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セレスティーナが辺境の地に新たな希望を見出し始めていた頃、王都のユーリウスは破滅の淵へと転がり落ちていた。偽のダイヤモンドを掴まされた一件で詐欺に遭い、ヴァイスリング家は一夜にして多額の負債を抱えることになったのだ。もはや、傾きかけた家を立て直す術はない。追い詰められた彼は、最後の、そして最も卑劣な手段に打って出ることを決意し、クレイヴァーン伯爵家を訪れた。
応接室に乗り込んできたユーリウスの顔は青ざめ、その空色の瞳には焦りと自己憐憫の色が醜く浮かんでいた。彼はソファに座るセレスティーナと、その傍らでオロオロと彼の顔色を窺うファリスとクラリッサを睥睨すると、施しを与えるかのような傲慢な口調で言い放った。
「話は聞いているだろう。我が家は今、少しばかり厄介な状況にある。そこでだ、セレスティーナ。これは君にとっても悪い話ではない。君たちクレイヴァーン伯爵家の土地財産を、すべてこちらに譲渡してもらいたい」
そのあまりに身勝手で理不尽な要求に、ファリスとクラリッサが「まあ!」と悲鳴のような声を上げた。しかしユーリウスは、そんな彼女たちの反応など意にも介さず、話を続ける。
「そのすべてを差し出せば、僕は君と結婚してやってもいい。僕の妻になれば、君たちも路頭に迷わずに済むだろう? だが、もしこの慈悲深い要求を断るなら、この婚約は即刻破棄だ。そうなれば、借金まみれの君たち一家に未来はない。わかるな? どちらが賢い選択か」
それは、紛れもない脅迫だった。最後の命綱だと思っていた婚約が、今や首を絞める縄に変わったのだ。ファリスは「そんな……! ユーリウス様、どうかお慈悲を! 私たちはどうすれば……」と泣きつき、クラリッサもそれに続く。
しかし、その混乱の中でセレスティーナだけは、驚くほど冷静だった。彼女の心は、もはやこの男の言葉に揺さぶられることはない。レオとの出会い、アシュトンとの出会いを経て、彼女の中には確固たる自信と、自らの手で切り開くべき未来への道筋がはっきりと見えていた。
(……そう。ユーリウス様は、いつだってこうだわ。自分の都合で、わたくしや、わたくしの家を利用しようとするだけ。彼の輝きは、いつだって誰かから奪った借り物の輝き)
参考小説のミリアベルが、カシアスの身勝手さに気づいた時のように、セレスティーナはユーリウスへの最後のかすかな同情さえも消えていくのを感じた。彼女は、すでにレオとアシュトンの協力を得て、この澱んだ家を出る準備をとうに整えていたのだ。
セレスティーナは静かに立ち上がると、泣きじゃくる継母たちを一瞥し、それから真っ直ぐに、歪んだ優越感に浸るユーリウスを見据えた。その瞳には、かつてのような怯えの色は微塵もなく、ただ冷たい鋼のような光が宿っていた。
「お断りします」
凛とした、しかし氷のように冷たい声が、部屋に響く。ユーリウスは、まるで信じられないものを見たかのように、間抜けな顔で彼女を見た。
「何……だと?」
「その婚約は、こちらから破棄させていただきますわ、ユーリウス・ヴァイスリング子爵子息様」
平坦な声で告げられた言葉に、ユーリウスは一瞬息が詰まった。セレスティーナは、これまで彼が見たこともないような、冷たくも誇り高い笑みを浮かべていた。
「あなた方の、偽りの輝きにはもううんざりですの。わたくしは、自分の力で本物の輝きを見つけます。あなたのように、誰かから奪うのではなく」
「なっ、何を馬鹿なことを言っているんだ君は! 僕と別れたら、君たちには何もないんだぞ! 石ころしかないお前に何ができる!」
「いいえ、何もなかったのは、あなたといた時ですわ。あなたには、わたくしの価値も、石の価値も、そしてご自身の愚かささえも見抜くことはできなかった。ごきげんよう」
セレスティーナの言葉に彼はなぜか深く傷ついた顔をしたが、彼女はこれ以上付き合う気も失せて、立ち尽くすユーリウスをその場に残し、毅然と部屋を後にした。
