保健室のあのコ

うめめ

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保健室のあのコ

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中原 夢乃(なかはら ゆめの):高校二年生の女子。体が弱く保健室登校をしている。
作間 海斗(さくま かいと):高校二年生の男子。口は悪いがお人好し。

海斗(語り) 五月の連休も明けて、クラスにも慣れ始めた頃。俺はひとり、保健室にいるという隣の席の女子にプリントを届けに行っている。なんでも身体が弱く、保健室登校をしているのだとか。いまだに隣の席の中原夢乃を俺は見たことがない。あーあ、なんで俺がこんな面倒くさいことをしなくちゃいけないんだ。

(SE 保健室の扉が開く音)

海斗 「……あー、中原夢乃はいるか?」

夢乃 「……! どうしました?」

海斗 「いや、そう身構えるなって。ほら、授業で使ったプリントだ」

夢乃 「あ、ありがとう、ございます」

海斗 「…………」

夢乃 「? あの、私の顔に何かついてますか?」

海斗 「悪い、なんでもない。それじゃ」

夢乃 「あ、待ってください……!」

海斗 「どうかしたか?」

夢乃 「あ、あの、私、体が弱くて、保健室登校で……、げほっげほっ」

海斗 「おい、大丈夫か?」

夢乃 「はい、ごめんなさい」

海斗 「いや、無理すんなよ」

夢乃 「あはは……、ほんとに大丈夫なんですよ?」

海斗 「……そうかよ。それで? 何か言いかけてなかったか?」

夢乃 「あ、えと、私、教室に行ったことないから、クラスであった出来事とか、教えてもらえたら嬉しいな……って」

海斗 「なるほどな、わかったよ」

夢乃 「ありがとうございます……! えっと……」

海斗 「ん? ああ、そういえば、名乗ってなかったな。俺は作間海斗だ。よろしくな、夢乃」

夢乃 「夢乃、ですか」

海斗 「あ、悪い、いきなり親しすぎたか?」

夢乃 「いいえ、嬉しいです……!」

海斗 「……! こほん、まず、俺の隣の席が夢乃で……」

 二人は予鈴が鳴るまで話した。

 1週間後、昼休み。

 海斗は、昼休みに保健室に行くことがすっかり習慣となっていた。

海斗 「夢乃、いるか?」

夢乃 「はい、いますよ。今日も来てくれたんですね」

海斗 「ま、まあな。なんか、すっかり習慣になっちまったし、それに、クラスのこと知りたいって言ってただろ」

夢乃 「ふふ、作間くん、なんか言い訳がましいですよ? 本当は、私に会いに来てくれてたりして……?」

海斗 「そうじゃねえよ」

夢乃 「じゃあ、私とは顔を合わせたくないんですか……?」

海斗 「そういうわけでもねえよ」

夢乃 「ふふ、冗談です」

海斗 「夢乃って、案外そういう冗談言うよな」

夢乃 「嫌、でした?」

海斗 「嫌ってわけじゃないけど」

夢乃 「ふふ、なら今後も冗談を言って困らせちゃいます」

海斗 「おいおい、それはやめてくれ」

夢乃 「……今日は、どんな話を聞かせてくれるんですか?」

海斗 「そうだな、今日は、部活の話でもしようか。クラスの話は一通り話したもんな」

夢乃 「部活? 作間くんはなにかやってるんですか?」

海斗 「ああ、俺は、テニス部に入ってるんだ」

