ダンジョン最奥に住む魔王ですがこのままだと推しの勇者PTに倒されてしまいます。

田村ケンタッキー

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ビクトリアの過去とエルフという種族

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 ビクトリアは生まれた当初はエルフ族として至って普通の祝福を受けていた。
 生まれてまもなく名前も授けられた。一万年続くエルフ族伝統の命名規則でエルフと名付けられた。
 彼女は日の出とともに産声を上げた。大きなトラブルもなく、両親の他に手伝いに来た親戚にも見守られて。
 その後は風邪一つ引かずに母親の乳と父親が採ってきた果物ですくすくと育つ。立って歩けるようになる頃には耳が伸び、言葉を覚え、簡単な魔法が使えるようになった。
 このまま行けばどこにでもいるエルフとして松の木のように長い一生を送り、朽ちる瞬間を待つだけの平穏な人生だった。
 彼女の運命が狂い始めたのは生まれてから90経った頃だった。
 ビクトリアは周囲の自分を見る目が変わり始めたのを感じた。五年前くらいから違和感としては感じていたがこの一年で確信へと変わった。家族が病気や怪我をしたわけでも祝い事でもないのに年老いた親戚がよく顔を出すようになっていた。そして両親と一緒にビクトリアを置いてどこかへ連れて行ってしまうのだ。
 違和感を感じながらも特に行動を移すことはなかった。
 九十歳といえど、中身はまだまだ両親に甘えたがりで疑うことを知らない年頃の少女だった。夕飯までには帰ってくるだろうと気にせずに昼寝をした。

 そして目を覚ました頃には檻の中に閉じ込められていた。

「お目覚めになられましたか、マナの御子よ」

 檻の外には村で最も長寿、890歳の長老が立っていた。

「ここどこ? お母さんは? お父さんは?」

 檻は木でできていたが頑丈で子供の力ではビクともしない。

「おお、このような奇跡が相まみえる日が来ようとは……長生きもするものですな……」

 質問には答えず、自分の世界に入り込み、感涙にむせぶ。
 雰囲気がいつもと違う。異質だった。子供を集めて本当か嘘かもわからない滑稽な昔話を披露する、いつもの気さくなおじいちゃんではなかった。

「僭越ながら今日よりマナの御子様に宿る奇跡を村総出でより高みへと向かうお手伝いをさせていただきます」
「ねえ、おうち帰りたい……ここから出して……私、悪いことなんてしてないのに……」
「マナの御子のお世話……なんたる光栄か……! こんな日が来ようとは……など言いますが実は陰ながら期待していたのですけどね、ンフフフ」

