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はじめての作曲依頼
食事と初夜
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召使いの食事は主人が起きるよりも先に済ませることが通例。
しかしシュバルツカッツェ家は現当主の意向で主人も召使いも同じ時間同じテーブルを囲んで食事することになっている。なお席は自然と地位の高い人間がクッカー(ストーブ)の近くに座る。
フォルテとアレグロがキッチンにたどり着くと長机の上にパンと色彩豊かな具材が並んでいた。この日の朝食はホットドッグ。テーブルの上には細長いパンとソーセージ、マスタード以外にもレタス、茹で卵、海老、サラミ、アボカドと豊富。
「準備はほぼ整っております。あとはお茶のみなんですが」
「お茶でしたら私が淹れましょう」
アレグロが名乗り出る。
「そうしていただけると大変助かります。お湯は沸いておりますので」
恐縮しながらお辞儀する。
「ピアニーはまだお茶を淹れるのが下手だからな」
フォルテはあざ笑う。ちなみに彼はピアニーよりもお茶淹れが上手。
ピアニーは瞬発的に感情的に言い返そうと思ったが、ふと彼の頭が目に入る。
(やだ、ぼっちゃま……寝ぐせがそのまま……!)
乱れた心を安らかにし、
「……ふふ、おぼっちゃまったら」
余裕たっぷりに微笑み返す。
「な、なんだ……不気味だな……」
首を傾げながらもフォルテは自分の席に座る。
「ぼっちゃまの分は私がお作りしましょうか」
「いや、自分でやる。ホットドッグを作るのは楽しいからな」
お茶が淹れ終わる前に完成させようと切れ目が入ったパンを手に取る。
切れ目に指をかけて、がばりと開くと、
(あ、これは……)
一週間前の初夜を思い出す。切れ目があの時の割れ目と被る。
フォルテは手に取ったパンを皿に置く。
「ピアニー。やっぱりお前に任せる」
「急な心変わりですね。どうしたんですか? 心なしか顔が赤く見えますよ?」
「なんでもない。平気だ」
「どうして顔をそらされてるんですか?」
「なんでもないから、早く作ってくれ」
「……なんだか釈然としませんがかしこまりました。オーソドックスにソーセージとマスタードでよろしいですか、ホットドッグだけに」
ピアニー、ドヤ顔。
「……ああ、それでいい」
フォルテ、呆れ顔。
「紅茶ができましたよ」
アレグロ、笑顔。
「先にいただくぞ」
「どうぞどうぞ」
フォルテはホットドッグを端からかじりつく。衣服にマスタードや肉汁が垂れないように顎の下で手のひらを上に向ける。
「うん、うまい」
ジューシーな肉のうまみが口いっぱいに広がる。ボイルしたソーセージであり、歯ごたえがしゃきっとしている。茹で加減も絶妙。
「それはよかったです」
ピアニーはフォルテの反応、感想を確認するとほっと胸を撫で下ろし笑顔を浮かべる。
「ピアニー様は本当のお料理が得意ですな」
アレグロは料理の腕を褒めながら自分の分とピアニーの分の紅茶をティーカップに注ぐ。
「得意と呼べるほどではありません。簡単なものができる程度です。味のほうもまだまだですので」
「そうか? 俺は毎朝これでも飽きないくらい美味いと思うぞ」
フォルテは無意識に絶賛しながらホットドッグの最後の一切れを丸呑みする。
「そうですか。そう言っていただけると……作り甲斐があります」
そういった意図はないとわかりながらも口説き文句に聞こえてしまい顔が赤くなる。
