De re Birth

YUKIKA

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会いたいあなたへ

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「こちらへどうぞ。」
 転生した魂を自分の元へ導く、それが今の彼女の仕事になっている。
「ありがとう、エリ。そしてこんにちは、私はこの世界の管理をしているリィと申します。貴方のカギを見せていただけますか。」
 見た目5歳くらいの子供であるエリが、手を引いて案内してくれたのは、腰は曲がっているが、優しいまなざしと、整えられた白髪に上品さを感じさせる人だ。
「こんにちは、お嬢さん。連れてきてくれてありがとう、カギとはこれのことかしら。」
 手に握られているのは真珠の輝きが美しい指輪。それを受け取り確認して手渡す。
「これは、ずっと昔に亡くなった夫からもらった物で、でもいつの間にか失くしてしまったの。まさかまたこうして手にできるなんて思ってもみなかった。嬉しいわ。」
「そうなんですね。この指輪の力があなたをここに呼び寄せてくれました。」
「それでここはどこでしょう。どこも痛くない、苦しくないということは、死んでしまったのかしら。」
 少し首をかしげて、でも慌てる様子もなく尋ねられた、きっとこの人は生を全うされた人なのだとわかった。
「こちらは転生界、間の世界です。あなたは現世の生を終えて、こちらの世界へ生まれ変わったのです。次の生に向かう準備をするために。」
 そう、とだけつぶやいて今来た方向を振り返る。
「さよならを、言えなかったわね。」
「これから滞在先へご案内します。道すがら、お話をしていただけませんか。」
「えぇ、聴いてもらえると嬉しいわ。」
 細められたまなざしはどこか遠くを見ていて、その表情はとても穏やか。
「私にも教えて。」
「ええ、ぜひ。」
 エリに合わせて腰をかがめるところ、きっと子供を愛している人なんだとわかる。
 そうして、織江さんを彼女の街へと導く。
「私の生まれた時代は、まだ戦争をしていてね、夫もその時に南の戦地へ送られて、そこで亡くなったの。でも、遺骨として送られてきたのは小さな骨のかけらが一つと、彼が付けていった指輪だけ。その指輪が彼である証拠だった。」
 この空間は時間の概念がないから、いろんな時代の方が転生してくる、この方が亡くなったのは先の大戦からもうかなりの年月が経っていて、当時を知る人もかなり少なくなった時代。
「あの人ね、戦地に向かう前に『私の3倍生きてください、そしてこの子供たちや孫たちの話をあの世でお聞かせください』って言ったの。そんな縁起でもないことって思ったわ。」
「3倍って長いですね。」
「疲れたー。」
「ああ、ずいぶん歩かせてしまいましたね、おいで。」
エリを抱き、また歩く。
「でも、彼はその時30歳だったから3倍というと90歳。でも私が死んだのは93歳よ、意外何とかなるものね。」
「そんなに若くして、大変でしたでしょう。女性一人で、お子さんを抱えて生きるのは。」
 赤いストールが吹かない風になびいて、もと来た方向を指し示している、まるで過去への回帰を促すように。
「そうね、決して楽ではなかった、子供たちにもたくさん苦労をさせて、我慢もさせた。それでも、まっすぐ育ってくれて、それぞれの幸せを見つけてくれたのが私には嬉しかった。」
 そして見えてくる街並み、にぎやかなバザールから一筋入ったところにある一軒家。瓦ぶきの平屋で、縁側には風鈴が揺れている。
「さあ、着きました。次の旅に出る準備ができるまではこちらをお使いください。」
「まあ、私が若いころに過ごした家にそっくりね、懐かしいわ。空襲で焼けてしまったけど。」
 うきうきしながら、玄関を開けても迎える者は誰もいない。誰かが通り過ぎたような風が土間を吹き抜けて、脇をすり抜けていった。
「やっぱり、一人なのね、ここにはいつまでいなきゃいけないのかしら。」
