【スピンオフ】学園トップに反抗したら様子がおかしくなったいろいろ

いとこんドリア

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90歳が高校三年時代へやり直し

中身爺のやり直し7

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 ならば、俺だけでケリをつけるほかあるまい。たとえ自分がどうなろうとも、直を失うくらいなら自ら犠牲になっても構わない。
 これは罰だ。忘れていた事に対しての。

「あんたには消えてもらうしかないようね」 

 葛川の手には鋭く尖ったものが見えた。この女程度の攻撃など普通なら避けて逆に返り討ちにできただろう。
 だけど、この時の俺は直とケンカをしている事で意気消沈していて、避ける元気がなかったんだ。鬱っぽい状態というか、何をするにも手が付かないというか、気怠くて悄然としていたのだ。

 今はもう避ける気力などない。なくなってしまった。
 俺のせいだから。俺が罰を受けなければ。

「くたばんなさいよ!」

 女がナイフを突き立てて走ってくる。

「ッ――!」

 衝撃と共にあの時の、が唐突にフラッシュバックした。
 葛川の悲鳴と赤く染まる視界。そして、倒れるアイツを。 

 そこには泣きべそをかいている俺がいる。前世での白黒映像だ。


『どうして……どうして……直っ』

 
 そう……その刃に直は俺をかばったんだ。 
 襲い掛かってくる女の前に急に直が現れて、俺の盾となってくれた。

 悲鳴をあげる女と、そのまま倒れる直。動揺する俺。
 必死に呼びかけるも、直は俺に『ごめんな、甲斐』と言って静かに目を閉じた。 

 それが、前世でとの最期の会話だった――――。

 直は致命傷を負って意識不明となってしまったが、運ばれた先の病院で一命はとりとめた。しかし、傷の深さとショックで直に少し後遺症が残った。

 
『お前だれ?』
『え……』
『誰なんだよお前。気軽に話しかけてくるなモブ野郎』

 その反応に、その場にいる全員は凍り付き、言葉を失った。

『誰って……お前が大好きな架谷だろう。変な冗談はやめろ』と、怒る久瀬。
『そうだよ直!甲斐くんに失礼だと思わないの?』
『お兄様、変な事を言わないでください!』

 悠里と友里香ちゃんもすかさず口を挟むも、直は本当にわかっていないような顔だった。首まで傾げている。

『冗談?オレがいつ冗談言ったんだよ。こんな平凡地味男なんてマジでしらねーし。どうせ拓実か穂高のパシリ。それか隠れた部下だろ。お前らの部下はモブっぽいのばっか量産してるもんな』
『え、えー?ボクのパシリ~?何それ。甲斐君がボクのパシリとか笑えないから』
『あのさぁ~マジで俺の部下じゃないんだけど。直ちゃんさ、マジで言ってんの?ドッキリじゃないよね?冗談だとしたらありえないんだけど。冗談で言ったなら殺すよ』

 相田がためしに再度確認するも、

『だからテメェの部下なんだろうが!!』

 直の態度は嘘をついているようには思えなかった。

『そんな……』
『甲斐くんの事だけだなんて……嘘でしょ……』

 俺の事だけはわからず、俺の存在全てを忘れてしまっていた。
 肩を落として茫然自失に陥る面々。葛川だけがこの上ない喜悦な展開に口の端を持ち上げていた。

 この女がなぜか逮捕されずにここにいるのは、上の命令で内輪だけで処理をしたせいだろう。だから世間的に公にされなかったし、事件にすらもならなかった。
 直がなぜ怪我を負ったのかも、一部の記憶が欠けているという事も、本人には内密にされる。
 矢崎財閥やこの女からすればとても都合がいい状況だったのだ。

 その後、何度問いただしても、直は俺の事を全く知らないと一点張りだった。あまりにしつこく訊いたため、直は徐々に苛立ち、俺と相田を部屋から追い出した。

『あいつ、俺の事だけすっかり忘れてるみたいだったな。それ以外は全部知ってるのにありえなくね?しかも葛川に刺された事だけは都合よく忘れてよ、誰に刺されたかわからないとかバカかっての。腹立ちすぎて笑えるわ』