背後で聞こえるユーリウスの怒声と、ファリスたちの絶望の叫びをBGMに、彼女は一度も振り返ることなく、クレイヴァーン伯爵家の屋敷から、そして偽りの愛に縛られた息苦しい過去から、決然と歩み去るのだった。
応接室に乗り込んできたユーリウスの顔は青ざめ、その空色の瞳には焦りと自己憐憫の色が醜く浮かんでいた。彼はソファに座るセレスティーナと、その傍らでオロオロと彼の顔色を窺うファリスとクラリッサを睥睨すると、施しを与えるかのような傲慢な口調で言い放った。
「話は聞いているだろう。我が家は今、少しばかり厄介な状況にある。そこでだ、セレスティーナ。これは君にとっても悪い話ではない。君たちクレイヴァーン伯爵家の土地財産を、すべてこちらに譲渡してもらいたい」
そのあまりに身勝手で理不尽な要求に、ファリスとクラリッサが「まあ!」と悲鳴のような声を上げた。しかしユーリウスは、そんな彼女たちの反応など意にも介さず、話を続ける。
「そのすべてを差し出せば、僕は君と結婚してやってもいい。僕の妻になれば、君たちも路頭に迷わずに済むだろう? だが、もしこの慈悲深い要求を断るなら、この婚約は即刻破棄だ。そうなれば、借金まみれの君たち一家に未来はない。わかるな? どちらが賢い選択か」
それは、紛れもない脅迫だった。最後の命綱だと思っていた婚約が、今や首を絞める縄に変わったのだ。ファリスは「そんな……! ユーリウス様、どうかお慈悲を! 私たちはどうすれば……」と泣きつき、クラリッサもそれに続く。
しかし、その混乱の中でセレスティーナだけは、驚くほど冷静だった。彼女の心は、もはやこの男の言葉に揺さぶられることはない。レオとの出会い、アシュトンとの出会いを経て、彼女の中には確固たる自信と、自らの手で切り開くべき未来への道筋がはっきりと見えていた。
(……そう。ユーリウス様は、いつだってこうだわ。自分の都合で、わたくしや、わたくしの家を利用しようとするだけ。彼の輝きは、いつだって誰かから奪った借り物の輝き)
参考小説のミリアベルが、カシアスの身勝手さに気づいた時のように、セレスティーナはユーリウスへの最後のかすかな同情さえも消えていくのを感じた。彼女は、すでにレオとアシュトンの協力を得て、この澱んだ家を出る準備をとうに整えていたのだ。
セレスティーナは静かに立ち上がると、泣きじゃくる継母たちを一瞥し、それから真っ直ぐに、歪んだ優越感に浸るユーリウスを見据えた。その瞳には、かつてのような怯えの色は微塵もなく、ただ冷たい鋼のような光が宿っていた。
「お断りします」
凛とした、しかし氷のように冷たい声が、部屋に響く。ユーリウスは、まるで信じられないものを見たかのように、間抜けな顔で彼女を見た。
「何……だと?」
「その婚約は、こちらから破棄させていただきますわ、ユーリウス・ヴァイスリング子爵子息様」
平坦な声で告げられた言葉に、ユーリウスは一瞬息が詰まった。セレスティーナは、これまで彼が見たこともないような、冷たくも誇り高い笑みを浮かべていた。
「あなた方の、偽りの輝きにはもううんざりですの。わたくしは、自分の力で本物の輝きを見つけます。あなたのように、誰かから奪うのではなく」
「なっ、何を馬鹿なことを言っているんだ君は! 僕と別れたら、君たちには何もないんだぞ! 石ころしかないお前に何ができる!」
「いいえ、何もなかったのは、あなたといた時ですわ。あなたには、わたくしの価値も、石の価値も、そしてご自身の愚かささえも見抜くことはできなかった。ごきげんよう」
セレスティーナの言葉に彼はなぜか深く傷ついた顔をしたが、彼女はこれ以上付き合う気も失せて、立ち尽くすユーリウスをその場に残し、毅然と部屋を後にした。
背後で聞こえるユーリウスの怒声と、ファリスたちの絶望の叫びをBGMに、彼女は一度も振り返ることなく、クレイヴァーン伯爵家の屋敷から、そして偽りの愛に縛られた息苦しい過去から、決然と歩み去るのだった。
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