ダンジョン最奥に住む魔王ですがこのままだと推しの勇者PTに倒されてしまいます。

田村ケンタッキー

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森の民は風に運ばれる木の葉のように

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 少し時間が巻き戻る。
 ロイのおかげで拘束を解かれたビクトリアはナイフを拾い勇敢にもエミリを探していた。

(あいつらは私を殺しただけで満足するはずがない……エミリを守らなくちゃ……)

 エミリを助けようとしていたが違う。本当は自分がエミリに助けてほしかった。
 自分の頑張りを、存在を認めてほしかった。
 胸の傷を癒してくれるのはエミリしかいなかった。

(あいつは私を家の中に運んだ、ならエミリも家の中にいるはず)

 予感は的中し、エミリの部屋から咳が聞こえた。ドアの向こうでも聞き逃すことはない。呪われていても彼女の声を間違えたことはなかった。
 開けようとしたが鍵が閉まっている。

「拾っておいて正解だったわ……」

 早速ナイフの出番。ドアは板のように薄く、長年の湿気で腐っていった。そのためナイフを立てれば簡単に穴が空いた。

「エミリ、エミリ、私が、助けに来たわよ」

 最後は体当たりで突き破る。
 頭の上に乗った木屑きくずを払って、ナイフを捨てて、ベッドに横たわる彼女の元へ。

「エミ………………リ」

 そこにビクトリアが知るエミリはいなかった。
 男勝りな太い腕は骨の形が分かるほどの細くなり、日差しを跳ね返すほど瑞々しい白い肌は黒ずんでしわくちゃになっていた。

「エミリ、なの?」

 顔を見る。頬骨がわかるほどやせ細ってしまっているが各パーツは彼女を彷彿させる。
 深い火傷を負ってもこうはならない。だとすれば、

「これが呪いの果て……」

 エミリは身体を揺らすほどの大きい咳を吐き出す。

「エミリ、大丈夫!?」

 どんな姿に変わろうとエミリへの思いは変わらない。手を取って、彼女の健康を案じる。
 そこで初めてエミリはビクトリアの顔を見る。

「……エルフ、様……」

 しゃがれた声で名前を呼ぶ。

「そう! そう! エミリ、私よ! あなたは本当にすごい子だわ! 呪いにやられても私だってわかるのね!」

 感極まって涙を流す。外で雷のような轟音が響き渡るが関係ない。この瞬間は二人だけのものだ。

「ごめんね、私のせいでこんな姿になっちゃって……絶対に呪いを解いて、元の姿に戻してあげるからね」

 呪いの解き方なんてわからない。しかしそう言うしかない。まだ直せると信じていた。

「エルフ……様……」

 エミリはビクトリアの手を顔にまで運んでいく。

「なに? 子供の時みたいに頭を撫でてほしいの? そうね、あなたは頑張ってるんだからたくさん褒めてあげなくちゃね」

 しかしビクトリアの手は思わぬところに運ばれていく。
 それは口だった。

「エ、ル、フ……!」

 次の瞬間、ビクトリアの指に歯を立てた。老いてはいるが歯と咀嚼力は健在。

「エミリ!? 何やってるの!?」

 振りほどこうとするが、老いた身体のどこから湧いてくるのか、絶対に離すことはなかった。

「痛い! 痛い! 離してよ、エミリ!」
「エルフ……! エルフう! エルフウウ!!!!」

 忠誠を誓った相手が懇願してもエミリの口は噛み千切ろうと必死だった。

「どうして、エミリ! 怒ってるの!? なにが、なにがいけなかったの!? 私はあなたの言うとおりにしたよ!!」

 ビクトリアはエミリの顔を見ても感情を読み取れなかった。なぜなら、

「どうして……どうして、泣いてるのよ……!」

 エミリは指を嚙み千切ろうとしている間も涙を流していた。

「エルフぅ……! う、ううぅ……!」

 呪いがなくとも、この感情は誰にも読み取れない。

「遅かったか!」

 ロイが汗だくで駆けつける。

「頭がいかれて、ついに大事な人も忘れたか!?」

 エミリの上下の唇に指をかけてこじ開ける。それでようやくビクトリアは解放される。彼女の指から血が垂れている。歯型もくっきりと残っていた。

「治療は後だ、逃げるぞ! ドラゴンが来てんだ!」
「待って、エミリがまだ……」
「そいつはもうお前の知っている女じゃねえ!」

 ロイはビクトリアを抱えて家を飛び出すと転倒するほどの突風が吹き抜ける。

「レンガの家も崩すドラゴンの羽ばたきだ! しかしこれは使える!」

 まずビクトリアを箒に跨らせる。次に自分も箒に跨るとローブを広げると帆の代わりになって助走を助ける。

「飛ぶぞ!」

 二人を乗せた箒は空高く舞い上がる。

「まって、エミリが……エミリが……!」

 ドラゴンの羽ばたきはまるで竜巻のように村を一蹴した。
 箒に乗ったロイたちと共にいろんなものが空まで舞い上がる。鉄の工芸品や衣服、建物の破片。どれも見覚えがあるものばかり。
 手を伸ばして一つでも拾おうとするが、それらは無情にもビクトリアを置いて地上へ落ちていく。

「あ……あ……あ……」

 自分が守ってきた物がほんの一瞬で蹂躙される。まるでこれまで積み重ねてきた努力を嘲笑うように。

「ちくしょう! お前との戦いで魔力は空っぽだ! どこか安全な場所を見つけて着陸するぞ!」

 ロイは悪態付きながらもビクトリアが落ちないように頭を鷲掴みにする。風に乗れたものの、いつ魔力が尽きて浮力を失い墜落するかわからない。
 ビクトリアはある土地を指定する。

「……山の向こうに村がある」
「なに?」
「村から見て洞窟のあった方向に私が生まれたエルフの村がある。そこに降ろして」

 エルフの領域でありロイが入ることは危険だが、それ以上にビクトリアのほうにリスクがあった。なにせエルフの悲願たるマナの御子が帰ってくるのだ。今度は村人全員で捕まえにかかるだろう。
 ビクトリアはそれでもいいと考えた。檻の中で一生を過ごすのも悪くないとこの時は考えていた。努力は報われない。そういう星の下に生まれたと諦めていた。
 しかしロイは答える。

「……そんなもん、なかったぞ」
「嘘言わないで。あるに決まってる」
「村を出たのはいつの話だ」
「ほんの二十年前の話よ」
「じゃあやっぱりねえな」
「はあ? なんでそう言い切るわけ?」
「鉄の村に入る前に入念に近くに集落がないか上空から確かめた。それこそ山の向こうにも行ったぞ」

 ロイは山を指差す。それは確かにビクトリアが毎日のように眺めていた山だった。

「集落なんてどこにもなかった。森すらなかった。あったのは荒れ果てた土地だった」

 エルフの住む痕跡すら残らない荒野。彼らは森の民。それゆえに森以外での暮らし方を知らない。

「嘘よ……」
「……この時代、安寧の土地なんてない。マナが機嫌を損ねりゃ湖も枯れちまうんだ」

 追い風は強く、冷たい。森の民の生き残りを遠くへ運ぶ。

「……私は今まで一体なんのために、がんばってきたの……」

 エルフの寿命は木の年齢のように長いのに、この日のビクトリアは時間をかけて一つずつ失うはずのものを一瞬で奪われていった。
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