ダンジョン最奥に住む魔王ですがこのままだと推しの勇者PTに倒されてしまいます。

田村ケンタッキー

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エルフの業と傲慢と

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 ビクトリアは一日目にして脱走を決意した。水と林檎だけの生活は始める前から耐えられるはずがないとわかっていた。エルフの悲願にも興味はなかった。不自由して長く生きるよりもその日その日を楽しく自由気ままに生きれればそれでいい。
 そして何より彼女を自由へと駆り立てたのは、

「どうしてトイレがおまるなのよ……! ねえ、家でさせてよ!!」

 そう訴えるも、

「できません。規則なので。マナの御子様にはここにいてもらいます」

 檻の見張りは家族や親戚ではない。年を取った近所の顔見知り、それも男が一人。態度から長老の息がかかっている。

「漏れそうなんですけど!」

 まだまだ家族に甘えたがりではあるものの人間でいう思春期に入っていたため、精神的に堪えられるはずがない。

「規則なので。もしも我慢できないのであれば漏らしても結構ですよ」

 少女の涙を見ても見張りは動じない。そもそもこちらを向いていない。壁のような背中を向けて返事をする。この融通が利かない生真面目さが買われ牢の見張り番として抜擢されたのだろう。

「出さなきゃこの檻に火をつけるんだけど?」

 引いてダメなら押してみる。そう脅してみるも、

「魔法の使用は特に禁じられていませんが火が回る前に水魔法で消します」

 ビクトリアの魔法はまだ習いたて。練習を重ねてもいないのでまだまだ未熟。仮にワンドがあれば話は別。しかし檻の中にそんな都合よく落ちているはずがない。

(逃げるなら今しかない……まさか初日から脱走するとは思わないだろうし、それに村の中は人が少ない)

 母親は川に洗濯、父親は山に柴刈りへ行っている。いつもなら日没前には帰ってくる。
 それまでにどうにか見張りの目をかいくぐり脱出しなければならない。
 しかしこの見張りが何を要求しても出してくれる気配はない。

(私が出れないなら……)

 ビクトリアの悪知恵は働き、一芝居を打つ。

「お腹空いたお腹空いたお腹空いた! 林檎以外の食べ物食べたいー!」
「できません。規則なので」

 いくらじたばたして騒いでも見張りは動かない。
 その隙をビクトリアは逃さない。

「あー、こんなところにナメクジ……これ食べたら空腹がまぎれるかな……」

 ナメクジなどどこにもいない。そして見かけても食べるはずがない。どんなに空腹でも……食べない、たぶん。

「……」

 そしてビクトリアは倒れたまま無言になり、身体の動きを止める。呼吸も悟られないようにこっそりとする。仕上げに腰辺りに水をこぼし、水たまりを作る。

「ははは、そう騙そうたって通用しませんよ。大人を舐めんでくださいよ」

 見張りは最初子供の浅知恵だろうと見向きもしなかった。
 ここからは知恵比べではない、根比べである。
 一秒でも早く逃げたいビクトリアは目の前の関門を着実に攻略するために金に等しい時間を犠牲にする。
 あらかじめ布石は打っておいた。朝から四六時中騒ぎ、喚き、騒々しい印象を嫌となるほど植え付けた。それがぱたっと止んだら、少しは見向きもしたくなるもの。

(早くして……早く、早く……)

 見張りは意外としぶとかった。うっかり眠くなってしまいそうなほどの時間が経過した。
 しかし、その時はやってくる。

「た、倒れていやがる……!? まさか本当にナメクジを食べてしまわれたのですか!? ちくしょう、死なれたら俺の責任になっちまう!」

 かんぬきが外され、見張りは中に入ってくる。

「失禁もしてる!? ほんとのほんとにナメクジを!?」

 そして慌てて近寄ってくる。

「たす、けて……」

 ビクトリアはさらに一芝居。

「良かった! まだ生きている! 急いで治癒魔法を──」

 見張りの緊張がゆるむ、その一瞬を見逃さない。

「どっそい!!!」

 ビクトリアは男の弱点である股間を握りつぶした。

「──っあ!?」

 見張りは悲鳴を漏らし、うずくまる。

「引っかかった引っかかった! こんなところでいつもの寝たふりが役に立つなんて人生わからないものね!」

 ビクトリアは牢から脱出し、見張りを残したまま閂を閉める。

「マナの御子……いやクソガキ……!」

 見張りはエルフの悲願を忘れて憎たらしいガキとしてビクトリアを睨む。

「へへん、変な願望を持つから痛い目に合うのよ、べろべろばー」

 煽りに煽って気分を晴らす。

「さあて、あとはみんなが出払った村から脱出すればいいんだもん、楽勝楽勝」
「ははっ、それはどうかな……」

 見張りの男は脂汗を滲ませながら微笑む。

「やあね、負け惜しみ? 犬も檻の中ではよおく吠えるものね」
「万が一にもお前が逃げ出した時の想定をしてないとでも?」

 そう言って口に指を突っ込み、大きく息を吹いた。

 ピィーーーーー!

