竜宮島の乙姫と一匹の竜

田村ケンタッキー

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竜之助覚醒

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(眠い……)

 一服盛られてから数刻。意識は回復した竜之助だったが檻の中にいた。
 睡眠薬が中途半端に効いたためか、意識があるのにも関わらず身体は倦怠感で動かせず、まどろみに包まれていた。
 動かなくてはいけない。そうぼんやりと理解しながらも肝心の芯の部分が本気になれずに何時間が経ったであろうか。寝ぼけていて時間の感覚が曖昧だった。

(なんか考えるのも面倒だな……とっとと、ねむっちまいてえ……)

 辛いことから目を背けるのもまた選択の一つ。
 寝返りを打って二度寝を図ろうとした時。

 ガンガンガン!

 背後で甲高く鳴る騒音。
 檻に何か硬い物が打ち付けられている。

(なんだろうな……気になりはするがどうでもいいか……)

 目を開くことすら面倒。
 無視を決め込むも外の人物は許してくれない。

「竜之助! 起きて! 竜之助!!」

 呼びかけていたのかれいだった。

「ん……かれいか……なんでお前がここに……」
「大変なの! 竜之助! 海坊主がもうそこまできてるの!」
「海坊主つったら……妖の類で……あー、この島だと海賊だっけか……」
「いつまで寝ぼけてるの! 姫様と浦島様が戦いに行ってるのってのに!」

 かれいは石を投げつけると地面を跳ね竜之助の頭にぶつかる。

「姫さんが、戦いに!?」

 怪我の功名。竜之助の意識は浮上する。

「敵は何人だ!? 武装は!? そもそも、姫さんは人を殺められるのか!?」

 鉄格子の隙間から顔を出してまで詰め寄る。

「何も知らされてないんだね、竜之助……」
「すまねえ、何も言われずに一服盛られちまったんだ……」
「とにかくここから出ないとだよね。私を助けてくれた時みたいな馬鹿力で出られないの?」
「出られたらとっくにしてるぜ」
「それもそうだね。じゃあ鍵、鍵はどこ?」
「……お姫さんが持っている」
「ええ!? じゃあどうやって出るっていうのさ!」
「慌てるな。実はだが、合鍵の居場所を知っている」
「え、どうして知ってるの!?」
「……今はどうして知ってるかより鍵の在り処だろう」
「そっか、それもそうだね!」
「さよりのばあさんの家だ。庭の縁の下だ。踏み石の奥の地面の中に埋められている。肝心の深さはわからねえ……頼めるか?」
「すぐにでも! それまでに竜之助もちゃんと起きてるんだよ!」

 かれいは牢屋を飛び出した。
 残された竜之助は屈する。

「……ああは言ったけどここを出れたところで俺に何ができるんだ……」

 全身傷だらけ。戦うだけの武器がない。
 何よりも竜之助の戦意を削いだのは乙姫の裏切りだった。

「この切羽詰まった場面で、俺を閉じ込めたってのは、それはつまり、俺が信用に値しないってことだろう……」

 最初は怪しまれないよう殺されないようにお人好しを装った。慣れない善行を照れながらもすすんで行った。
 善行の意味は次第に変わった。
 乙姫のためになるのならと思っていた。
 
「その結果が有様だ……当然だよな、俺のような危険人物でクズみたいな男……お姫さんのような人でも、俺は……俺は……」
「それは違いますよ、竜之助様」

 突然の新手。

「だれだ!?」
「落ち着いてください、あかめです」
「あかめさんか……ここへは何しに? 島の一大事なんだろう?」
「それよりも今は姫様のお話でしょう」
「……それは違いますよってどういう……いや話してくれなくていい。聞きたくない」
「ふふ、あなたのような強者でも子供みたいに怯えるんですね。でも安心してください。姫様はあなたが思ってるようなお方ではありません」
「じゃあ、どうしてここに閉じ込めた? 裏切られるのが怖かった、それ以外にあるのか?」
「聞いてください、竜之助様。私という者は医者という身でありながら、娘の命の恩人でありながら当初は竜之助様も戦わせるべきだと姫様に献言したのですよ。特別頑丈ではありますが深手の傷を負われている。戦力になりますが、勝ち負け問わず命を落とすことになろうとわかっておきながらもですよ」

