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34.令嬢の涙

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 柱のそばで綺麗な貴族の女性が膝をついて泣いている。

 おそろしく高そうなドレスを纏い、キラキラ反射して輝くアクセサリーがまぶしく映る。まるで今からパーティーにでも行く格好だ。

 こんな綺麗な女の人を泣かすなんて罪な人もいるもんだなと思いつつ、声をかけようか迷った。平民の自分が貴族の女性相手に話しかけるなんて失礼に当たるかもしれないし、だからと言って泣いている女性をそのままにしておくわけにもいかない。
 
 そういえばこの人から金木犀の香りがする……。ノア君が私と出会う前につけていた香りだ。もしかして……

「あの、大丈夫ですか?」

 良心が優先されて声をかけた。女性はピクリと肩を微動させてゆっくり振り返る。涙目になっている赤い眼がこちらを捉えた。

「あなたは?」
「た、ただの通りすがりの下働きですけど……こちらで貴女が泣いているのが気になりまして……あの、これどうぞ」

 綺麗めのハンカチを差し出した。
 女性は「ありがとう」と小声で頷き、私のハンカチを受け取って涙を拭く。涙を拭きながらしゃくりあげて泣く女性はよっぽどの事があったんだろう。

「ごめんなさい……恥ずかしい所を見られてしまいましたわ。ハンカチありがとう。後日、新しいのを用意させてお返ししますわ。最高級の素材を使った今流行りのシルクのハンカチを」
「さ、最高級……ですか。あーいや、あの、別に返さなくて大丈夫です」

 ただの安物のハンカチ程度に大げさだ。

「あら、最高級の素材を使ったレースとシルクの可愛らしいものをご用意しようと思うのですけど、それじゃあお気に召さないかしら?」
「そ、そういうわけではないのですけれど、間に合ってますので大丈夫です」

 女性はポカーンとしている。

「あなた、変わっていますわね。平民で最高級と聞いたら誰でも欲しがり、嬉しそうにするのですけど……。では、最高級のストールにいたしましょう。どう?これならあなたもさすがに嬉しいでしょう。国一番の職人に作らせるストールですから皆とっても欲しがるの。今若い女性貴族の間で大ブームですのよ」
「は……はぁ……」

 いつの間にかハンカチから飛躍している。そもそも最高級とかそういうの興味ないし、ぶっちゃけいらない。って貴族相手に不敬にあたるのではっきり言えないが。

「いや、本当に結構ですよ。ただ、私はごく当たり前の事をしただけなんでお気になさらず」

 そう笑顔で返すと、なぜかまた女性はポカンとした顔で驚いている。

「……やっぱり、あなたは変わっていますわ」
「そうですかね……?」

 貴族の間では私の行動は変わっているのだろうか。平民の田舎者だしな。

「ですが、そこまで言うのであればわたくしは何も致しませんわ。せっかくの人の好意を蔑にするなんて貴女は罪な人。それでは社交界では生き残れませんわよ」
「…………」

 この人ってちょっとズレているのだろうか。社交界の事はよくわからないが、平民に社交界もクソもないんだけど。世間知らずな人?

「でもあなたのハンカチで慰められたのも事実。せめて話し相手にはなって頂戴」
「話し相手ですか……」
「わたくし、さっき大変不幸な事がありましたの。小さい頃から好きだった殿方にフラれてしまいましたの。大好きな方だったのに……」
「そうなんですか」

 だからそんな悲しそうに泣いていたのか。失恋はたしかに悲しいよね。私もノア君にフラれたら一か月は泣いて引きずってそうだなとか想像する。

「その方は仕草も行動も流麗で、手足が長くて、身長も高くて、眉目秀麗なハンサムで、頭脳明晰な所はもちろん、帝国軍人最強の男といわれている陸軍大佐を破るくらいとってもお強いの。その方はもうお分かりの通りアラン皇太子殿下なのよ」
「え……」

 私は驚きに固まった。この人がノア君の婚約者!?

「そりゃあ驚きますわよね。あんな美しく気高い方からフラれたんですもの。まあ、フラれても当然ですわ。あの方をお慕いしている方は私以外に何千何万という女性がいらっしゃいますもの。あの方からすればわたくしはただのお飾り。女性達からの妬みや反感を抱かれてもしょうがないですわ。だけど、私……小さい頃からずっと……本当に大好きだったの。大好きでずっとずっとアラン様だけを想っていたの。でも……あの方は勝手に婚約者にされた事をとても怒っていて……まあ、それはわたくしが無理やり新聞記者にそう書かせたのが悪いのですけれど、女性がとても苦手でいらっしゃったようで、今まで私といるのが辛かったみたいなの。だから、子供なんて作れないから諦めてくれって。新しい男性を紹介すると言って……私の前から消えていかれました」

 女性は再び涙ぐみ、何度も何度もハンカチで涙を拭っている。

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