 耳たぶをざわつかせる大きな音が鳴った。あまりのけたたましさに羽休めをしていた鳥の群れが一斉に飛び立っていった。

「ははは、これでわかったか? 俺が見張り番として抜擢された理由が」
「まさか、今ので!?」

 エルフ族はウサギのように長い耳は飾りではない。遠くの指笛を聞き取れるほどに聴覚に優れている。

「せいぜい逃げ回るんだな。今この瞬間から村中の奴らがお前を血眼になって探し始めているぜ」
「きいいい! こんなことになら金玉握り潰しておけばよかった!」

 ビクトリアは負け惜しみを吐きつつもすぐにその場を離れた。



 ビクトリアは隠れながらどこに逃げるかを考える。
 西には川が流れている。ここに母親を含め、多くの女性が集まっている。今行けば鉢合わせになる可能性が高い。
 東には緩やかな山が続いている。ここに父親を、多くの男性が集まっている。今行けば鉢合わせになる可能性が高い。
 南にはしばらく歩いた先に人間が作った街道が伸びている。村に直接つながってはいないものの、短時間でより遠くへ逃げられる。
 北には鬱蒼とした森が広がっている。マナが濃く、狂暴な魔物が稀に出現する。危険性が高いため、大人でも立ち入る機会は滅多にない。ビクトリアも一度も踏み入れたことがない。
 長い耳が揺れる。聞こえる足音が増えている。続々と村に大人たちが集まってきている。

(西と東は論外……となると南か、北か……)

 悩んでいると爽やかと程遠い冷たい風が吹き抜けていった。
 ビクトリアは自然と風が吹いてきた方角を見る。

(……逃げるにはリスクはつきものよね)

 彼女の足は北へと向く。
 道中は思いのほか快適で、少女の足でもスムーズに進んだ。

(なによ、誰も行かないにしては通りやすいじゃない)

 整備こそされていないが、誰かが定期的に通っていると思わしき痕跡がちらほら見かける。

(おかげで縫い糸みたいに頑丈な蜘蛛の巣が顔に当たらなくていいんだけど)

 次第に足音は聞こえなくなっていく。代わりに自分の心臓の音がはっきりと聞こえる。

(ここまで遠く、一人で来たのは初めてかも……)

 開けた場所にたどり着いた時、足は自然と止まる。

「はあ……はあ……ちょっと休憩……」

 腰を掛けるにはちょうどいい大きさの岩に身体を委ねる。
 息を整え、ようやく周囲の状況を飲み込む。

「なに……ここ……」

 木と見間違えていたがそこに木の杭が打ち付けられていた。それも一本ではない。ざっと百本は直線にずらりと並んでいた。
 森の奥で突然現れた異様な光景に汗が引っ込む。

「これって……お墓? だとしたら誰の」
「ここはかつてのマナの御子たちのお墓ですよ」

 突然の長老の声。今度は引っ込んでいた汗が噴き出る。

「長老!? もうこんなところまで!?」

 長老は墓地の中心に立っていた。

「いえいえ、私はずっとここにいたんですよ。新たなマナの御子が生まれたと報告しに来たのです」

 ビクトリアは肝心な点を見逃していた。長老が普段どこで何をしているのかちゃんと考えたことがなかった。年寄りらしく隠居し昼寝をしていると思っていた。

「こんな遠くまで飛び出してしまうマナの御子は初めてです。外の空気が吸いたくなったのですか? お転婆なのは結構ですが使命を第一に考えて欲しいものですね。ここは危険です。すぐに帰りましょう。さあ」

 手を伸ばしただけでビクトリアは身体がのけ反る。

「よ、よくもまあ、そんなことが言えるわね……」
「はて、なんのことです?」
「魂が腐ってるんじゃないの? 今までこれだけの多くの同胞を殺しておいてよく言うわって言ってるの」
「殺してなんて言いがかりですよ。みんな次第に協力的になってくれましたよ」
「それでも一生牢屋の中なのでしょう」
「当然! 大事な御身、守り抜かなければ!」
「ああ、そう……やっぱクソジジイ……あんた魂が腐ってるよ」

 ビクトリアは呼吸を整えると走りだす。まずは並ぶ木の杭の奥へ。

(信仰心があれば墓を荒らすような真似はしないはず……!)