 俺が笑いながら言うと、相田が苦笑混じりに見つめ返す。二人そろって直の部屋から締め出しをくらってから、とりあえずみんなが出てくるまで近くの待合室で待機する。

『もういいって、甲斐ちゃん。そんな無理しなくても』
『なにが?無理なんてしてないよ。ウンコは我慢してるけどぉ』

 俺は冗談を交えて笑っている。でも笑っているのは口元だけで、表情はどこか引きつっていた。

『甲斐ちゃん……そんな空元気な姿を見せられると、かえってこっちが心配になっちゃうでしょ』
『お前の目は節穴だなー。そう見えてしまうなんてお前もまだまだだね』

 そう自棄になってさらに笑っていると、気が付いたら相田の腕は俺の体を引き寄せていた。

『相田……?』

 直とは違う逞しい腕の中にすっぽり収まっていた。
 おい、なんの真似だ。やめろよバカ。

『辛かったらいっぱい泣いていい。でなきゃ……溜め込むよ?』
『別に溜め込んでなんて』
『いいの。溜め込んでいる事にしときなよ。甲斐ちゃんの笑顔が見られなくなるの、嫌だし』

 相田の優しい言葉と背中を撫でられる感触に耐えきれず、辛いモノが開放される。こらえきれずに、俺の頬から温かい雫が流れた。

『っ、ああっ、ああっ、ひっく、ひっく、どうしてあいつはっ、俺をっ……!』
『甲斐ちゃん……甲斐……』
『っぁああ』
 
 俺は相田の腕の中で、子供のようにわんわん激しく泣いた。こんなにも誰かの前で泣いたのは初めてかもしれない。それくらいショックと悲しさでいっぱいで、慟哭はしばらく止まらなかった。

 自分だけが蚊帳の外に置いてけぼりにされて、いろんな意味で孤独になったような気がして、直が無事なのを知っても俺は深い悲しさを抑えきれなかった。

『一番忘れてほしくない相手を忘れちゃうなんて、直って罪な男だよね。俺だったら絶対忘れないのに。本当にとっちゃうよ……お前から甲斐を……」

 最後だけ小さくてよく聞こえなかった。

『相田……?』
『あ、いーや。なんでもない。だけど記憶喪失ってね、一番強く想っている人間を逆に一番忘れやすいって聞いた事があってだね……ま、そういう事なんでしょーよ。実に直らしいっつうか、クソムカつくっていうか。ぶっちゃけボコボコにしてやりたいね』
『はは、それな。次があるなら往復ビンタして、ヒグマかかと落としの刑だよ』
 
 俺はある程度泣いてスッキリした。冗談を言えるくらいには回復した。ぐいっと目元を腕で拭い、少しだけ相田の優しさに救われた気がした。


『あははは、ザマァみろだわ』

 背後からの甲高い嗤い声に俺達は振り返る。

『葛川』

 嫌味を言いに来るとは、こいつは全く反省していないようだ。

『いい気味よ。直と別れないお前に天罰が下ったんだ。それも記憶喪失という形でお前の事を忘れちゃった。最高にうれしい展開だわ。笑っちゃうくらいにね。あたしに運がまわってきた証拠。アハハハハ』

 馬鹿みたいに高笑いをするこのクソ女。もう我慢ならないのでとりあえず一度シメとくか。

『悪役そのものだな、お前。マジ見苦しいわ性悪女』

 俺は侮蔑の眼差しで葛川を見つめる。

『何よ負け惜しみ?』
『高校生のクソガキにマウント取れて嬉しいか?おばさん』
『なっ!あたしのどこがおばさんなのよ!私はどこからどう見ても20代でしょうが!』
『おばさんだろ。中身40代のくせして整形して若々しい女気取りご苦労様。20以上歳下の直狙いとか、クソ痛くて笑えるわ』

 相田から聞いた。こいつは整形しまくりの中身40超えの中年おばさんらしい。おばさんが若い男相手に本気になって痛すぎる。そんな直からも相手にされないから尚のことアイタタである。

『なっ、なんとでも言いなさい。あたしには直がいてくれる。あんたの存在が消えてくれてこれで直はあたしのものなんだから』
『滑稽だね~。マジこっけーこっけーこけこっこーって感じ。その直からも相手にされてないお前が惨めでならないよ。それにお前はモデル事務所の契約を解消された』
『……は!?そんなわけないじゃない!』
『そんなわけあるよ。俺の爺様がさっき事務所に圧力かけたんだから』

 青龍会の孫が真顔でそう言うので、葛川は狼狽える。
 
『爺様は直が刺された事に一番ブチギレてるみたいでね、お前になんらかの制裁はこれからあると思う。あらら~一番怖いのに目を付けられちゃったねーご愁傷様』
『ッ――!』
『お前のワンマンショーはこれにて終了。直を刺して甲斐ちゃんをここまで泣かしたんだ。それ相応の報いは覚悟するこった。オ・バ・サ・ン』

 相田は一瞬だけ笑顔を見せたと思ったら、すぐに無表情の冷酷な眼差しを向けていた。葛川は顔面蒼白になってその場で崩れ落ちたのだった。

 
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