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竜宮家の御役目 九
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「なに……やってんだ……」
そう漏らすのはサンマ。
彼の握る刀から多量の血がだらりと垂れる。
「なにやってんだ……さよりのばばあ!」
間一髪、さよりの老体が早かった。
身体を張り、乙姫を凶刃から救った。
「どうだ、止めてやったぞ……若造」
代償は大きい。身体で庇い、代わりに傷を負ったに過ぎない。
「う、うう……!」
傷は深く、血が溢れ出す。
しかし体は、魂は忠義によって動いていた。
全身で姫様を覆って守る。
「そこをどけ、ばばあ! さもなくば姫もろともお前を刺す! これは脅しじゃねえ、本気だ!!!」
さよりの身体を股下にして立ち、刀を両手で握る。薪を斧で真っ二つにする要領で突き刺すつもりだ。
呼吸も忘れる切羽詰まった瞬間、さよりは祈りを捧げる。
「……龍神様。私の命はどうなったっていい。どうか、姫様だけはお助け下さいませ」
サンマは激昂する。さよりにとっては信仰でも彼からすればそれは呪縛であった。
「こんなときまで龍神様かよー!!!!」
刀を振り下ろそうとしたその時、
「えいっ!」
駆け付けた甚平の鍬がサンマの手を襲う。
血と一緒に指が飛ぶ。
「ゆび、おれの、ゆび……!」
痛みも忘れる衝撃だった。
刀は彼にとっての誇りだった。されど刀は指なしでは握れない。
彼の剣士としての夢はここで潰えた。
「……竜宮拳法、敷波」
拳を以て引導を渡す甚平。
「っかあっ!?」
サンマの身体に三重の衝撃が襲い、鯨の潮吹きに飛ばされるクラゲのように軽々しく飛び、海岸に打ち上げられたクラゲのように動かなくなった。
「……っふう」
甚平は一息ついた。
辺りに立っている者は彼一人。
鶴野家の人間で戦える者は残っていなかった。
「甚平様! 姫様! ご無事ですか!?」
自力で縄を破ったばあやが走ってくる。
「私は無事だ。乙姫もな」
「無事なものですか! 腕に切り傷があります! あなたのような達人がどうして……ともかく今すぐ治療を!」
「無事だと言っている。この程度傷にも入らん。それよりもさよりを治療してやれ」
「おお、さよりか! 姫様を身体を張って守ったのか! よくやった!」
さよりはよろよろと身体を起こす。
「このたびは鶴野が当主様に多大なるご迷惑を……」
「謝罪など良い! お前が謝ることではない!」
「いえ、すべては私の責任でございます。私が、牢の鍵を……失くしたばかりに、このような事態に……」
「むむ、そうなると事情が変わってくるな……いいや、今は治療が先! もうこれ以上しゃべるでない!」
「そのうえでどうかお願いです……」
「しゃべるでないって言っとるであろうに!」
「ばあや、少し黙っていろ。さより、続けよ」
「ただいま鶴野家周辺で火事が起きています……サンマが放った火矢が原因です……鶴野家総出を上げて鎮火に尽力していますが……このままでは被害が山の下の町まで広がりかねません……頼める立場ではないと承知しております……ですが、どうか、どうか、ご慈悲を……」
「……私は龍神様ではない。水を自由に操る外法はできぬ。できるとするなら火が広がらぬよう拳で家屋を薙ぎ払う程度だ。それでも良いのだな?」
さよりはこくりと頷くと気を失ってしまう。
「……町を守るのは竜宮家当主として当然だ。今すぐ出る。ばあや、後は頼んだぞ」
早速行動に移そうとする甚平をばあやは呼び止める。
「甚平様、あの……」
「なんだ、治療はいらぬと言ったはずだ」
「いえ、お怪我のことではなく……なんでもございません。お気をつけていってらっしゃいませ」
「うむ、任せたぞ」
そういうと甚平は急いで城を出ていった。
ばあやはぽつりとつぶやいた。
「……せめて一言、姫様に声をかけてくださっても良いものを……」
