なごみの絵日記~FREEDOM BLUE~

月谷星羅

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第1章

1.『駆け出しの愚者』

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  愚者ぐしゃ気紛きまぐれだった。
荷物を持たず、すぐにふらっと何処かに行ってしまうその光景は正に放浪者そのものである。
  猫のように自由奔放で、自分の気になる事だけを求めその地に足を運ぶ。更にそれに飽きれば、また次の興味へと足を運ばせる。
  一瞬目を離せば、あっという間に姿が見えなくなるのがデフォルトであった。

  それを将来の理想とし、放浪の旅に憧れている少年がいた。

  星野家次期当主、星野ほしのあおい
彼は自由と正義を生きがいとして今日まで辛い鍛錬たんれんをしてきた。
  特に星野家代々伝わる洋術。
最近になってようやく使いこなせるようになった程だ。
それほどまでに星野家式洋術は習得が難しい。
蒼はどちらかと言えば、魔法よりも物理の方が向いていると自負していた。
その為、父には内緒で物理の力を魔法に転換するなど自ら工夫し、策を練っていたりする。

「また今日も、修行…か。」

  部屋の隅で窓から顔を覗かせ、まるで水のように澄んだ青空を見上げた。
清々しくもある、こうも雲一つもなく晴天だと、逆に嫌気がさしてならない。
今日はせっかくの日曜日なのに自分の好きなこと一つやらせてもらえない。そして友達と会わせて貰えない。
このまま行ってしまえば、つまらない青春時代を送ってしまうのかもしれない。
  頭の中でそう考えると、自分の中の自由主義魂が闘志を燃やした。
カードケースから一枚のタロットカードを取り出す。
  『愚者』。

「俺は、俺の道を進む…。」

  そして自由を掴むんだ。
目を瞑って固く自分の中で決意をした。
すると途端に風が吹き荒れた。蒼の天然の紺色の髪が風にたなびく。反射的に手で抑えると、背中から寝ぼけたような声が聞こえてきた。

「あ…れー……お兄様こんな所で空見上げてどうしたの…。」

  ふぁ、と間抜けた欠伸をしながら眠気眼で蒼を見つめる一人の向日葵のような明るい雰囲気を持つ少女。
この家で唯一、水色のローブを着ている人なんて“一人”しかいない、と勘ぐった。

「なんだ、お前か。」

  その言葉と共に後ろを振り返ると、その少女は顔に嬉色を浮かべた。

「うっす。驚かせてごめんね~。」

  こんな寒い冬空の中、健康そうな肌色の足を覗かせながら軽々しく蒼に接する。
  この少女の名は星野ほしの雪実ゆきみ。小柄な見た目ながらも多くの魔力を所持することから次期当主である蒼のサポート役。
雪実にも次期当主として十二分の才があると思われるが、生まれつき身体が弱いのと、魔力が安定しないことが原因で地位を下ろされたわけだ。
しかし蒼はこの状況に不覚にも満足している。
もし運命がたがえ違え、彼女も次期当主の地位に立ってしまうことになったらいろいろと面倒くさいことになりそうだからだ。
  周りからの偏見、親からの叱咤しったやプライドも全てぶつけられそうで嫌だった。

「何怖い顔してんのさ。折角この雪実様がお兄様の様子を見に来てやったというのに。」
「余計なお世話だ。…それに、今はそういう気分じゃない…。」

  何度かこの軽いノリに救われたこともあった。だが、最近ではそれが鬱陶うっとうしく感じるようになってしまったのだ。
原因は全て、押し付けがましい親のせいなのだが。
雪実のせいではないのにどうも八つ当たりのようなものをしてしまう。
蒼は自分のことを“情けない”と心の中で責め立てた。

「ふぅん……。私には次期当主サマの気持ちはわかんないんだけどさ。深く考えすぎじゃない?」
「おまっ、人の気も知れないで…。」
「わかるよ」

  先程の弾んだ声から一気に抑揚のない声へと変化した。
例えるならば、留守番電話の女の人が出すあの無機質な声だ。
  たまに不思議に思うことがある、雪実の考えていることがわからないことがあるこの感覚。
それを従兄いとこである蒼は許せないという怒りを爆発させそうになる時がある。

「自由に、がモットーなんでしょ。」
「……。」

  理性的な冷たい目で語りかけるように、無表情で雪実は蒼に対して言い放った。
  敵わない。
その言葉だけが頭の中で通り過ぎて行く。

__駄目だ。こんな口論ごときで負けを認めてなるものか。
昔からこいつは信用ができなかったんだ。裏で何を考えているのかわからない。

「わかったように言うなよ…。俺の何がわかるってんだ。」
「そんな事言ってるようじゃ『愚者』にはなれないよね。」
「…ッ、てめ……いつも何考えてんだよ…!」

  しかめっ面で蒼が問うと、表情を悟られないように雪実は背を向けた。
蒼にバレないように、ふ、と笑みをこぼしてから堂々と応える。

「さぁね。今の蒼じゃあ、私の考えなんて到底わかんないだろうし。」

  聞き逃さなかった。
蒼は最後の言葉が涙声になるのを聞き逃さなかった。
反射的に去りゆく雪実を止めようとしたが、既に相手は遠くにおり、追いつこうとする気力もなかった。
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