竜宮島の乙姫と一匹の竜

田村ケンタッキー

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竜宮家の御役目 十一

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 流刑の順序は決まっている。
 先に使者の舟が出る。その後に罪人の舟が出る。使者の舟は罪人の舟を縄で曳航し海に出る。

「新たな船出にしては貧乏くさい舟じゃねえか」

 サンマは乗せられた船の底を蹴る。見た目に反して頑丈な出来で底は抜けない。水に浮かべても浸水はない。
 また櫂のような道具は一切乗っていない。

「なるほど……抵抗の素振りを見せれば縄を断たれ大海原を彷徨うことになるってわけね……よく考えられてるわ」
「おい、黙って舟に乗れ!」

 竜宮家の使者が警告する。

「わぁってるわぁってる。とっとと海に出たいのはこっちも同じだ。よっこらせと」

 サンマは縛られながらも悠々と胡坐をかく。
 船には次々と家来たちが乗せられる。定員はぎりぎり。大きく傾けばあっという間に全員が海に投げ出されてしまうだろう。
 幸い、この日の空は快晴で海は凪。水平線のように波立っていない。

「ははっ! 龍神様は早々に俺を厄介払いしてえみてえだな!」

 しかし人の心は常に波立つもの。

「やだ! やだ! 俺、やっぱりこの島にいたい! 全て謝ります! だからお許しを! ご慈悲を!」

 鶴野家の家来の一人が泣きながら乗船を拒み、逃げ出そうと試みる。

「いまさら反省しても遅いわ!」

 すぐさま竜宮家の使者に捕まり、舟に押し込まれる。

「それでは行って参ります、甚平様」
「うむ、道中くれぐれも気を付けてくれ」

 こうして舟は沖へと向かう。
 砂浜には竜宮家の人間と、仕事中の海女が見物していて、質素な見送りとなった。

「うう、うう……! どうして、どうして、こんなことに……!」

 新たな船出にしては暗い空気に包まれていた。
 責任者であり根本的な原因であるサンマは、

「なあ、お前ら、ふし山って知ってるか」

 唐突に語りだす。

「ここより東に位置する都よりもはるか東にそびえたつ海の原で一番でっけえ山だ。竜宮島なんかより何倍も広くて、高くて、でっけえ山だ。どれくらいでっけえ山かっつうと夏になっても山頂には雪が残ってるほどだ」
「……なんで夏になっても山頂には雪が残ってるんだ?」
「決まってるだろ。標高が高いところは寒いんだよ」
「なんで標高とやらが高いところは寒いんだ?」
「そりゃあ……お前…………話を続けるとな、でかいだけじゃねえんだ、扇をひっくり返したみてえに左右対称なんだぜ? 末広がりで縁起物なのさ! 天気のいい日は夕暮れになると青い山が真っ赤に染めあがるんだ。これがまたとんでもなく美しくてな、どれだけ美しいかって言うとどんなくそったれな一日でも、疲れを吹っ飛ばしてしまうほどなんだってよ」
「サンマ様。どこで知ったんですか? その口ぶりからすると書物ではなく、まるで誰かから聞いたような」
「ああん!? 書物に決まってるだろ! それくらいもわかんねえのか!?」
「どうしていきなりぶちぎれ!?」
「いきなりといえば、なんで山の話を今ここでするんだよ……海の上だからか?」
「山の話をしたいんじゃねえ、夢の話をしてるんだ。せっかく命拾いしたんだぜ? なのに死人みたいな顔をしやがってよ。ほら、お前にもなんかないの? 陸に着いたら何をしたいとかそういうの」

 いきなり隣の家来に話を振る。

「よりにもよって俺かよ……俺は、そうだな……南番酒を飲んでみたい」
「南番酒?」
「最近殺魔国にえびす屋とかいう西洋の商船がやってきたらしい。その取り扱ってる商品のうちに葡萄から作る酒ってのに興味がある。あ、葡萄といっても海老のことじゃなく果物のことだ」
「葡萄……ヘビイチゴみたいなもんか?」
「俺にもよくわからん」
「なんだよ、それ」
「よくわからないけど興味がある、それだけだよ」
「よし、わかった。俺も一枚噛ませろ。あっちに着いたら一緒に探そうぜ」
「有難い話だが丁重にお断りする」
「あ、なんでだよ?」
「お前はいつも分け前を多めに取っておくからな」

 暗い空気に包まれていた舟に笑いが生まれる。
 緊張の糸がほぐれる。
 しかしそれは一瞬の出来事だった。

 ざぶん! ざぶん!

 波の音と共に激しく舟が揺れる。

「な、なんだ!」

 サンマは海をのぞき込む。
 静かだった海はいつの間にか激しい渦を巻いていた。

「これは竜巻か……!? どうして、さっきまで静かだってのに!?」

 家来の一人が呟く。

「……龍神様だ……恐れ多くも龍神様の怒りに触れてしまったんだ……!」

 舟の上は一気に騒然となる。

「どうするどうするどうする! 櫂で漕ぐしか、いや乗ってないんだった!」
「泳いで陸まで戻る……!? いや縛られたままそんなのできっこねえ!」

 冷静さを失い、立ち上がってしまう者も現れる。
 途端、大きなうねりが舟を襲う。

「あっああああ!」

 体勢を崩し、海に落ちる者が現れた。

「落ちた落ちた! 助けないと!」
「待て! 助けようとして引きずり込まれたらどうする!」

 焦りは募る。
 サンマは慌てずに判断する。
 先方を行く使者の舟を見た。あちらの舟には櫂があり、漕げば、この海域を脱出できるかもしれない。

「おい、お前ら! 大変だ! 竜巻に巻き込まれている! 早く舟を漕げ! このままだと舟ごと巻き込まれちまう!」

 サンマは大声で呼びかけるもそう遠くないはずの使者は反応を示さなかった。

「無視かよ! 上等じゃあねえか、お前らごと道連れだ!」

 縄を引けば、巻き込めば嫌でも漕ぐだろうと考えた。

「ちっ、腕がないってのは不便だな……! こうなりゃ口で引くまでよ!」

 縛られたままのサンマは仲間を救うためにも必死に歯で縄を引いた。手繰り寄せて手繰り寄せて、真実を知る。

「……は?」

 サンマは死力を尽くした結果、縄を一本手に入れた。
 ──とっくに使者の舟とは縄も連絡も縁も切れていた。

「なにが、龍神様だ……! 結局一番恐ろしいのは竜宮家じゃねえかよ!」

 孤立無援も獅子奮迅。サンマは諦めなかった。

「まだだ、まだ! 俺は! 諦めねえぞ!」

 勇ましく立ち上がろうとするもその体は舟を離れ、海へ落ちていく。

「……は?」

 彼を海へと招いたのは波ではない。

「お前のせいだ、お前のせいで、龍神様の怒りを買ったんだ」

 彼を海へと突き落としたのは他でもない、家来の一人。涙を流しながら乗船を拒み、島に残ることを希望したが叶わなかった男だった。

 海は、竜巻は、龍神様は、サンマを容赦なく引きずり込んでいく。
 呼吸も浮上も不可能。今際だと理解した。なのに頭はひどく冴えていた。

(俺は悪くねえし、間違ってねえ……竜宮家への恨みは正当だ……だけどそうだな、仲間には悪いことしちまったかもな……すまねえな……それと……りと……り……)

 こうしてサンマは龍神様に飲み込まれた。
 二度と海上に現れることはなかった。
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