 あかめは眉一つ動かさず、ありのままを話す。

「……島を最優先に考えれば自然な考えだ」
「ですが姫様は断ったのです。姫様は仰いました。竜之助はとっくに島の一員だ。私は竜之助の命も守りたい、と」

 竜之助は黙り込む。何も言えなかった。

「姫様はあなたを巻き込まないために私に朝まで起きない睡眠薬を作るように命令を下しましたが……事態が好転することを期待したわけではありませんが少しだけ量を少なめにしたのです……典医失格ですね」

 しかしそのおかげで竜之助はこうして目を覚ましている。もしも命令に従っていればかれいが来たとしても何も起きなかった。

「……もっとも、私が嘘を吐いている可能性も否定できませんけどね。姫様と娘たちの命を優先し、真っ赤な嘘であなたを唆してるとも……あかめだけに、なんて」

 似合わない諧謔を弄する。不必要に場の空気を和ませるためか、罪悪感を紛らわせるためか。

「…………よし」

 竜之助は決める。

「決めた。俺は信じることにするぜ」
「あら、ありがとうございます。こんな私の話を信じてくれるなんて」
「違いますよ、俺が信じるのはあなたじゃなくお姫さんだ」
「これはまた手厳しい。ですがその判断、正しいかと」
「……だがあかめさん、あなたは自分が思うほど悪い人ではないとは思うぜ。俺はあかめさんのことは何もわかんねえけど綺麗な女性だ。これで子持ちじゃなければななんて思ってるくらいにはな」
「あらあら、これまたありがとうございます。ですが今の言葉、お姫様や旦那、それとかれいの前では言わないほうがいいですよ?」
「ん? お姫さんと旦那さんはわかるが、なんでかれいが出てくるんだ?」
「……朴念仁につける薬はありませんわ」

 娘の恋路を懸念する。

「……そろそろ娘が戻ってくる頃合いでしょうか。どこかに隠れないと」
「ここへは娘を連れ戻しに来るためか?」
「ええ、そうですよ」
「助かります。俺が出た後はきっちり安全な場所に連れて行ってやってください。あの性格だ、戦場にまでついてきそうだから」
「言われなくともそうさせていただきます。せっかく牢屋にいるのですし、閉じ込めておくのも悪くはないかなんて思っていたんです、ほほほ」
「綺麗な女性なのに考えることは怖いな……」

 しばらくするとかれいが泥んこの鍵を片手に持ってくる。

「鍵! 鍵あったよ!」
「おう、でかした! すぐに鍵穴にさしてくれ!」

 言われるがままに鍵を使おうとするかれいだったが、今日の彼女は勘が冴えている。

「竜之助……ここに私以外の女が来なかった? なんか匂いがするんだけど」
「おいおい!? こいつは何を言い出すんだ!?」
「それにさっきよりシャキッとしてるし……何かあった?」
「島の一大事にそんなどうでもいいこと気にするか!?」
「私にとってはどうでもいいことじゃないんだけど……」

 急かされて納得しないまま仕方なしに鍵を回すと小気味いい金属音が鳴る。

「よおし、ひとまずは外に出れたぞ」

 出る際に足枷の鉄球が檻とぶつかり、金属音が鳴り響く。

「あのね、竜之助。足枷の鍵は……一緒にはなかった」
「そこまでうまい話はねえわな。しかしかれいのおかげで大助かりだ。大手柄だぜ」
「まだまだこれから! 一緒に砂浜に行こう! 剣は握れないけど遠くから石を投げるくらいはできるよ!」
「それなんだがよ悪いな、かれい……お前は連れていけない」
「そうよ。かれいは私と一緒に戻るの」

 物陰から突如現れる母の手。

「お母さん!? なんで!? なんでここに!?」

 今度は逃げられないように縄で縛って繋ぐ。

「竜之助様。約束を守って頂きありがとうございます」
「お母さん!? 暗闇で竜之助と何してたの!? 竜之助がシャキッとしたのってそういうこと!? 浮気者! お父さんに言いつけてやる!」

 あかめはかれいに殴られながらもきっちりと礼を言う。

「すまねえな、かれい。この借りはあとでキッチリ返すからよ」
「別に借りだなんて……そもそも竜之助は命の恩人だし……でも! それはそれとして! ちゃんと生きて帰ってきてよ!」
「やれるだけやってやるさ!」

 景気のいい返事をし、竜之助は牢屋を飛び出した。

「……ちゃんと帰ってくるって約束しろ、馬鹿」

 かれいはうらめしげにつぶやいた。
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