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アーレフ
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とある都市の路地裏にある、倉庫のようなバー。そこで私は、ある人物と接触を図っていた。その人物は私の同期で、元死者だ。マスターは勿論民間人だが、ただの民間人ではない。私にもよく分からないのだが、モルグの事を知っていたり、所長と顔見知りだったりする。紳士のような男性だが、しかし警戒を怠ってはいけない。……気がするが、個人情報を閲覧しても、特に犯罪組織との関わりや死者との繋がりなどは無さそうだし、ある程度の事は話して構わないだろうと思って、待ち合わせにこのバーを選んだ。あの人の仕事の性質や、仕事場に近いことから、私と彼にとってはここが待ち合わせ場所としては一番安全だろう。
ドアの鈴が鳴った。滅多に人の出入りすることのないこのバーに静かに足を踏み入れたのは、案の定お目当ての人物だった。
「よ、久しぶり」
──────────────
「んで結果が一向に出ず、残り二週間になって俺に会いに来て『なんていう提案を受け入れちゃったんだだろう私ーいくら頼まれたからって一ヶ月でなんて引き受けるんじゃ無かったーあなたのその情報が必要なのー』と言いに来たワケだな?」
「さっすがサティ!私のことは何でもお見通しってことね!話が早くて助かるよ!」
「なぁにあっけらかんと言ってやがるんだこのアマ………ぁあっつ!なんだこりゃ!」
猫舌のくせに淹れて十秒と経っていないこの店特製スペシャルブレンド・コーヒーを一気に飲もうとするこの男、モルグ・サティは、熱い飲み物を飲むときの口癖を私に披露した。彼は私の元相棒で、現在警察にエリック・サティという偽名───もっとも、社会でのサティの本名だが───を使い、情報をモルグに横流しする工作員として在籍している。私がこのバーを選択したのは、彼の警察の同僚たちに私が見つかりたくないからだ。モルグ職員としては普通だが本物の、つまり比喩ではない<死体保管所>出身で、生まれてから生きた人間として政府に戸籍が登録されていなかった。モルグはそれを利用し、戸籍登録、つまりは死者を生者としてこの世に生み出した。本来なら相容れないはずの生と死だが、登録さえすればコインのように表と裏として一体となるという事だろう。登録されなければ死者、登録されれば生者だ。ま、これは所長の受け売りだけど。
サティに接触したのは、私が捜査にどん詰まりを感じたからだ。死者組織シェオル。墓の領域。彼らは尻尾どころか影すら見つけさせてくれず、所長の情報───死者を徴用し、勢力を拡大しているらしい───が嘘で、彼らが現在活動しているのかどころか、存在しているのかも怪しむようになってきた。彼らの過去数十年、およそ半世紀行ってきた犯罪は見えても、一昨年からの犯罪の情報、痕跡が全く尽く掴めないのだ。
創立はいつなのか。また、創設者は誰なのか。なぜ所長がデタラメな情報を私にリークし、こんな痕跡のない組織を追えと指示するのか。この死者についての捜査は、いつもの捜査の趣向と全く異なっていた。
「で、頼まれてた件で第一監視室の室長に話を伺ったんだが、思わぬ収穫が得られたぜ」
彼はスッ、と手を私に差し出した。彼の指に挟まれた、USBメモリと呼ばれる記録端末。旧時代、世界中で使われていたと言われるコレは、現実の中に特に外装もなく剥き出しで存在している。データを出し入れするのが仕事のコレは、旧時代のものながらとても使い勝手が効く。この型は今の時代、ほぼモルグの中でしか使用されないだろう。機密をモルグ内で維持するため、サティはわざわざこの型にダウンロードしていた。ローテクながら、なかなか機密保持に効果的な手だ。
「これは?」
「お前ももう掴んでたかもしれないが、今までのシェオルの痕跡だ。ただ、政府の両面を牛耳る機関でなければ知りえない情報もあったから、かなり信頼できるだろう。しかし室長、俺がシェオルという名前を出したことに相当驚いていたようだぜ?なんかあったのか、この組織」
彼の疑問を無視し、一つ考えた。それはシェオルの痕跡を、第一監視室の室長が証拠をも把握しながら掴んでいるのか、というものだ。このUSBメモリなら、他の情報を持っているかもしれない。受け取ろうとしたが、USBメモリは後ろへ後退した。
「で、なんで警察がシェオルを?……あとそれ、頂戴」
その質問に被せてくるように「それより」、とサティ。
「まだお前は俺の質問に答えてねぇ。対価だ対価。シェオルって組織、なんかあんのか?」
こうなったらサティはめんどくさい。これは彼の習性のようなもので、自分が知らない相手が知っている情報を八割以上引き出そうとする。しっかりと答えなければ、こっちの質問にも答えてくれないだろうし、USBメモリも渡してくれるだろう。そうして、ここ三週間の成果を教える事にした。
