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きらびやかなシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床や招待客の宝石に反射して、ホール全体を星空のように満たしている。人々が奏でる楽しげな喧騒の中、セレスティーナはまるで自分だけが音のない世界にいるかのように、その片隅にひっそりと佇んでいた。継母のファリスと義妹のクラリッサに無理やり着せられた、流行遅れの地味なドレスは、彼女の心をさらに重く沈ませる。刺繍もレースも乏しいそのドレスは、華やかな夜会において、彼女の存在を意図的に色褪せさせているようだった。
「セレスティーナ、いつまでそんな隅で壁の花になっているつもり? 少しは愛想よくして、ユーリウス様の目に留まるように努力なさいな」
ファリスの棘を含んだ声が、セレスティーナの思考を現実に引き戻す。その隣では、最新のデザインの豪奢なドレスをこれ見よがしに着こなしたクラリッサが、扇で口元を隠しながら、あからさまな軽蔑の笑みを浮かべていた。セレスティーナはせっかく保っていた平静を壊されたことに苛立ちを感じて、乱入者である身内二人を静かに見返した。
「申し訳ありません、お母様。ですが、わたくしにはこの場の華やかさに馴染むのは少し難しいようですわ」
「ふん、だから地味だと言われるのよ。その根暗な性格が服装にも表れているわ。いいこと、今日はユーリウス様の誕生日を祝う大切な夜会。くれぐれもヴァイスリング子爵家の皆様に恥をかかせないようにね」
(今まで散々、わたくしに恥をかかせてきたのはどちらでしょう……)
心の中で毒づくが、声には出せない。セレスティーナは唇を噛みしめ、「はい」と小さく頷いた。父亡き後、傾き続けるクレイヴァーン伯爵家にとって、ヴァイスリング子爵家との婚約は最後の命綱なのだ。その事実が、重い枷となって彼女の自由を奪っていた。自分だけを詰る継母に、セレスティーナは心が冷えきっていくのを感じた。
やがて、ひときわ大きな歓声と共に、今宵の主役であるユーリウス・ヴァイスリング子爵子息がホールの中央に姿を現した。銀色の髪に空色の瞳をした、物語の王子様のような美しい青年。彼が優雅に微笑むたびに、周りの令嬢たちから熱っぽい溜息が聞こえてくる。
セレスティーナはそんな彼が、取り立てて目立つところのない自分を婚約者に望んだことに、今でも戸惑いと、ほんの少しの期待を感じていた。ポケットに忍ばせた小さなビロードの包みの感触を、そっと確かめる。それは、彼女がユーリウスの誕生日のために、心を込めて用意した贈り物だった。
(ユーリウス様、喜んでくださるかしら……。わたくしの選んだものの価値を、あの方なら……)
淡い期待を胸に、セレスティーナは人波をかき分けてユーリウスの元へと向かった。彼に気づいた令嬢たちから咎めるような視線を向けられ、足がすくみそうになる。それでも、婚約者として祝いの言葉を述べなければならない。その一心で、彼女は声を震わせながらも、呼びかけた。
「ユーリウス様、お誕生日おめでとうございます」
ユーリウスはセレスティーナに気づくと、一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに完璧な社交用の笑みを浮かべた。
「やあ、セレスティーナ。来てくれたんだね。……その格好、君の慎ましやかさをよく表していて、いいんじゃないか」
その言葉に含まれた微かな侮蔑に、セレスティーナの心臓がちくりと痛む。しかし、ここで波風を立てるわけにはいかない。彼女は精一杯の微笑みを作り、用意したプレゼントを差し出した。
「ささやかですが、お祝いの品です。わたくしが、森で見つけた石を自分で磨いて……」
「ほう、石?」
ユーリウスは好奇心とも違う、値踏みするような光を瞳に宿し、包みを受け取った。彼がリボンを解くと、中から現れたのは、淡い緑色の幽玄な光を内包した美しい蛍石だった。世間的な価値は低いが、セレスティーナの「眼」には、その石が持つ清らかで稀有な魔力の輝きがはっきりと見えていた。
しかし、ユーリウスはそれを一瞥すると、まるで汚いものでも見るかのように顔をしかめ、鼻で笑った。
「なんだ、これは。こんな石ころ、道端で拾ってきたのか?」
彼の嘲笑に、周りの人々の視線が一斉に集中する。セレスティーナはせっかくの贈り物を貶されたことに怒りを感じて、乱入者のような彼の言葉に震える声で反論しようとした。
「違いますわ、これはとても珍しい色合いの……その魔力は清らかで……」
「魔力? そんな目に見えないもので価値が決まるものか。宝石というのは、その輝きと値段で価値が決まるんだ。こんなガラクタを僕に贈るとは、さすがは『石ころしか愛せない地味な女』だな」
そう言い放つと、ユーリウスはこともなげに蛍石を硬い大理石の床へと投げ捨てた。カシャン、と乾いた音がホールに響き渡り、セレスティーナの心までが粉々に砕けたような気がした。静まり返ったホールに、招待客たちの抑えきれない忍び笑いが残酷に広がる。