夢乃 「テニス? あそこのコートでやってるんですか?」

海斗 「おう。って、ここから見えるのか」

夢乃 「はい、ここから外を眺めるの、結構気に入ってるんですよ」

海斗 「へえ」

夢乃 「ふふ、今度からは放課後のテニスコートも見ますね」

海斗 「グラウンドならまだしも、コートの方はここからだとよく見えないだろ」

夢乃 「作間くんだったらわかります」

海斗 「なんだそりゃ。まあ、夢乃とまともに会話してるの、俺くらいだしな」

夢乃 「……それだけじゃ、ないんですけど、ね」

海斗 「なんか言ったか?」

夢乃 「え、あ、ううん、なんでもないですよ」

海斗 「っと、部活の話だったよな」

夢乃 「う、うん」



 一週間後。夢乃は、徐々に教室に顔を出すようになってきた。

夢乃 「わあ、屋上、初めてきました……!」

海斗 「連れてきておいてなんだけど、体の方は大丈夫か?」

夢乃 「はい、大丈夫です! ほら跳んだりできますよ」

海斗 「お、おい……!」

夢乃 「ふふ、困っちゃいました?」

海斗 「困るというより、心配だ」

夢乃 「ごめんなさい……」

海斗 「それで、教室には慣れたか?」

夢乃 「うん、事前に作間くんから話は聞いてたから」

海斗 「ああ、そうだったな」

夢乃 「……作間くんのおかげですよ、私が教室に行こうって思えたのは」

海斗 「それならよかった」

夢乃 「ねぇ、作間くん、私、私ね、作間くんのこと……」

海斗 「ん? なんだよ?」

夢乃 「私、作間くんのこと、……げほっげほっ」

海斗 「お、おいっ! 大丈夫か!?」

夢乃 「……はい、大丈夫ですっ。げほっげほっ」

海斗 「いや、大丈夫には見えねえよ!」

夢乃 「ほんとに、大丈夫、ですよ……。うぅ……」

(SE 夢乃が倒れる音)

海斗 「あ、おい、夢乃! 夢乃、しっかりしろ!」

夢乃 「はあっ、あっ、はあ……っ」

海斗 「夢乃! 今、先生呼んでくるからな!」



 その後、夢乃は病院に運ばれ、そのまま入院することとなった。

 翌日、夢乃の病室。

海斗 「夢乃、大丈夫か……?」

夢乃 「……あ、作間くん……、来てくれたんですね」

海斗 「まあな、俺にも責任はあると思うから」

夢乃 「え、そんなこと、ないよ……! げほっげほっ」

海斗 「おい、無理すんなって」

夢乃 「う、うん、ありがとう」

海斗 「体調の方は、どうなんだ? ……まあ、入院してるんだから、それなりに悪いんだろうけど」

夢乃 「あ、うん、結構入院しなくちゃいけないみたいで……」

海斗 「そうなのか? どれくらいになるんだ……?」

夢乃 「あ……、はは、一ヶ月とか、もしかしたらもっと長くなるかもしれないです」

海斗 「そうか……」

夢乃 「うん……」

海斗 「…………」

夢乃 「……私、高校、辞めようと思っていて」

海斗 「え? いや、お前……」

夢乃 「高校に行かなくても、高校卒業の資格は取れるみたいですし……」

海斗 「だけど、せっかく教室に慣れてきたってのに」

夢乃 「いいんです。学校に行って、また倒れでもしたら、皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれないですし……。もう、高校を辞める決心は着いたので……」