「シェオルって組織に何かあったかは知らない。ただその組織がモルグに形態として似ていて、死者で構成されてる組織で、カルト的なものは無いにしろ、ここ半世紀内で死者を利用した商売をしていたり、何かに対する熱狂的な理念を持って行動していたことは掴んでる。問題は、一昨年から全く音沙汰がないってこと。つまり活動した形跡、痕跡が全く見当たらないってこと。一昨年以前に何か組織内で分裂が起こったのかもしれないと思ったけれど、音沙汰が無くなるほど大きな事件や分裂が起こったようには、私の入手した記録を見る限り思えないの。……質問に答えた。私の質問に答えて、USBを渡して頂戴」
頬杖を突いて聞いていたサティは、私の答えに満足したようだった。彼が口を開く。
「対価の割には合わねえが、教えてやろう。なんで警察がシェオルを、だっけ?……どうやらなぁ、警察がシェオルの事をなぜ記録していたのか、その理由はわからんが、記録したのは警察ではない。警察がシェオルを追っていたわけではなくて、何か別の、警察より前に創設された捜査組織がシェオルを追っていた可能性が高いんだ。というのはな、まずそのシェオル、ここ半世紀中に創立していないらしい。詳しい事はこれの中を見ればわかるが、なんと旧時代より以前、つまり西暦二千年代に創立している。警察より前の捜査組織は俺が知ってる中じゃモルグくらいしかないが……なんにせよ、室長もこの情報は秘匿項目だと言っていた。まあなんとかデータだけ入手できたからお前にとっちゃ重畳、って感じかね」
「西暦二千年代……それって、『トリガー』を発見した時代?」
「あぁ、ゼロ年代と呼ばれた、世界の在り方を決めた九年だ」
ゼロ年代。そのワードが耳に入った瞬間、頭の中に激痛が走った。声を出しかけたが、なんとか抑える。モルグ内の脳セーブによる記憶混入のせいで、知らない人間の過去の記憶が時折頭の中を駆け巡る。ノイズがかかった記憶によれば、トリガーを発見した時を詳細まではわからないが、知っている。あとでノイズを除去して、ゼロ年代の人間の記憶を一通り閲覧する必要がありそうだ。頭痛がひどくなっていくが、会話を続ける。
「他に何かない?」
「あぁ、どうやら創立当初は死者による組織ではなかったらしい。というか、西暦にはまだ死者が動き回るなんて事は思いもしなかっただろう。何しろ、今から千年以上昔のことだ。記録が残ってるだけマシだが、しかしそのメモリの中は本当に驚くぞ。口頭で話せる何かはもう他にない。後で閲覧してくれ」
コーヒーの湯気がやっと収まったようで、話し終えたサティはUSBメモリを私に渡して、一息つくようにコーヒーをちびちびと啜った。
「あっつ!」
ドアの鈴が鳴った。滅多に人の出入りすることのないこのバーに静かに足を踏み入れたのは、案の定お目当ての人物だった。
「よ、久しぶり」
──────────────
「んで結果が一向に出ず、残り二週間になって俺に会いに来て『なんていう提案を受け入れちゃったんだだろう私ーいくら頼まれたからって一ヶ月でなんて引き受けるんじゃ無かったーあなたのその情報が必要なのー』と言いに来たワケだな?」
「さっすがサティ!私のことは何でもお見通しってことね!話が早くて助かるよ!」
「なぁにあっけらかんと言ってやがるんだこのアマ………ぁあっつ!なんだこりゃ!」
猫舌のくせに淹れて十秒と経っていないこの店特製スペシャルブレンド・コーヒーを一気に飲もうとするこの男、モルグ・サティは、熱い飲み物を飲むときの口癖を私に披露した。彼は私の元相棒で、現在警察にエリック・サティという偽名───もっとも、社会でのサティの本名だが───を使い、情報をモルグに横流しする工作員として在籍している。私がこのバーを選択したのは、彼の警察の同僚たちに私が見つかりたくないからだ。モルグ職員としては普通だが本物の、つまり比喩ではない<死体保管所>出身で、生まれてから生きた人間として政府に戸籍が登録されていなかった。モルグはそれを利用し、戸籍登録、つまりは死者を生者としてこの世に生み出した。本来なら相容れないはずの生と死だが、登録さえすればコインのように表と裏として一体となるという事だろう。登録されなければ死者、登録されれば生者だ。ま、これは所長の受け売りだけど。
サティに接触したのは、私が捜査にどん詰まりを感じたからだ。死者組織シェオル。墓の領域。彼らは尻尾どころか影すら見つけさせてくれず、所長の情報───死者を徴用し、勢力を拡大しているらしい───が嘘で、彼らが現在活動しているのかどころか、存在しているのかも怪しむようになってきた。彼らの過去数十年、およそ半世紀行ってきた犯罪は見えても、一昨年からの犯罪の情報、痕跡が全く尽く掴めないのだ。