乙姫は無言で震えていた。寒中水泳したかのように顔は白い。そしてしばらく、さよりから手を離さなかった。
そう漏らすのはサンマ。
彼の握る刀から多量の血がだらりと垂れる。
「なにやってんだ……さよりのばばあ!」
間一髪、さよりの老体が早かった。
身体を張り、乙姫を凶刃から救った。
「どうだ、止めてやったぞ……若造」
代償は大きい。身体で庇い、代わりに傷を負ったに過ぎない。
「う、うう……!」
傷は深く、血が溢れ出す。
しかし体は、魂は忠義によって動いていた。
全身で姫様を覆って守る。
「そこをどけ、ばばあ! さもなくば姫もろともお前を刺す! これは脅しじゃねえ、本気だ!!!」
さよりの身体を股下にして立ち、刀を両手で握る。薪を斧で真っ二つにする要領で突き刺すつもりだ。
呼吸も忘れる切羽詰まった瞬間、さよりは祈りを捧げる。
「……龍神様。私の命はどうなったっていい。どうか、姫様だけはお助け下さいませ」
サンマは激昂する。さよりにとっては信仰でも彼からすればそれは呪縛であった。
「こんなときまで龍神様かよー!!!!」
刀を振り下ろそうとしたその時、
「えいっ!」
駆け付けた甚平の鍬がサンマの手を襲う。
血と一緒に指が飛ぶ。
「ゆび、おれの、ゆび……!」
痛みも忘れる衝撃だった。
刀は彼にとっての誇りだった。されど刀は指なしでは握れない。
彼の剣士としての夢はここで潰えた。
「……竜宮拳法、敷波」
拳を以て引導を渡す甚平。
「っかあっ!?」
サンマの身体に三重の衝撃が襲い、鯨の潮吹きに飛ばされるクラゲのように軽々しく飛び、海岸に打ち上げられたクラゲのように動かなくなった。
「……っふう」
甚平は一息ついた。
辺りに立っている者は彼一人。
鶴野家の人間で戦える者は残っていなかった。
「甚平様! 姫様! ご無事ですか!?」
自力で縄を破ったばあやが走ってくる。
「私は無事だ。乙姫もな」
「無事なものですか! 腕に切り傷があります! あなたのような達人がどうして……ともかく今すぐ治療を!」
「無事だと言っている。この程度傷にも入らん。それよりもさよりを治療してやれ」
「おお、さよりか! 姫様を身体を張って守ったのか! よくやった!」
さよりはよろよろと身体を起こす。
「このたびは鶴野が当主様に多大なるご迷惑を……」
「謝罪など良い! お前が謝ることではない!」
「いえ、すべては私の責任でございます。私が、牢の鍵を……失くしたばかりに、このような事態に……」
「むむ、そうなると事情が変わってくるな……いいや、今は治療が先! もうこれ以上しゃべるでない!」
「そのうえでどうかお願いです……」
「しゃべるでないって言っとるであろうに!」
「ばあや、少し黙っていろ。さより、続けよ」
「ただいま鶴野家周辺で火事が起きています……サンマが放った火矢が原因です……鶴野家総出を上げて鎮火に尽力していますが……このままでは被害が山の下の町まで広がりかねません……頼める立場ではないと承知しております……ですが、どうか、どうか、ご慈悲を……」
「……私は龍神様ではない。水を自由に操る外法はできぬ。できるとするなら火が広がらぬよう拳で家屋を薙ぎ払う程度だ。それでも良いのだな?」
さよりはこくりと頷くと気を失ってしまう。
「……町を守るのは竜宮家当主として当然だ。今すぐ出る。ばあや、後は頼んだぞ」
早速行動に移そうとする甚平をばあやは呼び止める。
「甚平様、あの……」
「なんだ、治療はいらぬと言ったはずだ」
「いえ、お怪我のことではなく……なんでもございません。お気をつけていってらっしゃいませ」
「うむ、任せたぞ」
そういうと甚平は急いで城を出ていった。
ばあやはぽつりとつぶやいた。
「……せめて一言、姫様に声をかけてくださっても良いものを……」
乙姫は無言で震えていた。寒中水泳したかのように顔は白い。そしてしばらく、さよりから手を離さなかった。
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