「それよりもピアニー。食欲がないのか?」
フォルテはピアニーの皿を覗く。
パン一個にレタス一枚と茹で卵一個とかなり控えめ。
「……働かせてもらっているのに朝からこんな豪華なご馳走まで頂くのが申し訳なくて。故郷でも誕生日の朝でもこんなご馳走は用意されませんでしたので」
「ピアニー様、遠慮はいけません。我々従者は体が資本。たくさん食べて体力を蓄えるのも仕事でございます」
「アレグロの言う通りだ。メイドが痩せさせて倒れでもしたら貴族の名折れ。食欲があるんだったらちゃんと食え」
「あの、その、ですが」
「ええい、じれったい。これは主人からの命令だ。拒否権はない。お前に特に足りないのは肉だ、肉。俺のソーセージを食え」
ボイルした後に焼き目を入れたソーセージをフォークで刺し、ピアニーの顔の前に突き出す。
「ふぉ、フォルテ様のソーセージですか!!?」
一週間前の初夜を思い出す。ソーセージがあの時のソーセージと被る。
ピアニーの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
「何をしてる。早く食べろ」
フォルテは何もわかっていない。
「ほっほっほ。若いですなぁ」
アレグロは気づきながらも何も言わず、笑うだけで紅茶を飲む。
「えと、あの、その……!」
ピアニーは耐え切れず皿を差し出す。
「こ、ここにください! ぼっちゃまのフォークを齧るのは衛生的によろしくないと思いますので!」
「ふむ、そういうことか。俺は気にしないんだがな、まあそういうことなら」
フォークを使ってソーセージを皿に落とす。
「ありがとう、ございます……」
ピアニーは自分のフォークでソーセージを刺す。
しばらくソーセージとにらめっこしてから意を決し、目を閉じてかぶりついた。
「……たいへん、おいしゅうございます」
真っ赤になる顔を両手で覆い隠す。
「そうか、そうか。それはなによりだ」
「ほっほっほ。若いですなぁ」
和やかな空気に包まれていると、
「ヒヒーーン!!!」
外から馬の鳴き声。
「ご来客でしょうか」
「いや、この時間帯、この鳴き声は」
「手紙が届いたのでしょう」
耳を澄ますと馬車の車輪の音が遠ざかっていくのが聞こえる。
「それでしたら私、すぐに取ってまいります」
「頼む。俺の手紙は机の上に置いておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
しかしシュバルツカッツェ家は現当主の意向で主人も召使いも同じ時間同じテーブルを囲んで食事することになっている。なお席は自然と地位の高い人間がクッカー(ストーブ)の近くに座る。
フォルテとアレグロがキッチンにたどり着くと長机の上にパンと色彩豊かな具材が並んでいた。この日の朝食はホットドッグ。テーブルの上には細長いパンとソーセージ、マスタード以外にもレタス、茹で卵、海老、サラミ、アボカドと豊富。
「準備はほぼ整っております。あとはお茶のみなんですが」
「お茶でしたら私が淹れましょう」
アレグロが名乗り出る。
「そうしていただけると大変助かります。お湯は沸いておりますので」
恐縮しながらお辞儀する。
「ピアニーはまだお茶を淹れるのが下手だからな」
フォルテはあざ笑う。ちなみに彼はピアニーよりもお茶淹れが上手。
ピアニーは瞬発的に感情的に言い返そうと思ったが、ふと彼の頭が目に入る。
(やだ、ぼっちゃま……寝ぐせがそのまま……!)