創立はいつなのか。また、創設者は誰なのか。なぜ所長がデタラメな情報を私にリークし、こんな痕跡のない組織を追えと指示するのか。この死者についての捜査は、いつもの捜査の趣向と全く異なっていた。
「で、頼まれてた件で第一監視室の室長に話を伺ったんだが、思わぬ収穫が得られたぜ」
彼はスッ、と手を私に差し出した。彼の指に挟まれた、USBメモリと呼ばれる記録端末。旧時代、世界中で使われていたと言われるコレは、現実の中に特に外装もなく剥き出しで存在している。データを出し入れするのが仕事のコレは、旧時代のものながらとても使い勝手が効く。この型は今の時代、ほぼモルグの中でしか使用されないだろう。機密をモルグ内で維持するため、サティはわざわざこの型にダウンロードしていた。ローテクながら、なかなか機密保持に効果的な手だ。
「これは?」
「お前ももう掴んでたかもしれないが、今までのシェオルの痕跡だ。ただ、政府の両面を牛耳る機関でなければ知りえない情報もあったから、かなり信頼できるだろう。しかし室長、俺がシェオルという名前を出したことに相当驚いていたようだぜ?なんかあったのか、この組織」
彼の疑問を無視し、一つ考えた。それはシェオルの痕跡を、第一監視室の室長が証拠をも把握しながら掴んでいるのか、というものだ。このUSBメモリなら、他の情報を持っているかもしれない。受け取ろうとしたが、USBメモリは後ろへ後退した。
「で、なんで警察がシェオルを?……あとそれ、頂戴」
その質問に被せてくるように「それより」、とサティ。
「まだお前は俺の質問に答えてねぇ。対価だ対価。シェオルって組織、なんかあんのか?」
こうなったらサティはめんどくさい。これは彼の習性のようなもので、自分が知らない相手が知っている情報を八割以上引き出そうとする。しっかりと答えなければ、こっちの質問にも答えてくれないだろうし、USBメモリも渡してくれるだろう。そうして、ここ三週間の成果を教える事にした。
「シェオルって組織に何かあったかは知らない。ただその組織がモルグに形態として似ていて、死者で構成されてる組織で、カルト的なものは無いにしろ、ここ半世紀内で死者を利用した商売をしていたり、何かに対する熱狂的な理念を持って行動していたことは掴んでる。問題は、一昨年から全く音沙汰がないってこと。つまり活動した形跡、痕跡が全く見当たらないってこと。一昨年以前に何か組織内で分裂が起こったのかもしれないと思ったけれど、音沙汰が無くなるほど大きな事件や分裂が起こったようには、私の入手した記録を見る限り思えないの。……質問に答えた。私の質問に答えて、USBを渡して頂戴」
頬杖を突いて聞いていたサティは、私の答えに満足したようだった。彼が口を開く。
「対価の割には合わねえが、教えてやろう。なんで警察がシェオルを、だっけ?……どうやらなぁ、警察がシェオルの事をなぜ記録していたのか、その理由はわからんが、記録したのは警察ではない。警察がシェオルを追っていたわけではなくて、何か別の、警察より前に創設された捜査組織がシェオルを追っていた可能性が高いんだ。というのはな、まずそのシェオル、ここ半世紀中に創立していないらしい。詳しい事はこれの中を見ればわかるが、なんと旧時代より以前、つまり西暦二千年代に創立している。警察より前の捜査組織は俺が知ってる中じゃモルグくらいしかないが……なんにせよ、室長もこの情報は秘匿項目だと言っていた。まあなんとかデータだけ入手できたからお前にとっちゃ重畳、って感じかね」
「西暦二千年代……それって、『トリガー』を発見した時代?」
「あぁ、ゼロ年代と呼ばれた、世界の在り方を決めた九年だ」
ゼロ年代。そのワードが耳に入った瞬間、頭の中に激痛が走った。声を出しかけたが、なんとか抑える。モルグ内の脳セーブによる記憶混入のせいで、知らない人間の過去の記憶が時折頭の中を駆け巡る。ノイズがかかった記憶によれば、トリガーを発見した時を詳細まではわからないが、知っている。あとでノイズを除去して、ゼロ年代の人間の記憶を一通り閲覧する必要がありそうだ。頭痛がひどくなっていくが、会話を続ける。
「他に何かない?」
「あぁ、どうやら創立当初は死者による組織ではなかったらしい。というか、西暦にはまだ死者が動き回るなんて事は思いもしなかっただろう。何しろ、今から千年以上昔のことだ。記録が残ってるだけマシだが、しかしそのメモリの中は本当に驚くぞ。口頭で話せる何かはもう他にない。後で閲覧してくれ」
コーヒーの湯気がやっと収まったようで、話し終えたサティはUSBメモリを私に渡して、一息つくようにコーヒーをちびちびと啜った。
「あっつ!」
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