竜宮島の乙姫と一匹の竜

田村ケンタッキー

文字の大きさ
15 / 99

本腰

しおりを挟む
 ばあやはスイカと食器を片付けに台所へ下がる。
 竜の間には竜之助と乙姫の二人きりになる。

「どうだった、竜之助よ」

 唐突に乙姫が切り出す。

「どれも素晴らしかったですよ」

 竜之助はそう答えた。

「それではどれが素晴らしかったのかわからないではないか」
「だったらそうともっとわかりやすく質問をしてくださいよ。だけどまあ、どれも素晴らしかったですよ。料理も、建物も、自然も、人も」
「……そうか、島外のお前にも気に入ってくれたのなら重畳だ」

 心から満足そうに微笑む。胸をなでおろしたように見えた。

「あ、でも、気に食わない点が一つ」
「ん、なんだ?」
「浦島の野郎はやっぱ気に入らねえ」
「まだ気にしているのか……私としては二人には仲良くしてもらわねば困るのだが」
「なんで俺があいつと仲良くしなければならないんですか?」
「……それは……だな……」

 その時、すっーと滑らかな音を立てて襖が開く。

「姫様、ただいま戻りました」
「……ばあやも揃ったことだ。そろそろ腹を割って話をするとしよう」

 正座しなおし背筋を伸ばす。

「俺としてはずっと腹を割ってお話してたつもりなんですがね」

 変わらず胡坐をかき、腿の上に肘をつく。

「ははは、それは礼儀を欠いてしまったな」
「姫様、謝ることはありません。あなたはこの島を守る当主。軽々しく頭を下げてはなりませぬ」

 ばあやが口元は笑っていたが垂れた瞼の向こうで目を光らせている。

「そうそう、ばあやさんの言うとおりだ。それよりもだ、さっさと話を進めようぜ。俺は短気ではないがまどろっこしいのは苦手なんだ。いろいろと気になってしょうがなかったが、なのにずっと聞く機会を待っていたんだぜ。ようやく話してくれるんだな」
「ああ、待たせてしまったな。ではまずは何が知りたい。答えられる範囲で答えよう」
「……それじゃあまず手始めに……」

 何事も始めが肝心。人付き合いも挨拶からという。失礼のないように当たり障りのないように。

「お姫さん、今、恋人はいるのかい」

 ばあやの首が素早く竜之助を向く。おかめのような顔をしているが拳を乾いた雑巾から一滴の水でも絞るかのように強く握っている。
 一方で乙姫はたおやかに答える。

「いない。今まで一度もな。だが将来、竜宮島のためにも島外の権力者と結婚することになるだろうとは薄っすらと思っている」
「おっと、思いの外真面目な返答が来てしまったな。生娘だからもっと顔真っ赤にするもんだと思っていた」
「竜之助とやら。空気を読めぬのか? 姫様は大事な話をしようとしているのだぞ」
「すまねえな。まどろっこしいのと同じくらい堅苦しいのも苦手なんだ。だがそうだな。見て分かるようにお姫さんは真剣そのもの。俺も同じ心にならなければ不作法というもの」

 竜之助も胡坐をやめ正座になり、背筋を伸ばす。

「それでは初めからやり直させてもらって……単刀直入に聞こう、俺は殺されるのか?」

 手枷を胸の前に見せ、左右に引っ張る。キシンと頑丈で重厚な金属音が鳴る。

「……どうしてそう思うんだ?」

 乙姫は首を傾げる。殺気も隠す気配もない。まるで想定していない質問をされたようだった。

「俺も聞きかじった話だが、遥か遠い北の地の異民族の話だ。熊を神の使いだと信仰していて、母親とはぐれてしまった熊を捕まえて檻に閉じ込めながらも餌をやり育てるらしい」

「熊……すまない、熊とはなんだ」
「そうだった、この島の人間は熊を知らないんだった。熊と言いますのはね……改めて質問されると説明しづらいもんだな。ありゃイタチの仲間か? それとも犬か? 狐か?」
「……大きなタヌキのような生き物です。ただし北に行くほど図体は大きくなり、人をも標的にするようになる凶暴な生き物です。確かにこの者の言う通り、遥か遠い北の地にはそういう風習はあります」

 ばあやが代わりに的確に説明する。

「そしてある程度大きくなったところで……人間の手が及ばぬようになる前に、絞め殺すのでございます。残虐に見えるようですが異民族にとっては大事な儀式。丁重に神様のいる世界へと送りだすのです」
「……驚いたな。ばあさん博識だな」
「そうだぞ、ばあやは島一の物知りだ。島外についても詳しいんだ」
「伊達に長生きはしておりませんので……」

 ばあやはうやうやしく手をつき頭を下げる。

「ばあさんのおかげで話がしやすくなった。つまりその異民族のように俺を丁重にもてなしておきながら終いには絞め殺すんじゃないかって思ったんだ。だが姫様の反応を見るとその心配はなさそうだな」
「ああ、少なくともこの島に人を殺す儀式はない。だが秩序を守るための法はある。人を殺めること、家に火を放つこと、これらは命を以って罪を償わされる」
「……この島にも物騒な事件が起きるんだな」

 竜之助の伸ばしていた背筋が丸まる。

「ああ、だから過ちを起こさないように竜宮家がいる。皆の手本となり、罪を起こさないように指導する大事な務めがある」

 乙姫は伸ばしていた背筋をさらに伸ばす。だが伸ばしすぎてフラフラと不安定に頭が揺れる。

「……ちなみにですよ、お姫さん」

 竜之助は新たに質問をする。

「なんだ、竜之助」
「……浮気はどんな処罰になるのです」
「男は必ず鞭打ちの刑だ。女は未婚か既婚か、浮気に至るまでの事情を調査を実施し情状酌量の余地があるようなら」
「ああ、もういいもういい! 結構だ! 聞かなきゃよかったぜ、まったく!」
「ははは、藪蛇になってしまったな」

 乙姫の肩から力が抜ける。背筋も無理のない伸びに戻る。

「他に質問はあるか?」
「こんなもんでいいや。次はお姫さんの番だ。質問はそれからするとしよう」
「そうか……私の番か……」

 真っすぐな瞳に躊躇いを覗かせる。

 しかしそれは一瞬。

 すぐに元の凛々しい顔つきに立ち直る。

「竜之助。お前の腕を見込んで頼みがある」
「はい、なんでしょう」
「島を守ってくれないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...