 この場にいるのは年老いた寿命間近の老エルフ。魔法を封じ、体力勝負に持ち込めば逃げられると

「ファイアボール」

 何の躊躇いもなく、魔法を放った。

「は?」

 火球はビクトリアの目の前、木の杭に当たると真っ赤に爆ぜた。

「きゃあああ!?」

 爆発の衝撃は少女をいとも容易く吹き飛ばす。バラバラになった木の杭の燃えクズと一緒に少女は転がる。

「マナの御子様。あなたが隠れるから大事なお墓に当たってしまったじゃないですか。また作り直さないとですね」
「……どこまで魂が腐ってるの……クソジジイ……」

 簡単な治癒魔法で擦り傷を癒せるが火傷はそのまま。やはり彼女の魔法はどれも未熟だった。

「私とてあなたを傷つけたくないのですよ。私には大事な御身を守る使命があるのですから」
「耄碌しすぎて自分の言ったことが一瞬で矛盾しているの気づけないかな……」
「全てはエルフの悲願のためです」

 まるで話が通じない。しかし会話を重ねることでわかることもあった。

「……何がエルフの悲願のためよ……偉そうに……本心は、自分のためでしょう」
「はて、いま、なんと」

 ビクトリアは治癒をそのままに立ち上がる。

「何度だって言ってやるわ、それも大声で……自分の! ため! でしょう!?」
「違う……私は……エルフ族のために……」
「都合のいいことばっか言ってんじゃないわよ! 堂々としてるようでやり方が陰湿なのよ!! 寝ているうちに牢屋に連れ込んだり! お母さんとお父さんの外堀を埋めたり! どんな犠牲も厭わないと言っておきながら村から離れた場所にこっそりと墓地を作ったり! ぜんぶぜんぶ自分中心の思い通りに進めようとしてて汚いったらありゃしない!」
「い、陰湿だと……」

 長老に揺らぎが生まれる。

「寿命が近づいてきて怖気づいてしまったんでしょう!? このままでは普遍的なエルフで終わってしまうって! 小さな森の中で終わる小さな存在だって! だから何者かになりたいって思ったんじゃないの!?」
「ち、ちがう、私は、エルフの悲願のために」
「じゃあもっと堂々としてなさいよ!? と言っても臆病なジジイにはできないでしょうけど!!」
「黙れええ小娘があああああ」

 長老はマナをかき集め、

「ファイアボール!」

 自分の身の丈よりも大きい火球を放った。
 もはやビクトリアの身などどうでもよかった。目障りで耳障りな存在をいち早く抹消したかった。

「逃げるにはリスクはつきもの……!」

 ビクトリアは迫りくる火球から逃げようとはしなかった。

「ぶっつけ本番! 頼むわよ、私と……秘密兵器!」

 むしろ火球に向けて、まだ火が灯る木のクズを構えた。

「……マジックミラー!」

 唱えると朧ながら白い光の不等辺三角形の壁が現れる。

「……ここまでか!」

 火球は光の壁の前で爆ぜた。マジックミラーは不完全であり、跳ね返すことは叶わなかった。

「ふははは! 小娘が! 生意気にもわかったような口を聞くからこうなるのだ! ふはは、ふははは!」

 勝利を確信し大笑いする長老に、

「ファイア」

 小さな火球が当たる。

「あちゃあああ!? 熱い! 熱いあついあついあつい!」

 火は瞬く間に服に広がっていく。長老は消そうと必死に地面を転がり回る。結果的に鎮圧に成功したが身体を少し動かしただけで立ち上がる体力を失ってしまった。

「クソジジイ、勝負あったわね」

 ビクトリアは木のクズを長老の鼻先に向ける。

「……なるほど、小癪にも即席のワンドを作ったわけだ……木の杭の素材はマナが濃い北の森の木だからな……盲点だった……」

 魔力をブーストさせたものの結果はギリギリだった。跳ね返すことはできなかったが防風防火にはなった。

「自分の作った杭に殺される……運命って面白いわね。魂が腐ったクズにはお似合いの最期じゃない」
「はてさて、それはどうかな……確かに杖は魔力ブーストになるが素人が使えば体内の魔力をあっという間に吸い尽くす。杖はただ木を削ればできるものではない。専門の知識と長年の経験がなければ完成しないのだ」

 長老の知識は侮れない。予想通り、たった二回の魔法を使っただけで豊富であるはずのビクトリアの魔力タンクが空っぽになろうとしていた。

「何も魔法じゃなくていい。鋭利な先端であなたの喉を一突きしてもいいのよ」
「できるものならやってみろ、小娘。私を殺したところで村は何も変わらんぞ。エルフの悲願はエルフの悲願なのだ。エルフと同じ志を持つエルフが受け継ぎ、また新たなマナの御子を探すだろう。それに……」
「それに……?」
「いざ命を奪える立場になると怖いだろう? 臆病な小娘にできるかな?」
「舐めやがって……!」

 小さな木の杭を振り上げる。首ではなく、心臓に一突きしようと狙いを定める。

「ふう……ふう……!」

 またも心臓の音がうるさく聞こえてくる。
 幻聴も聞こえてくる。数多の木の杭から声が聞こえてくる。悲しい、苦しい、仇を取ってくれと囁いているようだった。

「……ちっくしょう!」

 ビクトリアは木の杭を捨てた。代わりに長老の股間を踏みつぶす。

「おんぐ!!??」

 長老は極限の痛みに気を失った。

「はあ……はあ……!」

 木の杭を捨てると幻聴は嘘のように消えてなくなった。
 しかし今度は足音がうるさくなってきた。
 鬼ごっこはまだ終わらない。
 ビクトリアはさらに北へ、森の奥へと進んでいった。
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