セレスティーナは震える膝を折り、砕けて散らばった蛍石の欠片を、涙で滲む視界の中、必死に拾い集めた。そのみじめな姿は、出席者たちの憐れみと軽蔑を誘う。追い打ちをかけるように、駆け寄ってきたファリスが「恥知らずな子! ヴァイスリング家のお顔に泥を塗って!」と彼女を責め立てた。セレスティーナは、深い孤独と、魂を削られるような屈辱に打ちひしがれるしかなかった。
「セレスティーナ、いつまでそんな隅で壁の花になっているつもり? 少しは愛想よくして、ユーリウス様の目に留まるように努力なさいな」
ファリスの棘を含んだ声が、セレスティーナの思考を現実に引き戻す。その隣では、最新のデザインの豪奢なドレスをこれ見よがしに着こなしたクラリッサが、扇で口元を隠しながら、あからさまな軽蔑の笑みを浮かべていた。セレスティーナはせっかく保っていた平静を壊されたことに苛立ちを感じて、乱入者である身内二人を静かに見返した。
「申し訳ありません、お母様。ですが、わたくしにはこの場の華やかさに馴染むのは少し難しいようですわ」
「ふん、だから地味だと言われるのよ。その根暗な性格が服装にも表れているわ。いいこと、今日はユーリウス様の誕生日を祝う大切な夜会。くれぐれもヴァイスリング子爵家の皆様に恥をかかせないようにね」
(今まで散々、わたくしに恥をかかせてきたのはどちらでしょう……)
心の中で毒づくが、声には出せない。セレスティーナは唇を噛みしめ、「はい」と小さく頷いた。父亡き後、傾き続けるクレイヴァーン伯爵家にとって、ヴァイスリング子爵家との婚約は最後の命綱なのだ。その事実が、重い枷となって彼女の自由を奪っていた。自分だけを詰る継母に、セレスティーナは心が冷えきっていくのを感じた。
やがて、ひときわ大きな歓声と共に、今宵の主役であるユーリウス・ヴァイスリング子爵子息がホールの中央に姿を現した。銀色の髪に空色の瞳をした、物語の王子様のような美しい青年。彼が優雅に微笑むたびに、周りの令嬢たちから熱っぽい溜息が聞こえてくる。
セレスティーナはそんな彼が、取り立てて目立つところのない自分を婚約者に望んだことに、今でも戸惑いと、ほんの少しの期待を感じていた。ポケットに忍ばせた小さなビロードの包みの感触を、そっと確かめる。それは、彼女がユーリウスの誕生日のために、心を込めて用意した贈り物だった。
(ユーリウス様、喜んでくださるかしら……。わたくしの選んだものの価値を、あの方なら……)
淡い期待を胸に、セレスティーナは人波をかき分けてユーリウスの元へと向かった。彼に気づいた令嬢たちから咎めるような視線を向けられ、足がすくみそうになる。それでも、婚約者として祝いの言葉を述べなければならない。その一心で、彼女は声を震わせながらも、呼びかけた。
「ユーリウス様、お誕生日おめでとうございます」
ユーリウスはセレスティーナに気づくと、一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに完璧な社交用の笑みを浮かべた。
「やあ、セレスティーナ。来てくれたんだね。……その格好、君の慎ましやかさをよく表していて、いいんじゃないか」
その言葉に含まれた微かな侮蔑に、セレスティーナの心臓がちくりと痛む。しかし、ここで波風を立てるわけにはいかない。彼女は精一杯の微笑みを作り、用意したプレゼントを差し出した。
「ささやかですが、お祝いの品です。わたくしが、森で見つけた石を自分で磨いて……」
「ほう、石?」
ユーリウスは好奇心とも違う、値踏みするような光を瞳に宿し、包みを受け取った。彼がリボンを解くと、中から現れたのは、淡い緑色の幽玄な光を内包した美しい蛍石だった。世間的な価値は低いが、セレスティーナの「眼」には、その石が持つ清らかで稀有な魔力の輝きがはっきりと見えていた。
しかし、ユーリウスはそれを一瞥すると、まるで汚いものでも見るかのように顔をしかめ、鼻で笑った。
「なんだ、これは。こんな石ころ、道端で拾ってきたのか?」
彼の嘲笑に、周りの人々の視線が一斉に集中する。セレスティーナはせっかくの贈り物を貶されたことに怒りを感じて、乱入者のような彼の言葉に震える声で反論しようとした。
「違いますわ、これはとても珍しい色合いの……その魔力は清らかで……」
「魔力? そんな目に見えないもので価値が決まるものか。宝石というのは、その輝きと値段で価値が決まるんだ。こんなガラクタを僕に贈るとは、さすがは『石ころしか愛せない地味な女』だな」
そう言い放つと、ユーリウスはこともなげに蛍石を硬い大理石の床へと投げ捨てた。カシャン、と乾いた音がホールに響き渡り、セレスティーナの心までが粉々に砕けたような気がした。静まり返ったホールに、招待客たちの抑えきれない忍び笑いが残酷に広がる。
セレスティーナは震える膝を折り、砕けて散らばった蛍石の欠片を、涙で滲む視界の中、必死に拾い集めた。そのみじめな姿は、出席者たちの憐れみと軽蔑を誘う。追い打ちをかけるように、駆け寄ってきたファリスが「恥知らずな子! ヴァイスリング家のお顔に泥を塗って!」と彼女を責め立てた。セレスティーナは、深い孤独と、魂を削られるような屈辱に打ちひしがれるしかなかった。
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