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第1章
3.『本当の正義』
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「全く、お兄ったら…雨の中修行なんて馬鹿だよ!」
「……」
覚束無い足取りで家に帰ったわけだが、案の定怒られた。
ちなみに、目の前でぷりぷり怒っているのは蒼の実の妹、茜。
生真面目で世話焼きなため、たまに母親っぽいことも言い出すが今ではそれにも慣れてきている。
「それでお父さんは?一緒に帰ってきてないの?」
「父さん、いなかった。だから修行もしてねぇよ。」
「はぁ!?」
まるで鳩が豆鉄砲を喰らったように、酷く驚いた顔をした。今日は日曜日。会社が休みだから蒼と茜の実の父である、星野聖太も一緒にいると勘違いしたのだろう。
「も~う……何やってるのお父さんは!…お兄は風邪引かないようにタオルで身体拭いて!」
「へいへい」
茶髪のセミロングが逆立つような勢いで、実の兄に強気で指図をする。
これはもうとっくに見慣れた光景で、いつもと変わらない。
茜からタオルを受け取り、玄関に上がってドタドタと階段を上る。先程のことを考えながら、一段ずつ。
どうもあの声が耳に張り付いているようで忘れられなかった。あの、鈴を転がしたような声音。
またどこかで聞くことが出来るだろうか…。
悶々と考えていたら段に引っかかり、足を滑らせてしまった。
「いッ……つぁ…」
派手に転んだ訳では無いが、疲れも相まって痛さが右足に押し寄せてくる。正確に言うと、右膝。
今まで感じたことのない痛み。彼は一つ、この足の痛みの原因を探り当てた。それに気づくと、バツが悪そうに顔を歪ませ、その場に蹲る。どうにかこの痛みを最低限に和らげようと努力しているつもりなのだろう。
「Oh My God!!」
突如として目前からたまげるような叫び声が直接耳に届いた。
しかしそれは以前にも聞いたことのある声…というかついさっき聞いた声でもあるということに気づく。
フッ、と慌てて目の前を見やると、そこには藍色のウェーブのかかった腰までの髪を靡かせ、蜂蜜色に輝く双眸は間違いなく蒼一点だけを見据えていた。
「とんでもhappenね!今すぐ私が治してあげるわ」
「え、ちょ…アンタ何者なんだよ…!」
オヤジギャグのようなセリフを吐き、蒼の腕を持って階段を上り始める。
そのアイスのように冷たくて白い指先は、今にも消えてしまいそうで、華奢なものであった。
それでも何故か、少女の手は頼りがいのある何かを感じて、それに身を任せて階段を軽々上る自分に疑問を感じて仕方ない蒼である。
時折ふわりと鼻腔をくすぐる、この優しい香りは何なのだろう。懐かしい。
初めて見た顔なのに、何処かで見た事があると錯覚するのは何故だろう。ただの勘違いだろうか。
「オスグッド・シュラッター病。」
「…何?」
「大好きなサッカーのし過ぎで、膝の脛骨にダメージが行って、炎症を起こしたようね。星野蒼くん?」
「な、んでそれを知って…」
自部屋につくなり、ベッドの悲鳴など気にせずにそのまま腰からドカッと座る。かなり膝にキテいるようで、足を曲げて座るのもやっとの事のようだ。それに加え、少し混乱状態でもあるため、まだまだ現状を掴めていないようだ。
その様子を堪能してか、楽しげに…見ようによっては儚げに笑って見せてから少女は、ゆっくりと小さな口を開き始めた。
「貴方のこと…いえ、貴方達のこと、私はずっと遠くの場所から見守っていたの。」
「見守っていた…?遠まわしな言い方はよせ。どうせアレなんだろ!タチの悪いストーカー犯罪者なんだ!」
「なっ…!何よそれ!ストーカーなんて人聞きの悪いっ」
蒼の言い分に、少女は顔を真っ赤にして頭をこれでもかと言うくらいに横に振った。
