがて職場で出会った女性と結婚して、子供もできた。幸せではあったけれど、ある意味偽りの幸せに満足しながら心の内に蓋をし続けた。

 孫が出来て、ひ孫もできて、自分が定年を迎えた頃、それまで架谷家とは全く連絡を取らずにいたが、風の噂で両親の訃報を知ってからなんとなく葬儀場に駆けつけたら、妹に思いっきりぶん殴られた。

 綺麗に老けた悠里と友里香ちゃんがいて、Eクラスの仲間とも数十年ぶりに再会して、みんなから数十年も音沙汰なかった事に罵詈雑言をぶつけられたが、それでも再会を喜んでくれて老後を静かに家族や仲間と過ごした。

 いたって平々凡々な人生だ。中身の薄い90年だったと思う。

 直が死んだ事実を思い出したくない一心で、時々不安定になる俺を見て妻も子供達も変に思っていただろう。
 本当、多方面に迷惑をかけて馬鹿野郎だ、俺は。

 こんな大切な事を逃げて忘れていたなんて。
 せめてどこかで思い出していれば……いやでも、思い出したところできっとまた後悔をし続ける日々に逆戻りだ。精神崩壊を起すくらいなら、忘れたままの方がいいと当時の俺はそう思ったのかもしれない。

 それでも……それでも何かできたんじゃないか。罪の意識を持ちながら生きていけたんじゃないだろうか。
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