 まるで聞こえていない。聴覚が優れたエルフ族も老いれば耳が遠くなる。

「なんでこんなことするの! 早く出して!」
「おやおや、マナの御子様……もしや自身の奇跡をご理解なされていない?」

 大声で出すと言葉が通じることが発覚する。

「おうち帰らせて! 今すぐ!」

 願えば届くと信じ叫ぶ。

「80になってもトリカブトよりも背丈が越せないと気付いた時、まるで我が人生にもう一度春が来たような気持ちになりましたぞ、ンフフフ」

 垂れ下がった瞼が浮かび上がる。開き切った瞳孔がビクトリアという芽生えた奇跡に釘付けになっていた。

「ひぃっ!」

 ビクトリアは悲鳴を上げ尻もちをつく。幼いながら長老の様子がおかしいと気づき、助けを求める相手を変える。

「お母さあああああん!! おとうさあああああん!!」

 幸いにも窓が開き、声が漏れていた。
 叫び続ければ異変を察知した誰かが助けに来てくれるとそう信じていた。

「もう、そんな大声で叫ばなくてもここにいますよ」
「いいじゃないか、元気の印なんだから」
「お母さん!? お父さん!?」

 意外にも両親の二人はすぐ側にいた。

「聞いて! 二人とも! 長老がおかしくなった!!」

 とにかくビクトリアは二人に助けを求めるが、

「長老はいつもこんな調子じゃない」
「いやいや、いつもより元気溌剌としていないか?」
「ふふふ」
「はははは」

 二人はいつものようにのんびりと談笑する。

「……ど、どうして笑っていられるの……? 私、閉じ込められてるんだよ……? なんで、助けようとしてくれないの?」

 じわりじわりと違和感を感じ始める。

「エルフに、そしてエルフよ。よくぞマナの御子をこの村に招いてくれた。礼を言うぞ」

 長老は二人の肩を撫でる。

「いえいえ、礼を言いたいのはこちらのほうです」
「我々のを認めてくださりありがとうございます」

 ビクトリアは自分の長い耳を疑う。

「……推薦……? じゃ、じゃあ、私をここに閉じ込めたのって……嘘だよね!? 嘘って言ってよ!!」

 認められるはずがなかった。ここに閉じ込めようとしているのが長老だけでなく自分を生み育ててくれた親だということに。

「嘘じゃありませんよ、マナの御子」
「あなたは選ばれたのです。光栄なのことなのです」

 二人はよそよそしい言葉遣いで娘であるはずの少女と話す。

「違う! 私の名前はエルフ! 二人がそう名付けてくれたんじゃない! マナの御子なんか知らない!」
「おや、マナの御子をなんたるかご存じない? やはりご自身の御立場を理解なさっていないようですな。では僭越ながら長老である私めが説明させていただきます」
「ジジイは引っ込んでろ!!!!」

 エルフ族は自身を最も優秀な種族と信じて疑わない。妖精の血を引きながらもっとも繁栄し、魔法の才に長け、太古の昔、人族に魔法を教え導いた存在。そして何より陸上ではどの生物よりも長寿であり、その一生のほとんどが若く保っていられること。この唯一無二の神秘性を誇りに感じていた。
 しかし現在はその誇りに陰りが生じていた。急激に寿命が縮まってしまっていたのだ。過去は優に1000歳まで瑞々しい若さを保たれたものの、現在は400歳で老いが見え始め、900歳が寿命の限界となっている。原因は明確。星が丸くなった混乱から生存のために他種族との血が交わり混血が進んだからだ。混乱が落ち着いてからはエルフ族は神秘性を守るためにも他種族との交流を拒み、森の中に住むようになった。それから一万年。未だに長寿化の成功には至っていない。

「他種族との交流は徹底的に排除している……下等な短命種め……文字に宗教、そして最近は音楽なるものを生み出したが、我々はこれを絶対に受け入れられない。そう、成すべき悲願のためにも」
「ちょっとジジイ!! 前置きが長いっての!! マナの御子の説明しろっての!!」
「そう、マナの御子……マナの御子こそが我々エルフ族の希望の光なのです……!」

 エルフ族は考えた。悲願のためにも。そして一つの答えに至った。

「神話の再現をするのですよ」
「……神話?」
「かつてのエルフは今よりもっと小食でした。朝と晩の一日二食、水と林檎のみで充分だったと言い伝えられています」
「どんだけ飢えていたのよ、過去のご先祖様は……」
「そして百歳まで赤子であり母親の胸に抱かれいたとも」
「ぷぷー! 百歳になってもお母さんに抱っこされるとか! 過去のご先祖様って意外とおこちゃまね!」

 笑うビクトリアだったが、どこか親近感、そして嫌な予感を感じ取っていた。

「もしかしてそれが……マナの御子?」
「その通りでございます」
「はああ!? じゃあ私はこれから一日二食、朝と晩、水と林檎だけっての!?」
「その通りでございます」
「私、確かに成長は遅いけど百歳の赤子じゃないじゃん! マナの御子としての素質ないじゃん!」
「それは違います」
「そこはその通りでございますって言えよ!!」

 怒り任せに牢を蹴るが絶対に破れはしない。
 長老は静かに笑う。

「……すべてはエルフ族一万年の悲願のために」

 こうして望まぬマナの御子としての生活が始まった。
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