「わっ、私はっ!立派な!星野家本家の長女なのよっ!!」
ぶん、ぶんと藍色の髪を揺らしながら眉間にシワを寄せ、蒼に主張の言葉を述べた。しかし、蒼にとっては意味不明な発言も同然。何せ、蒼の知る星野家本家長女は目の前にいる少女のことではないからだ。
古くから伝わる洋術で、先代の家族を守ってきた御先祖様にしてみれば、今の現状は如何なるものか。
蒼は頭の中を整理し、少女に向かって指を差し抗議した。
「馬鹿なこと言うな!俺の知る従妹は雪実だけだ!お前の顔や声なんて、見たことも聞いたこともない!」
「ッ…!」
完璧に否定され、少女は返す言葉もなく、声にならない声を上げた。流石にキツく言い過ぎただろうか、と蒼は考えたが…赤の他人にこれくらい言ってやる方が効果的だろう、と明るく捉えさらに面持ちを厳しくさせた。
「…わかったなら、さっさとここから出て行きやがれ」
「仕方ないわ。ここは……妹の雪実を使うしかないわね」
「は…、お前まだそんな事を言って……っておい!?」
蒼が言うよりも先に、少女は部屋から一目散に駆けて行った。そして最後、蒼の耳に届いた言葉は「こんなんじゃ愚者に憧れようとも、その姿そのものになるには無理があるわね」と舌を出しながら。
似たような事を昼に雪実にも言われた気がする、と心の中で思い…やはり、あの少女と雪実は何らか関係があって、少女の言い分が正しいのではないか…?と考えてしまう。だがそれではダメだ。
詳しいことは本人__雪実に聞くしかない、と断定した。
「あー…お兄ってば中途半端に正義を振りかぶっちゃダメだよ。」
そう言って、緑のローブを纏った少女が持っていたのは__玉座にて凛々しくお座りになられた女王…の描かれたカード。これまたタロットカードである。
「まずは、自分がしっかりしてからじゃないと正義っていうものは語れないんだよ!ったくもー、お兄も成人の半分を越したなら、それくらいわかって欲しいよね!」
口では怒っていながらも、表情は穏やかで柔らかな笑みを浮かべていた。
「……」
覚束無い足取りで家に帰ったわけだが、案の定怒られた。
ちなみに、目の前でぷりぷり怒っているのは蒼の実の妹、茜。
生真面目で世話焼きなため、たまに母親っぽいことも言い出すが今ではそれにも慣れてきている。
「それでお父さんは?一緒に帰ってきてないの?」
「父さん、いなかった。だから修行もしてねぇよ。」
「はぁ!?」
まるで鳩が豆鉄砲を喰らったように、酷く驚いた顔をした。今日は日曜日。会社が休みだから蒼と茜の実の父である、星野聖太も一緒にいると勘違いしたのだろう。
「も~う……何やってるのお父さんは!…お兄は風邪引かないようにタオルで身体拭いて!」
「へいへい」
茶髪のセミロングが逆立つような勢いで、実の兄に強気で指図をする。
これはもうとっくに見慣れた光景で、いつもと変わらない。
茜からタオルを受け取り、玄関に上がってドタドタと階段を上る。先程のことを考えながら、一段ずつ。
どうもあの声が耳に張り付いているようで忘れられなかった。あの、鈴を転がしたような声音。
またどこかで聞くことが出来るだろうか…。
悶々と考えていたら段に引っかかり、足を滑らせてしまった。
「いッ……つぁ…」
派手に転んだ訳では無いが、疲れも相まって痛さが右足に押し寄せてくる。正確に言うと、右膝。
今まで感じたことのない痛み。彼は一つ、この足の痛みの原因を探り当てた。それに気づくと、バツが悪そうに顔を歪ませ、その場に蹲る。どうにかこの痛みを最低限に和らげようと努力しているつもりなのだろう。
「Oh My God!!」
突如として目前からたまげるような叫び声が直接耳に届いた。
しかしそれは以前にも聞いたことのある声…というかついさっき聞いた声でもあるということに気づく。