乱れた心を安らかにし、
「……ふふ、おぼっちゃまったら」
余裕たっぷりに微笑み返す。
「な、なんだ……不気味だな……」
首を傾げながらもフォルテは自分の席に座る。
「ぼっちゃまの分は私がお作りしましょうか」
「いや、自分でやる。ホットドッグを作るのは楽しいからな」
お茶が淹れ終わる前に完成させようと切れ目が入ったパンを手に取る。
切れ目に指をかけて、がばりと開くと、
(あ、これは……)
一週間前の初夜を思い出す。切れ目があの時の割れ目と被る。
フォルテは手に取ったパンを皿に置く。
「ピアニー。やっぱりお前に任せる」
「急な心変わりですね。どうしたんですか? 心なしか顔が赤く見えますよ?」
「なんでもない。平気だ」
「どうして顔をそらされてるんですか?」
「なんでもないから、早く作ってくれ」
「……なんだか釈然としませんがかしこまりました。オーソドックスにソーセージとマスタードでよろしいですか、ホットドッグだけに」
ピアニー、ドヤ顔。
「……ああ、それでいい」
フォルテ、呆れ顔。
「紅茶ができましたよ」
アレグロ、笑顔。
「先にいただくぞ」
「どうぞどうぞ」
フォルテはホットドッグを端からかじりつく。衣服にマスタードや肉汁が垂れないように顎の下で手のひらを上に向ける。
「うん、うまい」
ジューシーな肉のうまみが口いっぱいに広がる。ボイルしたソーセージであり、歯ごたえがしゃきっとしている。茹で加減も絶妙。
「それはよかったです」
ピアニーはフォルテの反応、感想を確認するとほっと胸を撫で下ろし笑顔を浮かべる。
「ピアニー様は本当のお料理が得意ですな」
アレグロは料理の腕を褒めながら自分の分とピアニーの分の紅茶をティーカップに注ぐ。
「得意と呼べるほどではありません。簡単なものができる程度です。味のほうもまだまだですので」
「そうか? 俺は毎朝これでも飽きないくらい美味いと思うぞ」
フォルテは無意識に絶賛しながらホットドッグの最後の一切れを丸呑みする。
「そうですか。そう言っていただけると……作り甲斐があります」
そういった意図はないとわかりながらも口説き文句に聞こえてしまい顔が赤くなる。
「それよりもピアニー。食欲がないのか?」
フォルテはピアニーの皿を覗く。
パン一個にレタス一枚と茹で卵一個とかなり控えめ。
「……働かせてもらっているのに朝からこんな豪華なご馳走まで頂くのが申し訳なくて。故郷でも誕生日の朝でもこんなご馳走は用意されませんでしたので」
「ピアニー様、遠慮はいけません。我々従者は体が資本。たくさん食べて体力を蓄えるのも仕事でございます」
「アレグロの言う通りだ。メイドが痩せさせて倒れでもしたら貴族の名折れ。食欲があるんだったらちゃんと食え」
「あの、その、ですが」
「ええい、じれったい。これは主人からの命令だ。拒否権はない。お前に特に足りないのは肉だ、肉。俺のソーセージを食え」
ボイルした後に焼き目を入れたソーセージをフォークで刺し、ピアニーの顔の前に突き出す。
「ふぉ、フォルテ様のソーセージですか!!?」
一週間前の初夜を思い出す。ソーセージがあの時のソーセージと被る。
ピアニーの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
「何をしてる。早く食べろ」
フォルテは何もわかっていない。
「ほっほっほ。若いですなぁ」
アレグロは気づきながらも何も言わず、笑うだけで紅茶を飲む。
「えと、あの、その……!」
ピアニーは耐え切れず皿を差し出す。
「こ、ここにください! ぼっちゃまのフォークを齧るのは衛生的によろしくないと思いますので!」
「ふむ、そういうことか。俺は気にしないんだがな、まあそういうことなら」
フォークを使ってソーセージを皿に落とす。
「ありがとう、ございます……」
ピアニーは自分のフォークでソーセージを刺す。
しばらくソーセージとにらめっこしてから意を決し、目を閉じてかぶりついた。
「……たいへん、おいしゅうございます」
真っ赤になる顔を両手で覆い隠す。
「そうか、そうか。それはなによりだ」
「ほっほっほ。若いですなぁ」
和やかな空気に包まれていると、
「ヒヒーーン!!!」
外から馬の鳴き声。
「ご来客でしょうか」
「いや、この時間帯、この鳴き声は」
「手紙が届いたのでしょう」
耳を澄ますと馬車の車輪の音が遠ざかっていくのが聞こえる。
「それでしたら私、すぐに取ってまいります」
「頼む。俺の手紙は机の上に置いておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
応援ありがとうございます!
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