海斗 「……だったら、なんでそんな顔をしてるんだよ」

夢乃 「え……? あれ?」

海斗 「本当は、高校辞めたくないんだろ?」

夢乃 「そ、そんなこと、ないです。お父さんに言われました。高校に行くことだけが人生じゃないって……。私、もう決めたんですから」

海斗 「高校に行かなくても、卒業資格は取れる? 高校に行くことだけが人生じゃないって言われた? 夢乃は、夢乃自身はどう思ってるんだよ」

夢乃 「私は……! 高校、辞めますよ。ただでさえ迷惑をかけてしまうのに、わがまま、言ってられないですよ」

海斗 「夢乃は、それで後悔しないのか?」

夢乃 「後悔……?」

海斗 「それに、夢乃がこのまま高校を辞めたら、悲しむヤツもいるしな」

夢乃 「そんな、私、今まで保健室登校でしたし、悲しむ人なんて……」

海斗 「おい、少なくとも、ここに一人いるだろ」

夢乃 「え、それって……」

海斗 「……い、言わせんなよ?」

夢乃 「……ふふっ、確かに、後悔、しますね……」

夢乃 「……私、高校辞めたくありませんっ……!」

海斗 「言えたじゃねえか」

夢乃 「……はい。それと、高校でやりたいこと、できましたし……」

海斗 「なんだよ、やりたいことって」

夢乃 「ナイショ、です……!」

海斗 「そうかよ。ならせめて、そのやりたいことができるように祈ってるよ」

夢乃 「そうしてください……!」

海斗 「……!」

海斗 (俺は、思わず見惚れてしまった。吹けば消えてしまいそうな彼女の微笑みだが、そこには確かな芯があった)

夢乃 「……どうしました? 作間くん」

海斗 「……え、あ、悪い。ぼーっとしてた」

夢乃 「大丈夫ですか? 作間くんもどこか悪いんですか?」

海斗 「そ、そんなことはないはずだ……!」

夢乃 「本当ですかー? もしどこか悪かったら、私と一緒に入院ですね」

海斗 「魅力的なお誘いだけど、俺は夢乃にクラスであった出来事を教える役目があるからな。入院なんてできないよ」

夢乃 「作間くん……、はい、楽しみにしてますね」

海斗 「ああ。それと、退院したら、夢乃のやりたいこと、一緒にやろうぜ」

夢乃 「え? はい……!」



 夢乃が退院するまで、二ヶ月半かかった。学校はすでに夏休みに入っていた。しかし夢乃は、補修のため登校していた。

 昼、屋上。

夢乃 「……ふう」

海斗 「せっかく退院したのに、補修漬けなんてな」

夢乃 「作間くん? どうしてここに……」

海斗 「いや、部活終わって、部室のカギを職員室に返しに行ったら、屋上に向かう夢乃を見かけたからさ」

夢乃 「そうなんですか」

海斗 「午後からも補修か?」

夢乃 「はい」

海斗 「病み上がりなのに大変だな」

夢乃 「いえ、退院してから、なんだか体調が良くって」

海斗 「そうなのか? だとしても、無理は禁物だ」

夢乃 「はい、そうですね。ふふ、やっぱり、作間くんは優しいです」

海斗 「…………」

夢乃 「だって、作間くんは私が入院してる間、何度もお見舞いに来てくれました」

海斗 「それは、俺の役目を果たしたまでだ」

夢乃 「だとしても、です……!」

海斗 「……。そういえば、退院して学校でやりたいことがあったんだよな? それってなんなんだよ」

夢乃 「……言っても、いいんですか?」

海斗 「ああ、言わなきゃわからないだろ」

夢乃 「恋愛、です……!」

海斗 「そ、そうか。ってことは、好きな人いるんだよな?」

夢乃 「……はい。作間くん、言ってくれましたよね。私のやりたいこと、一緒にやろうって」

海斗 「お、おう、この場合、一緒にやるっていうより手伝うって方が合ってる気はするけどな」

夢乃 「……いいえ、一緒にやる、で合ってますよ。というより、合っていて欲しい、です」

海斗 「え? おい、それって……!」

夢乃 「……作間くん、好きです」

海斗 「……!」

夢乃 「私、作間くんがいなかったら、もっと早く高校を辞めていたかもしれませんでした。でも、作間くんのおかげで学校の面白さを知れました。保健室にいたときも入院してたときも、作間くんは優しくしてくれました」

夢乃 「……作間くん、私と……!」

海斗 「……夢乃、そこからは俺に言わせてくれないか?」

夢乃 「……! はい」

海斗 「……最初は、なんで俺が不登校の相手をしなきゃいけないんだ、って思ってた。でも、俺の話を一生懸命聞いてくれる夢乃に、どんどん惹かれていった。さっき、夢乃に好きな人がいるって聞いたとき、正直、その好きな人に嫉妬した。それまで、自分の気持ちになんて、気づいてなかった」

海斗 「……夢乃、俺も夢乃が好きだ。俺と、付き合ってくれ……!」

夢乃 「はい……!」

END
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