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竜宮家の御役目 二
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「何故です! 何故わかってくれないのですか!」
サンマは大槌のような拳を畳に叩きつける。腕力のみで広間中の灯篭が揺れる。
「ならぬものはならぬ」
竜宮家当主、甚平は静かに答えた。荒波を跳ね返す巨岩のように座す。
「今年は稀に見ぬ凶作! 来年は実るとは限らない! 俺は家来を飢えさせずに食わせるよう努めなくてはならないのです!」
「お前の気持ちは重々承知している。だから必ず蓄えを融通すると約束しているだろう。それのどこが不満なのだ」
「約束を反故にされればひとたまりもありませぬ」
「私が一度でも約束を違えたことがあったか?」
甚平は仁義に厚い男。悪人であろうとどんな不利な約束であろうと約束を守り通してきた。
サンマも事実として知ってはいるが、
「わかりませぬな。人間とは行き詰れば自分可愛さに保身に走るもの。俺は本土で何度も見てきた」
「やれやれ……人を信用しなければ万事行き詰るというのに……まあ、お前の生い立ちを考えれば無理もないか……」
甚平は膝を崩して楽な姿勢になる。
「なあ、サンマよ。腹を割って話そうではないか」
「俺はいつだって正直にお話してます」
「お前との仲だ。腹の内で考えていることくらい、とうにわかっている。戻りたいのだろう? 海向こう、お前の言う本土に」
「そ、それは……」
言葉が詰まる。
「図星だな……」
甚平は立ち上がり、障子を開ける。真珠のように白紙の向こうにはまばゆい海が広がっている。
「この竜宮島は素晴らしいぞ。海の恵み、山の恵みを同時に味わえる。暮らす人々は嘘を嫌う誠実そのもの。戦乱とは無縁ではないが土地的にも心的にも距離を置ける。海坊主はたびたび現れるが、まあ私がなんとかするとしよう。この素晴らしき生活が続くのも全ては龍神様の恩恵」
「ではなぜその龍神様は穂の実りを与えてくださらないのですか」
「信心は大切だが何もかも龍神様に頼ってはならない。まずは田畑に足を運び、原因を追及してだな」
「そして問題が解決すれば龍神様のおかげ、ひいては竜宮家のおかげと民を騙してきたのですな」
「……今のは聞かなかったことにしておいてやる」
障子をぴしゃりと閉めきる。
「用事を思い出した。話はこれまでにしよう。もう帰ってもいいぞ」
「いいえ、帰りませぬ。家来が朗報を待っているのです。何の成果も得られずおめおめ帰るなど私にはできませぬ。どうかお許しを、援助はいりませぬ、どうか一言、一言頂ければよろしいのです」
手を揃え、足先を揃えて土下座して頼み込む。
「くどいぞ、サンマ。畳に穴が空くまで頭を下げても答えは変わらぬ。海の向こうばかり見てないで足元を見るのだ」
「……ならば手を変えるまで……」
サンマは頭を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
「甚平様。果たし合いを望みます」
サンマは大槌のような拳を畳に叩きつける。腕力のみで広間中の灯篭が揺れる。
「ならぬものはならぬ」
竜宮家当主、甚平は静かに答えた。荒波を跳ね返す巨岩のように座す。
「今年は稀に見ぬ凶作! 来年は実るとは限らない! 俺は家来を飢えさせずに食わせるよう努めなくてはならないのです!」
「お前の気持ちは重々承知している。だから必ず蓄えを融通すると約束しているだろう。それのどこが不満なのだ」
「約束を反故にされればひとたまりもありませぬ」
「私が一度でも約束を違えたことがあったか?」
甚平は仁義に厚い男。悪人であろうとどんな不利な約束であろうと約束を守り通してきた。
サンマも事実として知ってはいるが、
「わかりませぬな。人間とは行き詰れば自分可愛さに保身に走るもの。俺は本土で何度も見てきた」
「やれやれ……人を信用しなければ万事行き詰るというのに……まあ、お前の生い立ちを考えれば無理もないか……」
甚平は膝を崩して楽な姿勢になる。
「なあ、サンマよ。腹を割って話そうではないか」
「俺はいつだって正直にお話してます」
「お前との仲だ。腹の内で考えていることくらい、とうにわかっている。戻りたいのだろう? 海向こう、お前の言う本土に」
「そ、それは……」
言葉が詰まる。
「図星だな……」
甚平は立ち上がり、障子を開ける。真珠のように白紙の向こうにはまばゆい海が広がっている。
「この竜宮島は素晴らしいぞ。海の恵み、山の恵みを同時に味わえる。暮らす人々は嘘を嫌う誠実そのもの。戦乱とは無縁ではないが土地的にも心的にも距離を置ける。海坊主はたびたび現れるが、まあ私がなんとかするとしよう。この素晴らしき生活が続くのも全ては龍神様の恩恵」
「ではなぜその龍神様は穂の実りを与えてくださらないのですか」
「信心は大切だが何もかも龍神様に頼ってはならない。まずは田畑に足を運び、原因を追及してだな」
「そして問題が解決すれば龍神様のおかげ、ひいては竜宮家のおかげと民を騙してきたのですな」
「……今のは聞かなかったことにしておいてやる」
障子をぴしゃりと閉めきる。
「用事を思い出した。話はこれまでにしよう。もう帰ってもいいぞ」
「いいえ、帰りませぬ。家来が朗報を待っているのです。何の成果も得られずおめおめ帰るなど私にはできませぬ。どうかお許しを、援助はいりませぬ、どうか一言、一言頂ければよろしいのです」
手を揃え、足先を揃えて土下座して頼み込む。
「くどいぞ、サンマ。畳に穴が空くまで頭を下げても答えは変わらぬ。海の向こうばかり見てないで足元を見るのだ」
「……ならば手を変えるまで……」
サンマは頭を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
「甚平様。果たし合いを望みます」
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