フッ、と慌てて目の前を見やると、そこには藍色のウェーブのかかった腰までの髪を靡かせ、蜂蜜色に輝く双眸は間違いなく蒼一点だけを見据えていた。
「とんでもhappenね!今すぐ私が治してあげるわ」
「え、ちょ…アンタ何者なんだよ…!」
オヤジギャグのようなセリフを吐き、蒼の腕を持って階段を上り始める。
そのアイスのように冷たくて白い指先は、今にも消えてしまいそうで、華奢なものであった。
それでも何故か、少女の手は頼りがいのある何かを感じて、それに身を任せて階段を軽々上る自分に疑問を感じて仕方ない蒼である。
時折ふわりと鼻腔をくすぐる、この優しい香りは何なのだろう。懐かしい。
初めて見た顔なのに、何処かで見た事があると錯覚するのは何故だろう。ただの勘違いだろうか。
「オスグッド・シュラッター病。」
「…何?」
「大好きなサッカーのし過ぎで、膝の脛骨にダメージが行って、炎症を起こしたようね。星野蒼くん?」
「な、んでそれを知って…」
自部屋につくなり、ベッドの悲鳴など気にせずにそのまま腰からドカッと座る。かなり膝にキテいるようで、足を曲げて座るのもやっとの事のようだ。それに加え、少し混乱状態でもあるため、まだまだ現状を掴めていないようだ。
その様子を堪能してか、楽しげに…見ようによっては儚げに笑って見せてから少女は、ゆっくりと小さな口を開き始めた。
「貴方のこと…いえ、貴方達のこと、私はずっと遠くの場所から見守っていたの。」
「見守っていた…?遠まわしな言い方はよせ。どうせアレなんだろ!タチの悪いストーカー犯罪者なんだ!」
「なっ…!何よそれ!ストーカーなんて人聞きの悪いっ」
蒼の言い分に、少女は顔を真っ赤にして頭をこれでもかと言うくらいに横に振った。
「わっ、私はっ!立派な!星野家本家の長女なのよっ!!」
ぶん、ぶんと藍色の髪を揺らしながら眉間にシワを寄せ、蒼に主張の言葉を述べた。しかし、蒼にとっては意味不明な発言も同然。何せ、蒼の知る星野家本家長女は目の前にいる少女のことではないからだ。
古くから伝わる洋術で、先代の家族を守ってきた御先祖様にしてみれば、今の現状は如何なるものか。
蒼は頭の中を整理し、少女に向かって指を差し抗議した。
「馬鹿なこと言うな!俺の知る従妹は雪実だけだ!お前の顔や声なんて、見たことも聞いたこともない!」
「ッ…!」
完璧に否定され、少女は返す言葉もなく、声にならない声を上げた。流石にキツく言い過ぎただろうか、と蒼は考えたが…赤の他人にこれくらい言ってやる方が効果的だろう、と明るく捉えさらに面持ちを厳しくさせた。
「…わかったなら、さっさとここから出て行きやがれ」
「仕方ないわ。ここは……妹の雪実を使うしかないわね」
「は…、お前まだそんな事を言って……っておい!?」
蒼が言うよりも先に、少女は部屋から一目散に駆けて行った。そして最後、蒼の耳に届いた言葉は「こんなんじゃ愚者に憧れようとも、その姿そのものになるには無理があるわね」と舌を出しながら。
似たような事を昼に雪実にも言われた気がする、と心の中で思い…やはり、あの少女と雪実は何らか関係があって、少女の言い分が正しいのではないか…?と考えてしまう。だがそれではダメだ。
詳しいことは本人__雪実に聞くしかない、と断定した。
「あー…お兄ってば中途半端に正義を振りかぶっちゃダメだよ。」
そう言って、緑のローブを纏った少女が持っていたのは__玉座にて凛々しくお座りになられた女王…の描かれたカード。これまたタロットカードである。
「まずは、自分がしっかりしてからじゃないと正義っていうものは語れないんだよ!ったくもー、お兄も成人の半分を越したなら、それくらいわかって欲しいよね!」
口では怒っていながらも、表情は穏やかで柔らかな笑みを浮かべていた。
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