竜宮島の乙姫と一匹の竜

田村ケンタッキー

文字の大きさ
71 / 99

竜宮家の御役目 二

しおりを挟む
「何故です! 何故わかってくれないのですか!」

 サンマは大槌のような拳を畳に叩きつける。腕力のみで広間中の灯篭が揺れる。

「ならぬものはならぬ」

 竜宮家当主、甚平は静かに答えた。荒波を跳ね返す巨岩のように座す。

「今年は稀に見ぬ凶作! 来年は実るとは限らない! 俺は家来を飢えさせずに食わせるよう努めなくてはならないのです!」
「お前の気持ちは重々承知している。だから必ず蓄えを融通すると約束しているだろう。それのどこが不満なのだ」
「約束を反故にされればひとたまりもありませぬ」
「私が一度でも約束を違えたことがあったか?」

 甚平は仁義に厚い男。悪人であろうとどんな不利な約束であろうと約束を守り通してきた。
 サンマも事実として知ってはいるが、

「わかりませぬな。人間とは行き詰れば自分可愛さに保身に走るもの。俺は本土で何度も見てきた」
「やれやれ……人を信用しなければ万事行き詰るというのに……まあ、お前の生い立ちを考えれば無理もないか……」

 甚平は膝を崩して楽な姿勢になる。

「なあ、サンマよ。腹を割って話そうではないか」
「俺はいつだって正直にお話してます」
「お前との仲だ。腹の内で考えていることくらい、とうにわかっている。戻りたいのだろう? 海向こう、お前の言う本土に」
「そ、それは……」

 言葉が詰まる。

「図星だな……」

 甚平は立ち上がり、障子を開ける。真珠のように白紙の向こうにはまばゆい海が広がっている。

「この竜宮島は素晴らしいぞ。海の恵み、山の恵みを同時に味わえる。暮らす人々は嘘を嫌う誠実そのもの。戦乱とは無縁ではないが土地的にも心的にも距離を置ける。海坊主はたびたび現れるが、まあ私がなんとかするとしよう。この素晴らしき生活が続くのも全ては龍神様の恩恵」
「ではなぜその龍神様は穂の実りを与えてくださらないのですか」
「信心は大切だが何もかも龍神様に頼ってはならない。まずは田畑に足を運び、原因を追及してだな」
「そして問題が解決すれば龍神様のおかげ、ひいては竜宮家のおかげと民を騙してきたのですな」
「……今のは聞かなかったことにしておいてやる」

 障子をぴしゃりと閉めきる。

「用事を思い出した。話はこれまでにしよう。もう帰ってもいいぞ」
「いいえ、帰りませぬ。家来が朗報を待っているのです。何の成果も得られずおめおめ帰るなど私にはできませぬ。どうかお許しを、援助はいりませぬ、どうか一言、一言頂ければよろしいのです」

 手を揃え、足先を揃えて土下座して頼み込む。

「くどいぞ、サンマ。畳に穴が空くまで頭を下げても答えは変わらぬ。海の向こうばかり見てないで足元を見るのだ」
「……ならば手を変えるまで……」

 サンマは頭を上げて、ゆっくりと立ち上がる。

「甚平様。果たし合いを望みます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優秀過ぎてSSランク冒険者に任命された少女、仕事したくないから男装して学園に入学する。

コヨコヨ
ファンタジー
 キアスは優秀過ぎる女冒険者として二年間のあいだ休みなく働く日々を送っていた。そんな中、魔王の調査と王国初となるSSランク昇格の話が……。  どうしても働きたくなかったキアスはギルドマスターを脅迫し、三年間の休暇を得る。  心のバイブルである男と男のラブロマンスを書きたくて仕方がなかったから、男装して男子しかいない学園に入学した。ついでに、師匠との鍛練と仕事で失われた平穏な日々を過ごしたい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

おじさんと戦艦少女

とき
SF
副官の少女ネリーは15歳。艦長のダリルはダブルスコアだった。 戦争のない平和な世界、彼女は大の戦艦好きで、わざわざ戦艦乗りに志願したのだ。 だが彼女が配属になったその日、起こるはずのない戦争が勃発する。 戦争を知らない彼女たちは生き延びることができるのか……?

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...