 寂しげな瞳。小さな、ため息。
「はい、準備というのは心の準備と言いますか、魂の準備です。次の生を得て現世へ降りられる状態になれば、自然にわかります。何かお困りのことがあればバザールの主人にお尋ねください。」
 そう言ってエアについて説明して地図を渡した。
「わかったわ。ご親切にありがとう。ねえ、今、少し時間がありますか。」
「大丈夫ですよ、転生された方のお話を聞くのも仕事のうちですし。」
「じゃあ、お茶をお出しするわ、エリさんはこちらへどうぞ。」
 慣れた家と同じと理解してくれたのだろう。縁側に近い和室にござを出して眠ってしまったエリにタオルケットをかけ、お茶を淹れてくれた。爽やかな香りのするそれをひと口含み、ふうと息をつくと語り始めた。彼女の物語の結末を。
「90歳を過ぎたときからいつお迎えが来てもいい、早く迎えに来てほしいと思っていた。息が苦しくても、胸が痛くても、終わりが近いと思えばつらくはなかった。あの人へ近づいている気がしたから。」
「そうなんですね、多くの方々は死をつらいものと考えて、受け入れることに多くの時間を費やすのですが、織江さんはお強いですね。」
「ふふっ、強くなんかないよ、今はここにいることがとても怖い、ここで、ひとりでずっと過ごすと考える方がよっぽど。」
 湯呑みをぎゅっと握りしめる手は少し震えていて、内側に涙が落ちていった。縁取りがにじんだ彼女の瞳を見つめる、その面差しはもう若い女性だった。
「慰めるわけではないのですが、ここでは縁が強い力を持ちます。あなたが旦那さんと過ごした最後の家が用意されていたということは、きっとその力が働いています。だから、時が来れば巡り合うことを信じてください。」
「、この世界を案内してくださったあなたの言うことなので、信じるしかないでしょうね。」
 歪んだ笑みに、納得しきれていない気持ちがにじむ。
「それより、最期まで聞かせてください。それで今日の案内はおしまいです。」
「そうなのね。では、」
 そうして語ってくれた続きは、多くの子や孫ひ孫に囲まれて充実した晩年、訪問看護で来た人に、帰り際「明日も来てね」と言って言葉が最後で、眠るように来てしまったこと。
「お世話になった人たちにさよならも、ありがとうもいえなかった。でも、きっとわかってくれると思うわ、優しい子たちだったもの。」
「あなたの気持ちは、一番近い人たちには届いていますよ。大丈夫です。」
 ごそっ。
 ちょうど話もひと段落着いたところでエリが目を覚ます。
「エリ、薄くなっていますよ。」
「ん、本当だ。」
 枕もとのカバンからピンクの水筒を取り出して、ひと口口をつける。すると気配が濃くなって、エリが実体化する。
 この子の存在は時間の経過と一緒に蒸発というか拡散していく。特異点はもともと存在しえないものだから大気に溶けていくのだ。それをつなぎとめるために、この世界のモノを摂取している。一番効果が高く手軽なのが、エアの庭にある井戸からくみ上げたこの水だった。
 核の近くからくみ上げているから、世界の気に満ちているのだろう。ちなみに私が飲むと、お腹をこわす。
「お話も終わりましたし。帰りますよ。」
「えー。聞きたかった。」
「また来ましょう、この方もお疲れです。お休みいただきたいので。」
 まだ納得のいかないエリの手を取り、帰り支度を始めながら、
「しばらくは様子を見に来させていただきます。気になることや不安なことは何でも教えてください。あなたがここで快適に暮らせますように、そして、新しい生への準備が滞りなく進みますようにお手伝いいたします。」
「お姉さん、バイバイ。今度はエリにもお話を聞かせてね。」
「ええ、いっぱい遊びましょう。」
 エリの頭を優しくなでて、そうして、私に深々とお辞儀して。
「これからお世話になります。」
 そうして、彼女の新しい生活が始まった。彼女の縁を手繰り寄せる生活が。

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